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身代わり男装令嬢の憂鬱  作者: 蒼月
高校二年生編
80/110

白銀の世界で・・・

 あのクリスマスパーティーから数日が経ったある日。私は雪に覆われた裏山の湖の畔に、一人立ってボーと考え事をしている。

 どうしてそんな状態になっているかと言うと、あのクリスマスパーティーで高円寺とコサージュを交換してからと言うもの、何故か頭から高円寺の事が離れなくなってしまい、そんな自分に戸惑って一度一人でじっくりと考えたいと思わずここに来てしまったのだ。

 今日は授業が午前中だけだったので、昼食後にこの場所にやって来たがいくら昼間とは言え、雪は降ってないにしてもさすがに寒い。

 厚手のコートを羽織りマフラーと手袋はしているが、吐く息は白く時々吹いてくる風が頬に当たって冷たかった。

 だが目の前に広がる光景は、幻想的でとても美しい。

 木々や地面を覆う白い雪と、すっかり氷ってしまった湖の表面が時折差してくる日の光に照らされてキラキタ光っているのだ。

 私はその光景にボーと見とれながら、物思いに耽っていたのだった。


・・・私、あの時何で高円寺先輩のコサージュ受け取ったんだろう?確かに、高円寺先輩と踊った事がしっくりきたから受け取ろうと思ったけど・・・そもそも、何でしっくりきたんだろう?


 そう疑問に思うが、どうしても明確な答えが出なかった。

 そんな事を悶々考えていると、突然後ろの方で雪を踏みしめる音が聞こえたのだ。


「誰!?」


私は驚きながら振り向き、そこに居た人物を見て目を瞠る。


「こ、高円寺先輩!?」

「すまない。驚かせてしまったようだね」


 コートを着込んだ高円寺が、苦笑を浮かべながら私に近付いてきた。


「どうしてここに?」

「詩音さんが、この雪の積もっている裏山に入っていくのを見掛けてね。さすがに心配になって追い掛けて来たんだ」

「そうだったんですね・・・でも私、元々実家が自然に囲まれた場所にあったので、これぐらいの雪山なら全く問題無いですよ。でも、心配して下さってありがとうございます」

「いや、むしろ余計な心配だったようだね」


 そう言って高円寺は、少しバツの悪そうな表情で頬を人差し指で掻いたのだ。


「しかし・・・詩音さんはこんな寒い時に何を?いくらこの場所がお気に入りとは言え、こんな雪の積もっている時に来るなんて、もし風邪でも引いたら大変だよ?」

「そ、それは・・・」


 さすがに高円寺の事を一人で考える為に来ていたとは言えず、私は俯きながら口ごもってしまう。


「・・・ふぅ~。まあ、話したくないのなら無理に聞かないよ。だけど・・・ここに詩音さん一人にさせておくのは心配だから、暫く私も一緒にいるよ」

「高円寺先輩・・・」


 高円寺はそう言って私の隣に立ち、一緒に雪景色を眺めた。

 私はそんな高円寺に戸惑いながらも、高円寺の横で黙って一緒の光景を眺めていたのだ。

 そうして暫く二人で何も話さず、ただ静かに目の前の景色を見ているだけだったが、何故か私はこの状況が嫌とは思えずむしろ心地良いと感じてしまっていたのだった。

 私は何でそんな風に感じてしまっているんだろうと疑問に思いながらも、この時間が終わるのが惜しくてただそのまま黙って立っていたのだ。


「詩音さん・・・少しお願いがあるんだけど良いかな?」

「・・・お願い?」


 心地の良い沈黙が破れ、高円寺が私を伺い見ながら尋ねてきたので、私はその高円寺を不思議そうに見る。


「もし良ければ・・・一曲歌って貰えないだろうか?」

「え?」

「今まで君の歌は、木陰に隠れてか劇の中か遠く離れた所でしか聴けていないから、出来れば・・・私の為だけに歌って欲しいんだ」

「・・・・」

「駄目・・・かな?」


 真剣な表情でお願いしてくる高円寺に、私は少し思案しそして小さくため息を吐いた後、苦笑を浮かべつつ頷いた。


「べつにそれぐらい良いですよ」

「本当に!」

「ええ。むしろ隠れて聞かれている方が恥ずかしいので、そんなに聞きたいのなら、言って下さればいつでも歌いますよ?」

「本当かい!?ありがとう!・・・ただ出来れば、私以外の人の前では歌わないでね。特に他の男性の前では」

「そんな無茶な!」

「それでもお願いしたい。・・・どうやら私は、独占欲が強い人間だったみたいだ。ただし・・・君限定でね」

「っ!!」


 悪戯っぽく私にウインクしてくる高円寺を見て、一気に顔が熱くなり慌てて高円寺から顔を反らし、手袋を付けている手で両頬を押さえたのだ。

 そして高円寺と少し距離を取り、何度も深呼吸をして胸の動悸を抑える事に集中したのだった。

 なんとか深呼吸を繰り返した事で落ち着いてきた私は、不思議そうに私を見ている高円寺の方に向き直り、一度軽くお辞儀をする。


「では歌いますね。でも・・・聴くのが嫌になったら言って下さい。すぐ止めますので」

「嫌になる事は、絶対無いから安心して良いよ」

「そ、そうですか・・・」


 ニコニコと微笑んでくる高円寺を見て、再び頬が熱くなってきそうになったがなんとか気力で抑え込み、そして目を閉じて一度大きく深呼吸をしてから、気持ちを込めて歌を歌い出したのだ。



