僕たちの
俺はこれまでにない暗い道を歩いていた。
朝の光の中のはずが、心は真っ暗だった。
佐々木さんと俺がいとこ同士。それはたぶん間違いない。年齢もあのくらい、背の小さいのも、曖昧な記憶の中の彼女も、きっと、この間会った彼女そのものだ。
一気に俺のバラ色の人生は、またどん底に落ちた。
人間なんて簡単なもんだ。ちょっとしたことで一喜一憂する。一体何だってんだ。
「諦めようか....」
口に出すと、いくらか楽に実行できそうな気がした。
たぶん、その方がいいんだろう。
俺と佐々木さんがたとえどうにかなれたとして、反対されるに決まっている。
俺は自分を嘲笑った。
俺もずいぶん、イイコちゃんだな。
いつの間にかたどり着いていたあの公園で、俺はまたマルボロの箱を開ける。空だった。
神様っているんだろうか。
もしいたら、人って何で恋をするのか、聞いてみたい。
どんな関係でもーー例えば、教師と生徒、父と娘、敵同士の恋、エトセトラーー恋をしてしまうのはなぜなのか、聞いてやりたい。
だけど、今の俺に、答えはない。
それなのに、好きだという気持ちは、消えなかった。
公園から学校に走って、なんとか遅刻はしなかった。
教室は、昨日とは一転して、少し肌寒かった。
テストなんか、もう頭になかった。
学校が終わると、俺は、なるべく長く、公園で時間を潰した。家で佐々木さんに鉢合わせするのだけは、避けたかった。
夕日も過ぎて、少しずつ薄暗くなり始めた頃、ベンチにいる俺の視線の先に、長いスカートの制服が歩いてきた。
「佐々木さん....」
嘘だろ。
「あ、永井さん!」
彼女は、俺に手を振りながら、駆けて来る。嬉しそうに。
喜んでいいのか、悲しんだ方がいいのか、わからないまま、俺もやっぱり、ベンチから立ち上がり、彼女のそばに歩いて行く。けど、自分の足がまるで自分のものではないように、うまく動かせなかった。
「会えてよかった!こっちに来るときは連絡しようと思ってたんですけど、ちょっと今日、ケータイ忘れちゃって...ここならいる気がしたので...」
「ああ、はい...」
「学校帰りですか?少し遅いですね」
「ああ、ちょっと...そうですね...」
俺はちゃんといつも通りの声を出せているだろうか?
「どうしたんですか?元気ないですね...」
佐々木さんが、心配そうに俺を見上げる。
彼女は何も知らないんだ。
言わない方がいい。
「大丈夫ですよ、今、テスト期間で、ちょっと疲れてて...」
「そうなんですか、そうですね、私もです...無理しないで下さいね...」
「はい、ありがとうございます...」
「今日は、鳩、もういませんね...」
佐々木さんはがっかりしたような、なんでもないような風で呟いた。
「そうですね...」
「あの...私...もう帰らないと...」
「はい...」
ああ、これはきっと別れなんだな。
俺はその時、そう思った。
「それと...実は私...引っ越すんです、遠くに....」
「え...」
「お母さんの実家に、おばあちゃんちに、住むことになって...だから、もうここには...」
「そう、なんですか...」
その時俺は、あろうことか、少しだけほっとした。
会わなければ、彼女は、俺が何者なのかなんて、知らないままでいられる。
別に俺と彼女は、付き合ってるわけでもなんでもない。この間知り合ったばかりのメル友、くらいなもんだ。
だから、彼女にとってはきっとなんでもないことなんだろう。
ただ、きっと優しい彼女は、俺を気遣って、会いに来てくれた。
それはうれしい。
だから、なんでそんなに泣きそうな顔をして、俺を見るんだ。
「私と永井さん....ただの知り合いじゃなかったんですね....」
俺の体が一瞬、煮えたつほど熱くなった。そして頭がぐらつく。
「なぜ...」
「今日、おばさんの家に行ったんです。そしたら、おばさんが、竜也さんがまだ、帰って来ないって...」
ああ、彼女も知っていた。俺は...俺はどうしたらいい?もうわからない。
「永井さんが私に会いたいって言ってくれた時、私、そんなこと言われたことなかったから、とても嬉しかった...でも、もう、そんな風には会えないんでしょうか...」
とうとう彼女は、本当に泣き出した。
俺は、彼女の肩を支えることすらためらって、手を伸ばせない。
佐々木さんは、小さな手で、何度も何度も涙を拭う。俺は見ているだけ。
ああ、ダメだ。
俺は思い切り、彼女を抱き寄せた。
「永井さん!?」
「な、泣かないで下さい!!」
力の限り、叫んだ。
「え...」
「あなたが泣くのなんて、いや、ですっ...!」
「永井さん...」
彼女は俺が声を上げて泣くのを見て、びっくりして泣き止んだようだったが、今度は、俺の涙が止まらない。
「永井さん、永井さんも泣かないで...」
彼女は俺の頭を撫でる。
「必ず...また会えます...それまで、元気で...メールしましょう?」
俺は何度もうなづいて、なんとか涙を止めた。
自分が情けなかった。彼女を守ることができなくなるばかりか、こんな時に、俺の方が慰められるなんて。
「佐々木さん、俺、佐々木さんのこと、好きなんです...っ、会えなくても、きっと好きです...っ!」
しゃくりあげながら、俺は言った。
「はい。私も永井さんが好きです。」
「また、会いましょう、必ず...!」
「はい」
俺は四苦八苦しながら伝え、彼女はそれを優しく受け止めてくれた。
信じること。
それに尽きるのかもしれない。
恋は、いつか愛に変わっていく。
支え合った時と、夜中の電話が積み重なるに連れ、愛しさは増えて、なくてはならない存在になる。
あれから二年の月日が流れた。
俺は都内の大学に通うようになり、今日は引っ越しの日だ。佐々木さんの。
大学は違うが、俺たちは、近くに住むことになった。
佐々木さんが、アルバイトをしながら大学に通って、俺の近くで一人暮らしをすると言った時は、心配をした。
だけど、彼女が、大丈夫だから、そうさせてほしい、と言った時は、本当に嬉しかった。
引っ越しのトラックがやってくる。君を乗せて、この街へ。
「永井さん!」
すみません、不完全燃焼で、途中がバッサリ抜けてしまいました....