第二話 ヒロイン登場! 謎の女の正体は?
今日のイデアは黄色か、学業がはかどる色だな。豊臣とメガネを初めクラスの面子も熱心に本を読んでいる。珍しい事だ、こいつ等が本を読むなんて。
「やはり昭和・平成時代の漫画は最高でゴザルな~」
「失われた文化って奴だよな~でも古いのにちゃんと面白いからスゲーよ」
まぁ漫画なんですがね。底辺高校なんてこんなもんだ。100冊に及ぶ古い漫画を持ってきたのはメガネである。
「廻殿から昨夜に連絡を受けて、書庫から名作100選を持ってくるのは骨が折れる作業でゴザったな~」
金持ちめ、羨ましく無いぞ…いずれ家を取り戻した暁には漫画部屋を作ってやる。復刻版なら安いし…まぁ今の俺にとっては高いが。
「そうだメガネえらいぞ。有馬田谷は何もして無いけどな」
「おい!?13巻だけねぇぞメガネ!これ主人公一行になに起こったんだよ!?」
「おいおい…これエロ過ぎだろ…」
このクラス皆仲良しだな、アホの集まりだが。豊臣が漫画を読みながら俺に問いかける。
「しかし小田遅いな、また二日酔いかな?もう一時限目始まるよな?」
「そんなとこだろ、一限は…国語か、あの爺さんもいつも遅いから今日は実質2限からだな」
実際ここの国語は酷い物だから漫画読んだほうがましだ。まぁ全教科酷いんだが。
「しかしなんで古い漫画なんて頼んだんだよ?」
「読みたかったからだ」
豊臣がまあそんなもんだよなと頷く。無論それだけと言うわけでも無い。
力を得てからと云うもの多様な能力を把握するのに努めているが、俺の得た力は沢山有り、『国際ヒーロー及びハザード基準判定』でA級を超えるのは間違い無い。
「やっぱり冒険物は面白いな」
今読んでいるのは海賊の冒険漫画だ。バトル物で実にわくわくする。自分が力を得てもこういう感情は無くなら無い。
『それにこういう本は能力の名前を付ける参考になるしな』
そういう訳でメガネに頼んだのだ。変身した状態の姿に名前を付けたいのだが、今一良いのが浮かばない。それで昔の漫画からヒントを得ようと云うわけだ。こう云う事で意外と能力の有効用途も思いつくのだ。まさか紙製のを100冊も持ってくるとは思わなかったが。
『キーンコーンカーンコーン』
一限目が始まる鐘だ。実に古い音だ。皆漫画読んでるが、戸を開けて入ってきたのは…藤田か、こいつはいつも遅い。
「おはよう、有馬田谷君。昨日はありがとう。これ僕の携帯の番号だから。後で君のも教えてくれる?」
何かの数字の書かれた紙を渡された。ケイタイ?形態…いや携帯か?何を携帯してるんだ?それの番号?藤田は何故かすぐに教室を出る、またサボリだろうか?クラスのリーダー格の本多が話しかけてきた。
「藤田係は大変だな有馬田谷?それ何の番号だ?」
「わからんな…クォクアドじゃないし…待てよ、あいつ俺の名前呼んでなかったか?」
おかしいな何でも忘れる奴なのに。漫画を読んでいたクラス中のバカ共がざわめく。
「なおったんじゃねーの?」
「まじかよ、あいつからは何時でも金借りれたのに、まさか覚えて無いよな」
「ホラだよホラ、最初から病気じゃなかったんだよ、伊井お前の借金は全部帳簿に付けられてるぜ」
「マジかよ、藤田サイテーだな」
「そんなことよりこれスゲーえろい」
