皇太子襲来
あの後なんとか藤之宮叔父の半殺しを阻止すると、近くにある総合病院に私と藤之宮は連れていかれた。
何故なら私は大丈夫だと言ったのに、心配した高円寺によって私と藤之宮は軽い検査を受けさせられたのだ。
結局二人共特に問題は無く、藤之宮叔父に叩かれた私の頬を治療して終わったのだった。
しかしその検査や治療を受けている間、どうしてもと言う状況じゃ無い限りずっと高円寺が私の腰を抱いて離そうとしてくれなかったのだ。
私が何度頼んでも離してはくれず、対応してくれていた医師や看護婦からは生暖かい目を向けられ、とても居たたまれなかったのだった。
そうしてなんとかその状況に耐え続け、漸く全て終わったので今病院の待合室で、私達を助けに来てくれた皆と話をする事になったのだが・・・。
「・・・雅也さん、もういい加減離してくれませんか?」
「嫌だ」
今私は待合室のソファに座っているのだが、その私の隣に高円寺がピッタリと座りやはり私の腰を抱いて離してくれない。
しかしそこには、私達と体面するようにソファを移動させて座っている藤之宮や響、そして桐林達三人がいるのだ。
響は面白そうにニヤニヤと私達を見ているのだが、その他の四人は呆れた表情で私達を見てくるので、正直今すぐこの場を逃げ出したい気持ちで一杯だった。
私は顔を熱くさせながら何度も高円寺にお願いしたのだが断られ続け、結局私は肩を落としてもうこの状況を諦める事にしたのだ。
「や~噂には聞いていたけど・・・雅也の詩音ちゃんへの溺愛っぷり凄いね~」
「確かにな、さすがに俺でもこうは出来ない」
「・・・昔の雅也からは到底想像出来んな。まあ、悪いとは思わんが」
そう榊原、藤堂、桐林は私を抱きしめ続けている高円寺を見ながら、呆れたように呟いたのだった。
「ねえねえ麗香ちゃん、僕もあれ麗香ちゃんにやって良い?」
「絶~対に嫌ですわ!!」
「ちぇ~」
藤之宮の隣に座っている響がそんな事を藤之宮に言ったので、藤之宮は顔を赤くして即座に否定する。
しかし否定された響は、そんな藤之宮を見ながらニコニコと微笑んでいたのだった。
「え、え~と、とりあえず話をしましょうか。まず・・・雅也さん、響、豊先輩、誠先輩、健司先輩、私達を助けに来て下さってありがとうございます!」
「わ、私からも言わせて頂くわ。ありがとうですわ」
私が皆に向かってお礼を言うと、藤之宮も慌ててお礼を言う。
「お礼なんて良いよ。当然の事をしたまでだから。それよりも、無事に二人を助けられて本当に良かった」
「雅也さん・・・」
そう高円寺が言うと、他の四人も揃って頷いてくれた。
「それでも、本当にありがとうございました。・・・ただそれはそうと、学園にいなかった豊先輩達がどうしてあの場所に来られたんですか?」
「ああそれは、雅也に手助けを頼まれたからな」
「雅也さんに?」
私は桐林の言葉に、隣にいる高円寺を見上げる。
「今回二人が拐われた時、一部のSPの仕業だと言う事が分かったからね。そこから色々調べて、前から疑っていた光秀さんが黒幕だと目星が付いたんだ。ただ、あの人から証拠を見付けるのは簡単じゃ無いと思ってね、様々な情報網を持っている豊や、モデルと言う人脈を持ってる誠、そして警察庁長官を父に持っている健司に手助けを頼んだんだ」
「そうだったんですか・・・」
「しかし頼んだ私が言うのもなんだが、予想以上に三人の仕事が早くて驚いたよ」
「当たり前だ。詩音さんが拐われたと聞いて、時間など掛けれるか」
「そうだよ~!僕も片っ端から、モデル仲間に頼みまくったも~ん!」
「俺も、すぐに親父の下に向かって直談判したからな」
「豊先輩、誠先輩、健司先輩・・・」
