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身代わり男装令嬢の憂鬱  作者: 蒼月
高校一年生編
42/110

湯煙温泉

 私は『男』と書かれた暖簾をくぐり、そっと脱衣所の扉を薄く開いて中を覗き込む。

 そして中に誰もいない事を確認してから扉を大きく開き、一応警戒しながらも脱衣場の中に足を踏み入れた。

 とりあえず私はまず脱衣場の中を歩き回り、本当に他に誰もいないのかとか、棚の中に脱いだ服が入っていないかを確かめたのだ。

 もしそこに脱いだ服があれば、今温泉に人が入っていると言う事なので、その場合はすぐに回れ右をしてここから出ていくつもりだったのである。

 しっかり見回り、他に人はおらず棚にも服が入っていない事を確認し、私は漸く安心して服を脱ぐ決心をした。

 一応念の為、すぐ着替えの服が取れるあまり目立たない位置に、脱いだ服を綺麗に畳んで籠に入れ、すぐに自分の体を隠すように大きなバスタオルで包んだのだ。

 そしてもう一度入口を伺い見て誰も入ってきて無い事を確認し、私はそっと温泉に続く扉を開けた。

 ここの温泉は露天風呂となっている為、開けた瞬間外の冷たい空気が素肌に当り、ブルリと体が震えたのだ。

 私はゆっくり辺りを警戒しながら、冷たい石の床を歩いて中に入っていく。

 今は深夜と言う事で、外気がとても冷たいせいか温泉の湯気が白く立ち込めていて、少し視界が悪かったのだ。

 私は足元に気を付けながらまず洗い場で体を軽く洗い流し、そしていよいよ露天風呂に入る事した。

 露天風呂の縁から片足ずつゆっくり沈め、ちょっと熱いが我慢出来ない程の温度では無かったので、肩までお湯に浸かる事にする。

 ここの温泉は乳白色だった為、バスタオルを取った状態で肩まで浸かると胸が見えなかった。ただそれでも心配なので、バスタオルはいつでも手の届く位置に置いておく事にしている。


「ああ~気持ち良い~!良いお湯だな~!」


 私はそう独り言を言って、空に浮かぶ綺麗な三日月を眺めたのだ。

 周りの景色は生憎白い湯煙でよく見えなかったが、空に浮かぶ月はよく見えたので、その月を眺めながらゆっくり温泉を堪能したのだった。

 そうしてのんびり温泉を堪能していた時、突然扉がガラリと開く音が聞こえてきたのだ。

 私はその音にビクッと肩を震わせ、すぐにアゴまでお湯に浸かるとゆっくりと入口の方を振り向いた。

 しかし辺りに漂う湯煙のせいで、その人物を確認する事が出来ない。ただ、ペタペタと素足で歩く音が聞こえて来るので、確実に人が入ってきた事が伺い知れる。

 私はどうしようかと悩んでいる内に、その人物は洗い場でシャワーを浴び終え、そしてこちらに近付いてくる足音が聞こえてきたのだ。


ま、まずい!!ど、どうしよう!?今飛び出すと、最悪裸を見られちゃう!!!


 声に出さないようにしながらも心の中で大混乱している内に、その人物が近くの縁からお湯に入る音が聞こえてきた。

 私はその音に益々動揺し、自分の体をお湯の中でギュット抱きしめ、身を縮こませながら息を殺しこちらの存在を気付かれないようにしていたのだ。

 しかしその人物は私の存在に気が付いたのか、あろう事かお湯に入ったままこちらに近付いて来たのだった。


ひぃーーー!!こ、こっち来ないで!!!


 そう心の中で叫ぶが当然相手に聞こえる訳も無く、とうとう顔を確認出来る距離まで来てしまったのだ。

 私は絶対体をお湯から出さないようにして、その人物の顔をじっと見つめる。


「・・・も、もしかして桐林先輩ですか!?」


 その現れた人物は眼鏡を掛けていなかった為、最初誰か良く分からなかったのだが、よくよく見れば桐林の顔に見えてきて思わず驚きながら問い掛けてしまったのだ。


「・・・その声は・・・もしや早崎君か?」


 そう目を細めてこちらを伺い見ながら、聞き慣れた声で問い掛けてきたので、やはり桐林で間違い無いと確信する。


「そ、そうですけど・・・桐林先輩、もしかして僕の事良く見えないんですか?」

「・・・今眼鏡を掛けていないからな。まあ、べつに全く見えない訳でも無いぞ。俺は眼鏡を取ると、視界がほとんどぼんやりとしてしか見えないが、物や人物は色と輪郭ぐらいは分かるからな、だから今は眼鏡をしていなくても特に問題は無いんだ」

「いやいや!この湯煙が充満している所で、そんな見え方じゃ余計危ないですよ!危ないから、眼鏡掛けて下さい!!」

「・・・君は馬鹿か?こんな湯煙の状態だからこそ眼鏡を外しているんだ。もしこのまま眼鏡をして入ってきてみろ、あっという間に眼鏡が曇り裸眼の時よりも視界が悪くなって危ないだろう」

