四章一話「愛の色」
俺の母親は、日本語や文化を教える先生だった。
生徒からの評判も良い。
頭が良くて、美人で、優しい。
誰から見ても“完璧な人”だった。
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父は、俺が物心つく前に死んだらしい。
でも、母さえいれば辛くなかった。
母は俺の世界そのものだった。
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ただ。
母は時々、俺を殴った。
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「何回言えば分かるの?」
「そんなことも出来ないの?」
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母は躾だと言っていた。
俺が悪い。
だから仕方ない。
だって母は完璧なんだから。
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だから俺は母が怒らない様に考えた。
母の顔色を読めばいい。
声色を理解すればいい。
感情を予測すればいい。
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俺が完璧になればいい。
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その日も、俺は家で母の帰りを楽しみに待っていた。
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「……遅いな」
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時計を見る。
夜の十時。
でも母は帰ってこなかった。
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次の日も。
その次の日も。
さらに次の日も。
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そしてある日。
警察が家に来た。
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「君のお母さんなんだけどね」
「現在、連絡が取れなくなっている」
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警察官は困ったような顔をしていた。
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「行方不明者として捜索することになった」
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俺は安心していた。
母は完璧だ。
だからすぐ戻ってくる。
そう思っていた。
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でも。
母は帰ってこなかった。
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捜索は打ち切られた。
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「…………」
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俺は理解した。
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捨てられたんだ。
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完璧じゃなかったから。
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俺は児童養護施設へ預けられた。
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そこは息苦しい場所だった。
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「ねぇ、あいつ感じ悪くない?」
「職員に媚びてるよね」
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笑顔。
嘘。
嫌悪。
恐怖。
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人の感情は、隠しても滲み出る。
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だから俺は、もっと人を観察した。
顔色。
声。
仕草。
呼吸。
視線。
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また捨てられないように。
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完璧にならなければ。
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母みたいに。
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俺は。
オレは。
ボクハ。
僕は——完璧になる。
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そして、気づいた。
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人の感情には“色”がある。
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赤は、真っ赤な嘘。
白は、誰かのためにつく嘘。
感情が乱れる時、人の輪郭は波打って見える。
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最初は錯覚だと思った。
でも違った。
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人は感情を隠せない。
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つまり。
人間は理解できる。
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その日から、俺は施設の人間を操り始めた。
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「あの子がやりました」
「〇〇先生が言ってました」
「可哀想ですよね」
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少し言葉を加えるだけで、人は勝手に壊れていく。
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面白かった。
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全て思い通りのはずだった。
なのに。
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満たされない。
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施設を出た後、俺は屠殺場で働き始めた。
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命を解体する仕事。
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骨。
筋肉。
血管。
臓器。
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生き物の構造を理解すれば。
僕は完璧に近づける気がした。
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でも。
動物を何匹解体しても満たされなかった。
完璧に近づける気がしなかった。
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だから次は——人間にした。
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最初はホームレスだった。
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「ちょっと手伝ってくれませんか?」
「山で作業があるんです」
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金を見せれば簡単についてきた。
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山奥。
誰もいない場所。
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そこで俺は、“解体”した。
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「ぎゃあああああ!!」
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人間は面白い。
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死ぬ瞬間、本音が溢れる。
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恐怖。
後悔。
怒り。
執着。
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感情が色となって噴き出す。
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しかも。
構造を理解して壊せば、人は驚くほど簡単に死ぬ。
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何人も解体した。
でも満たされない。
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なら。
幸せな人間ならどうだろう。
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愛されてる人間なら。
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エリート。
成功者。
家族持ち。
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そういう人間を狙い始めた。
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解体するだけじゃ足りない。
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中身を食べれば、もっと理解できるかもしれない。
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ある日。
予定外の男を殺した。
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今日殺して箱に詰めた母親。
箱を開けた息子は、泣き叫びながら母親の名を呼んで助けを求めてたいた。
あの瞬間の“色”は美しかった。——なのに。
この男は、僕の感動に水を差した。
だが——
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「……美味いな」
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この男から引き摺り出した
臓物の味が、今までと違った。
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男は死ぬ間際、家族の名前を呼んでいた。
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もしかして。
家族がいる人間の方が“味が濃い”のか?