私は三人を見て、本当に感謝の気持ちで一杯になった。
しかしそこで、私はある疑問が沸きもう一度高円寺を伺い見る。
「そう言えば雅也さん・・・疑問だったんですが、どうしてあんなに早く私達が捕まっている場所が分かったんですか?」
「ああそれは・・・」
「それはね、これのお陰だよ!」
「え?響?」
高円寺が私の疑問に答えようとして、それに被せるように突然響が声を上げたのだ。
私はそんな響に驚きながらも、響の方に視線を向ける。
すると響は、隣に座っている藤之宮の髪に付いている薔薇のヘアピンを、ニコニコとした表情で指差していたのだ。
その指を差されている藤之宮も、その響の行動に驚いている。
「へっ?それは響が、藤之宮にプレゼントしたヘアピンだよね?」
「うん、そうだよ!」
「・・・そのヘアピンと、私達を早く見付けられた事がどう関係あるの?」
「実はこれね・・・中に位置を特定出来る、GPSが仕込んであるんだ~」
「「・・・え!?」」
響のその言葉に、私と藤之宮は同時に驚きの声を上げ響を凝視したのだ。
「ひ、響!?一体どう言う事!?」
「どう言うって、そう言う事だよ?麗香ちゃんが狙われていると聞いてちょっとお母様に相談したら、お母様の知り合いにこう言う物が作れる人がいるって教えて貰えて、それでお願いして作って貰ったんだ」
「お、お母様が!?」
まさかここで、お母様が関わっている話を聞くとは思わなかったので、私は唖然とした表情になる。
・・・お母様の交友関係って、一体どうなっているんだろう?
いまだに謎の多いお母様を思い浮かべながら、私は乾いた笑いを口から溢していたのだった。
「・・・それであの時、私に常にこのヘアピンを付けるよう言われたのかしら?」
「うん、そうだよ」
「そう、ですの・・・」
「あ!勿論麗香ちゃんに、よく似合っていると言った事は本当だよ?だってそのデザイン、僕が麗香ちゃんに似合うようにと考えたんだからさ」
「え?」
「ちゃんと気に入って貰えたみたいで、僕凄く嬉しかったんだよ」
「・・・っ!す、捨てるのも勿体無いと思いましたから、仕方がなく付けて差し上げていただけですわ!」
そう言って藤之宮は真っ赤な顔で、響とは反対方向に顔を向けてしまった。
そんな藤之宮を見ながら、響はとても楽しそうにクスクスと笑っていたのだ。
私はそんな響を見て、呆れた表情になったのだった。
そうして暫く私達は話をし、そろそろ学園に戻るかと話をしていた時それは起こったのだ。
突然病院の玄関付近が慌ただしくなり、そしてそこから数人のSPに周りを守られながら、堂々とした態度で入ってくる男の人がいた。
私はその騒ぎに、一体何だろうと視線をその入ってきた男に向ける。
・・・あれ?あの男の人、誰かに似ているような・・・。
私がそう首を傾げながら考えていると、ソファに座っていた藤之宮が驚いた表情でソファから立ち上がったのだ。
「お、お兄様!?」
そう藤之宮は、迷う事無くこちらに向かってくる男を見つめながら目を見開いて固まっていたのだった。
「え?麗香さんのお兄様って・・・」
「藤之宮 義貴さん。麗香の兄上でこの国の皇太子だよ」
「えっ?な、なんでここに!?」
私は高円寺の説明を聞き、驚きながらもその藤之宮兄をまじまじと見つめる。
確かによく見ると、藤之宮と同じ艶やかな黒髪のショートヘアーに切れ長の目をしており、顔立ちも凄く整っていて藤之宮と良く似た面持ちの美青年だったのだ。
そんな藤之宮兄を見ながら、二人はきっと母親似なんだろうなとぼんやりと考えていたのだった。
「お兄様!どうしてこちらに!?」
「そんなの決まっているだろう!お前を心配して来たんだ!」
