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勇者のおともだち(連載版)  作者: 富士本仙人掌
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田舎の母ちゃん

 母ちゃんがおかしくなった時期は、俺があの壺を持って帰って来た日かはしばらく経ってからのこと。

 壺の方をチラチラ見るようになったのはまだまだ序の口、たまに壺に話しかけているのを見かけるし、酷い時は壺を寝室に持っていくこともあった。

 当時の俺はまだまだ子どもだったけれど、壺に話しかける事や、わざわざ壺を寝室に持っていく事の異常さくらいはわかる。異常さがわかるだけに、こんな事で人に相談したら母ちゃんが変な目で見られそうで、それも怖くて、なかなか相談できなかった。


「まちがいないわ! それは"うわき"よ!!」

「"うわき"? "うわき"ってなに?」

「えっと、それは……」

 仁王立ち、両目両眉を吊り上げて高らかに宣言した癖に、疑問を伝えると急に口ごもりだす幼馴染。勇気を振り絞って相談してみたらこれだ。

「と、とにかく! "うわき"は良くないこと! 良くないことをしているの!」

「良くないこと!?」

 良くないこと! なんだろう、この得体のしれない、怪しい雰囲気!

 母ちゃんは、なにか、良くないことをしている!

「おばさんのこと、ちゃんと見張るのよ!」

「うん! わかった!」

 良くないことは止めないといけない!俺の正義感に火が付いた瞬間であった!


 父ちゃんの仕事は行商だったので、二、三日家を空けるなんてことは珍しくなかったし、一か月帰ってこない日もある。

 そうやって家を空ける度に母ちゃんが壺を寝室に持ち込むのだから、これは本当に"うわき"なのかもしれない。今となっては壺と浮気するわけがないんだけれど、当時は"うわき"が一体何なのかが良くわかっていなかったのだから平にご容赦願いたいところである。


 僕はある日、母ちゃんが寝室で何をしているのか調べてやることにした。

「……旦那……明日」

 ドアに耳を当て、寝室の声に耳を澄ます。

 確かに父ちゃんは明日帰って来るが……一体何をするんだ……?

「今度……とっちめる……」

 とっちめる! 俺が幼馴染に悪戯する度によく言われる言葉だった。「とっちめる」と言われてからは本当に酷い目に合うんだ。


「それは"さつがいけいかく"よ!」

「"さつがいけいかく"? "さつがいけいかく"ってなに?」

「えっと、それは……」

 仁王立ち、両目両眉を吊り上げて高らかに宣言した癖に、疑問を伝えると急に口ごもりだす幼馴染。勇気を振り絞って相談してみたらこれだ。頼りになるようで、てんで頼りにならない幼馴染。

「と、とにかく! "さつがいけいかく"は良くないこと! 良くないことなの! とにかく良くないの!」

「良くないこと!?」

 良くないこと! なんだろう、この得体のしれない、ドス黒い雰囲気!

 母ちゃんは、なにか、良くないことを考えている!

「"さつがいけいかく"は大変なことよ!」

 大変なことなのか。それは大変なんだ。

「おばさんのこと、ちゃんと見張るのよ!」

「うん! わかった!」

 良くないことは止めないといけない! 俺の正義感に付いた火が、メラメラと燃える真っ赤な炎の進化した瞬間であった!


 その日の夜、家に帰ると既に事件は起きていた!

 家の扉を開けると、壺を脇に抱えた母ちゃん、そして父ちゃんが頭から血を流して土下座していた。

「ごめんなさい! ホントにごめんなさい! お願いですから殺すのは、殺すのだけは勘弁してください!」

 ひたすら謝る父ちゃん。そりゃそうだ今にでも殺されそうなんだから。

「あんたは一度ならず二度までも……今回ばかりはゆるせないわ……!」

「もう浮気しません!金輪際しません!」

 え、"うわき"? 父ちゃんが?

「そう言ってまたやらかしたのは何処のどいつよ!」

「え、母ちゃん、ちょっと待って! 父ちゃんが"うわき"?」

「そうよ! あんたの父ちゃんは"うわき"していやがってのよ! こいつが何処で何をしてたかなんてね、この壺がぜーんぶ教えてくれるんだからね!」

 壺が、"うわき"を教える?何それ、さっぱりわからない。

「だからもう殺してやるしかないのよ、覚悟なさい!」

 俺の混乱をよそに壺を振り上げる母ちゃん。

 ダメ、それ本当に死ぬ!本当に死ぬから!


 そこに、割り込んだのは父ちゃんでも、母ちゃんでも、ましてや俺のでもない"何か"の声。

「おいおいわっしを凶器にすな」

「「え?」」

 俺と父ちゃんの声が重なる。今、しゃべったの誰?

「あら、男爵さん来てたの?」

 パッと母ちゃんの手が止まる。母ちゃんだけは冷静で、俺はさらに混乱する。

「浮気を教えたのはわっしだがの、それで殺人が起きるのは目覚め悪いわ」

「うーん、まあ、男爵さんが言うなら……」

 母ちゃんはあっさりと引き下がったのか、壺を床に置いた。


 その日は「もう二度と浮気しない」という父ちゃんの約束でおさまったのだが、俺が壺の前を通りがかった時、「坊主、浮気は案外バレるぞ」と言われたのは今でもはっきり覚えている。



「なんて昔話があってね」

「あっそう」

 キュッキュ

「あれは、要するに壺が父ちゃんの浮気を母ちゃんに教えてたって事だよね?」

「壺がしゃべるわけないじゃない。あなたの幻聴よ」

 キュッキュ

「そうかなぁ、はっきり覚えているんだけどなぁ」

「子供の頃の記憶なんて結構あいまいなものよ」

 キュッキュ

「ところで魔女さん」

「うん?」

「なんでそんなに必死に磨いているの?」

 壺、そう、魔女さんは家の前で壺を磨いている。バラ色のローブにとんがり帽子、白い肌に汗をにじませ、ボロ布で丹念に、俺が思い出話している間もずーっと磨いている。

 この不思議な光景が、俺が昔話を思い出したきっかけでもある。

「うーん、なんでだろうね?」

 魔女さんはやや考え込んでから、

「口うるさいお節介さんに日ごろの感謝を込めて、ってところかな」

「お節介さん……?」

「そう、お節介さん」


 うーん、やっぱり魔女さんってよくわからない。

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