転生してそこそこの企業の御曹司になったので勝ち組人生だと思っていたら、やってきた婚約者が悪役令嬢で日々パシらされてる件
※2016.2.2 10:15
少し書き足しました。詳しくは後書きに。
言ってみれば、あれは神様転生ってやつだったんだろう。
普通の高校生だった僕が事故って死んだと思えば、どちらかと言えば仙人って雰囲気のおじいさんに会って、お願いごとを聞かれたわけだ。
「じゃあ、勝ち組人生を! あ、でも、金持ちすぎるのは色々と大変そうだから、そこそこ位で。それと、あんまりにも平穏すぎても退屈だし、少しくらいは刺激が欲しいな。あ、でも危険すぎるのは勘弁で。ジェットコースターみたいな、先の見通せる刺激が良いな」
そんなお願いを聞き入れてもらい、特に問題もなく転生。
生まれた先は、日本の業績好調な中規模企業の創業者の長男。いくつかの独自技術を持っていて世界を相手に戦える上、新鋭企業で面倒なしがらみなんかは少な目。
『お願い』は確かに聞き入れられたと言ってもいいだろう。
そんなこんなで勝ち組人生を送っていた僕に、小学校五年生の夏、思わぬ話がやってきた。
「婚約者?」
「おう。言ってみれば、政略結婚だな」
無駄に精神年齢の高いことを知って色々と気遣うのを止めた父親のそんな言葉に、自然と顔が歪む。
『政略結婚』って単語を聞いて、あまり良いイメージは湧かないだろう。
「それで、相手はどんな人なんです?」
「父さんの会社の取引先のご令嬢で、近所に住んでるんだ。それで、かわいい子だ。うん、かわいい子だよ……」
何とも歯切れの悪い返答だ。
で、相手の子について聞いても、かわいい子だからって以上は教えてくれない。
何かおかしいとは思いながらも、とりあえずは一度会ってみようって言われて、先方の家に挨拶に行くことになった。
我が家のある高級住宅街の端っこの方から、たどり着いたのはそのど真ん中。
見上げる先には、一般的には十分大きい我が家が何軒分だろうかと聞きたくなるお屋敷に、門をくぐって玄関を入れば、玄関ホールでの使用人の皆さんが左右にずらっと並んでのお出迎え。
てか、メイドさんだよ。
うちには、家政婦のおばちゃんが一人しか居ないよ。ってか、日本において、メイド喫茶以外にメイドさんは実在していたのか。
と、そんな感じで上がりまくっていた僕のテンションは、次の光景で一気にどん底に叩き落とされることになる。
「ふんっ。この冴えないのが私の婚約者なの?」
うん。『かわいい子』だったよ。黙っていれば。
こっちと向こうの両親が天を仰いでいる。その気持ちは分かるけど、僕の心境はそれどころじゃなかった。
――え、なんでゲームのキャラがここに居るんですかね?
相手の苗字と、会社の名前と、美しい黒髪に幼くして色気のある見た目と、まあ色々な条件が符合しすぎていてビックリしたんだ。
まさかと思って、一言ごとに罵倒を挟まれながらも聞き出してみれば、偶然とも思えないほどに情報が一致することすること。
――あっこれ、死ぬ前にやってたギャルゲーの悪役令嬢さんですね。
これはあれか。『ジェットコースターみたいな、先の見通せる刺激』なのだろうか。
どう見てもこっちが下位での政略結婚で、こっちから下手に騒ぐわけにもいかない。それで相手がコレときたもんだ。
たぶん、ゲーム通りに高校一年生にして勘当されて破滅するから、それまで刺激的な罵倒を楽しんでくださいってことなんだろうな。
「ヒロト、のどが渇いたわ」
「ただいまお飲み物をお持ちします、お嬢様」
なぜかお嬢様の意向で毎日通って召使紛いの扱いを受けてるあたり、刺激を楽しめって神様の意図を感じる。
「ヒロト、お腹がすいたわ」
「はっ、スコーンとお茶をお持ちしました」
「今はケーキの気分よ。使えないわね」
「ヒロト、あなたの顔が見苦しいわ。なんとかなさい」
「いや、整形は流石に僕の一存では……」
「ちっ、使えないわね」
「ヒロト、アイスが食べたいわ」
「お嬢様、ただいま在庫が切れておりまして……」
「なら買ってきなさい。今すぐ!」
「はっ、ただいま。しかし、夜中で近隣の店は営業を終えております。コンビニまでの往復で四十分ほどお待ちいただいてもよろしいですか?」
「……えっ?」
「お嬢様?」
「な、何でもないわ! さっさと行きなさい、グズ!」
こんな感じで、自分ちの使用人に頼めと言いたくなるようなパシリ生活を、小五にして送ることになった。
正直、放っておけば高校で破滅するって分かってるからこそ耐えられたと思う。終わりの分かる苦行って、結構耐えられるもんだ。
で、そんな日々は続き、中学三年生だ。
小学校は別だったが、同じお金持ちの子弟ばかりが通う中高一貫の名門私立に進学して、パシリ生活は学校にも及んだ。
……いや、そろそろ取り巻き連中が出来るころじゃないんですかね? えっ、ゲームだと、中学の頃から居たって設定ですよね?
