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勇者のおともだち(連載版)  作者: 富士本仙人掌
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勇者のおともだち

勇者が我が家に入り浸るようになってからそろそろ一週間になる。


 我が家と言っても都の隅っこ、「狭いのを誤魔化すために高く建てた」としか言いようがない木造の3階建て。1階はギリギリ1人立てるキッチンに階段、小さい丸テーブルに壊れかけの椅子が2脚、勇者と私が座ったらもう人っ子一人通れない。


 都の家は『通りに面した部分の長さ』で税率が決まるので都に住む人間は家を狭く、高く建てる傾向がある。といってもそれは平民の話で、金を持っている貴族や商人の家は横に長い。家の広さでその家の豊かさがわかってしまうと盗賊に優先して狙われるような気もするが、盗賊に狙われる事自体が彼らにとってある種のステータスらしい。「いやぁ、昨日うちに泥棒が入ってさぁ」「そうそううちにも先週泥棒が入ったぜ?」と自慢し合う貴族たちの社交場というのも、なんだか滑稽だ。


「今日も仲間ができなかったよぉ……」

 勇者は我が家の扉を開けて、決まってこう口にする。

 他に行く所がないのか、と聞きたいところだが、それは彼のガラスのハートを粉々に粉砕してしまうことが確定的に明らかなので私はあえて何も聞かない。

 間違いなく、この男は他に行く所がないんだ。

 実家は都から徒歩で約3日間のところにある農村、その気になればすぐに帰れるのが救いか。


 そんな勇者との交流は『ウサギさんの酒場』で一人飲んでいたところ、

「へい、彼女! 俺と冒険しないかい?」

 親指を立て、ウィンクして見せるこの男に誘われたのがきっかけである。

 本来はそんなに社交的な性格ではないのだろう。無理してキャラを作っている事がバレバレで、"気持ち悪さ"や"おぞましさ"といったあらゆるネガティブな感情を通り越して"可哀想"というまた違うネガティブな感情になった。


 とにかくこの勇者からはネガティブな感情しか沸いてこなかったのである。

「ごめんなさい。あなたの仲間にはなれないけど、話し相手くらいにはなってあげる」

 何気なくちょっとした優しさを示してしまったのが運の尽き、「声のかけ方がわからない」だの「無視されると一日立ち直れない」だの「周りが全員自分をあざ笑っている気がして心が落ち着かない」だのと、延々と勇者のぼっちなグチに付き合わされ、別に飲ませたわけでもないのに勝手にグイグイ飲み続け、勝手に酔いつぶれてしまった。


 まともに歩くことも話すこともできなくなった勇者にお金を払わせる事もできず、お会計は私が全額支払う羽目になってしまった。

 さらに不幸な事に、勇者の宿がどこにあるかも聞けなかった。

 酔いつぶれた他人なら見捨てるところだった。だが、この男は知人になってしまったのである。

 知人を道端みちばたに放置するほどの悪人にはなれず、仕方なく我が家に泊めてやったら、結果的に家を特定されてしまった。


 それから毎日夕方頃になると、勇者がお茶を飲みにやってくる。


「最近の勇者ってそんなに仲間を作れないものなの?」

「そうなんだよぉ、強くて経験豊富な勇者だったらすぐに仲間見つけられるんだけど。俺って未経験だからさ、話も聞いてくれないんだよぉ」

 それならば、未経験者が経験者になるための経験というのは、どこで誰が積ませてあげられるんだろう?

