皇女と私
高円寺に抱き抱えられたまま学生寮に到着した私達は、そのままコンシェルジュのいるフロントまで向かった。
正直私としては恥ずかしいから降ろして欲しいのだが、きっと言っても聞いてくれないだろうと思い大人しくしているのだ。
「これは高円寺様に早崎様!どうなされましたか!?」
「早崎さんが足を怪我して早退したんだ。出来ればこのまま部屋まで運んであげたい。そこで、私が女子寮に入る許可を貰いたいんだが」
「し、しかし・・・女子寮は男子禁制となっていまして・・・」
「頼む!」
「・・・承知致しました。今回は事情が事情なだけに特別に許可致します。しかし、こちらから女性スタッフを一人お付け致しますが宜しいですか?」
「ああ、それで構わない」
フロントにいた男性チーフマネージャーの提案に、高円寺は頷いて受け入れた。
そうしてすぐに女性コンシェルジュが来てくれ、三人で私の部屋に向かったのだ。
私の部屋の前までくると、私は部屋の鍵をコンシェルジュに手渡し鍵を開けて貰う。
そしてコンシェルジュがドアを開け、私達が中に入れるようにドアを支えてくれたので高円寺は私を抱えたまま歩を進めた。
しかし部屋に入る直前、高円寺は足を止めそのコンシェルジュに顔を向ける。
「すまないが、君は暫くここで待機していてくれ」
「しかし・・・」
「少し早崎さんと二人で話がしたいだけなんだ。そんなに長い時間は掛けない」
「・・・承知致しました。ただここは女子寮ですので、くれぐれも節度ある行動をお願い致します」
「ああ、分かっている」
コンシェルジュの言葉に、高円寺は苦笑しながらそのまま部屋の中に入っていった。
そうしてコンシェルジュが静かにドアを閉めてくれたのを確認した高円寺は、部屋の奥まで足を進め部屋の中にあるベッドの端に私を座らせてくれたのだ。
「高円寺さん、ありがとうございます」
「お礼は良いよ。それよりも怪我は痛むか?」
「いえ、高円寺さんの治療が上手いお陰で、今は全く痛く無いです」
「そう・・・それは良かった」
私の言葉に、高円寺はホッとした表情になる。
そして高円寺は私の前に跪き、私と視線を合せ私の両手を取って握ってきた。
「詩音さん・・・さっきは麗香の境遇を話したが、だからと言って詩音さんに何とかして欲しいと思っている訳ではないからね」
「・・・・」
「麗香の事は私達が守るから、詩音さんには麗香の友達となって仲良くして欲しいだけなんだ」
「それは勿論、藤之宮さんと仲良くなるつもりですよ!でも私も・・・」
「お願いだ、私の為にも無茶はしないで欲しい!」
「高円寺さん・・・」
必死な形相でそう願ってくる高円寺に、私は何も言えなくなりただ小さく頷く事しか出来なかったのだ。
「ありがとう」
そう高円寺は安心したように頬笑み、さらに強く私の手を握ってきた。
するとその時、急に高円寺は怪訝な表情に変わり耳に掛けている無線に手を添える。
「ああ私だ・・・そうか、分かった。すぐ向かう」
そう無線に向かって言った高円寺は、再び私の方に視線を向けすまなそうな表情になる。
「すまない、私はもう戻るよ」
「・・・先程の怪しい人物、見付かったんですか?」
「・・・いや、何処を探してもそんな人物は見付からなかったらしい」
「そんな!?私、確かに怪しい人影を・・・」
「分かっているよ。詩音さんが、嘘を言ってるとは思って無いから安心して。ただそうなると・・・内部に手引きした者がいるのかもしれないな」
「え!?」
「ああ、詩音さんは心配しなくて良いよ。この件は私の方で調べるから。だから詩音さんは、安静にして早く怪我を治してね」
「で、でも!・・・・・はい」
「じゃあ私は行くから・・・またね」
