我が家の淫魔サマ
「恋愛」か「コメディー」……カテゴリに迷いました。変えるかもしれません。
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――ある寝苦しい夏の夜。
汗でパジャマがぐっちょり。
気持ち悪くて目が覚めた私と……そいつとの目が合った。
「こんばんは、お嬢さん」
「……だれよ、あなた?」
そいつはこの闇を溶かしたような漆黒の髪に。
アメジストのような紫色の瞳をしていた。
(あれ?なんで部屋の電気消してるのに、この人の姿こんなにはっきりと見えるんだろ?)
美形だ。ぞっとするほど妖しい美しさを持つそいつが私に微笑みかける。
私の上にのしかかりながら。
色々と現実感がないこの状況。
はいはい、察しましたよ。
「夢かぁ~。乙女ゲーのやりすぎだな、こりゃ」
私はタオルケットを引っ張り身体にかけ直し、もそもそと寝直す。
こんな男が出てくるゲーム何かあったっけかー?
のしかかっている男は「え、ちょっと」と慌てて、私の頬をぺちぺち叩く。
「なによぅ……ていうか、そこからどいてくれない?夢だと分かってても重いし寝にくい……明日朝イチから会議があるのよ……」
社会人はツライ。
今ここでちゃんと休眠を取って、明日の会議に備えないと。
少しでも眠そうにすると、あのくそ課長が「昨晩は頑張っちゃったの?」とかセクハラをしてきやがる。
相手もいないっつーの。
「くそ、あいつマジでハゲ散らかせ」
呪詛を吐いてデトックスしたつもりだったが。逆効果だったようで。
今度は興奮して眠気が遠のいてしまったのだ。
いかんいかん。
副交感神経を優位にするために私はとりあえずリラックス効果のあるツボなんぞを押してみる。
よし寝よう、これで寝よう!ハイハイ寝ましたー。
「おやすみ……」
「えー、イヤイヤ。この状況で寝ますかね、普通」
美形は私の肩をトントン叩く。
「もしもーし、僕の話を聞いてもらえませんかねぇー?」
「あーもう、何。なんなの、あんた」
私の上に尚も跨っているイケメンは、私が返事をしたことに少しホッとしたような笑みをみせる。
「ええと。僕の名前はサキ」
「ああそう」
やはりそんな名前のキャラが出てくるゲームをプレイした覚えがない。
ないのだが……。
「で、サキ。あんた何で私の上に乗ってるの?夢とはいえやっぱり重いからどいてほしいんだけど」
サキはにっこり笑った。
「嫌です」
「は?」
「貴女を襲いに来たんですから。僕は下になる趣味ないですし」
サキは「僕は…」と続ける。
「淫魔です」
……。
「……ぐぅ」
オヤスミナサイ。
「ああっ、ちょっと!何でそこで寝るんですか!?信じられない!」
「どんだけ図太いんですか、あんた!」と言うツッコミを遠くで聞きながら、私は夢へ片足を突っ込むどころか全力でダイブした。
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――そんな出会いの日から早2週間。
寝ても覚めてもこいつがいるこの現実。
そう、現実。つまりこれはもう現実なのだとお察ししましたとも。私と言えど。
「ただいま~」
「おかえりなさい、ユキ」
イケメン野郎ことサキこと淫魔サマは、新妻よろしく私を出迎えてくれた。
「ご飯にしますか、お風呂にしますか?それとも……」
「メシ」
「……まだ最後まで言ってないんですが」
「言っとくけど、おまえのターンは永遠来ないから」
サキはブーと不満げな顔をしつつ、私ことユキこと人間サマのご飯の仕度をしてくれた。
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「まさか、ユキがこんな干物女だと思いもしませんでした」
――夕食の席で。
アジの開きの干物を皿に盛り付けながら、彼はそんなことを言って。
「はぁぁ」と盛大なため息をついた。
「なに、干物女って」
「ユキみたいな女性のことです。毎日家と会社の往復で、家に帰ったらご飯食べて乙女ゲームやってお風呂入って寝る……ドラマではそういう男っ気がない枯れた女性のことをそう呼ぶんです」
「はぁー、ソウデスカ」
最近のこいつは月9を録画予約してるからなぁ。
しかも予約しているくせに始まる5分前にはテレビの前で正座待機してらっしゃる。お陰でこの時間、私はゲームができなくて不満です。
味噌汁をずずっとすする。
ん?