お前はまだそれ読んでるのかよ、後で俺にも貸せ。メガネに藤田に貰った紙を見せる。こいつはおかしな知識を持ってるから案外なにか知っているかもしれない。
「ふむふむ。今グルオンで調べたのでゴザルがこれは電話番号の様でゴザル」
グルオンとは、ニューロネットの検索エンジンだ。こいつは眼鏡を改造してニューロネット端末にしている。わざわざやる事でも無いが、ある意味すごい技術だ。
「電話っていうと…ベルの発明したあれか、まだ使えるのか?」
「調べによると、クォクでも光電公社に繋いでから電話端末に繋がるそうでゴザル」
面倒だな、金も掛かりそうだ。電話に掛かる料金を俺のクォク腕輪仕様でグルオン検索する。俺の眼にだけ映る画面が目の前に出る。高いな、一回100円か、クォクの通話は無料なのに。まぁ態々話をする仲でも無い、学校で用は足りる。
『ガラッ!』
勢い良く教室の前のドアが開かれた。1組の男女が入ってきた。ロングヘアーの金髪黒眼女はブレザーで黒髪精悍男はワイシャツだ。どっちもネクタイをしている。男は美男子、女も美女だ、ここにはあまり居ないタイプの人だな。
というか此処の敷地内で女を見たのは初めてだ。クラス内が騒然となる。男の方が黒板に文字をデカデカと書く。
『黒船 四人』
なんなんだ?名前?転入生か?制服は違うが、貧乏で買い換えられないんだろうか。一応私服もオーケーだが、あまり私服は居ない。金持ってると思われて、たかられるのだ。
「俺の名前はクロフネ・シドだ!こっちはペリーナ君だ!」
ギャグなのか?黒船にペリーって…本多が2人に喋りかける。
「いや、誰だよ?転入生か?」
1年生の5月末に転入生って来るんだろうか?ペリーナが口を開く、ちゃんと日本語だ。共通語でも英語でもない。よかった、クラス内では日本語以外をしゃべれるのは俺とンブンくらいだ。まぁ奴は今日もさぼりだが。
「指導者です。貴方達を監督するために天上からきました」
妙な事を言う、不思議ちゃんか?天上…10上学園か?そういえばあそこの制服がこんなんだったな、此処と同じで私服可だが此処と違ってみんな私服のはずだ。
ふざけた名前の学校だが、日本でも有数のエリート育成学園だ。優れた者なら学費が無料になるが、お坊ちゃんお嬢ちゃんも行くので、自然と貧乏人の入学枠が減る。つまり貧乏で優秀な俺の事だ。
「いやいや、あんた等俺達とそう変わらない年だろ?なんで監督するんだよ?」
本多の疑問は尤もだが、下手すると天上の生徒の方がゲヘナの教師より教え方が上手いかもしれない。そのくらい学校格差があるのだ。互いの学校の偏差値の差は軽く40を超えるかもしれないくらいレベルが違う。
「くだらない質問ですね。まぁ授業時間に変な本を読む連中らしい愚劣な質問です。実に頭が悪い連中だ」
ペリーの言うことは確かに当たっている。まぁ俺も漫画読んでるが、監獄編面白いな、檻か…俺も糸で作れるかな?敵の能力を封印するのがいいな、よし、後で作ろう。
「頭が悪いだとっ!」
「当たってんじゃねーか」
「確かに本多はこの間『小野妹子』をオノヨーコって読んだ位だしな」
「ペリーちゃん可愛いし頭いいねぇ勿論おっぱいも可愛い…ぶげぇ!」
伊井が教室の後ろにあるロッカーに吹っ飛んだ。自分で吹っ飛んだわけじゃない、PSYベクトルだ。
