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勇者のおともだち(連載版)  作者: 富士本仙人掌
3/9

2枚のチケット(表)

(表)と書いた通り、(裏)もあげる予定ですが、単品で問題なく読めるように仕上げた……はずです。

 決して広くはない、けれども我が家と比べると何倍もの広さのある木造建築。

 家主と違ってこの建物に出入りする者は粗暴で粗野で粗雑な人間ばかり。その割に綺麗に見えるのは家主のモットーである「外見も味」を忠実に守っているからだろう。


 ウサギさんの朝は遅い。というか、朝じゃない。

 『ウサギさんの酒場』の営業時間は日没から夜中までで、買い出しは夕方から。したがって彼女は太陽が我々の真上に到達する事に目覚める。


 そして、今はちょうど真昼間。

 街の賑わいに反して、『ウサギさんの酒場』の1階は元より、2階も沈黙を保っている。

(もう、起きてると思うけどね)

 ウサギさんは「趣味は二度寝です」と言って並み居る男たちを「じゃあ、どうやって遊びに誘えばいいのよ?」と困らせてきたように、寝るのが大好きな眠り姫でいらっしゃる。起きたらまず寝る、とりあえず寝る、もはや生きる目的は寝るためですという程にとにかく寝る。口癖は「寝てるだけでお金入ってこないかなー」である。

 実家では何不自由なく暮らしてこれた私は『むしろ何不自由ない生活』に耐えかねて都に出てきたというのに……


「ウサギさーん」

 私は2階の窓へ呼びかける。

「○×△♪~」

 返事がすぐ返ってきたが何を言っているのかさっぱりわからない。

 しばらくして、窓から身を乗り出した彼女の、本来眼があるはずの箇所に真横の一本線が2本。

 目を開けろ、落ちるぞ。


「これ、拾ったんだけどさ、一緒に行かない?」

 私は(彼女の眼には映っていないだろうが)手に持った2枚のチケットをヒラヒラと振って見せる。

「マンゴスチン・フィル・ハーモニー? なんかオーケストラのチケットだってさ」

 今夜、と続けようとした私を遮るように

「マンゴスチン!? それすっごい高いんだよ! 魔女さんどうやって手に入れたの!?」

 カッと見開くウサギさんの双眸。そうか、高いのか。

「知り合いのジェントルメンにもらった」

 本当は家の前に落ちていたのを拾っただけなんだけど、「これはきっと神様からの贈り物だ」と有り難く頂戴した。


 魔族は神様を信じているわけではない。

 ただ、私は『神様のようなもの』つまり『我々を遥かに超越した何か』という概念、または『この世界を作った誰か』という創造主という概念が、なんとなく、なんとなくだけど、あるような気がしている。

 人間が持っている信仰心とは違うんだけど、「なぜ人と魔族が争うのか」と言った疑問から始まり「そもそもなぜ人と魔族が存在するのか」と連鎖し、話の根っこを探れば探るほど『始まりの何か』が存在するような気がしてくるし、その『始まりの何か』は私の想像を遥かに超えた何かなんだ。


「行く行く! よっしゃあ! 今夜は臨時休業だ!」

 窓からウサギさんの姿が消え、目の前の建物もお昼の喧騒を奏で始めた。


 ま、今大事なのはこのご機嫌な友人とご機嫌な休日を楽しむこと。



 ウサギさんを誘っておいてなんだけど、私は音楽というものがあまり好きではない。

 嫌いではない。わからないんだ。

 一つ一つの楽器が各々のパートを奏でて、指揮者が綺麗に取りまとめて一つの『音楽』を作り出す。その感覚は言葉では理解できるのだが、私の耳には『分かれて』入ってくる。別々に入ってくる音たちがどうしても一つの『音楽』にならないし、別々の音を一つにまとめようとすると頭がものすごく、著しく、極限まで混乱する。

 多分魔族と人間の身体の構造が違うからなんだろうな。事実、音楽を嗜む魔族は極端に少ない。


 人間に対して若干の嫉妬を感じながら、隣の席を見るとウサギさんの鼻から綺麗な風船一つ、寝るのかよ。



「いーやー、すっごく良かったね! 魔女さんありがと!」

 手足を大振りにブンブンと隣を歩くウサギさん。

「あなた寝ていたでしょうが……」

「魔女さん、眠くなる音楽は寝てあげるのが礼儀なんだよ。覚えときな」

 チッチッと指を振る。

 私はずっと頭がこんがらがって、とてもじゃないけど寝られなかった。

 『音楽』を理解できると眠れるのか。人間ってすごいな。


 ウサギさんを誘ったのは太陽が頂点にあった頃。

 今、頂点に坐しているのはこれでもかというくらい、まるーい満月。

「いやぁ、臨時休業にした甲斐があったよ!最近は全然お店を休んでなかったしさ。たまにはこういう日があってもいいよね!うんうん!」

 いつもウサギさんにはお世話になっている。そんな彼女の息抜きになったのならこちらこそ誘った甲斐があった。



 劇場から家までの道のりは真っ直ぐなものだったが、途中で渡るのに1分もかからない、小さな橋に差し掛かる。

 橋自体は石造りでところどころボロが出ているが、橋の上から川を見下ろすと綺麗に月が水面に揺らめくのが見物。『この橋の上で愛の告白をすると結ばれる』という伝説があるんだかないんだか、かつてどこぞやかの貴族の息子が敵対するどこぞやかの貴族の娘に愛の告白をしたんだとか、とにかく愛の告白との縁が深いため『告白橋』と呼ばれている。