「じゃあ、ヒロト。後片付けをよろしくね」
「かしこまりました、お嬢様」
部活だっ! ――って、どれにしようかと色々と考えた僕だけど、同じ学校になった以上は、選択の自由なんてある訳もなかった。
確認どころか事後承認すらなく、「あら、私がテニス部に入るのよ?」との言葉と共に、気付いたらテニス部員。
今日もまた、二人で片付け当番の日だからと、お嬢様が先に帰り、ボールの入ったかごなどの用具を一人で体育倉庫に運ぶ仕事を任される。
この後、片づけを終わらせてからお嬢様の自宅に行って、遅いのなんだのと文句を言われながら、向こうの気が済むまでお世話をする仕事が待っている。
来年には向こうが自滅して婚約なんてうやむやになるからと言い聞かせ、やることを終わらせて体育倉庫を出ようとしたときだった。
「うわぁ……マジかぁ……」
外に向かって開くはずの扉が開かない。
ここの鍵は外からの南京錠で、部活終わりの時間に施錠はするけど、いくらなんでも中に誰かいないかくらいは確認しろと言いたい。
「おぉーいっ! 誰かぁ―っ!」
そんな感じで叫んでみても、うんともすんとも反応がない。
上の方に小さな窓があって日の光が入ってきてるけど、脱出にはどう見ても使えない小ささだ。
これで美少女でも隣に居れば、テンプレなんだけどなぁ。
部活終わりなので携帯も持ってないし、外からの救助を待つしかない。
希望としては、僕がいつまでも来ないことにブチギレたお嬢様が乗り込んで……いや、使用人に探させて……あー、大して気にもしないどころか、忘れられるんじゃないだろうか……。
そんなこんなで朝までここで過ごす覚悟を決めた僕は、とりあえず、寝床の確保から始めることにする。
マットを使うのはもちろんとして、さあ枕をどうするかとその辺をあさっている時のことだった。
「ヒロト! ヒロト! そこに居るの!? 返事して!」
扉を激しく叩く音と共に、聞きなれた声。
ただ、彼女がこんなに焦る声は聞いたことがない。思わず、答えが分かりながらも問いかける形の返事になった。
「お嬢様ですか?」
「そうよ! あぁ、ヒロト! 待ってて、今開けるわ!」
そう言ったかと思うと、扉が激しくきしむ。
これ、完全に冷静さを失ってやがる。
「お嬢様。すぐそこの裏口の守衛を呼んでください。鍵を持ってるはずです」
「……! そ、そうね! 待ってて!」
そのまま駆けていく足音が遠ざかるのを聞く。
いやしかし、本人が、しかもあんなに取り乱しながら来るなんて予想外すぎる。
日の落ち方からして、閉じ込められてから一時間経ったかどうかくらいだと思うんだけど、何がお嬢様をあそこまでかき立てたのか。
「ほら! 早く! ヒロトが、ヒロトが!」
「ああ、ちょっと待って」
そんな感じで騒がしくなり、次の瞬間、扉が突然はね開けられる。
「ヒロト! ああ、大丈夫? 私を置いて、どこにも行かない? ねえ!?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。怪我もないですし、置いていったりしないですから」
「うぅ、良かった……ぐしゅっ……」
顔中から色々な汁が出て悲惨なことになっているのは見ないことにして、私服姿なのは一度家に帰ったってことだろう。そこからわざわざ、自分の足でやってきたわけだ。
この悪役令嬢様が、かぁ……。
「お嬢様、ご心配いただき、ありがとうございます」
「なっ……!? し、心配なんてしてない! 私の婚約者として、女の子をいつまでも待たせるバカを怒りに来ただけだし! このトンマ、なにやってるのよ!」
そんなことがあって、僕にとっての日々はすっかり変わった。
いや、お嬢様はいつも通りだ。
