学年別男女混合対抗リレー
借り物競争が終わった後さらにプログラムは進み、私も大玉転がしや大綱引きに出場してクラスの得点に貢献した。
そしてあっという間に、体育祭最後の競技である『学年別男女混合対抗リレー』の時間になったのだ。
「お~い!カルロス行くぞ!」
「ああ分かった。・・・じゃあ響、オレ行ってくるね」
「うん。カルも日下部君も頑張ってね!」
体育祭本部のテントで、仕事している私の所へ遊びに来ていたカルを、同じ対抗リレーに出場する日下部が声を掛け二人で出場ゲートまで向かっていった。
私はその後ろ姿に手を振って見送った後、三浦と駒井の三人で大急ぎで得点の最終集計作業に取り掛かっていたのだ。
何故ならこの競技が終わればすぐに閉会式となり、そこで結果発表をする事になっているからである。
私が必死に集計作業をしていると入場の合図が聞こえ、次に大きな黄色い声がグランド中に響き渡ったのだ。
その異様な様子に集計用紙から目を離し、正面のグランドに視線を向けた。
すると私は驚愕に目を見開いて、そのグランド内の光景に目を奪われたのだ。
「えっ!?何で?高円寺先輩が出てるんだ?」
そう驚きながら呟き、目の前の光景を凝視する。
何故なら、今年も対抗リレーに出場するのは藤堂だと聞いていて、まさか高円寺が出ると思っていなかったのだ。
高円寺と藤堂は同じクラスなので、二人一緒に出場する事は出来ないのである。
なので修学旅行の時にも藤堂自ら言っていたので、すっかり対抗リレーは藤堂が出るもんだと思っていた。
それに去年の高円寺の様子から、あまり対抗リレーに出るのは好きでは無さそうだったのだ。
「・・・何で?」
「あいつが、今回どうしても出たいと言ってきたんだ」
「け、健司先輩!?」
私の疑問の呟きに答えるように、突然藤堂が私の横に立ち呆れた表情を高円寺に向けていた。
「雅也が、あんな一生懸命に頼んで来るなんて珍しかったよね~?」
「確かにあそこまで勝負事に真剣になる雅也は、滅多に見た事無かった」
「誠先輩に豊先輩?」
藤堂の後ろに立っていた榊原と桐林も、とても珍しい物でも見たような表情で高円寺を見ている。
「本当は最初、出場するメンバーは俺に決定していたんだが、雅也が真剣な顔でどうしても変わって欲しいと頼んできてな。そのあまりにも真剣な様子に今回譲る事にしたんだ。まあ、代わるからには必ず勝つ事を条件にしたがな」
そう言って藤堂は、なんだか楽しそうな表情を私に向けてきたのだ。
「そ、そうなんですか・・・」
一体何が高円寺を、そこまでこの競技に掻き立てているのか分からないが、いつもは優しい笑顔の高円寺が今はとても真剣な表情でグランドに立っている。
しかしその隣に立っているカルは、眉間に皺を寄せその高円寺をじっと見つめていたのだ。
そうして対抗リレーに出場する選手は、それぞれのスタート地点に移動しスタートの合図を待っている。
よく見るとアンカーのカルと一緒に、高円寺と藤堂弟も一緒に並んでいるので、どうやらそれぞれの学年のアンカーを務めているようだ。
そうしてスタートの合図がグランドに鳴り響き、一斉に最初の選手が走り出す。
スタートして暫くは、一、二、三年生共に団子状態で走っていたが、段々一年生が遅れだしそして三年生が先頭をキープした状態でどんどんリレーが繋がって行く。
途中三年生とだいぶ差がついてしまった二年生は、日下部がバトンを受け取るとあっという間にその距離を縮める。
そうして日下部のお陰で、再び二年生と三年生は接戦となりそのままの状態でとうとうアンカーまでバトンが回った。
そしてほぼ同時にバトンを受け取ったカルと高円寺は、全速力で走り出したのだ。
その二人からだいぶ遅れて、一年生のアンカーである藤堂弟がバトンを受け取って走り出したが、先頭を走る二人とはもう絶望的に距離が離れてしまっていたのだった。
高円寺とカルは、お互い抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げ、どちらが勝ってもおかしくない勝負になっていたのだ。
「行けーー!雅也!!」
「雅也~!頑張れ~!!」
「雅也!負けるんじゃ無いぞ!!」
私の横で、藤堂、榊原、桐林が高円寺に向かって応援している。
「カルロス君頑張って!!」
「後少しだよ!頑張ってーーー!!」
少し離れた位置にいる、三浦と駒井がカルを応援していた。
しかし私はと言うと、自分の手をギュット握りしめながら、真剣な表情で走る二人を無言でじっと見つめていたのだ。
そしていよいよ二人がゴールテープに近付いた時、私は思わず目を閉じ祈るように握った手を額に当てた。
・・・負けないで!!高円寺先輩!!!
