役目の像
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、全国に偉人の銅像て5000体以上あるんだねえ。正直、自分は知らない人がけっこういるよ。
そういえば、こーちゃんはどうして銅でつくる銅像は多いのに、鉄でつくる鉄像はさほど作られていないか、理由はしっているかい?
――うん、加工のしやすさに差があるためだね。
銅のほうが鉄よりも低い温度で形を変化させやすいうえいに、サビに関しても鉄より強い。石像は相応のサイズの石を用意するのが難儀だし、木像じゃ長くとっておくことを考えたら耐久性に不安が生まれる。
まあ厳密には銅にスズを混ぜた、青銅を用いていることがほとんどのようだけどね。
目的に適した材料というのは、どうしても生まれてしまう。競うな、持ち味を生かせとは道具相手には容易にできるけれど、意志ある人間だとなかなか割り切りが難しいものだ。
たとえ他者に才能でかなわなくとも、どこどこの分野やポジションで活躍したい、という欲求は切り離しづらいから。自分の才が合致するものに出会って、受け入れられるなら相当にラッキーだろうね。
世界と個人、どちらが狭量なのかというのは一概に判断しづらい。
私が以前に聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?
父が通っていた学校では、図画工作の時間で頻繁に粘土を用いた作製が行われたらしい。
粘土工作そのものは、みな多かれ少なかれ経験があると思う。しかし、父の学校では少なくとも二か月に一度は粘土工作の時間がとられていたという。場合によっては、もっと短いスパンであったことも。
学校側のカリキュラムの意図などは、生徒側である父たちからは分かりっこない。一部の粘土大好きな子たちをのぞき、いささか飽きを感じていたことは否めなかったとか。
でも、大人になってから振り返った父は、おそらくあの不自然なまでの授業回数の多さは、本当の目的を隠すカモフラージュでないかと思っているらしい。
木の葉を隠すなら森の中、というがあの重なる授業こそが「森」だったのではないかとね。
そう父が確信を持てるようになった機会は、幾度かあった。
粘土工作は毎回お題を出されるものの、ちょっと注意深く聞いていると、間隔をあけて同じお題が出されていたためだ。
そのお題は、「戦う人」。武器を携えて、戦いにのぞむポーズをしたものを望まれたんだ。
幸いにも、父が子供だった当時はファンタジーRPGの隆盛していたころ。誰もがぼんやりとでも、モンスターに立ち向かう勇者の姿をイメージしやすかった。
父は当時の王道ともいうべき、抜剣して構えた戦士のイメージ像。身に着けているものの細かい意匠に関しては、自信もないし面倒くさいしということで、のっぺりした棒人間ならぬ粘土人間をつくる。
先生としては、戦う人として合格ラインに至っていればよいらしく、父自身も居眠り半分で作ったような出来と思っているにもかかわらず、受け取ってもらえた。おかげで残った時間は適当に教科書をめくりながらも、みんなの出来栄えを遠巻きに観察していたらしい。
勇者の武器といったら、剣のイメージが強かったから得物にそれを選んでいる人も多かった。とはいえ、実際の戦争だと剣が役立つところはけっこう限られてくるから、儀式めいた決闘武器のような側面もある。いわばロマンのかたまり。
だから槍とか、弓とかを身に着けた像を作っている人は実用的な視点なれども、レアで無粋な輩みたいにみなされるところもあった。
これが斧とか、むちみたいになっていくと、もはや賊や悪党のイメージに近寄ってしまって、質実剛健で清廉潔白な勇者像じゃねえだろ、などとツッコミの的にされることも。
しかし、先生はそのいずれもを許した。戦う姿勢が整っていさえすれば、どれでも合格だと認めてくれたのだとか。それが器用に器用を重ねたパワードスーツをつけたソルジャーであっても、シンプルきわまる徒手空拳の武闘家まで、どれでもだ。
