天使の歌声ヴァイオリンの調べと共に
あの後すぐ我に返った私は、どうしてかよく分からないが凄い形相で睨み続けている先輩方に、カルは仕事柄海外生活が多くだからあんな事したんだと思うと必死に説明したのだ。
そして翌日カルからあの呼び出しは、復学する時用の書類で一部確認したい事があったからだと聞いたのだった。
そうして先輩方とカルの初対面を無事(?)終えてから数日が経ったのだが・・・私は今、とても頭が痛くなっている。
私は生徒会室にある自分の席に座り、書類に目を通しながら片手で額を押えチラリと室内のある一角を伺い見る。
そこにはいつもの通りソファで寛ぐ高円寺先輩方と、何故か空いてる席をすっかり自分用にして座り、愛用のヴァイオリンを手入れしているカルの姿があったのだ。
そしてお互い話しはしてないのに、漂ってくる雰囲気がとても険悪だった。
・・・そんなに仲良く無いみたいのに、何でお互い顔を見合わせると分かっていて毎日ここにいるんだ・・・。
そう心の中で飽きれながら、私は目の前の書類を処理していく。
ちなみに三浦達今期の生徒会メンバーは、もうすでに諦めているらしく、気にしないよう自分の仕事に集中していたのだ。
こんな状態が毎日続き、ただでさえ気が重い生徒会室がさらに居づらい状態となってしまったのだった。
────そんなある日の放課後。
今日は珍しくいつもより早く生徒会の仕事を終える事が出来、今は寮へ帰る為の道を一人歩いている。
しかし何故今日は仕事を早く終える事が出来たかと言うと、いつも来るカルは用事があって放課後の生徒会室に来れず、さらに先輩方四人共其々に用事があったようで、誰も放課後の生徒会室に来なかったのでとても仕事がはかどったからだ。
正直このまま来ないで貰えると助かるのだが、多分明日にはまた普通に来るんだろうなと乾いた笑が口から溢れたのだった。
そうして寮に向かい歩いていたのだが、私はふと立ち止まり携帯電話を取り出して今の時間を確認する。
「・・・まだ時間あるね。よし!折角早く帰れたんだし、最近忙しくて行けなかったあそこ行こうかな!」
そう一人呟き、携帯電話を仕舞いながら周りに人がいないか確認し、行く先を寮から癒しの場所である裏山に変更したのだ。
裏山の奥にある小さな湖の畔には、春の気候で様々な花が咲き乱れていていつにも増して美しかった。
私はその光景に、うっとり見惚れつつ湖の畔に腰を下ろす。
そして湖に手を入れ、水の温度を確かめる事にしたのだ。
「冷た!・・・でもこれぐらいなら」
私は水から手を抜いた後、靴を脱ぎ靴下を脱ぎズボンの裾を膝まで捲り上げてから、その素足を湖の水にゆっくり浸す。
「う~んやっぱり冷た~い!でも気持ちいい!!」
さすがに暖かくなってきた春とは言え、まだ湖の水はとても冷たかったが、その冷たさに段々楽しくなり一人クスクスと笑いだしていたのだ。
暫く足を動かして水の感触を楽しみ、夕焼けで赤く色付いている美しい光景をボーと見ながら徐に歌を口ずさむ。
すると歌を歌い出してすぐに、裏山に住む動物達が私の周りに集まりだしたのだ。
「・・・久しぶり」
そう微笑みながら私は言い、近くにいたウサギの背を優しく撫でその毛の感触を楽しむ。
そしてそのウサギを撫でながら、再び心のまま歌を歌い出したのだ。
暫く気持ちよく歌っていると、何処からか私の歌に合わせてヴァイオリンの調べが聞こえてきた。
私はそのどこか懐かしい音に、歌うのを止め辺りをキョロキョロと見回す。
すると森の奥からカルが、ヴァイオリンを奏でながら姿を現したのだ。
「・・・やっぱりそのヴァイオリンの音、カルだと思った」
「やぁ久しぶりにあの歌声聴いたから、弾きたくなったんだ。しかし・・・相変わらず自然が好きだな」
カルはそう言って、ヴァイオリンの演奏を止め苦笑しながら辺りを見回す。
「ここ良い所でしょ?他の誰にも知られてないお気に入りの場所なんだ!」
「ああ、とても良い所だ。それに・・・この場所にいる君はとても生き生きしているね・・・・・綺麗だ」
