かくしごと
私は非常に長い間、書く仕事をしていて、
担当編集者からは「先生」だなんて言われている。
この小説を書くという仕事は農業や製造業と異なり、
種にあたる部分は頭の中にしかない。
創造的な仕事というものに就きたいと考えたのは
何十年も前の事だろうか。
今となっては後悔している。
日々の作業は枯れた砂漠で,
水を探し求める作業に酷似している。
更に仕事となると期限が切られ、
締め切りを待ってもらうことも増えてきた。
最近では締め切りに間に合うように
2、3日前の虚偽の期限を伝えらえていることも
私は分かっている。
ただ加齢によってより脳の働きが落ちている実感がある。
種の撒いていない砂漠に水をやり花など咲くものか…
そんな私には妻と2人の子がおり一緒に暮らしている。
長男は大学に落ち続け、長く浪人生活をし続けている。
長女も高校生でこれから大学受験がありお金がかかってくる時期。
そんな2人には是非とも志望する大学に合格して、
人生を謳歌してもらいたいのである。
そのためには私の脳を枯らす訳にはいかない。
湯水のようにアイデアが湧き出る「夢」は何度も見るが
現実はそのようにはいかない。
私は非常に長い間、隠し事をしていて、
隣の若奥様と不倫をしている。
その若奥様が現在の旦那と一緒になる前から
不貞行為はずっと今に至るまで続いている。
小説家という仕事から基本的に散歩する以外は
家にずっといる。
うちの子らが学校に、妻が買い物に出かけている際に
庭で立ち話をしたことがきっかけで
家に引っ張り込み関係を持ってしまった。
そこまで頻繁ではなかったと思うのだが、
現在隣の家から聞こえてくる園児の声は
おそらく私の子である。
私は非常に長い間、隠し子と知っていて、
それを誰にも明かせてはいない。
たまに隣の家の園児が庭にトコトコやってきては私とお話をする。
隣の若奥様も内心では気付いているのかもしれないが、
2人でいてもいずれも口に出さず完全にタブー扱いしているのだ。
私は非常に長い間、各“死”毎(ごと)に
作品への閃きを得ていた。
私の書くホラー小説だが、人の死というものが身近に
感じられれば感じられるほど
作品の種が、プロットが、ストーリー構想が育つのだ。
私の種はどうも他者の血でよく育つらしい。
連続殺人鬼であるという自覚は無い。
私の小説の登場人物として、種に栄養を与えて、花が咲く。
その収入によって私や家族、担当編集、そして会社に利益を与え、皆が飯を食える。
これは弱肉強食、食物連鎖と言えるのではないだろうか?
私の殺害方法が毎回異なる点においては、
死者を冒涜するつもりは無い。
同じ殺害方法では新しい案が思いつかないのだ。
そこだけは本当に申し訳なかった。
しかし私の生活にも綻びが迫っていた。
私が人を拉致して殺害する体力や気力が失われ始め、
小説の種が枯れ、育たなくなっているのだ。
もう数か月は原稿をあげられていない。
更に同時期、隣に住む園児が怪我をして、
血液型などを調べた際に不審な点が見つかったことから
DNA検査で父親が違うと判明。
隣の家庭は大揉めになっているのだそうだ。
私は掻く仕事をする。
寝首を。
大学浪人を六年もやっている息子を。
隣の家の若奥様、旦那、息子の3人を。
そのおかげもあってか、
その年から執筆を始めたホラー小説は大ヒット。
娘の大学の入学から卒業、独り暮らしのお金などは
余裕をもって仕送りすることができた。
六回も浪人し金を喰う息子が減り、
お金が浮いた事も大きいのではなかろうか。
隣の家はもう終わりのようだが、私には関係ない。
あくまで隣の家のこと。
私は名前の通りいささか難物であるが、
妻は逆に軽い性格であるのでそれを許してくれる最高のパートナーであろう。
海の一家… 軽い… 浮く… ∑( ゜Д゜)はっ!! 水っ!(馬鹿)