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マロの戦国 ‐今川氏真上洛記‐  作者: 嵯峨良蒼樹
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マロの止まらない京都観光(二)

今川氏真の京都観光二日目!

のぞきです。

鉄板の観光名所です。

ピクニックです。

危ない大男登場です。

 一月二十六日、今日は朝から雪が降っている。やはり氏真は夜明け前にぱっちりと目を覚ましてしまっていた。朝餉の間もじれったいという様子で弥三郎を呼びつけると、

 「今日は内裏を見物するぞ。都に来て帝のおわす所を見ないのもおかしかろうからな」

 と告げた。

 「へっ? どこぞのお公家にご案内いただくので?」

 弥三郎は、氏真がもう内裏に入れるよう話を付けたのかと思った。

 「違う、それでは事が面倒になる。ただ見物するのじゃ」

 さすがに駿河太守とはいえ国を失った身では堂々と内裏に入れてもらうのは難しかろうが、氏真は何よりも公家との付き合いを面倒臭がっているのだ。

 今日もあの案内の者を付けてもらい、氏真は弥三郎と弥太郎をせきたてるようにして宿を出た。昨日供をした者たちは昨日の疲れが抜けきっていないので休ませ、昨日休ませた者たちを引き連れていく。

 宿から内裏は半里ほどで着いた。七年前の永禄十一年(一五六八)に信長が足利義昭を奉じて上洛した時内裏の塀も修復したというが、まだ破れている所があると聞いたので、そこから中の様子をのぞいた。御殿の修理もまだ続いていると見え、真新しい材木が運ばれて木の香りがし、槌音が聞こえる。

 思い起こせばあの年の暮れ氏真は信玄と家康に攻め込まれたのだった。それも信長が背後を安全にするために信玄の気をそらす餌に使われたせいかも知れない。そう思うと氏真は改めて悔しさがこみ上げたが、それも今の都の栄えにつながったのだと気を取り直した。甲斐の軍勢なら都に入れば駿河でやったように乱取りや放火を平気でするかもしれない。マロは天下静謐のためにも信長と手を組まねばならないのだ。

 弥三郎にはそんな氏真の胸中は知る由もない。こんなものを見ながら何をぼんやりしているのだろうと思っていると、今日も始まった。

「君が代のお恵みが民草にもあるとよいな……うむっ! 一首浮かんだ」


 禁中御修理半築地やふれより見物

 沙より数ならぬにも恵あれな玉敷庭の光もらさて(1‐47)


 一首詠むと氏真は北野天満宮に行くと言い出した。今日も氏真の気まぐれ任せの見物に付き合うのかと思うと気が重くなるが、従うしかない。今出川通を西に進むと、雪の中柴を運ぶ者たちに出会った。

「雪の積もった柴を運ぶか。寒さを都に運び込んでおるようだのう……うむっ!」


 柴はこふ男女多し折ふしみそれふる

 雪なから柴とり持て寒けさを都にはこふ小のの里人(1‐48)


 北野天満宮は内裏から半里余り西にある。昔には及ばないのかもしれないが、それでもなかなかのにぎわいぶりで、氏真も満足したようだった。しかし、氏真が末社を一つ一つ見て回ろうとするので弥三郎は閉口した。

「弥太郎知っておるか、『東風吹かばにおいおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな』という歌を。菅原道真公が太宰府におわした時京の屋敷にある梅の木を偲んで詠まれた歌というぞ。しかしここの梅も松も道真公の昔と変わりないようでよいのう……うむっ!」

「道真公は『ふる雪に色まどわせる梅の花鶯のみやわきてしのばん』と詠まれたが花を愛でるウグイスがおらぬのう……。ウグイスの心も空に飛んで行ってしまったか……うむっ!」


 北野参詣宮中末社あまた有

 梅かかも松もかはらぬ神垣の隔てはあらし今も昔に(1‐49)

