お仕事見学へのお誘い
「あ!やっぱり響君だ~!」
そう言って、笑顔で腕を大きく広げこちらに駆け寄ってくる人物・・・榊原に私は驚き戸惑う。
しかし、駆け寄ってくる勢いのまま私に抱きつこうとしていたので、私は抱きつかれる寸前でスッと横に避ける。結局、榊原はそのまま勢いを止めれず空を抱いたのだった。
「響君~!避けるなんて酷いよ~!」
「避けるに決まってます!それよりも、なんで榊原先輩がここに?」
「え?僕?僕はモデルの仕事だよ~。うちの夏用ファッションの撮影で来てるんだ~!それにしても、響君の方こそどうしてここに?家族と一緒に来てるの?」
「・・・ううん。僕一人だよ。え~と・・・本当は家族で来る予定だったんだけど・・・お父様は急な仕事が入ってしまったしお母様も・・・出発直前にまた体調を崩した詩音の看病で行けなくなったんだ。だけど、ホテル等キャンセルするのも勿体無かったから、僕だけ来る事にしたんだよ」
「そうなんだ・・・せっかくの家族旅行なのに、詩音ちゃん体調崩しちゃって可哀想だね」
「・・・・」
実はその詩音は元気で目の前にいるとは言えず、心配そうに顔を曇らせた榊原に少しだけ罪悪感を感じたのだ。
「まあその代わり詩音には、沢山お土産買っていってあげるつもりなんだけどね」
「そっか・・・今度は家族皆で来れると良いね!」
「・・・はい!」
・・・本当に。今度は響も一緒に家族皆でここに来たいな~。
「そう言えば響君って、ここのホテルに泊まってるの?」
「はい。そうですが?」
「僕も!僕もここに泊まっているんだ~!今最上階の部屋に泊まっているんだけど、良かったらこれから遊びに来ない?」
最上階・・・スイートルームですか。さすが世界に誇る老舗ファッションブランドの御曹司ですね・・・。
「え~と、せっかくのお誘いですけど、僕今日一日色々出掛けていて凄く疲れているから、もう部屋に戻って休みます」
「え~!もっと響君と話したかったのにな~。まあ、疲れているなら仕方がないね・・・そうだ!響君、明日の予定ってもう決まってる?」
「・・・特には」
さすがに、響探しの予定があるとは言えないからな~。
そう思いながら複雑な表情で榊原を見ると、榊原はその返事を聞いて嬉しそうに笑顔になる。
「なら明日、僕のモデル撮影を見学に来て!」
「えっ!?」
「僕、そこで響君に会わせたい人がいるんだ~!凄く面白い人だよ!」
「い、いや、僕は明日・・・」
「じゃあ、明日九時にこのロビーで待合せで!それじゃ~また明日ね!おやすみ~!」
「え?あ!ちょ、ちょっと榊原先輩・・・」
私の返事などまるで聞こうとはせず、勝手に約束を取り付けると笑顔のまま降りてきたエレベーターに乗って、とっとと行ってしまったのだ。
私は閉じてしまったエレベーターのドアを、唖然としながら見つめていたのだった。
翌朝ホテルで朝食を取り、気の進まないまま約束の時間にロビーに向かう。
本当は律儀に行かなくても良いのだが、勝手にされたとは言え約束なのでとりあえずロビーで榊原に会い、ちゃんと断ろうと思ったのだ。
私がロビーに着くと、先に来てロビーのソファで寛いでいた榊原が私に気付き、ソファから立ち上がって笑顔で手を振ってくる。
「お~い!響君~!こっちこっち!」
「・・・榊原先輩。聞こえてますので、そんな大きな声出さなくても結構です!」
「も~響君は豊みたいに口煩いな~!」
そう言って、頬を膨らます榊原を見て桐林の苦労が目に浮かんだ。
「まあいっか!それじゃ行こうね!」
そう言うやいなや私の手を掴むと、ホテルの出口に向かってずんずん歩き出す。
「ちょ、ちょっと榊原先輩!僕行くとは一言も言ってないんですけど!!」
「あれ?そうだっけ?でも予定無いんだよね?」
「うっ!ま、まあ・・・そうなんですけど・・・」
「なら、何も問題無いよね?じゃあ行こう!」
「だ、だけど~~~!!」
私の答えに満足した榊原は、もう私の抗議の声など聞こえない振りをして、楽しそうに私の手を掴んだままホテルの外に待機させてあった高級車に私を乗せたのだった。
私が連れていかれたのは高級ブティックの店。看板には榊原の名前がローマ字でお洒落に書かれていたので、ここが榊原家が経営するお店だと分かる。
「・・・榊原先輩、ここで撮影するんですか?」
「うん!この二階に撮影スタジオがあって、まず先に室内での撮影からするんだ~」
「まず先に?」
「今日は室内での撮影と屋外での撮影があるんだ~」
「・・・なるほど。だからこの島で夏用ファッションの撮影なんですね」
「うん!この島、今年の夏用ファッションのイメージにピッタリらしいんだ~」
そう説明されながら、榊原は私を伴って店に入っていったのだ。
店のスタッフは、榊原に気付くと皆頭を下げて挨拶をし、榊原はそれに笑顔で応えていた。
私達は二階に通され、撮影スタジオだと思われる部屋に入って行く。
そこは色々な撮影機材が置かれ、沢山の人が忙しなく動いていた。
榊原はそんな様子を気にする事なく中にどんどん入って行き、その中でこちらに背を向けカメラを触っている、細身で背が高く長い髪を後で一つに束ねた男の人に近付いていく。
「ハルさ~ん!おはようございま~す!」
榊原の元気な声に、カメラを触っていた男の人がクルリとこちらに振り向き、満面の笑顔でカメラを机に置いて榊原を抱きしめた。
「あ~ん!誠ちゃ~ん!会いたかったわ~!」
「!!!」
私はその言葉遣いに耳を疑ってしまう。男の人は端整な顔立ちをしていて黙っていれば多分凄く女性にモテる顔なのに、あの言葉遣いで全て台無しである。
「ハルさん!痛いよ~!」
「あら?ごめんなさいね~。久しぶりに会えたからついつい力が入っちゃった~」
「も~ハルさんは体細いのに、力が強いんだから気を付けてよね!」
「ごめんね~」
「まあ、僕も久しぶりにハルさんに会えて嬉しかったけどね!そうそう、ハルさんに紹介したい人がいるんだ~」
「紹介したい人?」
「うん!・・・響君~こっちおいでよ~!」
あまりのギャップに暫し呆然としていたが、榊原の呼び声にハッと我に返り手招きしている榊原の下に向かった。
「ハルさ~ん、この子前に話していた僕の後輩の早崎 響君だよ~!で、響君、こっちがカメラマン兼ファッションデザイナーのハルさん」
「・・・早崎 響です。よろしくお願いします」
「・・・・」
榊原に紹介されたのでとりあえず挨拶をしてみたが、ハルは何故か私の顔を凝視したまま固まっている。
「あ、あの~?」
「まあ!まあ!まあ!なんて綺麗な顔立なの~!!」
「うぶっ!」
そう言いながら、私の頬を捏ねるように両手でグニグニ触ってきたのだ。
「まあ~!なんて触り心地いい肌なの~?手に吸い付くようで気持ちいいわ~!」
「うぎゃ~!」
「いやぁ~ん!反応も可愛い!!持って帰りたいわ~!」
そのまま暫く榊原が止めるまで、ハルに撫でられ続けたのだった。