職場見学
だいぶ顔を触られ続けたせいで少し顔が痛くなり、私は両頬を手で包んで擦り痛みを和らげようとした。
とりあえず私は、いろんな意味で身の危険を感じハルから離れ、見学用にと用意して貰った椅子に座る事にしたのだ。
榊原はハルと少し話した後、着替えをする為部屋を出ていこうとしたが、その前に私の所に来て顔を寄せ小声で言ってくる。
「ね?ハルさんって面白いでしょ?」
「ま、まあ・・・」
私はどう答えれば良いか分からず、曖昧な返事を返し苦笑したのだった。
そうして榊原は着替える為一旦部屋を出て、暫くしてから戻ってきて撮影が開始された。
私は最初、無理矢理連れて来られたので特に興味も無く、ボーと撮影を眺めていたのだが、段々見ている内その撮影の様子に引き込まれていったのだ。
普段はただ元気で明るいだけの榊原なのに、仕事になるとその様子が全然違った。
様々なポーズを取りながら、コロコロと表情を変える榊原に私は驚く。時には幼い表情になったり、そう思っていたら次は大人っぽい表情になったり、可愛らしかったり、妖艶になったりと表情豊かだったのだ。
だけどそんな表情をしながらも、ちゃんと衣裳が映えるようにしていてさすがプロだと感心した。
そんな榊原の意外な一面に、すっかり目を奪われていたのだが、私はさらに別の人も凄いと思っていたのだ。
さっきまで、ハルをオネイ言葉の変な人だと思っていたのだが、撮影が始まると一変し凄く真剣な表情でファインダーを覗き、次々とカメラのシャッターを切る。
まあ、言葉遣いはそれでもオネイ言葉ではあったのだが、その言葉遣いも気にならない程の迫力で撮影をしていく様子に、プロの仕事の凄さを目の当たりにしたのだった。
そうして何着か衣装替えをし撮影をした後、とりあえず屋内の撮影はこれで終わりと言う事で一旦休憩となる。
榊原は撮影用の衣装から、楽な格好に着替えてきて私の所にやって来た。
「榊原先輩!お疲れ様です!」
「ありがとう~!ちなみに、見学してみてどうだった~?」
「凄かったです!榊原先輩も、一応ちゃんとプロのモデルなんだと実感しました!」
「一応って・・・これでも赤ちゃんの頃からやってるから、モデル歴は結構長いんだけどね~」
「赤ちゃんから!?それは凄い!」
「まあ、喜んで貰えたみたいだから良かったよ~。さて、次の撮影まで休憩だし、響君ちょっとビーチに散歩に行かない?」
「ビーチへ?」
「うん!室内ばかりいたから、ちょっと外の空気吸いたくなっちゃったんだ~。駄目?」
「・・・べつに良いですよ」
「やったー!ハルさ~ん!僕達、ちょっとビーチに散歩しに行ってくるね~!」
「あらそうなの?あたしは、まだ次の撮影の準備があるから一緒に行けないのよね~残念!でも、次の移動時間までには帰って来てね~」
「は~い!」
そうして私は、笑顔でハルに手を振る榊原と一緒にお店を出たのであった。
私達は、今日も多くの人で賑わっているビーチにやってきた。
「うゎ~!凄い人だね~!」
「まあ今は夏休みも重なっているから、余計多いんだろうね」
「確かにね~。ああ、僕も泳ぎたいな~!そう言えば、響君はもう泳いだの?」
「いや・・・僕、人前で肌を見せるの苦手なんだ」
「そうなの?男同士でも?」
「・・・うん。それに、肌弱いからあまり焼きたくないんだ」
「まあ確かに響君、肌は透き通るように白くて綺麗だもんね!だけど、肌が出てる所は大丈夫なの?」
「そこはしっかりと、日焼け止め塗ってるから多分大丈夫だと思うけど、さすがに全身日に晒すのは無理なんだよね」
「そうなんだ~大変だね~」
本当は女なので、水着姿になれない事をなんとか誤魔化せて心の中でホッとする。