「ヒロト! ……にやにや気持ち悪いわ。何ごとなの?」
「いえ、何でもありません。どうぞ、御用をお申し付けください」
あの心配のされ方からして随分と大切にされているんだと知ってしまえば、日々のわがままもかわいらしいものだ。
完全に子守気分である。
そうして残りの中学生活を今までよりも楽しく過ごした僕だが、遂に運命の日がやってきた。
「あの女、何なの!? 庶民が一人前の顔して楽しそうに……!」
自室で自分の枕に当たり散らすお嬢様を見ながら、この世界の運命にため息を吐く。
高等部に上がってしばらく。高等部から編入してきた一般家庭の娘であるヒロインと、この学校では真ん中くらいの名家の出の主人公様が、一年生の話題になっていた。
かなり薄れつつあるゲーム知識だと、初夏を迎えるこの時期は、見栄を張ってお金持ちの家の出だと誤魔化そうとして早々に失敗したヒロインが、主人公と一緒に色々なイベントをこなし、友達を増やしながら地盤を固めつつあった時期だと思う。
うちのお嬢様は、それがとても気にくわないらしい。
「お嬢様、落ちついて下さい」
「落ち着いてるわ!」
「でしたら、あのような者のことをお気になさる必要はないではないですか。お嬢様とは住む世界が違うのですから」
「ほっといて!」
原作通りなら、お嬢様は夏休み明けの学祭でやりすぎて、そのまま社会的に終わることになる。そして、そのままフェードアウトする中ボス扱いだ。
多少は情も湧いたので、庶民が場違いなところで楽しそうにしているのがやけに気にくわないらしいお嬢様の興味をそらそうとしてみたが、完全に失敗みたいだ。
その後も事あるごとに忠言しても、聞き入れられないまま、学祭を迎えることになった。
「ここに居ましたか、お嬢様」
学祭最終日、夕陽の照らす校舎の屋上。
最後の演劇で、舞台装置に仕掛けをして、ヒロインの命に関わるレベルの問題を起こしかけた少女が柵に持たれてただ景色を眺めていた。
主人公一派の活躍で事前に仕掛けがバレなければ、本当に死人が出たかもしれない状況だった。しかも、今まで色々と嫌がらせをしていたことも白日の下にさらされ、このままだと事件の場に居た実の両親にも見捨てられ、末路すら描かれないモブへとなり下がるところだ。
僕もなんとか防ごうとはしたけど、完全に油断した。
ゲームだったら、取り巻きを使ってもっと早く、もっと違う形で仕掛けていたんだ。
取り巻きも居ないし、ゲームで騒ぎを起こした昨日の時点で何もないから気を抜いたのが間違いだった。
むしろ、今日になってからいつにも増してどうでもいい面倒な用事を言いつけて僕を引き離そうとしていたところで、怪しんでおけば良かったんだ。
「……何? 加減も分からないバカな女を笑いに来た? それとも、今までの恨みでも晴らしに来た?」
「そんな、まさか」
「嘘! あのお父様とお母様の顔を見た? 私は終わりよ。私の価値なんて、実家の名前しかないのに、それも無くすことになるのよ。だから、ヒロトも、もう我慢しなくても大丈夫よ。さあ、何もなくなった空っぽの抜け殻、好きにするがいいわ!」
あまりにも違いすぎて、呆然とする。
ゲームでも現実でも、こんなお嬢様は知らない。
こんな、弱々しくて折れそうな少女、僕は知らない。
「大丈夫ですよ。さあ、早く謝りましょう。やったことはどうしようもないですけど、誠意は見せないと」
「いや! 私は謝らない! あんなズルい女に、絶対に頭を下げるもんですか!」
「ズルい?」
言われても、思い当たるところはない。
むしろ、庶民なヒロインよりも、家の力で融通のきくお嬢様の方が似合う言葉ではないか、とすら思う。