 暫く歌に集中していたが、ちょっと高円寺の様子が気になり歌を歌いながら薄目を開けて高円寺の様子を伺い見る。

 するとその高円寺は、熱い眼差しで微笑みながら私を見ていたので、私はその様子を見て大きく心臓が跳ねた。

 私はその動揺を悟られないように、すぐに目を閉じ歌に集中する。

 そうして歌を歌い続けると、なんとか気持ちが落ち着いてくるので、もうこの際歌っている間は高円寺の顔は見ない事にしようと決めたのだ。

 さらに暫く歌っていると、顔に暖かい光が当たっている事に気が付き、目を閉じていても日の光が私に降り注いでいる事が分かった。

 その光を全身に浴びながら気持ち良く歌っていると、突然強く抱きしめられてしまったのだ。


「え?」


 突然の出来事に戸惑い、私は歌を歌うのを止め驚きながら目を開ける。

 すると目の前には、男物の厚手のコートが目に入ってきた。

 それがさっきまで、少し離れた所で私の歌を聴いていた高円寺の着ていたコートだと分かり、一瞬にして今の状況を悟る。


「こ、高円寺先輩!?」


 そう何故か私は、高円寺の胸に強く抱き込まれていたのだ。

 私は慌ててその腕の中から逃れようと身動ぐが、全くその腕の中から抜け出せなかった。

 むしろ動けば動く程、高円寺の腕の力が強くなってしまう。

 一体この状況は何なんだと混乱しながら、なんとか顔を上に向けると、予想よりも近くにあった真剣な表情の高円寺と目が合った。

 私はその真剣な眼差しに視線を反らす事が出来ず、暫し見つめ合ってしまっていたのだ。

 しかしいくら待っても離してくれそうもなく、ずっと黙ったまま私を見つめてくるので、段々私は恥ずかしくなり視線を横に反らす。


「高円寺先輩・・・一体どうしたんですか?」

「・・・すまない。詩音さんが、目の前からいなくなってしまうかと思ってしまったんだ」

「私がいなくなる?どうしてそう思われたんですか?」

「・・・君が歌っている時、突然日の光が君にだけ降り注いできた」

「確かに・・・そんな感じはありましたね。でもそれと、私がいなくなるのとどう関係が?」

「・・・君がそのまま、天に昇って行ってしまうかと思ってしまったんだ」

「へっ?」

「君の天使のような歌声に惚れ込んだ神が、君を本当の天使にして連れていってしまうかと思ってしまった」

「いやいやいや!そんな事ある筈無いじゃ無いですか!!」

「・・・私だって錯覚だと分かっている。だが・・・私にはそう見えてしまったんだ。だから君を連れて行かせたく無いと思い、思わず抱きしめてしまった」

「そ、そうなんですか・・・でも、絶対生きてる間は行く事は無いので、安心して離してくれませんか?」

「・・・・」


 どうもよく分からない高円寺の錯覚で抱きしめられたようなので、私は何も問題無い事を伝え離して貰えるようにお願いしたが、何故か高円寺は離してくれようとはしてくれなかった。


「高円寺先輩?」

「すまない・・・もう少しだけこのままで」


 そう言って高円寺が、さらに腕の力を強めて抱きしめてくる。

 さすがにこれ以上は困ると思い、身を捩ろうとしたが微かに高円寺が震えている事に気が付き、どうやら本気で心配してくれたのだと分かった。

 私はその高円寺の様子に仕方がないと思い、小さくため息を吐いて高円寺の胸に顔を預けたのだ。

 そうして暫く高円寺が落ち着くまでその胸の中に身を任せていたが、漸く落ち着いてきたのか私を抱きしめる力が緩められた。

 私はやっと解放して貰えると思い、ホッとしながら顔を上げ高円寺の顔を見上げる。

 しかしその高円寺の様子が、先程とは違っている事に気が付いた。

 表情は相変わらず真剣なままであったが、その私を見つめる目がなんだか熱を含んでいるように見えたのだ。

 その何だか熱い眼差しに、私の心臓は早鐘を打ち始める。


「こ、こ、こ、高円寺先輩!?」

「詩音さん・・・」


 そのいつも以上に甘い声で私の名を呼び、私の頬に右手を添えられたので、さらに動悸が激しくなった。

 そしてそのまま高円寺は薄目になり顔を傾け、私の顔に迫って来たのを見て私の動悸は今までで最高潮に達する。


「っ!!だ、駄目ですーーーーー!!」

「うっ!」


 私は咄嗟に高円寺のお腹に拳を打ち付け、呻き声を上げてよろめく高円寺の腕からサッと逃れた。

 さすがに恋と言うものを知らない私でも、高円寺が何をしようとしていたかぐらいは分かったのだ。


「ファ、ファーストキスは、好きになった人としたいんです!!」


 そうとても恥ずかしい事を顔を真っ赤に染めながら叫び、まだお腹を押さえて苦しそうに私を見てくる高円寺から、脱兎の如くその場から逃げ出してしまったのだった。

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