「なんかお味噌汁、美味しくなってる」
サキはぱあっと表情を明るくした。
「わかりますか?出汁をちゃんと取ってみたんです。いつもは市販の顆粒出汁を使ってたんですけど」
「そう。美味しいよ、すごく」
イケメン悪魔は出汁の取り方のウンチクを語り始めた。
そんな彼の横顔を見て私は何とも言えない気持ちになっていた。
(何でこんな感じになっちゃったんだろ…)
あの出会いの夜から毎晩のように、こいつは私を誘惑していたのですが。
耳にキスしてきたり、首筋舐めてきたり。その麗しいイケボでイヤラシイ言葉攻めをされたりと、だ。
寝不足だ。ええ。寝不足ですとも。
……そういうことは致してませんけども。
そんな夜が続いたある晩。
私は叫んだ。イライラMAXだったので。
「愛のないセックスなんてしてたまるか!ごのドアホ!!」と。
変なとこポジティブシンキンなこの悪魔は、「愛があればヤらせてくれるんですね!?」と。現在月9ドラマにて恋愛とは何ぞやを猛烈勉強中だ。
そして……今に至る。
こうして甲斐甲斐しく毎晩の夕飯を作っているのも、何かの媒体から「好きな人はまず胃袋で掴む!」という知識を得て、それを実践しているところなのだと言う。
(うーん。努力の方向間違ってるよね。淫魔として)
まぁ、美味しい夕飯が家に帰れば用意されているので、何も文句はありませんが。私としては。
味噌汁を飲む私を、向かいの席の彼は頬杖をつきながらぼんやりと眺めてらっしゃる。
「僕、今まで契約は身体で取ってきたので分からなかったことですが」
「どこの生保レディーじゃ、おのれは」
AVのシチュエーションあるあるネタですね。
「どうしてユキに僕の誘惑が効かないのか……僕に全然なびかない理由がやっと理解できましたよ」
「はぁ」
彼は拳をぐっと握り、強く断言した。
「ユキが干物女だからですッ!生来からの!!もう恋愛中枢器官がカラッカラの砂漠状態なんですよ!水を与えたところで手の施しようがないくらい!」
こ、こいつ……
「人を恋愛不感症みたいに呼ぶのはやめてくれない?言っておくけどさぁ、私にだって彼氏のひとりやふたりいた事あるんだからさ」
「ええっ!?」
サキは私の発言に失礼な位に驚き……
「そうなんですか……ユキは別に僕が初めてってわけじゃないんですね……」
と何故か落ち込んでいた。
意気消沈。なにゆえ……というか。聞き捨てならないのが。
「おい、何勝手に人の経験人数におまえが入り込んでいるんだ」
というか淫魔のくせに女に処女性を求める時点で色々破綻している。
「いや、その。……そういう予定ってだけですし。僕一応その為にここにいますし」
何故か彼はもじもじしながらそんな勝手な予定を述べる。
「? まぁつまり。私に今彼氏がいないのは好きな人がいないだけであって。あんたになびかないのは、あんたに魅力がないからだよ」
などと。まだ24歳なのに『干物女』と称された私は、結構キツイことを言ってやった。
「僕は淫魔ですよ……多くの女性にとって僕は魅力的に映るはずなんですが」
「なぜ寄りにもよってユキにだけ……」と彼はぶつぶつ呟いている。
「まぁ……私。サキみたいな人には耐性があるからさ。……乙女ゲーとかで」
数多くの乙女ゲーをやり込み、完璧な2次元王子たちと戯れている私からしてみれば。
「2.5次元のあんたの魅力なんて薄っぺらいわww」
思わず草も生えますよ。
「ひ、ひどい……。もう色々とひどい……手遅れだ……」
サキは片手で顔を覆い打ちひしがれてらっしゃる。
まあ、確かに。干物女ではあるんだろうな。
2.5次元の男に魅力を感じないのならば、3次元の男達は一体どうなるんだ……?と。
うーん。私もどうしてこうなっちゃったんだろ。
彼氏が最後にいたのって何年前だっけ?