その理由、当時の父はあらためて考えることはしなかったらしい。父にとって、授業はさっさと終わってほしいものであり、あるのかないのか、時間が伸びるのかきっちり終わるのかこそが重大な関心事だったからだ。
先生に怒られるかどうかのラインが、生徒としては気になるところ。作品のできばえなど気にしていなかった。
なので、ある時に学校へ忘れ物をしたと気づいた父は、こっそり校舎へ忍び込んでいた。
当時はセキュリティも現在ほどきつくない。校舎の窓などの鍵が壊れているところなどを手掛かりにして侵入しても、即通報されるような目には遭わなかったんだ。
手順を踏むなら、先生に許可をもらうのがいいのだろうけど、そこは子供の自尊心。忘れ物をしたことをわざわざ誰かに知られるくらいなら、あたかも何事もなかったように片付けてしまったほうが、ずっと気楽だ。
そうして、まんまと学校へ乗り込んだ父だったけれども、いざ明かりの消えた廊下へ出てみて「ん?」と首を傾げた。
廊下の両端で、向かい合わせになるように、あの粘土像たちが並んでいたんだ。一定の間隔をあけて、廊下の奥、階段の途中までも。
一クラス、ニクラス程度で済む数じゃない。おそらく複数の学年にわたった分があるのだろう。3階の自分の教室へたどり着くまで、3ケタにおよぶ粘土像たちを目にしたと父は語る。
先生が作製時に指示したように、それぞれが身構えた姿勢でもって、道行く父を迎えていた。いずれも父にとっては踏みつぶせるほどの大きさではあるものの、こうも武器を向けられては自分の悪者感を突っつかれている気がしてならない。
そもそも、先生は何を思ってこのようなマネを……と、いぶかしく思いながらも、教室の自分の机へ。中にある、お目当てのプリントを手に取ったところで。
パチパチ、と教室全体に紫色の光が明滅する。
稲光のそれに、とてもよく似た挙動。外が曇り空だったこともあって、父も最初「雷か?」と身構えちゃったみたい。
そうだとしたら、後から音が続くはず……と、プリントを取ったまま身をかがめて、つい様子をうかがってしまった。
1分ほど経っても、音沙汰はなし。よっぽど遠くだったのか、と父はそっと立ち去ろうと廊下に出直して、目を見張ることになる。
例の粘土像たち。彼らに先ほどの紫色の光が灯っているんだ。ひとつひとつは像の大きさ相応に小さく、ほのかなものだけれども、廊下の暗さのためにそれは目立って見えている。
像すべてがその状態とあっては、偶然とか錯覚とは考えづらく、どうしたことかと思っていると。
見える範囲で、一番奥まっていたところに置かれていた一対の像たちが、はじけた。
双方とも弓をつがえていたものだったが、その粘土の矢がおのずと飛び、互いの身体を貫いた直後に爆ぜたんだ。それはあたかも、戦いとその結果を示すよう。
それよりひとつ手前の刀同士、もうひとつ手前のむちと槍、さらにひとつ前の斧と鉄砲も同じだ。光を帯びたそれぞれの得物が発射され、互いを貫いてはみな砕け散っていく。
ほどなく自分の立っているところまで届く、と悟った父は足早に逃げ出したそうだ。
確かに像同士の間隔は空いていた。間にとどまっていたならば、放たれた武器による直撃は免れるだろうけれども、はじけた粘土たちも問題だ。
光を帯びる彼らの破片が、廊下の壁や柱の内側までめり込んだのを父は見た。いかに乾燥して固くなる紙粘土とはいえ、生半可な勢いでは跳ね返る程度がオチのはず。
そのいずれもがめり込んで返ってこない以上、ろくな防具もない身体でじかに受ければ、ケガ以上をするのは明白……!
次々に裂けていく光の像たち。
それに追いかけられる形になった父は、二階と一階の踊り場で上下から挟まれそうになったものの、中央の手すりを乗り越えてやり過ごし、学校から抜け出せたとか。
翌日、早めに登校してみると先生方が各階の壁や柱の中へピンセットを突っ込んで粘土片を取り出しているところを目にしたのだとか。
忘れ物がばれるのを恐れる父は黙っていたそうだけど、生徒の作る粘土像たちはあの光を放つ主のうっぷん晴らしのために用意しなくてはいけないのかも、と考えているみたい。
おそらくは、それを受け止めるのに紙粘土がもっとも都合がいいものなのだろう、とも。




