なんちゃって世界征服?
「大抵の物語は、「そして皆は幸せに暮らしました。めでたしめでたし」で終わるだろう?それが俺は嫌なんだ。」
たった十年生きただけの子供が、そう言った。
目の前に散らばっているのは、子供向けに書かれた絵本の残骸。
―――あーあ、此処での俺の唯一の楽しみだったのに。
子供の手の中にあるのは、何処かの高尚な誰かが書いた論文をまとめた一冊の本。
きっといらなくなったからといって此処に放り込んだのだろう。
定期的に放り込まれる本の中にはいつも二、三冊はそういった本が紛れ込んでいた。
生憎と俺はそういった本は表紙だけで読む気をなくすため、大抵は目の前の子供が読むことになる。
とても子供の読む物ではないが、その慣れた異質さよりも、その時の俺は子供の言葉の異質さの方に反応した。
どうしてかと尋ねると、子供は小さく鼻を鳴らした。
子供にとっては、どうやら答え飽きた質問だったらしい。
「だって、その“皆”の中に悪役は含まれていないじゃないか。」
存外拗ねたような声音だったので、思わず噴出した。
じろりとねめつける様な視線すらも、目の前の子供が元来寂しがりやな性格をしていることを知っているために全く怖くない。
「“皆”は悪役の思いなんか汲み取ってくれないしねぇ。」
笑って誤魔化して、「けど、」と呟く。
子供は数秒前に拗ねたことを忘れ、こちらに視線を向けて視線を促す。
ああ本当に―――どこまでも子供らしい子供。
「“皆”の中に悪役は含まれていないけど、“皆”が悪者とは考えないの?」
きょとり、子供が目を瞬く。
なるほど、やはり考えたことはなかったらしい。
「根底を覆してもいいと思うな。・・・俺達は本当に“悪”なのか、とか。“悪”とは本当にわるいもの、なのか・・・とかね。」
屁理屈である。
自分が唱えるのは、すべて屁理屈であるが――――――子供はぱあっと表情を明るくした。
子供はいつだって純粋なものだ。それは、目の前の子供も例外ではなかったらしい。
「そうかそうか、そうだよな!それなら悪者が“皆”に成り代わってもいいんだよな!」
ああうんいいんじゃないかな、投げやりに答えた言葉に子供はさらに喜色を濃くしていく。
「じゃあ、此処に閉じ込められてる必要もないわけだよな!」
その言葉に答える前に、世界が弾けた。
ぱちん、なんて可愛らしい音なんかじゃなく、耳が聞こえなくなるくらいの轟音を撒き散らして、世界が弾けた。
ケラリケラケラと、何にもなくなった世界で一人の子供が笑い声を上げた。
傍らにはしょうがなさそうに後をついて行くもう一人の子供。
彼らがその後どこに行ったのかも。
後をついて行った子供の手に絵本が抱えられていたことも。
当人達以外は誰も知らない。
何しろ、彼ら以外世界にはもう何もないのだから。
そして皆は幸せに暮らしました。めでたしめでたし。