罠猟師のおっさん、無口な巨人と会う
第5章 ──無口な巨人と罠の知恵──
朝焼けの差し込む森を抜け、リーナの案内で健一は村へと足を踏み入れた。
木の柵で囲まれた小さな集落。畑と井戸、簡素な家々が並び、どこか懐かしい雰囲気が漂っている。
だが、その穏やかな景色の中には、明らかな緊張感があった。
家の影からこちらを窺う視線。獣の気配を探るような目。
村の人々は、いつ魔物が襲ってくるかもわからない恐怖の中で生きていた。
「お父さん、いる?」
リーナが声をかけたのは、村の中央にある、ひときわ大きな建物。
その扉がギィと音を立てて開き、中から現れたのは──
「……でかっ」
思わず健一が口から漏らす。
そこにいたのは、まるで岩のような男だった。
身の丈は2メートルを超え、全身が筋肉と皮鎧で固められている。
腕は丸太のようで、口数は少なそうな目つき。まさに「無口でガタイがでかい父親」という言葉の具現。
「……リーナ。無事か」
それだけ言うと、男は視線を健一に向けた。
言葉にはしないが、「誰だお前は」という圧が伝わってくる。
「この人が助けてくれたの。魔物の罠も作ってくれて……」
「……」
男は健一を睨むように見つめたまま、一歩近づく。
大きな手が健一の肩に置かれ──
「……感謝する」
──と、短くそれだけを言って頭を下げた。
健一は軽く肩を竦めて笑う。
「いや、そんな構えられても。……ただの猟師だよ、俺は」
無口な父親──名前はガルドというらしい──は、うなずくと椅子に腰を下ろし、村の現状を語り始めた。
言葉数は少ないが、一つ一つの言葉に重みがある。
・最近、魔物の数が急激に増えている
・特に“ミリ樹”周辺を中心に強力な個体が現れる
・討伐隊は疲弊し、人数も足りない
・村の守りが手薄になり、柵を越えて魔物が出入りする危険もある
「このままでは……村がもたない」
そう言い切ったガルドの言葉に、部屋は静まり返った。
だが、健一はその場でふと立ち上がった。
「俺に、柵の外を任せてくれ」
「……何?」
リーナが目を丸くする。
ガルドも、眉をひそめた。
「俺は猟師だ。山で、自然で、獣と相手して生きてきた。……罠なら、任せろ。あんたらが正面から戦うなら、俺は“回り込んで落とす”」
健一の目は静かだった。
派手な魔法も剣もない。
だが、それ以上に、山と獣と生きてきた男の、確かな自信がそこにはあった。
「俺に“罠域”を作らせてくれ。村の外側に、魔物が不用意に入れない“獣道”を」
ガルドはしばらく黙っていたが、やがて、静かにうなずいた。
「……好きにしろ。ただし、命を軽く使うな」
「おっさんは命惜しいタイプだからな。そこは心配すんな」
そうして健一は、村の外へ向かい、早速準備を始めた。
手にしたのは見慣れたロープ、枝、ツル、獣の骨──
見た目はただのガラクタだが、彼にとっては“最強の道具”たちだ。
まず作ったのは《踏み抜き式落とし穴》。
地面に偽装された板の下に棘付きの枝を仕込み、重みで崩れる設計。
続いて《跳ね罠》。
枝にロープを結び、踏むと脚を持ち上げられるように調整。
さらに《音罠》。
魔物の足音や通過を知らせる鳴子を樹の上に配置。
「この世界の獣がどう動くか……まだ手探りだが、“獣”である限り、考え方は同じだろ」
夕日が沈む頃には、村の外れの一角が完全な“狩場”に変貌していた。
リーナがそれを見て、小さくつぶやく。
「……すごい……本当に、全部作っちゃった」
「一度動かせば、魔物も“ここは危ない”って学ぶさ。あとは連中の動きを見て、罠を組み替えるだけ」
健一は腰を伸ばし、木に括りつけたロープを確認した。
「獣ってのは、想像以上に学ぶもんだ。だから俺も、毎回“違うやり方”で仕掛けるんだよ」
そう言って笑う彼の背中を、リーナはじっと見つめていた。
この男は、冴えないどころか──
村の誰もが今、頼りにしている存在だった。