 そして、私たちがちょうど橋に差し掛かったところ、

「あなたがいたから、どんな敵が相手でも勇気が沸いてきた! あなたがいたから、怖いものなんて何もなかった! あなたがいるから、毎日が楽しいの! あなたが私の事を見てくれなくてもいい! あなたが生きていてくれれば、幸せになってくれれば、それが私の生きる目的なの!」

 橋の真ん中に2つの人影、私たちに背を向けている方が女性で、今の叫びは彼女のものだろう。

 背筋からゾクゾクと上り詰める何か、それが肩、首、やがて頬の辺りまでやってきて、自分でも顔が真っ赤になっていくのがわかる感じ。

 とっさにウサギさんの頭を掴んで一緒にしゃがんだ。

 この場に第三者が入ってはいけない。それくらいは私にだってわかる。

「おおおおお、ベストタイミングだねー、いいもの見ちゃったねー」

「シーッ、聞こえたらどうすんの」

 女性の方が愛を叫んでいる、世界の片隅で。

 あまりにストレートな言葉、ストレートな感情、何も包み隠さないむき出しの叫び。

 一糸まとわぬ素っ裸な告白、この時期はきっと寒いことだろう。

 男よ、早く受け止めてやるのだ。その熱い心が冷めてしまう前に、お前の熱いハートで包み込んでやるのだ。今、この瞬間がお前たちの物語のクライマックスなのだ。これから大団円に一直線。お前が告白を受ければ私たちは拍手してやろう、二人の門出を祝福してやろう。「いやぁ、たまたま通りかかっちゃってさぁ、でもいいもの見せてもらったわ、よっ!お二人さん熱いねー!」とヤジ馬根性丸出しで祝ってやろう。見ようぜ、皆が笑えるハッピーエンドってヤツを「ごめん、俺、好きな人いるんだわ」



 ……へ?



「ホント、ごめん」

 男は頭を下げ、逃げるように走り去って行った。というか、逃げて行った。

 吐き出した感情は行先を失い、全てを吐き出した女は男が去った方向を見つめながら、脱力して膝から崩れ落ちた。


「魔女さん魔女さん」

「なによ」

「この状況、どうしたらいいのかな」

 知るか。

 私は、人間を苦しめる方法ならいくらでも知っているが恋に破れた女を慰める方法なんか知らない。



「ねえ、普通さ、あの状況で振るかなぁ!? おかしくない!? 空気読めてなくない!? 嘘でも『俺も好きだー!』、とか言うべきところじゃない!?」

 彼女がジョッキをガンガンとテーブルに叩きつけると、ビールの飛沫が手に、腕に、顔に飛んできた。

 嘘でもいいのかよ、とウサギさんが小さくつぶやいたが彼女の耳には入っていないようだ。


 今夜臨時休業だった『ウサギさんの酒場』は今夜臨時営業をしている。

 とはいっても、客はついさっき盛大な告白を断られた彼女と私だけ。

 告白の場面に居合わせちゃった罪悪感、失恋の現場に目撃してしまった罪悪感、いずれにせよ罪悪感がすごかった私たちは彼女のヤケ酒に付き合ってやることにした。


「私たちさ、田舎も一緒でさ、そんでアイツはすごい鈍感なヤツだったから器用さの必要な仕事は全部私が受け持ってやろうと思って頑張ってシーフになったんだよ!? これでも結構尽くしたつもりだよ!? だからせめて……せめて、第二夫人にしてくれよ!」

 第二夫人でいいのかよ、とウサギさんが小さくつぶやいたが以下省略


「明日からどうしたらいいのかな!? アイツが好きな子って、私じゃないとなるともうあと一人しかいないもん!」

 聞くところによると、彼女たちは男女二人ずつのパーティだったらしい。つまり、盗賊さんが振られたとなると必然的にもう一人の女性のことが好きだという推測が立ってしまう。それはもう、悲しいくらいに。


「気まずいよぉ……明日からすごく気まずいよぉ……う、うええええええん」

 最後には泣き出す始末。好きな人に振られるショックは一時的なものだが、好きな人が他の人とくっつく苦しみは、仲間として一緒にいる限り続いていく。

 盗賊さんの本当の苦難はこれからなのかもしれない。だったらいっそ、

「パーティ抜けちゃえば?」

「そんな気楽に言うけどさ、私なんかどこのパーティがとってくれるのよ!? あなた知ってる?盗賊って需要ないのよ! じゃあさ、あなたが、あなたが仲間にしてくれるの?」

 私の提案に反論する盗賊さん。盗賊さんは仲間にしてほしそうにこちらを見ている。

「私は嫌だ」

 だが断る。私は人間とは組まない。


「だったらいい加減な事言わないでよ!!」

 泣いたり怒ったり忙しいヤツである。

 偶然にも関わってしまったからには、責任を取らないにしても、どこか落としどころを見つけてやるべきだろう。心当たりならあるしね。

 盗賊さんの手の上に私の両手を重ね、

「まあまあ、落ち着いて。私は仲間になれないけれど、人手不足のパーティなら知ってるんだ」

「……それ、ホント?」

 言ってやると、潤んだ瞳で私を見つめる盗賊さん。

「ホントもホント。多分まだ二人パーティだし、自分から仲間増やせるほど社交的じゃないし、勇者と武道家だからサポートが得意そうな盗賊さんなら大歓迎だと思うよ?」


 そこの勇者もかなり鈍感だけど。

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