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感謝の念

 いまから二十年ほど前の話。


 友人宅を訪ねるため、Yさん(仮名)は暗い夜道を歩いていた。

 夜だというだけでやたら恐ろしくなる人気のない公園を通り過ぎると、老朽化で空き家ばかりとなった公営住宅地があった。

 その横に電話ボックスがあったという。

 当時は携帯電話が普及しはじめた頃で、あちこちにまだ残っていたそうだ。

 暗い中、そこだけ明るい電話ボックス内に、誰かがいた。

 見ると、背中を向けたおじさんが、咳き込むように上半身を揺すっている。

 気味が悪いなと思いながら、Yさんは近道なのでそのまま横を通ることにした。

 すると、なんてことはない。

 煙草を吸おうと口にくわえたおじさんが、百円ライターの点きが悪くて、何度もカチカチ試していただけだったという。

 同じく喫煙者であるYさんは気の毒に思い、電話ボックスのドアをノックした。

 文字通り飛び上がるように驚いて、おじさんがこっちを向いたそうだ。

「あのう、火なら、オレありますけど」

 ガラス越しにYさんがそう伝えると、ドアを開けたおじさんは満面の笑みを見せたという。

「いやあ、どうもありがとう。本当に助かったよ。すごく困ってたんだ」

 たしかに愛煙者にはどうしても煙草を吸いたくて仕方ないときがあるものだ。

 Yさんはライターの火を差し出し、おじさんが取り出した煙草の先に着けた。

 深く吸って吐き出した煙が空気に散っていくなか、Yさんはその場を後にした。

 なんとなく振り返ると、おじさんが電話もかけずに何度も頭を下げていたという。

 大げさな人だなとYさんはおかしくなったが、感謝されれば悪い気はしない。

 軽く手を振って会釈を返したそうだ。


 友人宅に着いたYさんは、さっき出会ったおじさんの話をつまみに、集まった他の友人たちと酒を飲んで騒いでいた。

 それから三十分も経っただろうか。

 不意に騒々しいサイレンの音が近付いてくる。

「なんだ」

「火事かよ」

「ずいぶん近くないか」

「ちょっと見に行っとくか」

 酒が入って陽気になっていたYさんたちは、火事を見物しようと野次馬気分で外へ飛び出したそうだ。

 消防車の赤いランプの光が回るほうへ歩いていくと、だんだん空気が煙たくなり、ビニールかなにかが 焼けたような臭いがしてきた。

 すでに消火作業は終わっていた。

 その先に、内側が真っ黒に焦げた電話ボックスがあった。

 焼身自殺だったという。

 中年男性が火の点いた煙草をくわえたまま、頭から灯油をかぶったらしい。

 

 動転しながら消防署員に事情を話したYさんは、後日、また詳しい話を警察で証言した。

「いやいや、あんたは悪くないよ。大変だったね。あんまり気にしちゃ駄目だよ」

 疑われるとばかり思っていたYさんだったが、同情されて拍子抜けしたという。


 それからというもの、Yさんの喫煙習慣はなくなったそうだ。

小人の話の続きが思うように進まないので、代わりにこちらをアップします。以前書いた「硝子の箱」とネタがカブりました。違った。「昔の箱」でした。

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