「PSYベクトル…いわゆる念動力や瞬間移動を解明する事の出来る、理論上存在するとされる架空エネルギーでゴザルね。未だ物理科学的には計測されていないことから、宇宙の7割を占めるダークエネルギーの一種だとも…」
メガネが説明してくれた。まぁそう云う奴だ。
ペリーナの力は恐らくC級相当の力だな。人間を吹っ飛ばす力なんてそのくらいだ、就職にも役に立たないレベルの力だ。そう自慢できるもんでもない。
「では、クラスのみんな!ランニングだっ!」
黒船が意味のわからない事を言う。一限目は国語じゃないのか?黒船が走りだし、本多達もペリーナに睨まれている所為か、走って教室を出る。なんかそんな空気なので俺も走りだす。
「せめて着替えてから走りたいなー」
「仕方ないだろ廻、そんな空気だし、ってかペリーちゃん超可愛くねぇ↑」
豊臣は相変わらず女好きだ。まぁここに居ると女日照りになるから仕方ない。
「確かにレベル高いな、天上は女の子可愛いらしいからな」
その辺も進学したかった理由だ。教室から30人ほど出てきたが、ペリーは居ない。ちょっと残念だ。
「一緒には走らないみたいだな、乳が揺れる所を見たかったんだが」
豊臣が走りながら笑い転げている、怪我するぞ。しかし笑い上戸な奴だ。校庭に出ると、ぺリーが既に居た。先回りできるとは思えないから、テレポーテーション能力も持っているのか?多才だな、まぁC級のテレポーテーションは精々1kmくらい遠くにしか行けないので、やっぱり就職には役に立たない。
「頭も悪いし足も遅いのですね、では黒船さん。このまま校外に行きましょう」
「オウッ!」
まじかよ、グランドぐるぐる回ればいいじゃないか、同じ事だろうに。なんで学ランで学外ランニングしなきゃならんのだ。本多が話しかけてくる。
「有馬田谷、あいつ等何なんだ?」
「分からん、俺に聞くな。留学生みたいなもんだろ。どうせ小田のバカが今日来るのを伝え忘れたんだろ」
「コラーッ!喋りながら走ると口を切るぞ」
黒船が目敏く注意して来た。しかし学ランの男が30人以上で町中を走っているのは目立つ、というか恥ずかしい。いろんな恥ずかしい事をしてきた俺も未体験の恥ずかしさだ。
「ちゃっかり藤田は居ないしな」
「ばびゅぶうそぼそぼばらぞんどば…」
メガネ…本当に体力ないなお前。
『キャーーーー!』
黄色い悲鳴だ、まったく物騒な世の中だ。黒船も叫ぶ。
「諸君っ!助けに行こうっ!」
何言ってんだこいつ、警察に任せりゃ良いのに、まぁ今時警察なんて信用できないがな。
「そうだっ行こうぜっ!」
豊臣も同意しやがった。というかクラスの連中が俺以外全員同意して頷いた。女の悲鳴に聞こえたからって…まぁ女と知り合いたいのだろう、或いは金髪美少女のペリーの前でいい格好をしたいのだろう。流されるままに走ってしまう。一人だけ外れるとすごい目立つしな…あぁ悲しき日本人の性よ…
「ナ、何だお前等?」
確かに集団で学ランの連中が来たらそう言いたくもなる。しかしそう言ってる当人も妙な奴だ。血にまみれた裸の蚯蚓だ。正確に言うと直立した2mほどの蚯蚓に手が生えている。一本しかない足は蚯蚓そのものだが、両腕には金属製のデカイ鋏を持っている、というか蚯蚓の肌から直接、腕の長さ位の鋏が生えている。
口や顔は一見無いが、良く見ると小さい口らしき穴が3つある。俺と同じく怪物人間だ。いや人間怪物か?