藤之宮は近付いてくる藤之宮兄の下に急いで駆けていき、驚いた表情のまま藤之宮兄に問い掛けていたのだ。
すると藤之宮兄は、悲痛な表情で藤之宮をぎゅっと抱きしめる。
「だが麗香が無事で本当に良かった・・・」
「お兄様・・・」
「すまない、本当は私自らお前を助けに行きたかったんだが・・・」
「分かっていますわ。お兄様は皇太子ですもの・・・周りが引き留めていた事は重々承知してますわ」
「・・・すまない」
藤之宮兄はそう辛そうに謝ると、もう一度藤之宮をぎゅっと強く抱きしめた。
その姿を私達は皆、ソファから立ち上がって見ていたのだ。
そうして暫く兄妹の抱擁が続き、漸く藤之宮兄が藤之宮の体を離すと、今度はその藤之宮の手を取って再び玄関に向かって歩き出した。
「え?お兄様?どこに向かわれるのですか?」
「決まっている。このまま皇居に帰るぞ」
「え!?お兄様お待ちください!!私は学校があるので学園に戻りますわ!!」
「駄目だ!学園に戻っても、また今回みたいな危ない目にあったらどうするんだ!」
「もう黒幕の、光秀叔父様が捕まったのですから大丈夫ですわ!!」
「だが他にも、お前の美しい容姿に良からぬ事を考える輩があの学園内にいるやもしれん!やはり、あの学園に入学させたのは間違いだった!」
「お兄様!!」
藤之宮兄の言葉に藤之宮は目をつり上げ、掴まれていた手を無理矢理振り解く。
すると藤之宮兄は、まさか藤之宮に無理矢理手を振り解かれるとは思っていなかったようで、驚きに目を瞠りながら藤之宮を見つめる。
「・・・麗香?」
「私が、学園に入学した事を否定しないで頂きたいですわ!」
「し、しかし・・・」
「私はあの学園に入り、沢山のお友達やお知り合いが出来た事をとても嬉しく思っていますのよ!」
「・・・だがあの学園に入学したせいで、麗香は誘拐と言う怖い目にあっただろう!今回の事で、あの学園のセキュリティは信用出来ん事が分かったからな!それなら、まだ沢山の警備に守らせる事の出来る皇居の方がマシだ!」
そうキッパリと藤之宮兄は言い切り、藤之宮の言う事を聞いてくれる様子が無かったのだ。
そんな二人のやり取りを見て、私はどうしたものかと戸惑っていた。
するとその時、そんな二人の間に割って入る響の声が聞こえてきたのだ。
「え~?皇居も充分危ないと思うけど?」
「・・・何!?」
「だって、そもそも今回麗香ちゃんを拐って行ったのは、その皇居で警護している藤之宮家直属のSPだったんだよ?だったら、学園にいても皇居にいても結局同じ事が起きていたんじゃないかな?いやむしろ、学園に入学せずに皇居で拐われていたら、こんなすぐに助け出せなかったかもね」
「ぐっ・・・ん?お前は・・・今年の夏に、突然皇居に来た男では無いか!!まだ麗香に纏わり付いていたのか!!!」
「そんな僕を虫みたいに言わないでよ・・・『お義兄様』」
「誰がお義兄様だ!!」
「まあまあそれよりも、麗香ちゃんは学園に戻りたいみたいだし認めてあげたら?」
「駄目だ!確かにお前の言う通り、今回の事は我々の方にも落ち度があったが、それでも学園が安全だと保証出来る訳では無いからな!それにいくら警護役に雅也を付けても、今回のように麗香の側を離れてしまっては全く意味が無かった。・・・雅也、お前になら任せられると思っていただけに・・・失望したよ」
「・・・その件に関しては、本当にすみませんでした」
藤之宮兄が、私の隣に立っている高円寺にチラリと冷たい眼差しを送り、高円寺は申し訳なさそうに頭を下げた。
私はその様子を見て、段々ムカムカしてきたのだ。
・・・雅也さんだって凄く頑張っていたのに、その言い方は無い!!