「庶民のクセにいっぱい持ってる! 私なんて、家の名前で寄って来たり、親に言われて寄って来たりするような奴らしか居ないのに、なんであんな庶民が周りにいっぱいいるのよ! ヒロトだって、婚約者にさせられたからずっと居たんでしょ? そうに違いないわ。他のやつらと違って、どれだけ無茶なこと言っても我慢したのは褒めてあげるわ、さあ、だからどっか行って! もう、無理に一緒に居る必要もないんだから!」
どうやら、僕は根本的に勘違いしていたみたいだ。
ヒロインが『庶民』のクセに場違いなところを大手を振って歩いてるのが気にくわないんだとずっと思ってたけど、ただ、心の底から笑い合える友達を、ずっと下の存在である庶民が持っているところを見せつけられるのに耐えられなかったんだ。
きっと、僕が体育倉庫に閉じ込められた時に泣いてたのも、捨てられたくないって思いと、僕が実家の名前を得るために我慢しているに違いないって思いが混じり合って、それが変な方向に爆発したんだろう。
だったら、余計にほっとけるもんか。
ここで僕が見捨てたら、本当にひとりぼっちじゃないか。
「お嬢様、謝りに行きましょう」
「だから――」
「僕じゃ、不満ですか?」
「……え?」
この問いかけは意外だったのか、興奮はいくらか落ち着いたらしい。
しばらくは話を聞いてもらえそうなここで、話をどんどん進めてしまおう。
「僕は、お嬢様を見捨てません。小学五年生から高校一年生まで毎日一緒に過ごしてきて、今更離れる気はありませんよ。何を言われても、僕は一緒に居ますから」
「でも、私はもう、お父様やお母様にも見捨てられて……」
「家族なんです。きちんと反省すれば、受け入れてくれますよ。それに――」
「それに?」
「――君は僕の婚約者なんだ。世界中の誰が見捨てても、僕が君を一生守るよ」
「……ふぇ? ……ふぇぇぇぇえええええええ!!!!!!??????」
たぶん、目の前の美しい顔が赤く染まってるのは、夕陽のせいじゃない。
そして、僕の顔が赤いのも、たぶん気のせいじゃない。
我ながらクサすぎて頭が痛くなってくるが、ここまできたら半端で終わるわけにはいかない。
少女の前に跪き、右手を差し出して言葉を紡ぐ。
「僕の告白、受け入れてもらえますか、お嬢さん?」
「うぇ、あっと、その……はぃ……」
消え入りそうな言葉と共に、差し出した右手にそっと柔らかな感触が重ねられる。
どうやら、僕は受け入れられたらしい。
「では、行きますよ、お嬢様。迷惑をかけた人たちに謝って回らないと」
「わ、分かった……」
恥ずかしそうに目を逸らすお嬢様の手を取り、一緒に出口へと向かう。
「それはそれとして、さっきのは何? クサすぎて言葉もないんだけど」
「あ、あはは、申し訳ありません」
「あんなのがプロポーズなんて、私の一生の汚点よ! やり直しを要求するわ! 将来絶対に、もっと自慢になるような素敵なシチュエーションと言葉でやり直すの!」
「かしこまりました、お嬢様。いつか必ず」
いつもの調子を取り戻して色々と騒ぐ未来のお嫁さんの手を取りながら、二人で夕陽の照らす屋上を歩いていった。
大きな宿題も出たし、少女漫画にでも手を出して、隣に居る日々退屈させてくれない『刺激的な』女の子の好きそうなシチュエーションの研究から始めようかな。
テストの中休み。息抜きがてら、連載作の続きではなく短編をガッと書いてみました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
※前書きの書き足し部分は、学祭で騒動起こしたお嬢様を迎えに行くシーンの冒頭、主人公が事件を防ごうとしたけど、油断して失敗したとのことを書き加えています。