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【短編小説】弱冷房車

掲載日:2025/12/22

 ヘソを出した服の女が寒そうにシャツの裾を下げた。

 お洒落とは我慢であり、気合いと根性の事であるはずだ。

 この女にはそれらが足りない。

 きっと煙草だって100円ライターで吸うに違いない。煙草もメンソールのやつだろうし、なんなら付き合っている男に合わせて銘柄も変えるような女に違いない。

 全く、自分と言うものがないのだろうか。


 おれは若者の自分離れについて憂慮しながら、座りの悪い電車シートでケツを動かした。

 だが、弱冷房車にしては確かに空調がきつい。天井のルーバーからは白い蒸気みたいなものが出ている。

 窓も縁の方から白い霜が伸びているように見えた。


 ヘソを出した根性なしの自分喪失女の隣、長い座席の端に座っている男がいる。

 まるで自身の存在をそこに押し込めるように収めているみたいに見えた。

 収める、と言う表現しかできない。

 シャツから溢れ出そうな太り肉の身体を縮こめ、丸めて、座席の端に押し込むようにして座っているのだ。

 叩けば弾けそうな印象を覚える。

 



 空調の冷気がより一層強まった気がする。

 ヘソの女がさらにシャツの裾を伸ばして下げた。

 太り肉収め男が一層、身を縮め込んだ。



 太り肉収め男の前に、物干しそうな顔で立っている老人がいた。

 席を譲ってくれと声に出して言えないが、譲ってくれと全身で訴えている。恥知らずになるとはこう言う事だ。

 きっと病院を寄合い所にして知人らと談笑するんだろうし、医師や看護婦と長話をする為にありもしない適当な痛みなんかを訴えるんだろう。


 世界のクソさが頭にきてしまったおれは、ようよう寒くなりゆく車輌をものともしない老人の鈍感さを切り分けて共有できないか、具体的に老人を分解する方法を考えていた。



 すると、車輌に備え付けられているトイレに長らく立てこもっていたアニメTシャツの男が出てきた。

 ご丁寧にシャツをズボンに入れて着ている。

 綺麗に折り目のついたそのスラックスは彼の母親がプレスやアイロンをかけたのだろうか。


 おれはアニメスラックス男が履いたスラックスのケツについた糸屑が気になった。

 気になって仕方ない。

 とりたい。

 指の先、いや爪の先でこっそり摘んで剥がしたい。男に気づかれないように。



 男のケツがどれほど敏感なのかも知らない。

 便所から出たばかりなら今がチャンスかもしれない。男のブリーフが収まりの悪い位置にある可能性だってあるからだ。



 そう言い聞かせて、男のケツにそっと手を伸ばした。

 女に触るより緊張するが、集中力を切らさない様に丁寧に細かい息を入れていく。 


 ルーバーの白く冷たい空気がアニメTシャツの男に直撃する。

 アニメTシャツの男は息を大きく吸い込むとくしゃみを3回ほど繰り出した。

 おれはその勢いに乗じてアニメスラックス男が履いたスラックスから糸屑を奪い去った。

 おれは成し遂げた。

 この調子なら老人をバラバラにしてその脳みそや内臓に詰まった鈍感さと厚かましさと恥知らずさを共有できるだろう。



 だが、くしゃみをしたアニメスラックス男が飛ばした痰は破裂寸前の太り肉収め男に直撃し、それが最後の一押しとなって太り肉収め男が破裂した。

 シャツの隙間から、スラックスの窓から、ありとあらゆる部位から太り肉収め男の脂肪が飛び散って、ルーバーから出る冷気に当たって固まっていった。


 ヘソを出した女は飛び散った脂肪を着込むと暖かそうに笑って眠りに落ちた。

 恥知らずの老人は満面の笑みで太り肉収め男が破裂したあとの座席に座り、おれは世界を諦めて車窓から飛び降りた。

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