「・・・えっ?」
無意識に二年生代表のカルを応援せず、何故か高円寺を応援してしまったそんな自分に、思わず目を見開き俯きながら小さく驚きの声を出してしまったのだ。
その瞬間、グランド内が大歓声に包まれた。
私はその大歓声に驚きすぐに視線を正面に向けると、そこには一位の旗を持って荒い息をしながら笑顔になっている高円寺と、両手を膝につき肩で息をしながらとても悔しそうにしているカルの姿が目に入ってきたのだ。
「よし!雅也よくやった!!」
そう藤堂が興奮気味に言っているのを聞き、私は漸く高円寺が勝ったのだと自覚する。
そしてそれを実感すると、何故だか分からないがとても嬉しい気持ちで一杯になった。
そんな気持ちのままグランドにいる高円寺を見てると、歓声に笑顔で手を振って応えていた高円寺がふとこちらに視線を向け、私と視線が合うとニッコリと微笑んできたのだ。
私はその微笑みを見た瞬間、鼓動が大きく跳ね上り激しい動悸が襲ってきた。
突然起こったその現象に困惑しながら、まだ治まらない動悸を抑えようと胸に手を当てる。
しかし視線は、何故か高円寺から離す事が出来ないでいたのだ。
「・・・響君~?どうかしたの?」
「っ!」
様子のおかしい私を見かねた榊原が、心配そうに『名前』を呼んで声を掛けてきた。
そ、そうだ・・・私は響だ!!
そう今の自分を自覚すると、途端にさっきまでの激しい動悸が今度はズキズキと何かが刺さっているような激しい痛みに変化する。
・・・一体何なのこれ?私、どっか体おかしくなったんじゃ?
自分の体の変調に戸惑いながらも、心配そうに顔を覗き込んでくる榊原に作り笑顔を向け、この自分でも理解出来ない状態を悟られないようにしたのだ。
そうしてプログラム最後の対抗リレーも終え、私はずっと続いている胸の痛みを敢えて気にしないようにしながら、閉会式を進め今年の体育祭を無事終わらす事が出来たのだった。
体育祭の後始末を、生徒会メンバー全員で終わらせた頃にはすっかり夕方となり、とりあえず残りの雑務は明日の朝やる事にしてその場で解散したのだ。
そうして寮の自室に戻った頃には外は真っ暗になっており、私は大きなため息を吐きながら、ドカッとベッドの縁に腰を下ろす。
自室で一人になった事で、再びあの高円寺の微笑みが頭を過り、また激しく胸が痛くなってきたのだ。
私は静かにベッドから立ち上り、部屋に備え付けられている机の前まで来て、そっと引き出しを開ける。
するとそこには、綺麗に畳まれたハンカチとその上に小さな可愛い袋が乗っていたのだ。
私はその袋を手に取り、袋の口を開けて中身を取り出す。
シャラリと金属の触れ合う音と共に、私の掌には三日月の飾りと青い石の付いたネックレスが乗っていた。
これはあの修学旅行の時に、高円寺が『詩音』の為に買ってくれたネックレスである。
じっとネックレスを黙って見つめていると、あの修学旅行での高円寺との様々な思い出が蘇り、さらにズキリと胸が痛んだのだ。
私はその痛みに顔を歪め、持っていたネックレスを再び袋に仕舞い、ハンカチの上に戻してそっと引き出しを閉める。
しかし一向に治まらないこの胸の痛みと、よく分からないモヤモヤした気持ちを持て余し、正直誰かにこの不安な気持ちを聞いて欲しくなったのだ。
私はベッドの上に放り投げてあった携帯を手に取り、少し逡巡した後、電話帳から目的の人物の名前を見付け電話を掛ける。
「・・・あら~?こんな時間に、詩音ちゃんから電話掛けてくるなんて珍しいわね~?」
電話口から、あのいつもののんびりしたお母様の声が聞こえ、思わず何かがぐっと込み上げてきた。
「・・・お母様・・・」
「・・・何かあったのね~?いいわ、話を聞くからお母様に話して頂戴~?」
「・・・実は・・・」
そうして私は、自分でも整理しきれていない気持ちとどうしてそうなったかの状況を辿々しく、そして時には言葉に困りながらもゆっくり話し出す。
そしてその話を聞いてくれてるお母様は、特に話の先を急かそうとはさせず私が話すペースに合わせて、最後までしっかりと聞いてくれたのだ。
「・・・なるほどね~」
「お母様・・・私、何かの病気かな?」
「・・・まあ~それはある意味、病気とも言う事があるけれど・・・でも、それは詩音ちゃん自ら自覚しないといけないものだから~私は敢えて教えて上げないわね~!」
「えええ!?お母様!?」
「とりあえず~それは、死んでしまうようなものでは無いから、そこだけは安心して良いわよ~!」
「そ、そうなの?」
「ふふ、私も昔掛かった事があるから分かるのよ~!それよりも、詩音ちゃんにちょっと聞きたいんだけど・・・・・響ちゃんの振りするの辛い~?」
「へっ?何を今更聞いてくるの?そんなの・・・入学式の時からずっとだよ?」
「・・・そう言う意味じゃ無くてね~その高円寺先輩の前で、響ちゃんの振りをしている事がよ~?」
「っ!!」
そう言われ、私の胸は再び痛んだのだ。
「・・・よ~く分かったわ~!うん!大丈夫よ~!後の事は私に任せて頂戴ね~!」
「え?お母様?一体何を?」
「ふふ、心配しなくても大丈夫よ~!詩音ちゃんにとって、良い風になるようにしてあげるから~!じゃあ、ちょっと準備があるから数日だけ待っててね~!」
「ちょっ!お母様!?」
お母様はとても楽しそうにしながら、私の返事を聞かずに通話を切ってしまった。
私は呆然と、通話の切れてしまった携帯の画面を見つめていたのだ。
・・・お母様、お願いだから変な事はしないでね。
そう心の中で切実に願いながらも、お母様に話した事で少しスッキリした私は、明日に備え寝る準備に取り掛かったのであった。