 鶯も空に心や散花の枝つたひなく梅の下かせ(1‐50)


 またいつものように氏真は思いつくままに語っては歌を詠む。

「そういえば先ほど見た今の御所は元々の大内裏ではない、里内裏だと聞いたが、では元の大内裏はどこにあるのかのう?」

「火事で焼けてしまい、今は内野と呼ばれております」

「そうか、荒れ果てていようが行って見たい」

 昨日と一緒だ。また氏真が余計な事を思い出して、案内の者が余計な事を吹き込んでくれる。

 案内の者は今来た道を引き返して少し南に下った所に一行を連れて来るとこのあたりが大内裏の跡地だといったが、ただの野原だった。またやるのか。

「大内裏だった内野は荒れ果てて人影もない。ヒバリがさえずりキジが鳴くばかりであるか……。うむっ! 一首浮かんだ」

 何もない所から歌をひねり出すこの才能を武略に使えばこの殿はえらくなるのに……。


 うち野は昔内裏の跡也と云辺あれたり

 霞ひくしめ野うちのは人もなし雲雀さへつりききす鳴也(1‐51)


「うむう、此度はちゃんと残っている名所が見たい」

 一首ひねり出して氏真は一旦すっきりしたようだったが、今度は人並みな注文を出した。

「それでは金閣はいかがでござりましょう。北山はここから乾(北西)の方角に半里ほどの所でございます」

「おお、それはよい。連れて行ってくれ」

 弥三郎を始め一行の者は皆耳をそばだてた。金閣ならいい土産話になるだろう。

 鹿苑寺金閣への道はまた北野天満宮への道を引き返す格好になったので、弥三郎はうんざりした。ちゃんと予定を組んで無駄に歩き回るのはやめてもらえないかと思う。

 金閣に着くとそのまばゆさに一行はほう、と感心したが、氏真はなぜか金閣に行く前に弘法大師作と伝わる石不動を訪れた。武士として金閣より不動に心惹かれるのだろうか?

 

「石の不動には時を越えて変わらぬものを感じるのう……。うむっ!」


 北山石不動霊作と云々

 うこきなき名を顕せる巌こそ真も世々に替らさらまし(1‐52)


 それから金閣に近寄って見物したが、氏真は何をひねくれたのか、金閣を見ずにあらぬ方を眺めている。

「御屋形様、金閣をご覧にならぬのでござりまするか?」

 弥三郎が聞くと、氏真は得意そうに口を開いた。

「見ておる。池に映った金閣の姿を見ておるのだ」

 氏真のいる場所に寄って見ると、確かに池の面に金閣が移っている。

「ゆく川の水は絶えずして、しかも元の水にあらず、か。形ある金閣はいずれ朽ちるやも知れぬが、水は朽ちぬ。水面(みなも)に金閣の影を移すこの水は流れて行くが、その面影を流れに乗せて後世に伝えると思いたいのう……うむーっ! 一首浮かんだ」


 金閣は三重にして塔のごとし

 朽もせぬいらかの庭にすむ水の流て影や世々に伝へん(1‐53)


 一首詠んだ氏真は周囲を見渡していたが、東の岡に目を止めて尋ねた。

「霞の間から見えるあの丘の名は何という?」

「あれが船岡山にございます」

「おお、あれが清少納言が枕草子で『岡は舟岡』と書いた船岡山か。なるほど、朝霞から帆を現した舟のごとき風情よな……うむっ!」

 氏真に従って一行は船岡山に登って見た。なるほど、金閣のある北山も周囲の景色も見渡せる。しかし氏真は他にも名所があるとて弥三郎らに探させたが見つからない。

「このあたりに七の社があるはずじゃ……。何、ならの社? ならの社というのは聞いた事がないが。そうそう、ならびの岡もこのあたりのはず……。なぜ見当たらぬのじゃ。見どころと言えばこの松の木一本か、後はこの春霞が隠してしもうたかな……。うむうむっ!」