「っ!!」
高円寺は立ち上がりながら、私の額に軽くキスをしていったのだ。
私は慌ててそのキスをされた額に手を当て、顔を熱くさせて動揺する。
そんな私を高円寺は楽しそうに見てから、部屋から出ていったのだった。
そうして高円寺が出ていき、部屋には私一人っきりとなったのだ。
暫くして高円寺から受けたキスによる動悸もなんとか治まり、私はベッドの端に座り顎に手を添えながら、先程あった藤之宮の事件の事を考え出した。
・・・さっきの高円寺さんの話と私が見た怪しい人影からすると、やっぱりあの藤之宮さんに倒れてきた木は行為的に起こされた事なんだろうな。でも、高円寺さんがすぐに捜索の手配をしたのに、見付からないって・・・やっぱり他に仲間がいるって事なんだろうな。それも、高円寺さんが言った通り内部の人間に・・・。
私はそう考え一体誰なんだろうと考えるが、さっぱり思い浮かばず、ただ悶々とした気持ちのまま時間が過ぎていったのだ。
そうして暫く部屋で一人思案に耽っていると、突然私の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「え?こんな時間に誰だろう?」
怪我を理由に私は早退したが、本来今は午後の授業中の筈なので、この時間に私の部屋を訪ねてくる人がいるとは思わなかったのだ。
私は怪訝な表情でそっとベッドから降り、足音を立てないように静かにドアの場所まで近付く。
そして私は警戒しながら覗き穴から外を覗き、次の瞬間驚きに目を瞠りすぐさまドアを開けた。
「藤之宮さん!?」
「・・・思ったよりも元気そうですわね」
私の部屋の前にいたのは、女性SPを後ろに引き連れている藤之宮だったのだ。
「ど、どうしてここに!?」
「貴女・・・この教科書、あの中庭に忘れていきましたでしょう?」
そう言って藤之宮は、後ろに控えているSPに目配せすると、そのSPが一歩前に進み出て、脇に抱えていた教科書を私に手渡してきた。
「あ!そう言えば、あの時投げ捨ててたんだ!わざわざ持ってきてくれたの?ありがとう!!」
「いえ、私も早退したのでそのついでですわ」
「そっか・・・藤之宮さんも早退したんだね」
「ええ・・・早崎さん、少しお話しても宜しいかしら?」
「お話?良いよ。良かったら私の部屋にどうぞ」
「そうさせて頂きますわ・・・貴女、暫くここで待機してなさい」
「麗香様!私もご一緒致します!!」
「いえ、この方は安全ですので一人で結構ですわ」
「しかし!!」
「あ~そんなに心配なら、とりあえず一度私の部屋の中を調べて貰ってからで良いですよ?」
SPが困っているのを見て、私は妥協案を提示して見せたのだ。
「・・・分かりました。では一度部屋の中を検めさせて頂きます」
「はいどうぞ」
私はそう言い、ドアを開け放ってSPを部屋の中に入れる。
そうしてSPは暫く部屋の至る所を調べると、特に問題が無いのを確認し、そして私に謝罪とお礼を言ってドアの外で待機する為部屋から出ていった。
「・・・早崎さん、私のSPがごめんなさい」
「全然私気にしてないから良いですよ!それにこれは、藤之宮さんを守ろうとしている事ですから」
藤之宮が目を下げすまなそうにしていたので、私は慌てて気にしてないと言ったのだ。
しかしそれでも、藤之宮の表情は晴れなかった。
「藤之宮さん?」
「・・・その足」
「ああこれですか?あの後、高円寺さんにちゃんと治療して頂いたので、もうあまり痛くないですから大丈夫ですよ!」
「そう・・・」
「あ~とりあえず座ってね」
私はまだ沈んだままの藤之宮に、近くにあるソファに座るように促し、私は部屋に用意してあったポットからお湯を出して紅茶を作り、カップに入れて藤之宮の前にある机に置く。
