罠猟師のおっさん、少女と出会う
焚き火の赤い光が、健一の顔を照らしていた。
眉間の皺、日に焼けた頬、無精ひげ。年齢を誤魔化せる顔ではない。
彼は焼けた獣肉を口に運びながら、ぼんやりと空を見上げた。
二つの太陽。赤と金の光が交差する空は、夢のようで現実味がない。
「……もう、戻れねぇんだろうな、これ」
42歳。猟師としての暮らしは悪くなかった。
だが、決して豊かではなかったし、誰かが待っているわけでもなかった。
独り身で、都会から離れた山奥で静かに生きていた。
もうひと山越えて老いていくだけ──そう思っていた矢先の、異世界転移。
「……冴えねぇ人生だな、まったく」
ふと、森の奥からかすかな音がした。
ピシ……バキ……ガサッ……
健一は反射的に動いた。
スキル《野生の感覚》が、空気の揺れを教えてくれる。
明らかに“何か”が追われている。
──そして、聞こえた。
「たすけてっ! 誰かっ、お願いっ!!」
少女の声。しかも近い。
健一は即座に腰を上げ、《即席罠生成》を起動。手早く足元に数種類の罠を仕掛けてから、声のした方向へ向かって走った。
森を抜けた先、雪の上に転んだ少女の姿があった。
肩で息をしており、背後には巨大な狼──いや、“魔獣”が牙を剥いている。
「おい、こっちだ!」
健一は叫ぶと同時に、あらかじめ仕掛けたスネアトラップへと誘導するように枝を投げた。
魔獣がそちらを向いて突進した瞬間──バチン、と音を立ててワイヤーが魔獣の前脚を絡め取る。
バランスを崩した魔獣が転倒したその隙に、健一は倒れた少女を抱き起こし、素早く背後に回る。
「怪我してねぇか?」
「えっ……あ、あの……はい、でも……!」
少女はまだ混乱している。
だが、健一の目は獲物を前にした時と同じく冷静だった。
魔獣はもがきながら罠から逃れようとしているが、簡単には抜け出せない。
「時間を稼げる。次の罠を──」
《即席罠生成:ピットフォール(落とし穴)起動》
地面に魔法陣が広がり、雪が崩れた。
罠を避けようともがいた魔獣が、ズブリと落とし穴へ落ち込む。
「ッ……今だッ!!」
健一は傍らの枝を握り、焚き火で炙った即席の槍で魔獣の頭部を一突きにした。
呻き声とともに魔獣は崩れ落ち、静寂が戻った。
少女は震えながら、目の前の出来事を見ていた。
そしてようやく、言葉を絞り出す。
「あ、ありがとう……助けてくれて……」
健一は、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「こんな冴えねぇオッサンに礼を言われる筋合いはねぇよ。……ただ、見捨てたらあとで寝つきが悪くなりそうだっただけだ」
「でも……あなたは何者? 魔物相手に、あんな……!」
健一はふっと笑った。
「ただの猟師だよ。罠張って、獣を獲って、それ食って暮らしてるだけの男だ」
少女は目を丸くしていた。
だがその表情には、どこか安堵の色が浮かんでいる。
──こうして、42歳・冴えない猟師のおっさんと、異世界の少女は出会った。