成績発表
高円寺から婚約指輪を貰った翌日、私は学園に登校すると何故か出会う人出会う人に、婚約おめでとうとお祝いの言葉を言われるのだ。
どうして皆知っているのかと驚いていると、楽しそうな顔をしながら登校してきた響きに、どうやら高円寺本人がその情報を流したらしいと聞きさらに驚く。
「詩音、本当に愛されてるね。よっぽど詩音に、悪い虫が付いて欲しくないみたいだ」
「は、はぁ・・・」
確かに高円寺はそんな事を理由にして言ってきてもいたが、まさかこんな事をするとは思っていなかったので、正直呆れてため息が出てしまった。
「だけど、効果はあったみたいだよ」
「え?」
「ほら、あそこにいる人達の表情・・・」
響きにそう目で示され私はその方向に視線を向けると、そこにはとても悲しそうな表情で私を見ている男子の集団がいたのだ。
そして私の視線に気が付くと、一部の男子が何故か急に涙を流し出してしまい、その周りにいた男子達皆で慰め合いながら結局その場を去っていってしまう。
私はその人達の後ろ姿を見送りながら、ただただ乾いた笑いだけが口から漏れ出ていたのだった。
そうして笑顔でお祝いを言ってくる人達や、無言で悲しそうな表情を向けてくる男子達の間をすり抜けながら響と一緒に廊下を歩いていると、廊下の向こうから見知った二人組がこちらに歩いてきている事に気が付く。
「カル!三浦君!」
三年生になり二人とはクラスが別れてしまった為、あまり一緒にいる事が少なくなってしまったのだが、カルと三浦は同じクラスになったのでよく一緒に行動しているようなのだ。
二人は私の声に気が付くと、笑顔で手を振ってくれた。
「詩音さん、高円寺先輩と婚約おめでとう!」
「・・・ありがとう。やっぱり三浦君も知ってたのね」
「もう学園中この話題で持ち切りだからね」
「・・・正直恥ずかしいから止めて欲しい」
三浦が苦笑しながら言うので、私はうんざりとした表情になる。
「・・・まさかあの高円寺先輩が、ここまで行動が早いとは思わなかった」
「カル・・・」
「まだ気持ちが切り替えれていない状態で、この婚約話はさすがに堪えるよ」
カルが複雑そうな表情をして私を見てくるので、私はなんとも言えず胸が痛んだ。
「まあ、高円寺先輩が一番不安に思っている相手が詩音の近くにいるから、気が焦るのも仕方がないと思うけどね」
「・・・・」
響が意味ありげにカルを見ると、カルもその響を黙ってじっと見つめる。
「・・・確かにオレも、高円寺先輩と立場が逆なら同じ事してたと思うよ。・・・言うのが遅くなったけど、詩音・・・婚約おめでとう」
「・・・ありがとう」
カルが笑顔でお祝い言ってくれたので、私も敢えてそれ以上言わず微笑みながらお礼を言ったのだ。
そうして私達はそれぞれの教室に行く為、その場で別れたのだった。
高円寺と婚約した日から数日が経ち、今日は一年生の筆記実力テストの成績発表日である。
私はもうそんな時期なんだな~とただ思っていたのだが、何故か響がその成績発表を見てくると言い出したので、私は響が変な事しないかと監視の意味で付いて行く事にしたのだ。
そうして一年生の教室がある校舎まで来た私達は、そこで人集りが出来てる場所を発見する。
どうやら、もう成績発表の紙が張り出されているようだ。
私と響はその成績発表の紙を見る為その人集りに近付いて行ったのだが、どうもそこにいる一年生達の様子がおかしいと感じた。
何故かそこにいる人達は、成績発表の紙のある一部を見つめながらざわついていたのだ。
私はその様子を不思議に思いながら、皆が見ている部分に視線を向ける。
『1位 藤之宮 麗香 498点』
その文字を見て、私は驚きに目を瞠った。
おお!藤之宮さん、凄く頭が良いのね!!
私はそう思いただただ感心していたのだが、どうも周りの生徒達は私と違った感想を持っていたようなのだ。
「・・・やっぱり皇族は、私達と違う扱いなのね」
「どうせ事前に、テスト内容教えて貰ってるんだろう」
「良いな~俺も皇族になりた~い」
「もしかしたら藤之宮様とお近づきになれば、一緒に色々融通効かせて貰えるんじゃ?」
至る所で、そんな自分勝手な事を言ってる声が聞こえてきた。
・・・全部妬みや嫉みだ。
私は聞こえてくる言葉を聞きながら、段々ムカムカしてきたのだ。
しかしそこで、さっきからずっと黙っている響の様子が気になり、チラリと横に立っている響の顔を伺い見ると、その響は無表情でじっと成績発表の紙を見続けていた。
・・・珍しい、響がこんな表情するなんて。
いつもはコロコロと楽しそうに表情を変える響が、こんな風に何を考えているのか分からない無表情をする事など殆ど無かったのだ。
その時、成績表を見ていた一年生達がさらにざわつき出した。
私はどうしたんだろうと思いながら、そのざわついている人達の視線の先を見てみる。
するとそこには、高円寺を後ろに引き連れた藤之宮が立っていた。
いつから来てたのかは分からないが、藤之宮の後ろに立っている高円寺の複雑そうな表情から、どうやら先程の妬みや嫉みの言葉を聞いてしまったようなのだ。
しかし高円寺が聞いていたのだから、当然一緒にいる藤之宮も聞いていたと思われるに、その表情は入学式で見た時と同じように目を細め一見不機嫌そうに見える無表情だった。
そしてその藤之宮は周りにいる生徒達を一瞥すると、成績発表の紙に視線を移す。
「1位・・・当然の結果ですわね」
そう藤之宮が呟くと、一気に周りの生徒から憎悪に似た視線が藤之宮に向けられたのだ。
ちなみに後ろに立っている高円寺は、藤之宮のその言葉を聞いて呆れたように手で顔を覆っていた。
するとその時、私の隣に立っていた響が藤之宮の方に近付いて行ったのだ。
「やあ、麗香ちゃん!」
「・・・早崎さん」
「う~ん、出来れば響と呼んで欲しいと言ってるよね?」
「何か用ですか?早崎さん!」
「あはは、まあ麗香ちゃんらしいから良いけどね!」
響がニコニコと笑顔で藤之宮に話し掛けるが、話し掛けられている藤之宮は眉を一度ピクリと動かしただけで、特に表情を変えずじっと響を見ていた。
「それにしても麗香ちゃん、1位なんて凄いね!!」
「・・・当然の結果ですわ」
藤之宮は再び先程と同じ言葉を、さっきよりもハッキリと言ったので、周りで様子を見ていた生徒達からさらに鋭い視線が藤之宮に注がれてしまったのだ。
ちょ、ちょっと響!あんた一体何してるのよ!!