とにかくそいつが民家の塀に挟まれた狭い路地でバスを襲撃している。
黒船が吠える。
「貴様~いたいけな幼稚園児の乗ったバスを襲撃するとは~ゆるさんっ!」
確かに今の御時世で未来ある幼稚園児の乗ったバスを襲撃するのは拙い。バスは民家の塀に衝突している。しかも運転席が血だらけだ、運転手は死んだようだ。園児は全員無事だが教育によろしくない光景だ。
俺の発達した嗅覚は小便と大便の臭いを感じた。園児が漏らし…伊井…お前だったか…感覚が鋭くなったので周囲の状況が良く分かるのも場合によりけりだな…変身すればさらに状況が良く分かるが、人前では変身したくない。まぁ眼の部分とかだけでも変身できる能力だが、すごい目立つのでやらない。人間の眼って意外と見られるので能力をばらしたくない。
「ユるさんならどうする?」
「こうするのだっ!レッドキックっ!」
黒船の全身が赤く輝き、跳び蹴りを蚯蚓に放つ。昨日の火薬式銃の銃弾位の速さと威力で胸に直撃したな、蚯蚓には俺ほどの反射神経が無いらしい。だがダメージは無いな、蚯蚓は平然としている。
「バかかお前?フンッ!」
右腕の鋏を振るって黒船を殴り、黒船が民家の庭に吹っ飛ぶ。どっちも迷惑だな。
「嘘だろ…あの10上学園の黒船が…」
今日会ったばかりだろ本多よ、奴の何を知っているんだ。まぁ心音は聞こえるから命に別状は無い。しかし拙い状況だ…いや、少し試してみるか…右手の人差し指から不可視の硬い糸を出し、塀に接触している方の車体側面に半径1mの穴を開け、切った材料を使って園児でも降りれるように階段を作り、さらに階段の横に園児でも掴める高さの手すりを作る。まったく音が無い、我ながら恐ろしい能力だ。園児達が気付かれないように無事逃げると良いが。
「ワーっ!あながあいた!」
「ママー、ままー!」
「ヤダヤダかえるーおうちかえるー」
逆効果だったらしい。上手くいかないものだ。これも経験だ、次はもっと上手くやろう。
「ウるせえぞ餓鬼ども!」
蚯蚓が叫び、バスの方を向こうとする。
「待ちなさい!」
ペリーも叫び、PSYベクトルを放ったようだが、蚯蚓は微動だにしない。
「つ、強い。皆さん逃げてください!劣等高校生が相手を出来るレベルじゃない!」
たしかに、というか警察呼ぼうよ。学ラン集団が一斉に逃げる。しかし俺達何やってるんだろ、今日は平日だよな?いや祭日でもこんな状況にはならないな。
「貴方も早く、ユウマタタニさん!」
俺はそんな名字ではない。というかそんな間違い方ははじめてだ。有馬田谷でそんな読み方しないだろ。
「アリマタヤ カイだ。逃げようにも学ラン集団で道が詰まってるんだよ」
すごい光景だ。学ランの壁ができている。逃げようとしてこけた連中が重なっているのだ。興奮している奴が居るが、どうやら目覚めたようだ。超能力にではないが。
「テめぇらなんなんだ?」
ペリーは緊張して震えているので俺が答える。
「学生です。ランニングの途中に悲鳴を聞きつけて来ました。あんたは…変質者?」
「チがう!」
違うのか、全身ピンク色で幼稚園バスを襲っているからてっきりそうかと。
「オれは復讐者だ、俺を否定した社会を殺すんだ!」
…復讐か、それも幼稚園児に、やるのは構わないが復讐にはやり方が有るだろうに美学と知性の無い奴だ。まぁ人それぞれだから別に言う事も無い。
「そうですか、ところで帰っていいすか?」
「ダめだ!オれの姿を見られた以上全員殺す!」
「幼稚園バスには監視装置がついてるから多分アンタ映ってるよ、こういうバスなんかは緊急時に自動で撮影される機能がある。映像情報はもう警察関係に行ってるからそいつ等も殺すのか?多分スゴイ数だよ」
蚯蚓が驚く、あまり知識や知性を感じない男だ…いや女なのか?性別の分かる外見ではない。