カルは真剣な表情になり、じっと私を見つめてきたのだ。
しかし私はそんなカルを不思議に思い、小首を傾げながらカルの顔を見上げていた。
そしてある事に気が付き、一人納得したように頷く。
「そっか!そうだよね!この時間のここの景色凄く綺麗だよね!動物達も夕焼け色に輝いていてとても幻想的だもんね!」
「・・・そう言う意味じゃ無いんだけどな」
「ほえ?」
私は激しく同意したのだが、何故かカルは呆れた表情で私を見てきたのだった。
「・・・まあ今日の所は良いよ。それよりも、久しぶりにオレとアンサンブルしない?」
「わぁ!それ良いね!カルのヴァイオリン演奏は、とても歌いやすいから好きなんだ!」
「よし!じゃあ弾くよ」
そうしてカルが弾くヴァイオリンの調べに乗せて、私は再度歌い出したのだ。
カルが美しい音色でヴァイオリンを奏でていると、近くを飛んでいた小鳥達がカルの肩に止まり、その音に聞き惚れているかのように大人しくしている。
私は歌いながらその様子を微笑ましく見つめていると、ヴァイオリンを弾きながら私を見てきたカルに気付き、その視線に目を合わせカルと微笑み合いながら暫く二人だけのミニコンサートを楽しんだのだ。
しかし途中で突然カルが険しい表情になり、演奏を続けながら夕闇に暮れる森の奥をじっと見つめている事に気が付く。
私もその視線の先を目を凝らしながら見つめたが、特に何も怪しいものは見えなかったのだ。
カルが何を見ていたのか分からず、少し不安そうにカルの顔を見ると、私の視線に気が付いたカルが安心させるように私に微笑み、気のせいだったと言ってくる。
そうしてその言葉に安心した私は、そのまま日暮れまで思う存分歌いそしてカルに部屋まで送って貰ったのだった。
次の日の早朝私は生徒会の仕事をする為、一緒に登校すると言ってきたカルと共に、まだ人がまばらにしかいない校舎に入っていく。
そして生徒会室の前まで来ると、結局そのまま一緒にカルも生徒会室の中に入って行ったのだった。
すると私達が一番最初だと思っていた室内に、すでに先客がいたのだ。
「こ、高円寺先輩!?どうしたんですか?こんな朝早く来られて?」
「ああ早崎君!・・・っと藤原君・・・君も一緒だったのか」
「・・・高円寺先輩、オレの事は下の名前で呼んで下さって結構ですよ?正直オレのこの顔では、下の名前の方が似合うので」
「・・・カルロス君と?」
「はい。他の先輩方にもそれでお願いしてあります」
「・・・分かった」
相変わらずあまり仲が良くないみたいなので、高円寺はカルを険しい表情で見たままカルの要求を受け入れていた。
「それで高円寺先輩は、どうしてこの時間に一人でここに?」
「・・・特に意味は無いんだが・・・君の・・・早崎君の顔が近くで見たくなったんだ」
「僕の顔を?何で?ほぼ毎日見てると思いますが?」
「それは・・・」
「そうですよ。だって・・・昨日の放課後にも見られていたでしょう?」
「へっ?カル何言ってるの?僕昨日の放課後は高円寺先輩とは会って無いよ?」
「・・・響が気が付いて無いだけだよ。・・・そうですよね?高円寺先輩?」
「・・・・・カルロス君・・・あの時、気が付いていたのか?」
「さぁ~どうでしょうね?」
「・・・・」
よく分からないが、何故かカルが高円寺を見ながらニヤリと笑い、高円寺は鋭い視線をカルに向けていたのだ。
そして何故か私を挟んでお互い見合っているのだが、どうも私の頭上でどうしてだか火花が散っているような気がして堪らなかった。
このいつも以上に険悪な雰囲気の二人に私は困惑し、二人の顔を交互に見ながらどうしたものかと困っていると、そこに遅れてやって来ていた三浦が入口の所で立ち止まり、苦笑を浮かべている事に気が付いたのだ。
私は救いを求めるように三浦を見るが、三浦は首を横に振って生徒会室に入らず、そのまま静かに生徒会室の扉を閉めてしまう。
・・・こらーーー!自分だけ逃げるなーーーー!!
