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勇者のおともだち(連載版)  作者: 富士本仙人掌
6/9

女騎士

 マキリア茸という名前のキノコがマキリア樹林に生息しているらしい。

 これだけの話なら「あっそう」で終わるし、ウサギさんにこの話をされた時は現に「あっそう」と言ってしまった。

 だが、マキリア茸は大ラマと一緒に炒めると大層おいしいのだそうだ、と言われると話が違う。

 三度の飯より大ラマを愛する私としては、これは聞き捨てならない。

「魔女さん採ってきてよ」

 報酬ははずむからさ、と言われて断る私ではないのだ。

 おいしい大ラマ料理のためなら、私は魔王にだってなれる……魔王だけど。


 マキリア茸はオークにとっての大好物らしく、したがってマキリア樹林はオークの一大生息地となっている。

「女性一人で向かわせるのは危険だけど、ほら、魔女さん強いでしょ?」

 お前は私が戦うところ見た事ないはずなのに、どこからそんな自信が出てくるのか。

 それにしても、女性を一人で向かわせるのは実際危険らしい。

 オークは人間をさらうと聞く。


 昔、壺男爵からオークについて聞いたときのことを思い出した。

「オークたちの間には古くから伝わる伝統芸能『クッコロ』というものがありましての、それには人間がどうしても必要。だからオークは人間を攫うのですな」

 生け贄か何かにするの?

「いえいえ、殺しはしませんよ。ただ、攫われた本人からしたら死んだ方がマシなのかもわかりませんがの」

 死んだ方がマシって、なんかすごいね。

「ええ、恐ろしい行事ですぞ、『クッコロ』は……」

 でさ、伝統芸能『クッコロ』って何なの?

「うむむ、それを、わっしの口から魔王様に言うのは憚られますな……」

 あの魔物たちは、魔王に言えないような事をしているの?

「ぬぬ、それもちょっと違うのですが……何しろオークにとっては必要な行事でして……」

 必要なら別に怒らないから教えてくれてもいいのに

「ぐぐ、これをなんとお伝えしたらいいのやら……あ! 宿屋で修羅場の予感! わっしはこれから男女のいさかいを見に行かねばならないので失礼します!」


 魔王より修羅場が優先かよ……少し解せないが、まあいい。

 これから行くのはオークの生息地、伝統芸能『クッコロ』を実地で見学するチャンスなら充分にあるのだから。

 マキリア茸にも興味はあったが、私の関心は『クッコロ』に移ってしまった。

そういった事情で、私はマキリア樹林へ旅立つことにした。


 マキリア樹林は徒歩で半日、空を飛べばそれの半分くらいの時間で到着する。

 飛んで行ってもいいのだが、せっかく人間の暮らしに忍び込んでいるんだし、旅も人間らしくやってみようと思ったので、徒歩で行くことにした。


 最初は、すれ違う旅人や行商と「こんにちわ」「ごきげんよう」などと軽く挨拶をかわしながら、道の両端に生えた草木を眺め、空を見上げれば太陽を遮るものは何もなく……

 これが旅なのか。

 歩いてみるまではわからなかったが、なるほど、合理的ではないが時間をかけた移動にも価値があるらしい。

 飛んでいると見えなかったであろう景色は、私にとってはまさに新世界であった。


「今度、魔界に帰る時も歩いて帰ろう」と思いながら道を進む。


 後半から樹林が近づくにつれ、人とすれ違うこともなくなり、街道も草木で覆われ、少しずつ物寂しくなってきた。

 如何にオークが危険視されているかがよくわかる。

 オークの行動範囲内に人間の集落はできないわけだ。


 さて、肝心の樹林の内部だが、人が滅多によりつかないからか道と呼べるようなものは何もなく、空も木々の枝葉に覆われて視界もすこぶる悪い。

 視界が悪いと、どこにマキリア茸が生えているのかもわからない。


 めんどくさいけど、照らすか。


「明かり」


 そうつぶやき、手を宙にかざすと拳大の光球が手の平から浮かび上がった。

 人間たちの間でなんと呼ばれていたか覚えていないけど、とにかく周囲を照らす魔法。

 うん、これでよく見える。


 人間は魔法にもいちいち名前をつけるらしいけど、私からしたら無駄。

 私はそもそも使える魔法が多すぎて自分でも何が使えるのかよくわからないし、そこに名前まで覚えなければならないとなると、魔法の名前を覚えるために魔法を忘れそうになる。


 周囲が明るくなると同時に、樹林の奥に複数の人影が見えた。

 一つは華奢だが、残りの数体は縦にも横にも大きい。


 ……これはこれは人間がオークに襲われているとみた。


 近づいてみると、やはり華奢な人影は銀色の鎧に身を包んだ、私から見ても綺麗な女性。

 サラサラとした金髪や肌の質感が、庶民の女性と比べたら月とすっぽん。

 一目見ただけで高貴な生まれなのだと良くわかる。


 そんな彼女を囲んでいるのもやはりオーク。

 ひいふうみい……五体いる。


「くっ……殺せ!」


 私がさらに近づいていくと、女騎士の叫びが耳に入った。


「「グルルルルルル(クッコロきたああああああ)!」」


 オークたちはそれをきっかけに興奮した雄叫びをあげた。

 ちなみに魔王たるもの魔物の言語は理解できて当然である。


 いや待て……クッコロだと?


(お前たち、これから『クッコロ』を行うのか!?)


 オークたちに念話で語りかけた。女騎士に私がオークと会話するのを聞かれたくはないから。オークが何を吠えようと勝手だが、私は口を開かない。


「グ……グ……グルル(え……今の……魔王様)!?」

(いかにも私は魔王だが、それより答えろ。『クッコロ』をやるのか!?)

「グルルーグルグルグルー(やりませんやりません魔王様の前でまさかそんなこと)!」

(いいから、全然怒らないから見せてよ。『クッコロ』)

「ウグルグルルウ(できませんよ魔王様の前では)!」

(何で? さっきまですごい楽しそうだったのに。いいよ、続けて、どうぞ)

「グググ……グル(うぬぬ……あ)!」

(なになに見せてくれるの?)

「グルググウググル(我々は大事な用事を思い出しました失礼します)! グルウググウ(女騎士よ命広いしたな)!」


 説得の甲斐なく、オークたちは逃げるように走り去ってしまった。

 あーあ、見たかったのになぁ……『クッコロ』


「お、おい、お前!」

 そんな私の気持はつゆ知らず、女騎士が詰め寄ってくる

「今、お前は一体なにをしたのだ!?」

 え、ああ、なんだろ。

「さあ? 私は何も。オークたちのお腹が減ったんじゃない?」

 私だって、お腹減ってたら戦いどころじゃないしね。



後日、壺男爵が我が家に現れ、こんな事を言い出した。

「オーク族から抗議文が来ておりますぞ」

 え、なになに?

「『クッコロ』見学は、それだけはお願いだから勘弁してください。だそうですの」

 ああ、あの時のことか。そんなに嫌だったのか。

「わっしからもお願いしますわ。『クッコロ』だけは勘弁してやってくださらぬか? なに、魔王様が見るに値しないものですよ」

 ふーん……

「彼らにも恥じらいというものがあるのですわ。ここは一つ穏便に」

 あっそう、そんなに嫌ならもういいけどさ。



 ちなみに、マキリア茸はなかなかおいしかった。

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