「藤之宮さんの口に合うか分からないけど、良かったらどうぞ」
「・・・ありがとう」
藤之宮はそう言い、カップを手に取って一口飲んだ。
「・・・美味しい」
「ありがとう。これ実家でよく飲んでた、お気に入りの紅茶なんですよ」
若干目を見開き驚きの目で紅茶を見つめる藤之宮に、私ははにかみながら紅茶の説明をした。
そして私も自分用に紅茶を入れ、カップを持ったまま再びベッドの端に座ったのだ。
「それで話って?」
「・・・雅也から私の事を聞いたそうね」
「・・・ええ」
「ごめんなさい!私のせいで貴女に怪我を負わせてしまって!」
「ちょ!藤之宮さん!?」
突然藤之宮は私に向かって頭を下げてきたので、私はその行動に動揺し慌てて頭を上げるように訴える。
私の必死の訴えに、渋々ながら藤之宮は頭を上げてくれたが、その目はまだ責任を感じ沈んだままだった。
「雅也から聞いたと思うけれど、私を狙っている者達がいますの。そして私の近くにいる事で、巻き込まれてしまう可能性も・・・。ですから・・・もう私に近付かないで頂きたいのですわ。今回はたまたますり傷程度で済みましたけれど、今度もそうだとは限りませんもの!だから、もし今度先刻のような場面を見られましても、私の事など放っておいて欲しいのですわ!!」
そう必死に訴えてくる藤之宮を見て、私は一言キッパリと言い切る。
「無理です!」
「え?」
「私、今回のような場面に出会したら、多分同じ事をする自信があるよ!」
「し、しかし!雅也から貴女は、もう危ない事はしないと言う約束を得たと聞きましたわよ?」
「う~ん・・・まあ確かに、私が行動して高円寺さんの邪魔になってはいけないから、極力自分からは行動しないと思うけど、さすがに咄嗟の事には無意識に体が反応しちゃうから、こればかりは約束出来ないかな」
「・・・・」
「だからその時は、藤之宮さんを守りつつ私も自分の身を守る事に気を付けるね!」
私が笑顔でそう言い切ると、藤之宮は唖然とした目で私を見た後、僅かに笑顔になった。
「・・・ふふ、本当に貴女のお兄様の言った通りですわね」
「え?」
「貴女のお兄様が、きっと貴女ならそう言ってくるだろうと言われていたのよ」
「響が?」
「ええ・・・本当、雅也の言った通り面白い双子ですわね」
「そんなに面白いかな?」
「少なくとも、私の知っている人達に貴女達のような、面白くてお人好しな人はいなかったわ」
そう言って楽しそうに笑う藤之宮を見て、私も嬉しくなったのだ。
「藤之宮さん、そうしていつも笑っていればもっと可愛いのに」
「っ!!」
私の言葉を聞いて、藤之宮は一気に顔を赤らめる。
「そ、そう言う所も、双子でそっくりなのですわね!!」
「え?」
「な、なんでもありませんわ!それよりも、貴女達を早崎さんと両方呼ぶのは紛らわしいので、貴女の事は詩音さんと呼ばせて頂いても宜しいかしら?」
「全然構わないですよ。それなら私も、麗香さんと呼んで良い?」
「良いですわよ。特別に許可して差し上げますわ」
「ふふ、私達兄妹共、麗香さんの特別を得ちゃったね」
「っっ!!」
私が楽しそうにそう言うと、その事実に気が付いた藤之宮が再び顔を赤らめ言葉を詰まらせる。
そして目の前にある、すっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すと勢いよくソファから立ち上がった。
「わ、私、そろそろ部屋に戻りますわ!紅茶ご馳走さまですわ!」
そう一気に捲し立てると、藤之宮は足早にドアまで歩き出していく。
「ふふ、またね!」
私はそんな藤之宮を、笑顔で見送ったのだった。