「挑発しないでアリーさん、早く逃げてくださいっ!こいつはハザードですよ!?」
ハザードとは簡単に言うと超能力を自分の利益のために使う者の事だ。つまり俺の事でもある。
「逃げろといってもね、まだ詰まってるし、蚯蚓さんはB級以上みたいだから時速100km位で走れるだろうから。どっち道追いつかれちまう」
別に変身すれば簡単に逃げれるがな。だが出来れば見学しておきたい。蚯蚓の力の使い方を見ておきたい、何か参考になるかもしれない。
「イい度胸だな学ラン…今時そんな制服が残ってるとは思わなかった。オ前バカ高校の生徒だけあって度胸だけは有るな」
なんでバカ高校だとばれたんだ?もしや…
「先輩は…卒業生ですか?」
「ソうだ篤川は元気か」
校長の事だ。頷く、すごい外見のOBだ。蚯蚓はなにやら語りだした。
「コれが現実だ、コの姿こそ社会の歪みだ。カねが無いんで裸だ。ダから暴れる」
それで幼稚園バスを襲ったのか?よく分からん論理だ。
「オれに金が無いのは金の所為だ。カねが無いから金が稼げない、ダから暴れる」
まったく意味の通らない論理だ。
「あんた完全変身型か?」
「ソうだ。アさ起きたらこうなった。モどらない。ネがいが叶った」
…完全変身型と分類される変身カテゴリは姿だけでなく、思考まで人間の物では無くなると云う都市伝説がある。こいつに関しては当たっている様だ。
俺もこうなるかもしれないな、俺は分類的には段階変身型だが、目の前の怪物と同じになる可能性もある。
「完全変身型能力者は国から月五万円出るはずだが、それは申請したのか?」
「ヤ賃にもならん。ヨって。ブち殺す!」
右腕の鋏を振りかぶって接近してくる。さて変身せずに倒せるかな…蚯蚓に植木鉢が激突した。蚯蚓は微動だにしていないが、一瞬足を止める。本多が民家の塀に登って他人様の家の植木鉢を投げたようだ。あ、すぐ引っ込んだ。
「アリーさん。みんなを退かしました。貴方も逃げてください、園児達も私が何とかします!」
おや、学ランの壁が無くなっている。どうやら喋っている間にペリーが念動力でどかしたようだ。感覚が発達しても気を張らなければすぐ近くの事も認識できないか、これは収穫だな。
「助かるよ、そいじゃあ頑張れ」
どうも彼女は正義の味方という儲からない事をしたいらしい。応援はするが手助けはしない。俺は正義の味方は嫌いなのだ。さっさと帰ろう。
「ニがすか!」
蚯蚓が一本足で跳ねながら俺を追ってくる。実にキモイ。
「させないっ!」
ペリーの面前に杭のような物体が出現する。
「あれはPSY擬実体化現象でゴザル。高密度のPSYベクトルが周囲の大気や光を押しのける事であたかもPSYが実体化したように見える現象でゴザル」
道の角から動向を見守っていたメガネが解説してくれた。こうした現象はB級なら意図的に起こせる奴もチラホラ居るが、やっぱり就職には役に立たない。超能力を履歴書に書けるのはA級ぐらいだ。超能力なんて普通の会社には要らないのだ。
「サイ・ハンマー!」
そのまんまだな、ハンマーには見えないがそのつもりなんだろう。胸に直撃したが微動だしない…おかしいな。
「な、なんで利かないの?」
「バかめ!オれはPSYを無効化できるのだ」
…ほう、決めた。こいつと戦おう。逃げるのを止めて蚯蚓の方を向くと、蚯蚓がペリーを右腕で殴る。
「きゃっ!」
ペリーが吹っ飛んできたのでドッジボールの要領でキャッチする。一応人の眼が有るので、反動で道路に倒れこんだように見せる。ペリーには全く怪我が無い。黒船もそうだったが、蚯蚓の能力が低いのとペリーがPSYでショックを和らげている所為だ。
「ナぜ砕けない。ウん転手は砕けたぞ。ソうだ。キってやる」
ようやく自分の腕が鋏だと気付いたらしく鋏を開閉する。間抜けな奴だ。こっちも糸で斬って…なんだ?