そう思い、私は目を据わらせながら藤之宮兄をじっと見つめる。
しかしどうもさっきから、私は藤之宮兄に認識されていないようだと思った。
それは桐林達三人にも同じ事が言えるようで、全く私達を見てこないのである。
どうやら藤之宮兄は、必要性の無い者は徹底的に認識しない性格みたいだった。
「・・・もう雅也だけでは、麗香を守れない事が分かったからな。やはり私の目の届く所で、私が守ってやるのが麗香の為だ!」
「お、お兄様!!」
「さあもう良いだろう。そろそろ戻るぞ!」
「・・・それじゃあさ、麗香ちゃんを守るのが高円寺先輩だけじゃ無ければ良いって事だよね?」
「・・・何だと?」
「僕も高円寺先輩と一緒に、麗香ちゃんを守るよ!そうすれば、今回のような事があっても絶対片方が麗香ちゃんを見ていられるから、断然安全だと思うけど?」
「・・・お前は何を言っている?お前のような、女みたいに線の細い男に到底麗香を守れるとは思えん!」
「そう?あ、ちなみにそこにいる僕の妹でもある詩音も、麗香ちゃんを守れるほど強いよ?」
「・・・お前の妹?」
突然響に話題にされ驚いていると、藤之宮兄が怪訝な表情で私の方に視線を向けてきたのだ。
あ、漸く認識された。
そうして私の方に視線を向けた藤之宮兄は、私の顔を見て驚きに目を瞠った。
「・・・同じ顔!?」
「だって僕達、双子だもん!」
「だが男女の双子で、ここまでそっくりなのは初めて見たぞ!」
そう言いながら、藤之宮兄は私の顔をじっと凝視し続けてくる。
すると、その藤之宮兄と私の間に高円寺がすっと入り、その視線を遮ったのだ。
「あ~ゴホン、それでお前とその妹が強いと言う証拠はあるのか?はっきり言って、お前もその妹も全く強そうに見えんな。むしろ、妹の方は守られなければいけないほど弱々しいだろう」
「あ、あの・・・お兄様、それは・・・」
「ん?麗香どうした?」
藤之宮兄の言葉に藤之宮が困った表情を浮かべている傍ら、私は腹の底から沸々と怒りが込み上げてきていた。
・・・弱々しい、ね。
そう心の中で藤之宮兄の言葉を繰り返し、私は目を据わらせたまま目の前に立っている高円寺にそっと声を掛ける。
「・・・雅也さん・・・やっちゃって良いですか?」
「・・・あ~程々にね」
「努力します。・・・響!」
私の様子に苦笑しながら高円寺が返事を返してくれたので、私はすぐに響の名を呼んで顔を向ける。
すると響は、私の顔を見てすぐに私の意図を察してくれ、ニヤリと口角を上げて頷いてきた。
私もその響に頷き返すと、高円寺の背後から抜け出し藤之宮兄をじっと見据えて声を掛ける。
「・・・では私と響が強い事を証明すれば、麗香さんが学園に戻る事を認めて下さるんですね?」
「・・・証明出来れば考えてやっても良い。まあ、到底無理だと思うがな」
「分かりました。・・・響!」
「OK!」
まるで馬鹿にしたような言い方をしてくる藤之宮兄を、じろりと睨み付けると私は響の名を呼ぶ。
すると響は私の呼び声に大きく返事を返し、そして私達は同時に動き出した。
私と響はソファなどの障害物を軽々と飛び越えながら、一気に藤之宮兄までの距離を詰め、そして藤之宮兄を警護しているSP達が反応する前に、響の手刀が藤之宮兄の首筋、私の握り拳が藤之宮兄の鳩尾に寸止め状態で入ったのだ。
「なっ!?」
藤之宮兄がその私達行動に、驚愕の表情で固まる。
すると漸くこの状況を飲み込めたSP達が、慌てて私達を押さえようと近寄って来ようとしていたが、それを高円寺が制してくれた。
「大丈夫だから、少し見ていなさい」
そう高円寺に言われ、SP達は事の成り行きを見守る事にしてくれたようだ。
「・・・これで私達の実力、認めて貰えましたでしょうか?」
「・・・くっ!」
私がそう勝ち誇った顔で言うと、藤之宮兄はとても悔しそうな顔になったのだった。




