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身代わり男装令嬢の憂鬱  作者: 蒼月
高校二年生編
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春の嵐

 漸く新一年生の学力と運動能力の結果が出た。

 そしてその結果を元に、今私の手元にはその中から特に優秀な人の名前とプロフィールと顔写真が載った資料がある。

 私はその中からさらに厳選し、候補を四人まで絞り込んだのだ。

 そうしてすでにその内の三人には声を掛けてあり、三人共色好い返事を貰う事が出来ている。

 しかし最後の一人である候補者には、いまだ声を掛けれないでいたのだ。


「う~ん・・・やっぱり何度見返しても、この子以上に適している子いないな~」


 そう私は言いながら一枚の資料を手に取る。

 そこには『藤堂 健斗』と言う文字と、藤堂を少し幼くしたような顔の写真が付いていた。

 そしてそこに書かれていた、学力と運動能力の成績が今年の新一年生の中で断トツだったのだ。


「さすがあの藤堂先輩の弟だけあって、文武両道なんだよね~。正直すぐにでも生徒会に勧誘したいけど・・・あの僕を目の敵にしてる様子では、素直に入ってくれないだろうな~」


 珍しく私一人だけしかいない生徒会室で、苦笑しながら一人呟いていたのだ。


「そうだ!この際、藤堂先輩にお願いして貰おうかな?あのお兄さん大好き子の藤堂君なら、二つ返事で了承してくれそうだもんね!まあ、入ったら入ったで色々言いそうだけど・・・でも、出来れば仲良くなりたいから頑張ろう!」


 そう思い付いたので、さっそく実行しようと藤堂兄の下に向かう為席を立った。

 するとその時、生徒会室の扉が勢いよく開き、そこから息を切らせた剣道着姿の日下部が現れたのだ。

 そして私の姿を見付けると、酷く焦って様子で声を荒げてきた。


「た、大変だ!!藤堂先輩が大怪我を!!」

「え?えええ!!!」



 私は日下部と共に、学園敷地内に併設されている総合病院に急いで向かったのだ。

 そして病院に着くまでに、日下部から大まかな事情を聞いた。

 どうやら剣道の部活中グランドを皆で走っていたら、突然春一番の凄い突風が吹き込んできて、たまたま近くにあった資材が崩れてきてしまったらしい。

 そしてその資材の下敷きになりそうになった、藤堂弟を庇い藤堂兄が代わりにその下敷きになってしまい、救急で病院に運ばれたと教えられた。

 ただ日下部でも、怪我の具合まではまだ詳しく分からないらしいので、不安な気持ちのまま病院に到着し藤堂兄がいる病室に急いだ。

 そうして教えられた病室の前まで来ると、藤堂兄の名前が一人書かれた表札を見て焦りを抑えつつ扉を開けた。


「藤堂先輩!大丈夫ですか!?」

「おお早崎!お前も来てくれたのか!」


 私は病室に入るなり無事を確認する為叫んでしまったが、返ってきた声は予想と違って明るくとても元気そうだったのだ。

 予想外に元気そうな声に、私は目を瞬かせて声がした方を見る。

 するとそこには、病院の無機質な白いベッドに上半身を起こした状態で、元気そうにこちらを見て笑う藤堂兄の姿があったのだ。

 しかしその姿は、正直無事であるとは言い難かった。

 何故なら藤堂兄の頭には真っ白い包帯が巻かれ、右腕は三角巾で首からしっかりと吊られている状態だったのだ。

 そのあまりにも痛々しい姿に、思わず顔をしかめてしまった。


「・・・ほらそんな姿で元気よくしてるから、早崎君が引いてしまってるよ?」


 そんな声を藤堂兄とは違う方から聞こえてきた為、私はここでこの病室に藤堂兄以外の人がいる事に気が付いたのだった。

 私はその声がした方を見ると、窓際に高円寺が呆れた表情をしながら私を見て立っていた。

 そしてその両サイドに、桐林と榊原が立っていた事に気付く。

 さらに藤堂兄のベッドサイドには、剣道着を着た数人の男子生徒が立っていた事にも気が付いた。

 そして私と一緒に病室へ駆け込んできていた日下部が、いつの間にかその剣道着を着た男子生徒の下にいて話し込んでいたのだ。

 私はとりあえず冷静さを取り戻し、藤堂兄に詳しい話を聞く為病室内に入っていった。


「・・・それで藤堂先輩、怪我の具合はどうなんですか?」

「まあ、特に大した事無いぞ?頭は打った時に少し切って血が出たぐらいだし、この腕もヒビが入っただけだからな」

「ヒ、ヒビって!充分大した事だと思いますよ!!」

「そうか?べつにバッキリ折れた訳でも無いから、その内すぐに治るって。ただ頭を打ってるからと言われて、精密検査するから今日一日検査入院するようにと言われてるんだ。でも正直俺、そんな大袈裟にしなくても良いと思うんだよな~」

「・・・しっかり精密検査して貰って下さい」

「ちぇっ、早崎まで皆と同じ事言うのか」

「当たり前です!それだけ皆藤堂先輩の事心配してるんです!」

「そうか・・・すまない」


 あまりにも軽く言う藤堂に私が目を吊り上げて怒ると、藤堂兄がさすがにすまなそうに謝ってきたのだ。


「まあ、でも怪我はしていても元気そうなので、正直安心しました。それにしても・・・大体の状況は日下部君から聞いてますが、さらに詳しく教えて頂けますか?」

「ああ分かった。・・・聞いていると思うが、俺達がグランドでランニングしてた時突然激しい突風が吹いてな、その時丁度俺達は学園の補修用に置かれていた資材置き場の前を通っていたんだ。そしてそのあまりにも激しい突風で、資材を支えていた紐が切れ俺達に向かって落ちてきた。まあ幸い殆どの奴らは咄嗟に避けれたんだが・・・」