『俺の嫁』は入れ代わり立ち代わり常にいるんだけどな。
冷奴に醤油をかけながら、ふと、サキの分のご飯がまた用意されていないことに気づいた。
「僕の方が絶対魅力的なのに…」とかまだブツブツ言っている。うるさい奴だな。
「サキ」
「はい?」
「サキは人間のご飯食べれるって言ったよね?どうして食べないの?」
サキは不思議そうな顔をした。
「?だって無駄じゃないですか?人間の食べ物は確かに食べることはできますけど。食べても少ししか僕の栄養になりませんし」
そう、こいつは淫魔だ。
彼のご飯は人間の精気、である。
なんというか。人間の異性…つまり女性のエッチな気持ちを糧に生きているとのことです。
「無駄なんてことないよ。これからはサキも一緒食べて」
「?でも食費かさみますし」
「私はサキが来る前は毎晩外食してたの。それに比べれば安いから」
この悪魔は悪魔のくせに、変なところが律儀なのだ。
私が…まぁ、その。……夜のアレをお断りして寝てしまっても。無理強いされることもなく。
いい奴だよな、と素直に思う。
(悪魔のくせに)
サキはやっぱり、不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ユキは僕と一緒がいいんですか?」
「うん。サキが嫌じゃなかったら。一緒に食べたほうが美味しいもん」
彼は何となく顔を綻ばせた。
「じゃあ、僕も明日からご相伴に預かります」
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さて。淫魔サマを飼っているなどとは当たり前だけれど、誰にも相談できずにいた。
あいつが来てから早3週間。
疑問が、ある。
(サキはご飯食べなくても平気なのか?)
人間の食べ物はあの日から食べている。
だがしかし。
私はあいつと男女の一線を未だに超えていない。
当然といえば当然だ。
彼氏でも何でもない奴と、しかもヤりたいだけっていうのが分かっている男とそういうことが出来てしまうほど、自分の貞操観念はゆるくないつもりだ。
今までだって、彼氏としかそういうことを致してないわけでして。まぁ今彼氏いないけど。
成り行き上、同棲を始めてしまったわけですが。今更ながらに同居人の生態が気になり始めたのである。
うーん?不思議だ。
********
「サキはさー、ご飯食べなくても平気なの?」
とりあえず帰宅後。
さっそく夕飯の席で切り出してみることにした。
「?ご飯ですか?食べてますけど」
彼はキョトン顔で本日作った炒飯とエビチリを指している。
「そうじゃなくて。サキの本当のご飯のことだよ」
「ああ…」と彼は頷く。
「人間と違って、僕達悪魔は丈夫にできてますから。…多少食べなくても平気です」
3週間食べていないぞ。
それって多少??
「私はこんなんだしさ。もっとそのぅ、別の女の人探した方がいいんじゃない?」
あっさりヤらせてくれるような。
サキは黙っていればやっぱりカッコいい。
イケメン好きの女性の中には。そういう割り切ったお付き合いをしてくれる人もいるのではなかろうか。
しかし私の提案に彼はきっぱりと。
「探しませんよ」
「……なんで」
「僕はユキに目標を絞ったんですから。貴女を落とせず他の女性に移ったら仲間からバカにされるでしょう?……そんなの僕のプライドが許せません」
プライドねぇ……
「くっだらな」
「ユキ」
「プライドどうこう言っているうちは。私はあんたのこと、恋愛的な意味では好きにならないと思うよ」
サキは「う……」と声を詰まらせて黙ってしまった。
捨てられた子犬のように目をうるうるさせてきやがる。……無意識なんだろうな。
多分、彼の考える『男の魅力』とは正反対の位置にあるだろうし。
私はため息をついた。
確かに。今私は彼の先の発言に傷つき、イラついた。それをまず認めよう。
そういうイラついた気持ちだけで言葉を発することは良くないな。
発言内容以上に棘のある言い方をしてしまうから。
「まぁ恋愛的な意味は置いておいて。……私はサキのこと好きだよ。サキのいる毎日は楽しいと思っている」
と。ちょっとだけフォローを入れる。
「ユキ……」
彼は私の言葉に感動したかのように。
あからさまに嬉しそうな顔をして。私をぎゅっと抱きしめた。
(あーあー……)
彼の胸の中で「これはヤバいな」と思う。
つまり。彼にほだされているのだ。自分は。じわじわと。
イケメンで料理が上手いっていう合わせ技は中々に反則だ。
しかも悪魔のくせに。カワイイ性格をしていたりする。
しかもしかも。彼が私以外の女性を探さないってこと。
その言葉を聞いてちょっぴり嬉しかった、だなんて。
(私ってば、これはやっぱり相当……結構ヤバいんじゃあ……?)