「た、確かに・・・だけど、すぐ拭けば・・・」

「・・・この状況で、拭く事が役に立つと思うか?」

「うっ・・・拭いても、一瞬で曇りますね」

「分かったのならそれで良い」

「で、でも・・・それなら、入って来なければ良かったのでは?それか、湯煙が収まってからとか・・・」


 私がそう小さな声で呟くと、桐林はその呟きにピクリと反応し鼻で軽く笑い飛ばしながら、私を馬鹿にするような目で見てきたのだ。


「ふん。たかが湯煙如きで、何故俺が温泉に入るのを諦めねばならん?それに今の時期、ここら辺は朝までずっと冷え込むからな。それだと朝まで湯煙が収まら。そうなると、それまで俺は温泉に入れないと言う事になる。さすがに俺は客では無いから、客が起きている時間は入らないようにしているんだ。そうなると温泉に入りたい場合、必然的にこの時間になる。それに、ここは父が経営している時から良く連れて来られていた場所だからな。多少視界が悪かろうが俺には特に問題無い事だ」

「そ、そうなんですか・・・」


 そう一気に捲し立てられ、私はその勢いに押されてしまった。


「しかし・・・この時間は大概客は入らないから、特に気にせず入ってきたのだが・・・まさか早崎君がいるとは思わなかった。何故こんな時間に一人で?」

「うっ・・・そ、それは・・・ぼ、僕、人に肌を見られるのが苦手なので、この時間なら一人で入れるかなと思ったんです」

「ああ、そう言えば誠がそんな事言っていたな。だから、そんなにお湯に身を沈めているのか」


 そう言って桐林はさらに目を細めて、じっと私を見つめてきたのだ。

 私はその視線に居心地が悪くなり、キョロキョロと視線をさ迷わせたのだった。

 そこでふと、桐林の意外に引き締まった胸板に目が止まる。


そう言えば体育祭の時も思ったけど、桐林先輩って意外と筋肉付いているんだな~。


 そうボーとその胸板を見つめていたのだが、そこでハッとある事に漸く気が付く。


よくよく考えたら、私が今裸なのだから・・・桐林先輩も当然今素っ裸って事じゃないか!!何胸板見て感心してるんだ自分!!今はお湯に浸かっているから良いものの、この下には・・・・・・ぎゃーーー!!考えるな自分!!!


 私は頭に浮かんだ想像をすぐさま打ち消し、そして途端に今とても恥ずかしい状態にいる事を実感したのだ。

 そしてそう実感すると同時に、私は顔に熱が集中しだしたのを感じた。


「・・・どうした早崎君?何だか顔が赤いような気がするが?」


 桐林はそう言うと、目を細めながらこちらに身を乗り出してきたのだ。


「ぎやぁーーー!!それ以上立たないで下さい!!と言うか、顔近過ぎです!!!」


 視力が悪いせいなのか、桐林は顔を至近距離まで近付けて私の顔を確認してきた。

 私はそのあまりもの近さに、後ろに仰け反りなんとか距離を取ろうとしたが、余計顔を近付けてきたのだ。


ち、近い!!近いーーーー!!!


 そのお互いの息が掛かる程の近さに、私の心臓は早鐘を打ち出しさらに顔の熱が上がる。


「・・・やはり顔が赤いな。もしや湯でのぼせたのか?」

「そ、そうだと思います!なので、もういい加減離れて下さい!僕このままじゃお湯に沈没しちゃいます!!」


 私はお湯の中で体操座りしながら、片腕で胸を隠しもう片方で仰け反る体を湯の底で手をつき支えていた。だがこれ以上近付かれると、その腕でも支えきれずそのまま後ろに倒れてしまいそうなのだ。


「ん?早崎君・・・何か頭が白いような・・・ああ、タオルを頭に巻いているのか」


 桐林は私の声など聞こえていないかのように、今度は私の頭を触ってくる。

 今私の頭は、お湯で髪の毛が濡れないようにタオルを巻いてあったのだ。それを桐林が不思議に思い触ってきていた。


「あ、あの!タオル取れるから触らないで下さい!!」

「なるほど、タオルを巻いているのは髪を濡らさない為か。だからさっきから早崎君が変な風に見えていたんだな・・・ん?こんな所に・・・」

「うぎゃ!?な、何か僕の後ろに付いているんですか?」


 桐林は突然私の頭をガシッと掴み、無理矢理顔を横に向かせたのだ。


「・・・いや、ゴミが付いているのかと思ったが、どうやら見間違いだったようだ」

「で、では見間違いだったなら、そろそろ離して貰えませんか?さすがに首痛いです・・・」

「ああ、すまない」


 私の訴えに漸く桐林は私の頭を離し、そして顔を離して離れてくれた。

 そのお陰で私は体勢を戻す事が出来、さらに離れてくれた事でホッとしてなんとか動悸が収まってきたのだ。

 ただこの状況が変わった訳では無いので、どうやって桐林に見られないように出ていくか頭をフル回転させて考え出した。そしてある作戦を思い付く。


「・・・桐林先輩、あ、あそこに何か見えるのですが・・・」

「ん?どこだ?」


 驚いた振りをし桐林の後ろを手だけお湯から出して指差し、桐林はその示した先を見る為怪訝な表情で目を細め振り返った。

 私はその瞬間を見逃さず、すぐさまお湯から上り近くに置いてあったバスタオルで前を隠すと、脱衣場まで駆け出して行ったのだ。


「早崎君!?」

「すみません桐林先輩!僕も見間違いでした!!では、お先に上がります!!!」


 後ろから戸惑う桐林の声が聞こえてきたが、私はそれに振り返る事はせず謝罪の言葉だけ一方的に言ってその場から逃げ出し、脱衣場でサッと服に着替えてとっとと部屋に戻って行ったのだった。

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