「対象甲の民間人に対してのイデア能力使用確認を報告…本部からの許可を受諾しました。これより対象甲を射殺します」
蚯蚓の後ろ方向の道からバイクに乗ったスタイルの良い女がやってきた。大仰なコンバットスーツを着ているのに体の線で女と分かる。スゴイ胸・尻だ。ヘルメットをしているが美人っぽい雰囲気だ。そうだと良いな。
その女が弁当箱みたいな物体を取り出し、蚯蚓に向ける。
「あれは…なんでゴザロうか?」
メガネも知らないようだ。とにかく箱から何か出てきて蚯蚓に当たった。弾の印象は小さいスプーンだ。それが蚯蚓の背中に刺さる。特別爆発とかは無い。3cm程刺さっただけだ。
「ギャ!」
だが利いているようだ。蚯蚓は大きくジャンプして逃げる。あ~あ他人の家の屋根に穴開けちゃってるよ。体重は300キロくらいだな、さて糸を付けて追跡しておこう。奴の生活を知りたい。バイク女が俺達に向かって叫ぶ。
「皆さん大丈夫ですか?私はあの怪人を追います。皆さんはこの後来る警察に従ってください」
遠くから事態を見守っていたクラスメイト達が一斉に頷くと、バイク女は去っていく。なんだったんだ、警察には見えないが。一応彼女にも糸を付ける。もしも能力者を狩る組織の類なら情報を知りたい。
「うぅん…あれ、みみずは…」
上にいるペリーが起きたようだ。そういやずっと道路に転がったままだ。
「逃げたよ。とりあえず退いてくれるか?」
「あ、すみません。アリーさん」
退いてくれた。そう悪い人間ではない様だ、スタイルも良い。さっきの女には負けるが。
俺も起き上がる。服に砂利がついてしまったので手で払う。
「アリーさん…あなた怖くなかったんですか?あんな挑発して…」
「神経が切れてると思ってくれ。恐怖を感じない体質なんだ」
適当な事を言う。
「…本当に怖い物とかないんですか?」
「強いて言うなら金髪美女の裸が怖い」
駆け寄ってきた豊臣にはたかれた。
「饅頭かい!」
そのツッコミはどうなんだ。金髪美女の裸は本当に怖い。昔そんな女に乱暴にされたのだ。
「ハぁ、イたいぞ。イたい」
「そんなに痛いのか?あの弾丸はなんなんだ?そんなに利くのか?」
「オ、お前?ドこから?」
すっかり夜だ。ビルの屋上から見るイデアは真っ赤だ。血のように赤い。今日は満月らしいが見えない。俺は昔から月を見た事が無い、イデアが夜も見える所為だ。明るいので便利だがお月見は出来ない。
「ク、蜘蛛?」
やっぱり蜘蛛に見えるのか、蚯蚓は傷だらけだ。
「あんたを食いに追ってきた。糸を辿ってな」
「イ、糸だと?ソんなものどこにも…」
「そうだな、先端以外ニュートリノと同じような性質の糸だから、あんたは見えないみたいだな」
お陰で障害物に当たらず常に直線距離で追える、こんな糸も作れるのだ。さらに俺の造る糸は神経や筋肉、感覚器官としての性質も持つので手足のごとく操作できる上に情報収集までできる。万能で便利な糸だが0級ほどの力ではない。
こいつが朝から今夜まで何をしてきたのかも分かっている。不愉快な事ばかり見てしまった。今日も厄日だ。
「ナ、何のために?イつ?オって?」
「フレアバード」
掌に紅い炎が出現する。フレアコンドルの力だ。まだ使いこなせないので、出現させただけで炎を握りつぶす。
「あんたに言っても分からないと思うが、食うと奪えるみたいなんだ」
「ナ、何言って…」
「PSYの無効化は入手しておきたい力だ。復讐相手にPSYの使い手が居てね。あんたに個人的な恨みは無いが、実験させてもらう」