 舟岡のなゝの社ならひの岡紫野なと見物

 晴れ渡る霞の海の朝なきにまほ顕るる舟岡の山(1‐54)

 いつくにかならひの岡の春霞松を残せる夕暮の色(1‐55)

 七の社見れば一本の枩計外は霞や立かくすらん(1‐56)


「腹が減った。中食にいたそう」

 ひとしきり名所探しをした後氏真の言葉で船岡山で弁当を広げた。食事を終えた氏真はすっかりくつろいだ表情で敷物の上に寝転がり、頭の後ろで手を組み空を眺めた。

「今日も無駄骨が多いのう……。まあよいか、この長閑な日にすみれの花など見ながら野遊びするのも風流……。うむっ!」


 又ならの社ともいふ人あれはうたかはし

 長閑なる日影うつろう紫のすみれましりの花の芝草(1‐57)


 氏真はそのまま寝入ってしまった。その間供の者たちも座って休む事ができた。

 どこにあるか分からない名所旧跡探しに無駄骨を折っても、何もない所から歌をひねり出して氏真は満足している様子だ。無駄骨を折らされる側の弥三郎はやれやれと思ったが、段々何も感じなくなってきている自分に気付いた。まあいいか、(いくさ)()で命を削るのに比べれば楽な仕事だ、と思えるようになってきた。

 日が傾き始めると、雲行きが怪しくなってきた。この様子だとやがて雨が降ると思われた。これで今日は早めに見物を切り上げて帰れると思い、弥三郎は氏真に声をかけた。

「御屋形様」

「う、む……」

「雲行きが怪しくなって参りました」

「む、そうか。では帰るとするか」

 寝ぼけまなこの氏真は弥三郎の狙い通りの返事をくれた。

 帰り道も一行は柴や薪を運ぶ里人に多く行き交わしたので氏真は面白がった。

「京の都は駿府より寒い故、燃やす物が沢山いるのであろうか。うむっ!」

 

 薪炭もちて行かふ人さりあへす

 世を渡る道は一に柴はこふをはらしつ原やせの里人(1‐58)


 雨が降る前に宿に着きたいと思ったが、数町も歩くと冷たい冬の雨に降られてしまったので、(いん)(じょう)()という寺に立ち寄って雨宿りに軒先をしばらく借りた。すると、

「うむ? 梅の香りがせぬか?」

と氏真が言い出した。しかし、近くに梅の木は見当たらない。

 皆が首をひねっているが構わずに、氏真は言葉を続ける。

「主も分からぬ梅の香りを雨上がりの風が運ぶか……。うむっ! 一首浮かんだ。あめすぐるう、かぜのたよりにかよいきぬう、あるじもしらぬう、のきのうめがかあ……」

 とうとうありもしないにおいがすると言い張って歌を詠みだしたよ。雨が上がるまでのつれづれにまた一首詠みたかっただけなんじゃないのか。


 村雨して引接寺と云十王堂に立寄て

 雨すくる風の便りに通いきぬ主も知らぬ軒の梅か香(1‐59)


 今日は五里ほど歩き回ったが、宿にはまだ日が高いうちに着いた。これでゆっくりできる。弥三郎が宿の者に氏真の帰宿を告げようとして戸をくぐると、上がりかまちに腰かけていた大男が立ち上がり、続いて入ってきた氏真に身を縮めるようにうやうやしく一礼した。

「お、紹巴ではないか」

「お久しゅうござりまする。御屋形様にはご壮健にて祝着至極に存じ奉ります」

 連歌師里村紹巴であった。紹巴は年の頃五十過ぎ、丈高く、骨太く、顔もまた大きく色黒く、一重まぶた、大きな鼻、厚い耳たぶの異相の持ち主である。温雅に見せようと努めてはいるが、連歌師と聞いて人が思い浮かべるような柔和で瀟洒な文人とはかけ離れた、一軍を叱咤する猛将のような武骨さを全身から立ち昇らせていた。