 ついだお茶を勇者の前に出しながら、ふと疑問に思った。

「やっぱとりあえず1人で冒険に出るしかないのかなぁ……うっめぇ!」

「こんなの、都を出たらそこらじゅうに生えているよ」

 マキラン草から抽出されるお茶はあまり知られていないが、苦みが少なく、スッキリとした口当たりに僅かな酸味がいいアクセントを出していて、ものすごく美味い。故郷では滅多に生えていないので稀少なお茶なのだが、都の周辺においては雑草か何かだと勘違いされるほど生えている。というか以前、マキランの葉を積んでいたら「そんな雑草を集めてどうなさるんですか?」と聖職者らしき人に半ば職質のように聞かれた事がある。

 いい物って案外近くにあるのだが、当の本人達は気付かなかったりするものだ。

「そうだ、1人で冒険に出るなら私が発注してあげようか」

「え、ホントに?」

「ええ、本当に簡単なクエストだけど、それに報酬もお小遣い程度だけど」

 マキランの葉を取って来てくれれば、お小遣いくらいは出してもいい、そう思ってた。

 私はこの通り小さい家を借りて、お茶はそこら辺の草で作るような質素な生活をしているおかげで、お金にはかなりの余裕がある。

 それでこの可哀想な勇者が"未経験者"から曲がりなりにも"経験者"になれるなら、そんなに悪くない取引だと思った。そう思える程度にはこの勇者には愛着というか、情のようなものはある。

 だが勇者は、しばらく考え込んでから、

「でも、いいよ」

 どうして?

「そりゃ、俺は四の五の言っていられないのは確かなんだけど」

 確かに、どんな小さな、些細なクエストでも1回と0回は全然違う、でも、

「友達の優しさに付け込むのは、何か違う気がするんだ」

 ……ふーん、友達ね。

「……じゃ、一人前の勇者になってから発注するわ。さっさと成長しなさい」

 かくいう私も友達は多い方ではない。

 『友達』という響きにはムズムズするというか、ニヤニヤしてしまうというか、悪い気はしなかった。


「やっと仲間が見つかったよ!」

 そういって勇者が我が家に現れたのはそれからさらに一週間経ってからのことであった。

 資金が底をつきたため、親にお金を工面してもらいに帰っていたらしい。

「あら、よかったじゃない。立ち話もなんだからあがってく?いつも通りのお茶しか出せないけど……」

 と、勇者の後ろにツレがいる事に気が付いた。赤い髪を後ろに二つ束ねて、猫を彷彿とさせる瞳、身軽な服装に皮のグローブ、武道家かな?

「あら、お仲間さん?」

 声をかけてみると、

「な、仲間じゃないわよ! こ、コイツが1人で都に来れるか不安だったから、仕方なく、そうよ、仕方なく着いて来てあげたの! あと、あとあとアタシもちょっと都を見てみたかったし、ついで、ついでなんだから!」

 ああ、幼馴染か。確か田舎に幼馴染がいるって言ってたっけ。

 なるほど、近くにいるもんなんだな。


「そういうわけでさ、これから初めてのクエストに行くんだ!俺も幼馴染もまだまだ初心者だから、まずはゴブリンの退治から始めるけどさ、ゆくゆくは魔王を倒せるような立派な勇者になるから!」

 嬉々として話す勇者の顔はどことなく明るい。

 人間ってほんの些細な事でこんなにも表情が変わるから、すごく不思議で、すごく面白くて、見ていて本当に飽きない。

「じゃあ、数日は会えなくなるね」

「ああ! でも、今回のクエストだって無事に終わらせてくるし、これからあっという間に成長してやるからな!」

「ふふ、期待してるね……ほら、さっさと行きなさい。可愛い幼馴染が嫉妬で顔がサラマンダーになってるわよ?」

「誰がサラマンダーだ! あと嫉妬してないから! こんな男がどこの女と仲良くしてようが全然関係ないんだから!」

「まあまあ……じゃあ、またね!」

「ええ、また」


 去っていく二人の背中は、まだまだ頼りないけど、これから頼れるようになればいいだけのこと。

 今後の楽しみが一つ増えたような気がした。

 結局、私はあの勇者にとって何の役にも立たなかったけど、まあ、散々話し相手になってやったんだし、ちょっとくらい意地悪したっていいよね?


 夕日を背に徐々に小さくなっていく二人の背中を見つめながら、私はご近所さんたちに聞こえないよう、ましてや彼らに聞こえないよう、小さくつぶやいた。


 おーい、魔王ならここにいるぞ。

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