そう扉の前から去っていってしまった三浦に、涙目になりながら心の中で叫んでいたのだった。
◆◆◆◆◆
藤原 カルロスは、幼い頃よりずっと一人の女の子を想い続けている。
そもそもその女の子とは、父親同士が友人関係だった為幼い頃に父親に連れられ、初めて女の子の家に遊びに行った時に出会ったのだ。
その初めての顔合わせの時、カルロスは驚きに目を瞠り固まってしまった。
何故なら目の前にいる双子の男女の子供は、まるで精巧な人形のようにとても綺麗な顔立ちをしており、男の子用と女の子用の服を着ていないと全く見分けが付かない程そっくりだったのだ。
ただただ呆然と見つめているカルロスを見た双子達は、クスクスと楽しそうに笑いながら自己紹介をしてくれた。
双子の男の子は早崎 響と言って、屈託の無い笑顔を向けて握手をしてくれ、もう一人の双子の女の子は早崎 詩音と言って、カルロスと握手しながら満面の笑みで微笑んでくれたのだ。
その瞬間、カルロスは雷に打たれたかのような激しい衝撃を受け、その時からカルロスは詩音に恋をしたのだった。
それからカルロスは、父親が詩音の家に行くと聞けば必ず付いて行き、響を入れて三人でよく遊んだのだ。
その遊びの中でたまに、響と詩音が着ている服を取り替えて屋敷の人にバレるかどうか遊んでいたが、カルロスはその二人を見ても一発でどっちがどっちと見破る事が出来た。
何故ならどんなに顔がそっくりでも、好きだと心が反応する方が詩音だったからである。
そうしてどんどん恋心が募り、何度も詩音が好きである事を言っていたのだが、どうも本人はそう言った事に鈍感で全然分かって貰えなかったのだ。
そして月日が流れ、カルロスはヴァイオリンの才能を開花させた事で忙しくなり、なかなか詩音に会う事が出来なくなってしまった。
だが国の決まりで、同じ高校に通う事が出来る事を知り大いに喜んでいたのだが、運が悪い事に高校入学の年と世界ツアーが重なってしまった為、さらに一年間詩音に会えない事が確定してしまったのだ。
そうしてなんとか一年間の世界ツアーを無事こなし、漸く二年生から詩音と同じ高校に通う事が出来るようになったのだった。
難無く復学試験をクリアし、期待と緊張しながら教室に入ったカルロスは、そこで予想外の姿をしている詩音に出会ったのだ。
本人は響であると強調していたが、カルロスの恋心が反応を示していた為、すぐに詩音であると確信する事が出来た。
そしてその後、詩音からどうして響の振りをしているか説明を受け、相変わらずお人好しな詩音に益々愛しさが募っていったのだ。
しかしその詩音の周りに、詩音を女の子と知らないながらも無意識に詩音へ好意を寄せている四人の男達の存在に気付き、これ以上詩音に近付かさせない為、牽制の意味を込めて常に詩音の側にいる事にしたのだった。
そんなある日、カルロスはたまたま先生の呼び出しを受けてしまい、放課後の生徒会室に行くのがだいぶ遅れてしまったのだ。
なんとか急いで生徒会室に向かったが、すでにそこには後片付けをしていた駒井だけが残っておりその駒井に詩音の行方を聞くと、今日は例の四人が誰も来なかったので仕事がいつも以上にはかどり、今日の分の仕事が終わったので一足先に帰ったと教えられた。
カルロスは駒井にお礼を言い、踵を返して急いで寮への道を走ったのだ。
するとその道の先で見慣れた詩音の後ろ姿を発見し、すぐに声を掛けようとしたが、突然詩音が何かを思い立ったのか寮へと向かわず別の方向に向かって歩き出してしまう。
カルロスはその様子に声を掛けるか迷ってしまったのだが、ふと詩音が向かっている先が裏山だと気付くと、詩音の目的が大体分かりカルロスは黙って詩音の後を付いていく事にしたのだ。
そうして予想通り詩音は裏山の奥にある湖の畔に着くと、湖に素足を浸け徐に気持ちよく歌い出した。
すると次第に詩音の周りに動物が集まりだし、その動物達は詩音の歌声に聴き入っているようだったのだ。
その幻想的な光景と詩音の素晴らしい天使の歌声を聴き、持ってきていたヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出し、詩音の歌声に合わせ弦を弾きだす。
そしてその音に気付きこちらを伺い見てきた詩音の下に、ヴァイオリンを弾きながら姿を現したのだ。
それから詩音と少し話した後、二人でアンサンブルをしだしたのだが、暫く詩音の歌声を聴きながらヴァイオリンを弾いていた時、微かに枝の割れる音と共に去っていく足音が耳に届いた。
カルロスはその音がした方をじっと見つめ、その足音からある一人の先輩の顔が浮かんだのだ。
超絶対音感の持ち主であるカルロスは、ほとんど誰も分からない僅かな足音の違いで、その足音の主が誰かを知る事が出来るのである。
そうして次の日、早朝から生徒会の仕事があると言っていた詩音に付いて生徒会室に行き、そこで昨日頭に浮かんだ顔である高円寺と会う事になったのだった。




