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とらすと、ゆー

作者: 風月白夜

 普通に学校生活を送っていれば、僕が彼女と親しくなることはなかったのだろう。


とまあ、そんな言い方をすると、まるでこれから彼女と僕が共に冒険をするファンタジーに展開していくのか、あるいは僕と彼女が彼氏彼女として付き合うことになるのか――なんて想像をされそうだけど、そんなことはない。


僕と彼女は親友だ。親友も親友で、大親友だ。

だから簡単にいえばこの物語は、僕と彼女の友情がどういう経緯で生まれたのかというお話である。



「ねえねえルア、あんた、隣のクラスのあのイケメン君と付き合ってるんだって~」


 普通に過ごしていれば接点のないはずの彼女――ルアと知り合うきっかけとなったのは、記憶をたどるとそんなような、くだらない話を耳にしたことだったのだろうか。

 確か集会か何かがあって、教室から体育館に移動する時に聞いたのだったか。当時僕たちは中学生だったから、というわけではないのだろうけど、そういう恋愛絡みの噂話を公衆の面前でするのはどうかと思うな、と思ったことは覚えている。


「うわー、出たその話。この間その話をしてる子を見かけた」


ルアはいわゆる、男の子に多い、生徒や先生にもよくいじられるキャラの少女だった。

正直、初めて彼女に会った時はいじられキャラの男の子がそのまま女の子になったみたいだ、とさえ思ったほどだ。クラスに一人はいる、無茶ぶりや悪ノリに付き合わされるいじられキャラそのものに思えたから。


まあ、とはいっても女の子だからそこまで過激なレベルでのイジりはなかったのだけど。先生が『誰か質問ないの~?』と聞くと『ルアさんがチョ~聞きたいことあるって!』とクラスの誰かに言われたり、体育祭でクラスが優勝したときは表彰台に立った瞬間に『一発芸やって~!』とクラスメイトに振られたり、ということなどはあった。

要はある意味で人気者だったわけだ。二度目になるけど、いじられキャラの男の子がそのまま女の子になったような、ごくごく珍しく、でも誰からでも話しかけやすい少女だった。


「それはそうね、だって学年全体でルアの話が広がっているもの」

 本当に? とルアが話し相手に聞き返すと、

「ホントよ本当。すっごい噂になってて、これは多分、隣のクラスのイケメン君の方にも伝わってるでしょうね」

「それは困るー」


 と、そのあとは別の話に変わり、僕がわかる会話ではなくなった。もとより、興味もなかったし。ただくだらない、すぐに終わるだろう噂を耳にしただけの事だった。普通ならそれ以上のことは起こりえない――筈だった。



筈だった、というのだからもちろん事は起こるわけで、それは噂を耳にしてから2週間くらいが立った頃の事だ。


思ったよりあの時耳にした噂話は長く続き、それどころか尾びれもついて学年はおろか本来全く関係ない筈の上級生の間でも広がっていったようだった。なんせ、噂話なんて興味もなければ縁もない友人関係しか持ち合わせていない僕の耳に何度も入るくらいだ。相当な人間がその噂話を知っているのだろう。


「はあ……」


 ため息を聞いたのは、移動教室だった前の授業から即座に、誰よりも早くクラスの教室に戻ってきた時だった。僕は確か教室で本を読んでいたのだったと思う。


「はあ……」


 かなり大きなため息が、教室に浮かんだ。

 早く帰ってきたのでこの教室には誰も居ないだろうと思っていた――と僕も彼女も同じだったようで、お互いに驚いて顔を合わせたことを覚えている。目をまんまるにしたその時のルアの表情も。


「あ、ごめんね、気にしないで?」


 本当に誰も居ないと思っていたのだろう、顔を少し赤くしながら彼女は手振りまでつけてそう説明した。大きなため息だったから、確実に僕に聞こえたと考えたのだろう。

僕は黙ってうなずき――なんとなく、こう聞いた。


「困ってるの?」


 彼女はきょとんとした顔を見せたけど、僕は構わず、続ける。


「噂のこと。隣のクラスの子と付き合ってるとかって話。学校中で噂になってる話」

 はっとした表情を彼女は見せて、

「なんで知ってるの……」

「それはまあ、もう知らない人はいないくらいの話だし」

「……そっか」


 そう、言った。


「それで、困ってるの?」


 僕は聞き直した。ここで僕は説明して置かなければならないのだけれど――この時の僕には、ルアの悩み事を解決してあげようとか、手を貸そうといった考えはなかった。

ルアはクラスに一人はいるいじられキャラで、だから僕も同様に彼女を少し、からかってみたかっただけなのだ。僕としては、『またそんな噂話~。やめてよね、まったく!』くらいの軽いノリで返されると思っていた。そのつもりでの問いだった。