一瞬で蚯蚓の懐に近づき、右腕の鋏を千切り、食べる。不味いな、その辺の雑草より不味い。
「ギャー!」
力は得られたのだろうか?フレアコンドルは全身を平らげた訳でもないので、どの位食べれば奪えるのかは分からない。ただ本能的に食べれば奪えると感じる。
しかし念動力の使い手が近くに居ないので実験する意味があまり無いな、片手落ちだ。
「ギャぎゃッ!」
蚯蚓は反撃してくる。鋏手の威力から言って人間状態では耐えられないだろうが、今の俺には人間の部分は無い。
「ふむ、奪えたかどうか確認したいので、また後日会いたいんだけど」
「ナぜ利かないっ!?」
うるさい上に無知な奴だ。0級には地球上の全人類文明を滅ぼせるような奴が居るのに、俺程度に驚くなよ。
「あんたに恨みは無いから、殺すつもりは無いんだが、あんたがあと5回殴ったら俺は反撃する。ついでに糸の威力実験をする」
「シね死ね死ね死ね!」
何回も攻撃してくるので、5回目の鋏が届く前にビルの縁に後退する。別に飛び降りる気は無い。
「次が5回目だ」
「シね!」
もう駄目だなこいつは、一応最後の問いを出すか。
「あんたは反面教師にするとしよう。明知 美津夫先輩」
バイク女の持っていた情報をうまく盗めた。こいつが住んで居たと思われるアパートの表札にはそう書いてあったようだ。ゲヘナのOBという情報も一致する。だが何の反応も無い…もう記憶が消えうせているのか、それで仲良し家族も殺せた。
「哀れだな」
尤も哀れというなら今日こいつに殺された明知一家3人とバス運転手の石田、保険勧誘員の石川、コンビニ店員の佐藤と清川、彼等の方が哀れだ。警官も5人死んだが彼等は仕事だから仕方ない。
「チょっ!」
鋏を俺に叩き付けてきたので、食らったのを確認してから蚯蚓の体全身を硬質の糸で包み圧縮する。悲鳴も無く一瞬で、蟻の巣の入り口にも入りそうなサイズになった。周囲の俺の証拠になり得る物質も同じ繭に集めておく。
「名付けて繭柩だ」
犯罪者を殺しても犯罪なのは確かだ。それは昔から変わらない。だが俺には目的がある、法律を遵守する様な顔をして俺達を虐げたクズ共に復讐する。
その為には自分の力を把握しなくてはならない。俺に知性拡張能力が無いのは確かだ、自分の能力が瞬間的に分からないのだ。だから蚯蚓のような後ろ盾の無いイデア能力者は実験に最適なのだ。冷静に考えると殺す必要は無かったが、まぁ気にしない。復讐を願うものはその途上で殺されても文句は言えないと俺は考える。
繭を奴の住んでいたアパートに送る。此処からは1kmほどの距離だが、糸の力を使えばこの場を動かずに送る程度は楽にできる。引越し屋もできるな。哀れな蚯蚓を産まれたアパートに送り届けた、警官が一杯居るな。
ようやく力を実感できた、俺はかなり強い、だがけっして無敵ではない。蚯蚓は俺よりも弱いくせに考え無しで暴れていたバカだ。まだ俺の復讐相手達はのうのうと生きている。奴等を殺すその日まで蚯蚓の様に知性を失って堪るものか。
「だけどやっぱり幸せになりたいよな…まずは彼女欲しいなぁ」
我ながら高校生らしい悩みだ。人を殺したいと思うのにこんな事も考えるとは。
怪人図鑑No.2
名前─鋏蚯蚓男─はさみみずおとこ
本名─アケチ・ミツオ
パンチ力─ヘビー級ボクサー並
耐久力─富士山の頂上から落ちても無事程度
特殊能力─両腕の鋏で米粒を使った切り絵を作れる器用さ
成長性─死亡したため成長しない
カラー分類─緑
総合評価─耐久力はB級としては高い。他の能力は低いため局員で対応可能