悪戯
「たのもう!」
うるさいなぁ……
「たのもうたのもう!」
こっちは二日酔いなんだけど……頭がガンガンする。
いや、グワングワンする。
昨夜、いつものように『ウサギさんの酒場』で勇者と飲み比べしたら、珍しく負けてしまった。
だってしょうがないじゃないか、昨日は徹夜明けだったんだ。
ゾンビやゴーストの会議に呼ばれるとどうしても徹夜になってしまう。
あいつ等「昼間は勘弁してください死んでしまいます」などと言うが、本来は朝起きて昼活動して夜は寝るのが健全な生き方なんだ。
しかも議題が「新しい驚かせ方」と来た。どーでもいい。
そもそもだ。何故魔王が部下の生活リズムに合わせないといけないのか。少しは人間を見習うべきなんじゃないか?
とにかく、そんな徹夜明けの夜に飲んだらそりゃあ負けるよね。
まあ、こうなる事を知ってて、それでも勝負を受けてしまったのは魔王の宿命なのかな。
「たのもうたのもうたのもう!」
はいはいわかりましたよ今行きますよ。
フラつきながら、慎重に階段を降りる。
こういう時ばかりは、狭い家を借りてしまった事を後悔する。
階段は急だし、階段は急だし、それから階段も急だし……あれ? さっきから同じこと言ってない?
しかし、こんな朝から私の家に来る客人に覚えがない。
ウサギさんは大体昼だし、勇者は夕方が多い上に昨日さんざん飲んだんだから今朝はさすがに寝ているだろう。
赤毛ちゃんならあり得るけど彼女は「たのもう!」なんて武闘派な言葉遣いをするはずがない。「魔女さーん! たーすけてくださーい!」ってなもんてある。今朝に限っていえば一番来てほしくない人物である。だって声が甲高いんだもん。
頭がガンガンしているところにキンキンされたらこちらもさすがにプンプンしてしまう。そしたら彼女はイヤンイヤンして私もキャンキャンだ。
……しかし、どこかで聞き覚えのある声だなぁ
「たのもうたのもうたのもうたのもう! 隠れても無駄だ! ギルドの赤毛の受付から『魔女さんはぜったいぜったいぜーーーったい家にいるよ!』と聞いているのだ! たのもーう!」
……赤毛め。
「はいはいもうすぐですから」
やっと玄関に着いた。
ドアノブに手をかけて、回す……回す……まわ……らない?
え? え? どういうこと?
「たのもう!」
「ちょっと待って!」
え? ホントになんなの?
そりゃ酒が残ってていつもより力入ってないけどドアノブ回せないほど弱ってるはずないじゃん?
鍵だってかけてないし、いや不用心なんじゃなくてこんな貧乏臭い家に入る泥棒なんていないから。
「たのもう!」
「待って! 本当にドアが開かないの! 助けて!」
「たのもう!」
「ちょっと人の話聞いてんの!?」
魔王だけど、なんて言ってる場合じゃない!
うんともすんとも言わない!
なんてドアノブをガチャガチャやってると、つい力んでしまったのか
ポロン
ドアノブが外れてしまった。
あーあ……
「たのもーう!」
朝からなんなんだよ。世界はお前を中心に回っているんじゃないんだぞ。
世界どころかドアノブすら回せない私は……プンプンしてしまった。
「粉砕せよ!」
魔力を炎や雷に変換するのもめんどうなので、単純にシンプルに魔力をそのままむき出しのままドアにたたきつけた。
人間の作るものなんて他愛もない。私がちょっと魔力を送り込めば一発でドアは粉々である。ちなみに、この後かかる修理代のことなんて何も考えていないが二日酔いだったのだからしょうがない。
「ほほう……さすがの実力だな魔女よ」
向こうにいたのは、いつだったか私が助けた(?)女騎士であった。
「先日のお礼を言いたかったのだが、まずお前がどこの何者なのかも知らなかったし、探すのに苦労したぞ」
はいはい、それはどうも。だからって今日じゃなくてもよかったじゃない。
2階で向かい合わせ、いつもは勇者がマキラン茶を飲んでいるはずの席に今日は女騎士が座っている。
いつもとは違う客人に少しだけ違和感を感じながらも、いつも勇者にしてやっているようにマキラン茶をふるまってやる。
客人が赤の他人だったら体調もすぐれないしさっさと帰ってほしかったところだが、赤の他人とも言い切れない人間だったので無下に帰れとも言えなかった。
それに聞きたい事もあったしね。
「なんかさ、あなたが「くっ殺せ」と言った瞬間、オークたちが狂ったように喜んでたけど、あれなんなの?」
おまじないなの?
一番気になっていた事を聞くと、先ほどまで余裕の表情を浮かべていた女騎士の顔がみるみる赤くなり、
「そ、そんなこと……言えるはずないだろう!」
バン! 女騎士がテーブルを叩いたせいでマキラン茶が少しこぼれてしまった。おいおいそんなに言いたくないのか。
まあ落ち着いてお茶でも飲みなさいな。
「あ、ああ……(ズズズ)うまい!」
そうでしょう?
「これは何処の茶葉なのだ? こんなにうまいお茶は初めてだぞ!」
うーんと、秘密。
伝統芸能『クッコロ』について教えてくれないなら、私だってこのお茶が都のどこでも採れる雑草だなんて教えてあげない。ギブアンドテイクは魔族の常識である。ギブをとにかく渋り、テイクアンドテイクしたがる人間とはそこが違う。
「しかしだ、先ほどドアを粉砕した件といい、これほどの高級茶葉を持っていたり、お前ほどのものが何故このようなところにいる?」
このようなところとは?
「その……少し言いにくいのだが、こんな狭い家にだな」
ああ、そうねえ
「人間は自然に生きていればそれなりに『分相応の場所』というものに落ち着くものだ。特に『極めて秀でた能力』を持つ者は自分が望むと望まないとに限らず、周りが見逃さないものだ」
まあね。
魔王だからね。人間にしては異常な魔力かもしれないね。なんて言えるはずもない。
「なんでも勇者の誘いを断ってるそうじゃないか。お前ほどの者が、なぜこんなところでくすぶっている?」
なぜこんなところで、ねえ。
魔王がわざわざ人間生活に紛れ込んで、勇者とお茶したり、飲み比べする理由ねえ。
考えたこともなかったんだけど、強いて言えば……
「悪戯、かなぁ?」
ポカーンと口を開ける女騎士。
まったく何を言っているのかわからないって表情だ。
分相応かは知らないけど、生まれながらに将来を約束され、運よく立場に見合った才能にも恵まれた。
当たり前のように敷かれた道、人によってはそれが困難な道なのかもしれないけど、私の前に敷かれた道は、少なくとも私にとっては先が見え見えで簡単すぎたんだ。
「『分相応すぎる』というのも、つまらないと思わない?」
だから、外れてみたくなる。
これは私に期待している者たちへの、ちょっとした悪戯。
「ねえねえ女騎士も『クッコロ』教えてくれないんだけど」
「そりゃそうでしょうな。むしろ女騎士の方が説明したがらないでしょうな」
もうなんなんだよ。
「そういえばゴーストから伝言ですぞ」
なになに?
「『空かないドア、驚いていただけましたかな?』だそうです」
お前らだったんかーい