かなり彼に毒されているような……。うーん。
ぎゅっとハグをされ数分。
「サキ……?感動しすぎだよ。そろそろ離し……ええ!重いぃ!!」
何故か彼は私に体重を乗せて寄りかかる。
「サ、サキ……!?」
呼びかけに返答はなく。
彼の体重を支え切れなかった私は。
彼と一緒にその場に倒れた。
頭を打たずに済んだのは。サキが無意識に私の頭を手で庇ってくれていたからだ。
「サ、サキ!?どうしたの?しっかりして!」
サキはうーんうーんと呻きながら目を回していた。
「サキ!?」
「……お腹が空いた…」
――へ!?
お腹が空いた、とな!?
人間の食べ物は毎日のように食べている。
それでも尚、『空腹』状態だというのは。
つ、つまり。
(ヤラないと……いけないというわけか!)
こ、ここにきて。よりによって何故このタイミングで!
「ユキ……大丈夫です。ちょっと家事に疲れているだけで。しばらく横になれば治りますから」
意識を取り戻した彼は、家事と仕事に疲れた兼業主婦のようなことを言っていた。
どうやら先の「お腹空いた」発言は無意識だったようだ。
しかし。
(顔、真っ青だ……)
息も荒い。紫色の瞳が心なしかギラギラと光っている。吸い込まれそうになる。
これが淫魔の飢餓状態なのかもしれない。
(まぁ、幸いなことに今、彼氏もいないことだし)
むしろいたら彼と同居なんかしていないのだが。
――何より。
目の前の彼を助ける手段が『そういうこと』をしなければならないってことでも。
助けたいって思う。
つまりは。
そういうことができる程に。私は彼に好意を持っているってことだ。
(うん。まぁ何となく悔しいから言ってやんないけど)
言ったら最後。絶対調子こくに決まってる。
それは何だか。やっぱり悔しかったりする。おかしいことだけど。
(素直じゃないんだなぁ、私ってやつは)
乙女ゲーのヒロインみたいに。ふわふわの天然でどこもかしこも柔らかい女の子にはなれない。
だけれども。
今、彼を助けてあげられるかもしれない。
(しゃーない。女は度胸・決断力・思い切りだな)
そして見切り発車も時には必要。
私がおもむろに服を脱ぎだしたことに。彼はぎょっとした様子で、
「ユ、ユキ!!何しているんですか!?」
さっきまで真っ青だった顔を真っ赤に叫んでいた。
「なにって?サキ、お腹空いているんでしょう?」
私は彼に跨りながら首を傾げて見せた。
「だだだだめです!!貴女は僕のこと好きじゃないんでしょう?だったらこんなことしたらダメです!!」
「あ゛?」
こいつは何を言っているんだ。
そんなこと言っている場合か。
彼は私の裸を見ないように両手で顔を覆う。
そして叫ぶ。
「あ、愛のないセックスなんて御免ですよ、僕は!!」
………オイ!!!
裸のままツッコミを入れたいのを辛うじて堪える。
まぁ、とりあえず。
彼の両手をぐいっと広げ、目を合わせる。
「サキ、お腹が空いたんでしょう?……我慢しなくても良いから」
「だ、ダメです。そんな……貴女は絶対後悔する……僕にとっては食事でも、貴女にとっては違うんですから」
彼はやさしい。
そこらへんにいる人間の男よりずっとやさしい、あくま。
「良いから」と私は微笑み、彼の頬を両手で挟む。
無理やり目を合わせるように。
彼のアメジストを覗き込んだ。紫の中に、星屑を散らしたような銀の光が輝いていた。
(キレイ……)
その瞳に今は自分しか映っていないことに、妙な高揚感と優越感を覚えた。
「私そんなに魅力ないかな?干物女だから、サキを満足させられないかな?」
とりあえず良いムード作りに励もう。
こいつのヤル気を起こしてやらねばなるまい。
彼はちょっと目を張り、そして逸らす。顔を赤くしながら。
「……ユキは可愛いです。どんな女性よりずっと」
私はにっこりした。
彼なりのリップサービスだろうけど。それでも褒められれば嬉しい。
サキはふいに私をちらりと見て。ますます顔を赤くした。
「ユキ……せ、せめてベッドに……運んで差し上げますから」
「運んで差し上げるって。……サキ動けないでしょ」
「だ、だからって……こんなところで」
まあ、キッチンの床ですけれど。
「そんな細かいこと気にしなくとも」
「ぼ、僕は気にします!!ていうかユキは気にしなさすぎです!!せめて初めての時くらいベッドで…ッ!こんなマニアックなところでのプレイはちょっと……ッ!!」
どこの乙女じゃ、おのれは。
サキは動けないんだし。
彼を運ぶことなんて私には不可能だし。
あ。ていうか!
