罠猟師のおっさんと村と祭りと少女の決意
焚き火の明かりが落ち着いた頃、少女はやっと息を整え、ぽつりぽつりと話し始めた。
震えた声には、恐怖だけでなく、どこか悔しさがにじんでいた。
「……私は、リーナ。村長の孫なの」
健一は黙って頷いた。名前と素性。それがわかるだけで、少しだけこの世界が輪郭を持ってくる。
「父さんは討伐隊の隊長で……大きくて、無口で、ちょっと怖いけど……ほんとは誰よりも、村の人や隊員のことを大事に思ってる」
リーナの声が少しだけ強くなった。父親の姿を思い浮かべたのかもしれない。
「でも、最近は村の近くに魔物が出るようになって……山の奥に行けなくなったの。お母さんといつも木の実や薬草を採りに行ってたけど、それも今は遠くまで行けない。だから……」
そこで言葉が途切れた。
健一は言葉を挟まなかった。猟師として、人が自然にどう向き合ってきたかを知っていた。
山は糧をくれるが、牙も剥く。それを知っている少女が、その先を話すまで、黙って聞くのが礼儀だった。
「……“ミリ樹”って知ってる?」
リーナが顔を上げた。瞳は真っ直ぐで、そこに嘘はなかった。
「その木の皮は、魔物たちがすごく好むの。でもそれって……人間にとっても栄養満点で、昔からお祭りに使ってた。あの皮を煮て、薬にもするし、団子にも練りこむの」
「それが、もう採れなくなったのか」
「うん……。魔物が居着いてて、誰も近づけない。お祭りも、もうできないかもしれない。だから……せめて少しでも皮を取ってきたら、父さんも、みんなも喜んでくれるって思って……私、一人で行ったの」
小さな声で、だがはっきりと語る少女に、健一は何かを思い出していた。
若い頃、世間に背を向けた自分。
誰かの役に立ちたいと願いながら、不器用すぎてそれができなかった自分。
だからこそ──この少女の決意が、胸に刺さった。
「リーナ」
彼は、焚き火の木をくべながら、ぼそりと呟いた。
「よく逃げ切ったな。立派だ」
リーナは驚いたように顔を上げた。
てっきり怒られると思っていたのだろう。
だが健一の表情は、まるで昔を懐かしむような、静かな笑みだった。
「その魔物、もっと増えてきてるのか?」
「うん……討伐隊だけじゃ追いつかないって、父さんも言ってた。最近は、今まで見たことない種類も現れてるの」
「ミリ樹のある場所、地図に描けるか?」
リーナは頷き、懐から小さな羊皮紙を取り出した。震える手で、山の稜線と、大きなミリ樹の場所を指差す。
健一はそれを見て、目を細めた。
「なるほど……地形的に、あの谷は通り道になりやすいな。獣の習性なら、俺のほうが詳しい。少し考えがある」
リーナの目が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ……助けてくれるの?」
健一はゆっくりと火を見つめ、うなずいた。
「猟師ってのはな、動物を獲るのが仕事じゃねぇ。“人が自然と共に生きるための知恵”を使うのが仕事だ。お前がそれを守りたいってんなら……俺も一緒にやってみるさ」
リーナの瞳に、涙が浮かんだ。
こうして、冴えないおっさん猟師と、村の少女との奇妙なコンビが誕生した。
だが、彼らの前には、まだこの世界の“獣の掟”と“魔の理”が牙を剥いていた──。