四章二話「糾追償」
目を覚ますと——暗闇だった。
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どこまでも黒い。
上下の感覚すら曖昧で、自分が立っているのか浮いているのかも分からない。
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だが、不思議と遠くは見えた。
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そして。
闇の奥に、“何か”が立っていた。
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仮面。
人の形。
だが、人ではない。
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輪郭が炎のように揺れている。
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鬼にも見える。
獣にも見える。
影にも見えた。
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その瞬間。
頭の中へ直接、声が響いた。
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『現世で死した者よ』
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低い。
重い。
耳ではなく、魂へ直接流し込まれるような声だった。
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『ここは地獄』
『階層は——無間』
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空気が震える。
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『俺はこの階層の門番』
『名は——叫無』
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叫無。
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その名を聞いた瞬間、空間全体が軋んだ気がした。
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『お前達はこれより試練を受ける』
『試練を乗り越えた者には、閻魔大王より評価が下される』
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仮面の奥。
“何か”がこちらを見た気がした。
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『試練名——糾追償』
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その瞬間。
叫無の姿が闇へ溶けるように消えた。
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すると次の瞬間。
大量の情報が頭へ流れ込んできた。
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【解体】
能力:
見た相手の“構造”を瞬時に理解する。
・骨格
・筋肉
・神経
・内臓
全てを把握し、最も効率良く破壊できる。
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「……へぇ」
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僕は小さく笑った。
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よく分からない。
でも。
妙に馴染む力だった。
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しばらく、その場に立ち尽くしていた。
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腹は減らない。
喉も渇かない。
眠気も来ない。
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「虚無だなぁ……」
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そう呟きながら歩き始めた。
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疲れすら感じない。
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どれだけ歩いたのか分からない頃。
前方に、人影が見えた。
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痩せ細った男だった。
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男は僕を見ると、安心したような顔をした。
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「た、助けてくれ……!」
「ここは何なんだ……!?」
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その瞬間。
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僕の頭の中へ、“理解”が流れ込んできた。
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首の骨。
眼球の位置。
心臓。
神経。
筋肉。
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どこを壊せば。
どんな風に死ぬのか。
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全部、分かった。
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「——あ」
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気づけば。
僕は男の首を捻っていた。
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——ゴキッ。
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男は声も出せず崩れ落ちた。
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「…………」
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躊躇いは無かった。
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すると再び、情報が頭へ流れ込んでくる。
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【喰骸】
能力:
肉体・人格を捕食し、一時的に身体能力を上昇させる。
食えば食うほど強化される。
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「人格……?」
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その直後だった。
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——腹減った。
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声が聞こえた。
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——食べたい。
——苦しい。
——飢えてる。
——助けて。
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頭の中で。
先程の男の声が響く。
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「……ふふ」
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僕は笑った。
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お腹なんて空いていない。
なのに。
“食べなきゃいけない”気がした。
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僕は男の肉へ手を伸ばした。
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肉を噛み千切る。
血の味が口へ広がる。
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その瞬間。
全身へ力が満ちた。
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「なるほど」
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頭へ流れ込んだ情報は、本当だったらしい。
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しかも。
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頭の中の声は消えない。
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ずっと。
語りかけてくる。
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「……寂しくないな」
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僕は嬉しくなった。
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一人じゃない。
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しかもここは、ゲームみたいだ。
殺せば強くなる。
能力も奪える。
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まるで天国じゃないか。
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それから僕は、歩き続けた。
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そして殺し続けた。
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傭兵のような女。
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怯える子ども。
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老人。
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罪人。
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狂人。
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誰も彼も解体した。
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殺すたび。
頭の中の声が増えていく。
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「痛い」
「寒い」
「殺してやる」
「家族に会いたい」
「腹減った」
「苦しい」
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賑やかだった。
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とても楽しかった。
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どうやら能力は三つまでしか持てないらしい。
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選ばなかった能力は消える。
だが。
人格だけは残る。
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「家族が増えたみたいだ」
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僕は心の底から嬉しかった。
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そして。
どれほど殺したのかも分からなくなった頃。
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突然、視界が歪んだ。
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意識が引きずられる。
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次に目を開けると。
そこには、この世界にきて最初に会った門番が立っていた。
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叫無。
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最初からこいつの身体からは
激しい怒りの“色”が見えた。
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真紅。
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それなのに。
奥底には、白が混ざっている。
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「……面白い色だな。中身を見てみたい。」
そう思っていた。
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僕が笑うと、叫無は低く告げた。
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「お前は殺しすぎた」
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「このままでは、無間地獄の試練そのものに影響が出る」
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「故に——地獄の規則に従い俺が直々に裁く」
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空気が震える。
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「お前に拒否権は無い」
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「だが、救いはある」
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叫無の仮面が、ゆっくりこちらを向いた。
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「俺との勝負に勝てば、お前は新たに、この地獄の門番となる」
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「負ければ——」
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空気が凍る。
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「お前が最も無価値だと思う存在へ転生し続ける」
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「永遠にな」
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「へぇ」
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僕は笑った。
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「つまり、君に勝てばいいんだろ?」
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次の瞬間。
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僕は叫無へ飛びかかった。
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——ガギィン!!
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だが。
攻撃は空を切った。
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「……?」
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「そう焦るな」
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景色が変わる。
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そこは。
暗闇に囲まれた巨大な広場だった。
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そして。
僕と叫無の後ろには——巨大な球体が浮かんでいた。
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赤黒く脈打つ、不気味な球。
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「その球はお前の魂だ」
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叫無が言う。
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「この闘いのダメージは、互いの魂へ蓄積される」
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「そして、魂を表してるその球が砕けた時点で敗北が決まる。」
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「つまり——」
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叫無の周囲から、禍々しい気配が溢れ出した。
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「純粋な殺し合いだ」
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沈黙。
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そして。
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叫無は、ゆっくり腕を広げた。
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「さあ始めようか」
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「生き残りを賭けた闘いを」
四章二話 完
四章三話に続く




