罠猟師のおっさん、深い森へ
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闇の森へ
朝靄が立ち込める中、健一は背負い袋に道具を詰め込んだ。
罠用のロープ、鉄製のバネ、刃のついた板、そして異世界で手に入れた魔法触媒の粉。
リーナは弓を背に、簡易の食料袋を提げる。黒影獣──名を「ルガ」と名乗った──は、まだ脚に包帯を巻いたまま、その巨体を揺らしてついてくる。
「森の奥って、どれくらい遠い?」健一が尋ねる。
ルガは低い声で答える。
「半日ほど……だが、そこは陽が射さぬ。生き物の声も……しない」
村を出てしばらくは鳥や虫の音があったが、奥に進むにつれ、不自然な静けさが広がった。
空気は重く、葉の色も鈍い。風が吹いても枝は揺れず、ただじっと、こちらを見ているようだ。
やがて、足元の土が黒く変色してきた。
リーナが眉をひそめる。
「……これ、腐ってる? でも匂いがしない」
健一は土をひと掬いして、鼻に近づけた。
「匂いがない……これはやべぇな。分解が止まってやがる。自然の循環が、どこかで切られてる」
さらに進むと、森の奥にぽっかりと広がる空間が現れた。
その中央に、直径十メートルほどの黒い穴が開いている。
穴の縁には、黒い根のようなものが地面から伸び、脈動していた。
ルガが唸る。
「あれが……闇の源だ」
穴の奥からは、何かが蠢くような低い音が響く。
健一は息を呑み、道具袋を下ろした。
「よし……ここから先は俺の領域だ」
彼はロープと鉄板を組み合わせ、穴の縁に沿って何本も杭を打ち込み始めた。
「落ちてくるやつを動けなくするための“囲い罠”だ。だが……」
健一はふと手を止めた。穴の中から、まるでこちらの動きを読んでいるかのような気配がする。
次の瞬間、闇が爆ぜた。
穴から飛び出してきたのは、人型の影──しかし目は六つ、腕は四本。
その動きは獣のように速く、最初の杭を蹴り折る。
「来やがった……!」
健一は鳴子の縄を引いた。
森中に《チリリリッ》と音が走り、準備していた第一段階の罠──上空から重石付きの網が落ちる。
だが影はひねって避けた。
「やっぱ速ぇな……でも、それも計算済みだ!」
影が網を避けた先──そこには仕込んでおいた振り子式の刃板が待っていた。
金属のきらめきが、闇の体を浅く裂く。黒い霧のようなものが吹き出し、影が呻く。
「……人間、面白い……だが、殺す」
健一は口角を上げた。
「悪いな。俺は罠で生かすことも殺すこともできるんだ」
ルガが吠え、リーナが弓を引き絞る。
森の奥、闇と罠の戦いが、いよいよ始まろうとしていた──。