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勇者のおともだち(連載版)  作者: 富士本仙人掌
2/9

ウサギさん

 我が家の2階に真っ黒な点を除けばどこまでもシンプルで、オーソドックスな、口の広い壺がある。

 中には何も入っていないが、ときどき壺の中に怪しげな光が2つ、ポツンポツンと現れる。

 叔父の壺男爵は壺の間を自由に行き来するが、壺の中からは出てこられないので、彼と連絡を取るためには家に壺を置いておかないといけない。

 私個人としては壺男爵と連絡を取りたくないのだが、過保護な叔父は「壺を置かないなら都に攻め入りますぞ!!」などと物騒なことを言い出す始末。「ただの壺に何ができるのよ」と喧嘩を吹っかけてもいいが、それはそれで余計話がこじれるので、渋々居場所を用意してやることに。

 まったく女の一人暮らしに干渉する親戚はいかがなものかと思うが、姪の私にも「魔王様ですから」と敬語を使う律儀さは美徳だと思う。


 今日も壺の中の叔父と世間話をしている、というのは建前で世界情勢を語りたくてしょうがないこの老害の話に付き合ってやっているだけ。

 壺に語り掛けるサマは、人間には見せられないな。「あの人はね、春の陽気に当てられた残念な人なんだよ」だなんて噂を流されると都での生活に支障が出るのは明らか。

「ヒノモトでは次の王様がネコなのかイヌなのかを巡って、タヌキ将軍とキツネ将軍が大戦争しているそうです」

 あっそう。じゃあ、ネコさんとイヌさんが直接拳と拳で語り合った方が早そうなのにね。

「案外、本人たちはどちらでもいいとか思っていそうですな」

 それ、言えてるかもね。勝手に大将に祭り上げられて、勝手に争わされて、何だか可哀そう。

 ちなみに私も、こんなどうでもいい話を聞かされて可愛そうなんだけど・・・・・・

「そこで、なんでですが魔王様……」

 行かない。行くわけがない。私はまだここにいたいし、何よりもめんどくさい。話の続きを聞くまでもなく却下した。

「ええっ!」

 壺の中の光が、少し大きく広がった気がする。ギョッとして目を見開いたかのよう。

「魔王様、一国の内乱時というのはですな、千載一遇のチャンスなのですぞ。これを機にヒノモトを占領すべきです!」

 それならノブさん辺りに任せようよ。なんか最近戦いたくてうずうずしてるって聞いたよ。なんか自称第六天魔王なんでしょ? ププッ

「ノブですと!? あんなアホに任せられるわけないでしょう!?」

「だってどうでもいいしー」

 どうでもいい事はどうでもいい人に任せればいい。だってどうでもいいから。


 と、そこへ外から私を呼ぶ声が耳に入った。

「魔女さーん、魔女さーん、隠れてないで出ておいでー! どうせ家にいるんでしょー? 暇なんでしょー? 買い出し付き合ってよー!」


 あ、私は周りからは魔女さんと呼ばれている。「とんがり帽子がいかにも」なのだそうだ。


 私がとんがり帽子を被っているのは、頭の角を隠すため。

 魔法で見えなくするのは簡単だけれど、魔力って別に無尽蔵にあるわけでもないし、帽子で隠せるならその方が楽だし。

 角がばれないようにとんがり帽子を被って窓から身を乗り出すと『ウサギさんの酒場』のウサギさんだ。

 ウサギさんって呼ばれているけど耳は縦長でなくまさに人間のそれ、眼も赤くなくてまさに人間のそれ、どこがどうウサギさんなんだろう?

 両手に空の籠を持ってこちらをみあげている。

「いいわよー! ちょーっとそこで待ってて!」

 中に戻ると、壺に向き直り別れを告げる。

「という事だから、ヒノモトはノブさんに任せる、以上! じゃーねー」

「あ、こら、魔王様! 魔王様! まだ話は終わってませんぞ! まだわっしの話は!」

 ああもう。うるさいうるさい!