さらに険悪な雰囲気になってしまったこの状況に、どうしたものかと戸惑ってしまった。
しかし響は全く気にしている様子も無く、ニッコリと藤之宮に頬笑む。
「そうだよね!麗香ちゃん、人一倍努力してるもんね!」
「え?」
「確か・・・就寝時間を削って、予習復習してるんだよね?それに、授業中もしっかり先生の話を聞いてノートにメモして、さらに黒板に書かれた授業の内容も、分かりやすいようにノートにまとめてあるんでしょ?」
「な、何故それを!!」
「ふふ、内緒。だけどそれだけ毎日頑張って勉強してたら、当然の結果って言えるよね!」
「っ!!」
響の言葉に藤之宮は僅かに目を見開き、うっすら頬を染めながら響から目を反らす。
「ま、雅也!もう結果は見ましたし、戻りますわよ!!」
藤之宮はそう言うと、クルリと後ろを向いて足早に歩き出してしまった。
そしてそんな藤之宮を見ながら、高円寺はクスクスと笑っていたのだ。
「くく、ああ分かったよ・・・響君、ありがとうね」
「さぁ?何の事ですか?僕は事実を言ったまでですよ?」
「・・・そうだね、でもありがとう。あ、詩音さん、今はもう時間無いからまた後でね」
「あ、はい」
高円寺は去り際、私に笑顔で手を振ってきたので、私も慌てて高円寺に手を振ったのだった。
そうして二人の姿が見えなくなると、響は笑顔のまま私の下に戻ってきた。
しかしその目は全然笑っていない事に気が付き、正直ちょっと怖く感じる。
「ねえ詩音・・・麗香ちゃんの頑張りが分かった皆は、これからどうするんだろうね?」
響はそう大きな声で言って、ニッコリと微笑みながら呆然としている他の生徒達を一瞥して私を見てきた。
そしてそのまま響はじっと私を見つめてくるので、私はその響の目を見て意図を察し、口角を上げてニヤリと笑う。
「そうね・・・普通の常識ある紳士淑女の御曹司やご令嬢は、自分の言った言葉を反省して、今まで以上に努力するものよね?それに、妬みや嫉みなんてそんな低俗な事、もう二度としない筈よね?ねえ、皆さん?」
私はわざと大きな声でそう言って、満面の笑みをその場にいた生徒達に見せたのだ。
その瞬間その場にいた響を除いた生徒全員が、頬を染め惚けた表情で一斉に頷いくれたのだった。
さすがに私も、自分の笑顔の影響力を分かってきたので、ここが使い時だと察していたのだ。
「ナイス詩音!」
そう私の耳元で楽しそうに囁く響の言葉を聞きつつ、私をまだ惚けた表情で見てくる皆を頬を引きつらせながら見ていたのだった。
その後、藤之宮に対しての妬みや嫉みによる陰口は、殆ど減ったと響から教えられる。
どうやら響は、前から藤之宮に対しての陰口を知っていたらしく、どうにかしようと考えていた矢先にあの出来事が起こって、丁度良いとあんな事をしたらしい。
まあ、私もあの陰口にはムカムカしていたので良かったのだが、出来れば私にも相談して欲しかったと思ったのだ。
あの成績発表の日から数日が経ったある日、私は教室に戻る為人気の無い中庭を一人で通り抜けていた。
「あれ?あそこにいるのは・・・」
私は急いでいた足を止め、目を凝らして道の向こうを見て見ると、そこには木陰に佇み携帯を見ている藤之宮がいたのだ。
でもそこには藤之宮が一人だけでいるようで、近くに高円寺の姿は無かった。
私はそれを不思議に思いながらも、声を掛ける為藤之宮の下に歩き出す。
するとその時、異変が起こったのだ。
何処からか、メキメキと木の折れる音が聞こえてきたかと思ったら、突然藤之宮の後ろにある木が藤之宮の方に向かって倒れ始めた。
「危なーーーーーい!!」
私はそう叫び持っていた教科書をその場に投げ捨てて、全速力で藤之宮の下まで走り出したのだ。