 そう言って藤堂兄は、チラリとベッドサイドに視線を送った。

 私はその視線の先を目で追うと、そこには男子生徒達の影に隠れて見えなかった藤堂弟が椅子に座って俯いていたのだ。

 そしてよく見ると体が小刻みに震えている事に気付き、どうやら泣いているようだった。


ああそう言えば、藤堂先輩の怪我って・・・藤堂君を庇って負ったんだった。


 今すぐにでも消え入りそうに、縮こまっているその背中に私は同情の視線を送る。


「まあとりあえず、俺の怪我はそんなに酷い訳じゃ無いから、健斗、お前が気にする事無いんだぞ?」


 そう言って、藤堂兄は無事な方の左手で藤堂弟の頭をクシャリと撫でたのだ。


「で、でも・・・俺のせいで・・・兄様が怪我を・・・」


 だが藤堂弟は、言葉を詰まらせながら辿々しく話す。そして話ながら時々鼻を啜る音も聞こえたので、やはり泣いているようだった。


「べつに健斗が悪い訳じゃ無いし、それに一生治らない怪我じゃ無いんだから気にするなって。むしろお前に怪我が無くて、本当良かったと思ってるんだぞ?だがしかし・・・今は明後日どうするかを考えないとな」


 そう困った表情で、藤堂兄が言うと藤堂弟の肩がビクリと跳ね、さらに病室にいる他の皆も、困った表情のまま重い沈黙が流れたのだ。

 ただ私はその重い沈黙の意味が分からず、困惑しながら回りをキョロキョロ見回した。


「・・・明後日?明後日がどうかしたんですか?」

「早崎・・・俺、お前に言っておいたよな?明後日にある全国剣道大会に向けての練習をするから、数日生徒会の仕事休むって」

「・・・あ!そうだった!!」


 すっかり忘れていた私を、確認してきた日下部が呆れた表情で見てきたのだ。


「おいおい、まさか俺の分の仕事残して無いよな?」

「・・・ごめん。戻ったら速攻やっておくよ」

「・・・頼むな。それよりも、今はその全国剣道大会の件だ。明後日ある大会には、藤堂先輩を含め五人が出場する事になっていたんだが・・・その藤堂先輩がこの怪我では・・・」

「ああそう言えば、藤堂先輩は一年生の時からレギュラーで出場されてたんでしたよね?さらに、藤堂先輩が出場された年から二年連続で我が校が優勝してるとか聞いてますよ」

「そうなんだよ!そして今年は三連覇を目指していたし・・・藤堂先輩達三年生が、出場される最後の大会だったんだ」

「そっか、三年生は夏休み前に部活動を引退するんだったね」

「ああだから俺達は、いつも以上に気合いを入れて練習に励んでいたんだ・・・だけどその藤堂先輩が出られなくなり、それならばせめて優勝して喜ばせたくても、俺達だけの実力で優勝は・・・正直厳しい・・・」

「お、俺が出るから大丈夫だ!!」


 日下部が気落ちした声で困ったように話していた時、突然今まで俯いて黙っていた藤堂弟がガバッと顔を上げ、私達を睨み付けるように声を上げたのだ。

 しかしその目には、今にも溢れ落ちそうな涙が溜まっているのが見えた。


「健斗・・・お前の実力は知ってるし、この大会に一年生でレギュラー出場出来る程だと分かっているが・・・まだ一年生のお前では優勝は難しい」

「いいえ!日下部先輩大丈夫です!だって俺のせいで、兄様が怪我をされたんですから、俺が兄様の分まで頑張ります!!」

「だがしかし・・・」


 そう言って困った様子で、日下部はチラリと藤堂兄を伺い見る。


「日下部・・・お前が心配してるのは『奴』の事だろ?」

「はい・・・」

「まあ確かに『奴』は今大会も出場するだろうし、十中八九奴のいる学校が決勝に残るだろうな」

「・・・・」


 苦笑を交えた藤堂兄の言葉に、日下部を含め剣道着を着た三年生と二年生、そして高円寺達三人が沈痛な面持ちで黙り込む。

 しかし私と藤堂弟を含む一年生は、訳が分からないと言った様子でキョトンとしていたのだ。


「ああそう言えば、お前達は知らないんだったな。藤堂先輩が言われた『奴』とは、去年と一昨年に藤堂先輩と同い年で、ずっとレギュラー出場している他校の生徒で名前を皇 隆哉と言うんだ。そして藤堂先輩と、ほぼ互角の実力の持ち主でもある。去年と一昨年の大会決勝戦で、藤堂先輩と対戦し辛くも藤堂先輩が勝った相手なんだ」

「・・・それは確かに相当強そうだ」

「まあそいつが今年も出場予定だからな・・・だから俺達では優勝が厳しいんだ」


 その日下部の言葉に、今度は私や一年生達も黙り込んでしまった。

 そして藤堂弟はと言うと、藤堂兄とほぼ互角の実力と聞きそれ以上何も言えず、下唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべている。

 結局、藤堂兄の抜けてしまう穴を埋める方法が誰も思い浮かばず、病室内は重苦しい空気に包まれてしまった。

 するとその時、私は何かの視線を感じその感じた視線の先を見てみると、ずっと沈黙していた藤堂兄がじっと私を見ている事に気が付いたのだ。

 私はその視線の意味が分からず、小首を傾げて藤堂兄を見つめ返すと、藤堂兄が私を見たままニヤリと笑う。


「そうだ早崎!お前、俺の代わりに大会へ出場してくれないか?」

「は?はいぃぃーーー!?」


 突然の藤堂兄の発言に、私は驚きの声を上げたのだった。

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