「そっか。そういや、サキ今動けないんだよねぇ」
「え……」
「仕方ない。あんまり慣れていないけど。動けないサキに代わって私が動くか!」
あんまり自信ないけどね!しゃーない。
サキは顔を真っ青にして、ぶんぶん首を横に振った。
「ままままってください!!僕は下になる趣味は……ッ!!」
淫魔なのに女性にリードされるなんて屈辱です!!とかギャースカ喚く。
またプライドどうこうの話か。こいつはぁ、全く。
「うるさいよ、サキ。一発覚悟決めてよね」
とりあえず彼のシャツに手をかける。
「ま、まって!ユキ……ッ!ちょ…ちょっと、ちょっ……!」
アーッ!!
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暗転
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「ひ、ひどいです。ユキ」
彼はさめざめとして、私を恨みがましそうに見ていた。
しかし顔はつやつやのぺかぺかだ。
「なにがひどいの。あーダルイ」
対して私はぐったりだ。
根こそぎ色々持って行かれた感じ。
肩を揉みつつ「ふぃー」と一息つく。
彼のうっすら涙が溜まっているジト目なんぞ気にしない。
「僕だって……貴女の前でくらい、格好つけたいのに。それを無理やりこんな……」
「あーサキはカッコいいから、ダイジョーブダイジョーブ」
なんか、鬱陶しくなったので。テキトーに流す。
彼はちょっとムッとしたような顔をして。
――そして。
ちょっとだけ。意地悪な顔をつくる。
「僕は不満です。ベッドの中でくらいしか僕が貴女に勝てるはずもないのに」
「はぁ」
「そんな気にせんでも…」と言おうとしたら、彼は私を横抱きに抱えた。
突然抱き上げられてバランスを崩した私は、咄嗟に彼にしがみつく。
いわゆるお姫様抱っこ状態だ。
「全然良い所を見せれませんでしたから。これから挽回したいと思います」
そう言って足は寝室の方へ。
え!?
「ちょ……、待って。さっき愛のないセックスはイヤ云々とか言っていたでしょうが」
緊急事態とはいえ。それを無理やり襲ったのは私デスガ。
「そう、愛ね。愛……僕にはありますから。後は貴女が僕を好きになればいいだけ、と思っていましたが」
「あー?え?うん。そうね……?」
え?なんか色々衝撃発言を聞いたような。
「でも。貴女も多少は僕のこと好きなんだって、今は思えるから。よくよく考えてみたら貴女みたいな人がボランティアの心だけでこんなことしませんしね」
「えー…と?」
えらく自信がおありのようで。
飢餓状態から脱したからだろうか。
彼はぺかぺかの余裕のある笑みで私を見下ろす。
心なしかその笑顔がちょっと黒い。悪魔だからか。
やばい、冷や汗が。
「サキさん、お食事は先ほどされましたよね?お腹いっぱいですよね?ね?」
彼はにっこり笑う。
「ええ。食欲は満たされています」
「あ、そう。だったら……」
「だから今度は僕が。淫魔の『食事』ではなく、貴女達人間で言う、『愛を深める行為』をしたいと思います。淫魔たる僕だけが人間に溺れるだなんて。そんなのプライドが許しませんから」
えー……
イヤイヤちょっと待て。
「サキ様。私もう体力的に限界に近いのデスガ」
寝室のベッドに寝かされ、とりあえずなけなしの抵抗を試みた。
「大丈夫。今度は僕が頑張りますから」
そっと額に口づけられ。
――だから。あなたも、僕に溺れて下さいね
などということをまた。
耳元で。そのイケボで。――囁かれた。
――うちの淫魔サマは。
優しくてイケメンで。お料理が上手で。
小動物になったり夢見がちな乙女だったりするけれど。
やっぱり……それはそれはタチの悪い悪魔なんだと思う。
連載につまると短編を投下したくなるようです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。