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その頃から俺は、殺した死体を食べたり、箱によく詰めるようになった。
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人は。
大切なものを失った時、どんな顔をするんだろう。
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知りたかった。
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ある母親は、子どもを逃がすために俺へ嘘をついた。
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でも分かる。
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白い嘘だった。
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あれが。
愛なのか?
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じゃあ。
母が俺に向けていたものは?
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理解できそうで、理解できない。
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だから殺した。
もっと。
もっと。
もっと。
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幸せそうな家族を見るたび、壊したくなった。
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そんなある日。
若い女を殺そうとした時だった。
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「——そこまでだ」
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男が現れた。
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見た瞬間、分かった。
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強い。
成功している。
満たされている。
幸せだ。
なのに驕っていない。
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完璧だ。
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男は俺を睨みながら言った。
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「やっと見つけた」
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ずっと探していたらしい。
昔殺した誰かの関係者か?
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面白い。
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こいつこそ、俺が求めていた“完璧な人間”かもしれない。
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そう思った。
まずは邪魔なこの女を殺してこの男の中身を見よう。
僕は女へナイフを振りかざした。
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なのに。
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男は女を庇った。
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「——っ!」
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男へ刃が深く入る。
致命傷だった。
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理解できなかった。
何故?
その女は、お前にとって家族ですらない赤の他人だ。
なのに。何故、自分が死ぬ側へ回る?
損得が合わない。
理屈が通らない。——なのに。
男の感情には、一切の後悔が無かった。
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男はこれから死ぬのに何故かやり切った、満ち足りてる顔をしていた。
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だから僕は、逃げた女も捕まえて首を落とした。
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そして。
男の前へ、その首を置いた。
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「なぁ」
「誰かを守ろうとして——何か意味あったか?」
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男は。
この世のものとは思えないほど苦しそうな顔をした。
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そして死んだ。
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「ははっ……!」
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今夜は良い酒が飲めそうだった。
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だが、その直後。
遠くからサイレンの音が聞こえた。
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男が通報していたらしい。
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僕は食事を諦め、その場を離れた。
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それからしばらくして。
俺は全国指名手配犯になった。
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だが、関係ない。
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人を理解する旅は続いた。
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そして時が過ぎ、指名手配されてから何回聞いたか分からない蝉の声が響く季節になった。
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俺は、一人の老女を見つけた。
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老いてはいた。
だが。
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記憶の中の“完璧な人”に似ていた。
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心臓が大きく跳ねた。
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まさか。
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俺は感情を読み取る。
緊張。
疲労。
警戒。
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そして感情の波が落ち着く
最も自然に話しかけられる瞬間を待った。
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「……すみません」
「失礼ですが、〇〇大学で教授をされていた〇〇さんですか?」
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女性は穏やかに微笑んだ。
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「はい、そうですが……」
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母だ。
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俺は溢れ出した言葉を止められなかった。
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「僕だよ!」
「〇〇だよ、お母さん!」
「見た目は変わったけど……僕はお母さんの事ずっと家で待ってたんだ!」
「あの日から辛いことが沢山あったんだ!
ずっと聞きたいことがあったんだ!
お母さんは僕のこと愛して——」
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だが。
女性は困ったように眉を下げた。
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「……申し訳ありません」
「どちら様でしょうか?」
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その瞬間。
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俺の中で、何かが切れた。
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愛された家族には、“色”があった。
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俺が欲しかったもの。
理解したかったもの。
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完璧な母なら。
年を取っても。
どれだけ離れていても。
俺に気づいてくれると思っていた。
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なのに。
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なのに。
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なのに——!!
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「お前なんか、お母さんじゃない!!」
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気づけば、ナイフを振っていた。
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悲鳴。
血。
怒号。
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周囲が騒然となる。
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警察が駆けつける音が聞こえた。
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でも。
不思議と心は静かだった。
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最後に理解できた。
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親子の愛なんてものは存在しない。
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僕の欲しかったものは幻想だった。
だから。
もう理解しようとする必要もない。
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僕は笑った。
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そして。
自分の急所へ、何度もナイフを突き立てた。
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「ははっ……」
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意識が遠のいていく。
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最後に見えた空だけが。
やけに綺麗だった。
四章一話 完
四章二話に続く