 壺を持ち上げクルリンパ、逆さまにしてやる。

 叔父は入り口の塞がった壺には登場できないらしいのだが、魔王の叔父である割に攻略法が簡単すぎると思うんだよなぁ。叔父がボスだったらレベルの低い勇者にとってはボーナスステージになってしまう。


 むしろ、そういう建設的な議論を交わした方がいくばくか有意義なんじゃないだろうか。それはそれでどうでもいいんだけど。


「ありがとね、ちょうど出かけたい気分だったんだ」

 ウサギさんにお礼を言うと、ウサギさんはうれしそうに

「こちらこそ今日は助かったよぉ。昨日は結構お酒がキレちゃってさぁ」

「あー、昨日は勇者がバカみたいに飲んでたしね」

 いや、実際にバカなのか。付け加えたところ、

「魔女さんも一回くらい勇者と冒険に出てあげればいいのに」

 幼馴染とパーティを組んでからも、勇者は私の事を諦めていなかったらしい。

 毎回というわけではないが、そうだな、3回に1回くらいは「仲間にならないか」と誘ってくる。

 特に昨日はかなりしつこくて、さっさと潰しちゃった方が楽だろうと、とにかく飲ませまくってやった。きっと今頃幼馴染に「勘違いしないでよね! あんたが戦えないとクエストこなせないから仕方なく介抱してあげるんだから!」とかそんな事言われていることだろう。

 勇者も私なんかほっといて、もっと身近な人を大事にすればいいのにね。

「でもさでもさ、魔女さんってかなり強いじゃん? 酒場でもすごくすごくすっごーく、噂になってるよ。たまーに一人でフラーッとクエストに出かけてサラーッと終わらせてくるしさ」

「それは……」


 家の家賃やら、食費やら、税金やらで都の生活はとにかくお金がかかる。

 そう、税金。私は田舎に帰れば徴収する側なのに、この都では徴収される側なんだ。

 何もしていないのにお金がかかるんだから都の生活ってコストパフォーマンスが悪い。


 魔族って力だけ無駄にあってお金はからっきしだから仕送りもあまり期待できない。

 だからお金がなくなったら冒険者の真似事でクエストを受注しているのだが、この『その日暮らし感』は冒険者の真似事というより、まさに冒険者ではないか。


 やっぱり噂になるよねぇ……

「だって一人のが気楽じゃない?」

「うっわ、魔女さんさすがっす……」

 魔王だから人間とパーティ組めません、と言うわけにはいかない。


 ウサギさんの事は結構気に入っているんだ。

 誰に対してもフレンドリーで、気さくに話しかけてくれる。

 こんな私が楽しく暮らせているのもほとんど彼女のおかげ。

 

 彼女にだけはバレたくない。


「そういえばさ、ウサギさんは何でウサギさんって呼ばれているの?」

 あまり続けたい話ではなかったので話題を逸らした。

「え? 魔女さん知らなかったの?」

 大した話じゃないよ、ウサギさんが続ける。

「ウサギって孤独だと死んじゃうでしょ? 冒険者もソロで冒険に出ると危険でしょ? そんなウサギさんたちのための酒場って意味でうちの酒場を『ウサギさんの酒場』って名前にしたんだけどさ」

 ウサギと冒険者をかけたのか。


 ……なるほど?


「でもさ、お客さんはそんな事知らないじゃない。で、お客さん同士で勝手に『ウサギさんの酒場』だって言うからには店主がウサギさんなんだろうって話になったらしくて、私がウサギさんって呼ばれるようになったの」

 そりゃ誰だってそう考えるだろう。だって『ウサギさんの酒場』だぞ?

 て、ことはさ、まさかさ、

「あなたの名前は……」

「少なくともウサギじゃないよ?」

 もう酒場の名前変えろよ紛らわしい。

「本人の知らないところで勝手に盛り上がって、勝手に話が進んじゃう事って、あるよね」

「そんなことあるかなぁ……?」

 あ、似たような話をさっき聞いたような……なんだっけ?

 ま、いっか。

 きっと大した話じゃない。


 ウサギさんの買い物に付き合ってあげたら、その夜は酒場で色々ごちそうしてもらった。

 大ラバのお肉をバターで炒めただけのシンプルな料理だが、これが大好きなんだ。大ラバは普通に食べるとパサパサしているが、バターの油を吸うと程よくジューシーになり、本来のうま味が引き立つ。私も家で時々つくってみるのだが、ウサギさんのようには作れない。「これがプロの技」かという事を教えてくれる、一番身近な例である。


 勇者は二日酔いだからか、今夜は来なかった。


 おかげで誰にも邪魔されず、静かに飲むことができたのだが……勇者の幼馴染が突然店に現れ、ズカズカと私の席に近づき、ビシイッと私を指さし、

「あんたなんかに負けないから!」

 と、言うだけ言って帰っていった。


「おおっ! ついに戦線布告だ!」

「俺は魔女さん派だからな!」

「ていうかなんであんなヤツに二人も……」

「むしろ魔女さん俺と付き合ってよ!」

「三人とも爆発しろ!」

 口々に騒ぎ出す常連たちと、ニヤニヤしているだけのウサギさん。


 皆は何を勝手に盛り上がっているんだろう?

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