「…………」


 だけど、期待通りの答えはすぐにやってこなくて。時間差ツッコミかな、と考えて、ああ違うな、と判断できる位の時間は裕に過ぎていって。


「…………」


 沈黙の挙句。数分経ってようやく、彼女は黙って頷いた。確かに、頷いてしまった。


「……そっか……」


 期待していた答えどころか、どうやら本格的に悩んでいるらしいことまでわかってしまって、当時の僕は正直かなり困った。わるふざけ、あるいはイジりのつもりだったのだから、当然だろう。

ここから僕が『なにガチレスかえしてるんだよっ』とツッコんでみることも彼女のキャラ的にはできなくはなかった(ルアはあまり話さない僕ですらイジれるほどのキャラだったのだ)が、そうして彼女の本気らしい悩みを小馬鹿にすることなんて、僕にはできなかった。


しばらく考えこんで僕は視線を彼女に合わせて、わかったと言って。


「なんとかしてあげるよ」


 そう言ったのが、すべての始まり。



具体的に、僕が取った行動とは何だったのか――と聞かれると、少し答えることを躊躇してしまう。物語にありがちな、学校全体を驚かすような作戦をたてたわけでもないし、それに準ずる熱弁をしたわけでもない。誰もが納得するような演説をしたわけでもなければ、有力な人材を使って噂話の根源を断ったわけでもない。

僕はそもそも、クラスで目立つ人ではないし、目立つことを平気でできる人でもない。大勢の前どころか、ルアの間ですら、うまく話すことができないと言い切れるくらいには、僕はコミュニケーションを取るのが不得意だ。できることなんて、大したことじゃないに決まっている。


僕がしたこと。それは、彼女に手紙を出した――ということ。


何の手紙かといえば、アドバイスを書いた手紙だ。僕の思うところを書いた――考えたことについて綴った――そんな手紙だ。

『付き合っている人の情報、変えちゃえばいいんだよ』


 何を綴ったのか、詳しいことは覚えていないけど、そんなことを書いた記憶がある。

誰でもいい、噂話をしている人間たちに、実は私には本当に付き合っている人がいて、その人は隣のクラスの人ではなく――という話をしてみればいい、と。それも、名前を言うのではなく、学校が違うとか、あなたの知ってる人じゃないとか、そういう断片的なことを流せばいい、と。

『数人でいいから、それぞれに違う情報を吹き込んで』


 目には目を歯には歯を。噂話には、噂話を。

要するに、かく乱すればいいという話をした。もともと根も葉もない噂話なのだから、あちこちで情報が違っている。キスまで進んだという話もあれば、デートすると、しりとりで会話をもたせている、なんて話もある。

だからこそ、かく乱。錯乱。もっとごちゃごちゃにして、どれが事実だかわからなくすればいい。そうすれば、わけがわからなくなって、みんなが諦める。

手紙には、そんなふうな事を書いたはずだ。



「ありがとね。もう大分落ち着いた」


 2週間後。噂話はほとんど耳にしなくなった。作戦は成功。

何の偶然だか、いや、狙っていたのかもしれないけど、ルアがため息を付いたあの時と同じタイミングで会話をすることができた。

今回はため息の代わりに開口一番で報告をした彼女は、


「レンの言ってたとおりにしたら、うまく言った」


そう、続けた。2週間前目にした驚いた表情や暗い表情が顔に映し出されないところを見ると、本当に解決して、気が楽になったのだろう。

 それよりも僕としては、


「……名前」


「え?」


 お礼の言葉を続けようとしていたのだろうルアは、突然口を開いた僕に驚いて、それから首を傾げた。


「名前、知ってたんだね」


 クラスメイトだけど、あまり話したことなかったから。

僕がそう言うと、彼女は面白そうに笑い――


「当たり前だよ」



 それからというもの、僕と彼女はよく話すようになった。


友人のあまり多くない僕は結構な割合で暇にしていることが多く、彼女からすると話しやすかったのかもしれない。クラスの中心に立つ人気者たちで構成されたグループから抜けてきて、僕に話しかけてくれることもあった。