「昨日弟子の心前(しんぜん)にもたせました書状の通り、御屋形様に一刻も早くお目にかかりたいとは存じましたが先約がござりまして、やむを得ず今日参上いたしました。遅参の儀何卒ご容赦のほどを」

 紹巴の言葉つきはうやうやしいが、腹の底から出てくるような太い声にはむしろきつい響きがある。怒っているようにさえ聞こえるが、氏真は気にならないようである。

「あ、うむ、気にするな。よく参ったな」

「ありがとうござりまする」

 氏真は紹巴を招じ入れて紹巴の駿府下向以来八年ぶりの久闊を叙し、夕餉まで共にしながら今回の上洛の趣から始めて大いに語り合った。弥三郎も弥太郎と共に陪席を許され、平生聞く事のできない連歌の宗匠と氏真との会話を聞かせてもらった。

「さて、信長様のご上洛はいつになるか存じ上げませぬが、それまでは今日の歌枕や名所をご存分に見て回る事ができましょう」

「うむ、村井貞勝からもそのように言われたと聞いておる。なあ、弥太郎」

「御意」

「差し出がましいようではござりますが、お宿をお変えになられましてはいかがでしょうか。信長様はご上洛の折は相国寺を宿所とされる事が多うござりまする故、その近くがおよろしいかと。相国寺から数町西に参りますと松永弾正様のお屋敷の近くに木下なる所がござります。そこにそれがしの知る者の宿がござりまする。そちらに移られてはいかがでしょう。新在家にある拙宅からも数町の所にござりまする」

「ほう、それはよさそうじゃな。では、そこに移ろうか」

「お聞き届けくださりまして誠に恐悦至極にござりまする。それではそれがし明日にその宿に参り、明後日にはお移りいただけるよう主人と話を付けておきまする」

「うむ、頼んだぞ」

 弥三郎は内心喜んだ。これで今回の上洛の目的にふさわしい場所に宿が取れる。余計な事を言う案内者とも別れられる。連歌師もなかなか役に立つものだ。

「明日も名所を巡りたいが、そなたならどこに行くのがよいと思うかの?」

 変な事をふきこんでくれるなよ、と弥三郎は内心警戒した。

「そうですな、明日は松尾(まつのお)神社にて手能がござりまする。その前後に嵐山界隈をご覧になれば終日楽しむ事ができましょう」

「おお、そうか、それはよい。そうしよう」

 なおしばらく歓談した後紹巴は辞去し、氏真たちはそれぞれの部屋に引き揚げた。


『マロの戦国 ‐今川氏真上洛記‐』第5話、いかがでしたか?


本作の中心部分となる、

本作の中心部分となる、

本作の中心部分となる、

氏真さんの京都観光二日目です。


 信長による御所の修理は何年もかけて行っていたんですね。大事な場所の普請は神速で完成する信長ですから、朝廷のプライオリティは低かった、ということでしょうか。それとも小出しにしてじらしているのでしょうか。

 金閣で詠んだ歌はなかなか想像力たくましいと思いませんか? 水の流れが金閣の姿を後世に伝える、私は気に入りました。

 里村紹巴、知る人ぞ知る戦国のキーパーソンですね。この人は俗世を離れた瀟洒な文化人ではありません。連歌で天下を取ろうという連歌師の風体をした武将のような人です。

 この人の『富士見道記』のおかげで氏真は京都の風流人には既に知られていたと思われます。

 紹巴と氏真の親交は長い間続いたようです。


 氏真の京都観光、こんな感じでぐだぐだと、しかしちらほらと「おや?」と気になる出来事が起こります。そしてその結末は……いやいやこれはずーっと後の事です。


本作は観泉寺史編纂刊行委員会編『今川氏と観泉寺』(吉川弘文館、1974年)所収の天正三年詠草の和歌と詞書に依拠しながら氏真の上洛行の全行程に迫ります。


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