そうして榊原と何気ない会話をしながら浜辺を歩き、ビーチに併設された売店の前を通りかかった。
「お!昨日の少年じゃないか!」
私はその元気な声に驚き声のする方を見ると、昨日響の行方を教えてくれた茶髪のお兄さんが、ヘラを持った手でこちらに手を振っていたのだ。
「よう!結局あれから兄・・・」
「わぁぁぁ!きょ、今日も焼きそば美味しそうですね!!!」
お兄さんは笑顔で響の事を聞こうとしていたので、私は榊原をその場に残し猛スピードでお兄さんの下に近付いた。そしてお兄さんに顔を寄せ小声で話す。
「す、すみません。兄は・・・あの後無事見付かったのですが、さすがにこの年で兄が迷子になっていたと言うのは恥ずかしいので、出来れば内緒にして頂けないでしょうか?」
そう言ってチラリと榊原の方を見る。榊原はと言うと、私の様子を不思議そうに見ていた。
「ああなるほど。確かに友達に聞かれると恥ずかしいわな。分かった!内緒にしといてやるよ!」
「ありがとうございます!」
「良いって事よ!・・・で、今日はいくつ焼きそば買っていってくれるんだ?」
「・・・二つ下さい」
「ちなみに、このフランクフルトもオススメだよ!」
「・・・それも二つ下さい」
「毎度あり~!」
そう言って、お兄さんは満面の笑顔で焼きそばとフランクフルトを手渡してくれる。
・・・もう暫く、この売店に近寄らないでおこう。
そう心の中で強く誓ったのだ。
そうして、ほぼ強制的に買わされた焼きそばとフランクフルトを手に持って榊原の下に戻り、不思議そうにしていた榊原に無難な説明をし二人で買った物を食べてから、また撮影スタジオのある店に戻っていったのだった。
「あ!そう言えば僕、ちょと中心街で寄らなきゃいけない所があったんだ!」
店への帰り道で、突然榊原が言い出し足を止める。
「響君ごめんね!僕ちょっとそこに行ってから戻るから、先に店に戻っててくれる?」
「べつに構わないですけど・・・でも、僕は付いていかなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!本当にちょっとした用事だからすぐ戻るよ!じゃあ、行ってくるね~!」
そう言って、榊原は私に手を振ると中心街の方に駆けていってしまったのだ。私はその後ろ姿を見送り、とりあえず一人で店に戻る事にしたのだった。
店先に待っていたハルに、榊原が所用で中心街に行ってから戻ってくる事を伝え、そしてただ待っていても暇なので、撮影スタッフの手伝いをしながら榊原を待っていた。
そうして暫くし榊原は戻ってきたのだが、どうも浮かない表情をしていたのだ。
「榊原先輩?どうしたんですか?」
「・・・響君・・・君ずっとここにいた?」
「はい。ハルさん達と一緒に、ここで榊原先輩を待っていましたよ?」
「う~ん・・・なら、やっぱり僕の見間違いかな~?」
「榊原先輩?」
「さっき、中心街に行った時に・・・響にそっくりの男の子を見掛けたんだよね~」
「・・・っ!」
「響君には先に戻って貰うように言ってあったから、もしかしたら違う人かもと思って声掛けなかったんだ~。やっぱり見間違いみたいだったから、声掛けなくて良かった・・・」
「榊原先輩!!その男の子、どこら辺で見掛けたんですか!!」
「ひ、響君!?どうしたの?」
私が凄い剣幕で榊原に詰め寄ると、榊原は驚いた表情で私を見てくる。
「良いから!どこですか!?」
「えっと・・・中心街のバス停で見掛けたよ?」
「バス停ですね!ありがとうございます!」
「えっ!?ちょ、響君~!!」
後ろから戸惑った榊原の声が聞こえてくるが、私はそんな事気にする余裕もなく、大急ぎで教えて貰ったバス停に向かったのだった。