ルアにとって僕は、気安く話せる友人の一人となったようだ。

なんせ、きっかけがルアの悩みだったのだから、彼女が親しく思ってくれるのも、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。と同時に、きっかけがきっかけだけに恋愛対象から外されたのが、もっと話しやすくなった原因かもしれなかった。だから僕の方も親しく出来たのだろう。



ルアは悩むことが多いようで――僕は度々、相談を受けた。

また噂が立ったとか、先生の無茶ぶりが過ぎるだとか、苦手な人がいるんだけど、とか、親が喧嘩してるんだけど、とか。


とにかくよく悩みを相談してきて、僕はそのたびに手紙を書いた。全て、アドバイスを書いたものだった。

一つ解決すればまた一つ、とまあ、延々と。よく悩むね、と僕は半分面白がってもいた。

だからそんなに彼女の相談を重く考えずに――聞いていた。


僕としては。


 だけど違う――ただ相談しやすいからしているわけでもなければ、面白半分で相談されているわけでもないんだと知ったのは、彼女がため息を付いたことで始まった相談から何ヶ月もたった、学年末のある日だった。


相談内容は、親が離婚しそうで、それを止めたい、とのこと。

だんだん重い話増えてきたなーなんて感じ始めていた時期での相談で、僕はいよいよ、彼女がふざけ半分で僕に相談を持ちかけてきたわけではないのかもしれないと、考えなくてはならなくなった。

いや、薄々感じてはいたのだろう。ルアがしてくる相談が至って真面目なのだということを。ただ僕が、それを認めようとしなかっただけで。

考えて、理解して――僕は、最初の相談がふざけ半分のノリでなされたものだったのだと、謝ろうと決めた。冗談のつもりで困ってるのかと聞いたのだと。そうしたら思いの外真面目な回答が帰ってきて、引き下がれなくて――


「――ははっ。なんだ、そういうことだったのかぁ!」


 謝ろうと決めて数日後、彼女に全てを話している最中で。話も終わっていなかったのに、ルアは楽しげに笑ったのだ。


「わたしはさあ、真面目に聞いているのかと思って、真面目に答えちゃったのよ!」

「……ごめん」

「なに謝ってんのっ。何ヶ月も前のことじゃん!」


 彼女は、相変わらず笑っていた。ずっと、笑っていた。そういうことだったのかー、と楽しげに。


「怒らないの? 冗談だったんだよ? 僕はあの時、冗談で、聞いたんだよ?」


 困ってるのかって。からかおうと思って。

でも彼女は笑う。


「怒ってどうすんのよ、全く。そんなこと、怒っても意味無いでしょ?」

「どうして?」

「どうしてって……。それは、また君がわたしのために、手紙を書いてくれたからでしょうよ」


 離婚の話も、ちゃんとまじめに相談に乗ってくれるんでしょ? そう、付け足していた。


「別に、ふざけ半分の質問がいいわけじゃないよ? でも、君はまた、わたしの相談に答えてくれるじゃん。真面目に相談に乗ってくれるじゃん。だから、わたしが怒れることなんて、なにもないよ」


 それに、とルアは言って。


「わたし、君のことを信じることにしたんだもん、いいじゃん」


そう、答えた。


「――わたしはあの時助けてくれたレンを、信じるって決めたんだよ。勝手に。わたしがそう決めた! だから信じてる!」


 そう言って笑う。笑う。



 ああ、僕は。ほんとうに良い親友を持ったのだろうな、とその時思った。

 信じたいから信じる。勝手に信じる。信じてくれる。

その時、僕は、信じるということって身勝手で、自分勝手なんだね、なんて彼女に笑い返した。勇気がいることだとは知っていたけど、まさかそんな身勝手なものだったとは!


 なんてね。

だから僕も、その日から決めた。


彼女――ルアは僕の親友で、僕が誰よりも信頼する人間なのだと――、彼女を信じるのだと、自分勝手に決めることにした。



「久しぶり! 背、伸びた?」


 高校生になって、学校は別になったけど、たまにルアとはたまに会って話すこともある。


「やあ、久しぶり。ルアは相変わらずだね」


 会うと時々、ルアがまた相談事を持ちかけてくるのだけど――今ではそれも、嬉しい気がする。

ども。風月白夜です。

『とらすと、ゆー』を読んでくださって誠にありがとうございました。

これからも、のんびりではありますが、小説を書いていきたいと思っておりますので、よろしくおねがいします。



次作:サイレント・ソング http://ncode.syosetu.com/n9446ca

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