ラブミ、がんばるっ!
「はーぁ、これハンターってこと隠して、普通に就職した方がいい気がしてきたぁ」
菊正愛美はスマホに届いたお祈りメールを見て、ため息を漏らす。
ベッドの上で寝転がって頬を膨らませたが、すぐにため息が出るのだ。
「戦闘職の方が有利って風潮、悲しー」
ハンター用転職サイト『ジョブダン』では、ダンジョンの魔物と戦えるハンターか、ハンターを補佐する支援職、ギルド内で活躍できるストレージャーばかり募集している。
「はー……」
この間まではギルドに所属していたけど、解雇を突きつけられてしまった……。
料理の腕が壊滅的って言われても、あたしはハンターな料理人なんだから、そんなわけなくない? と思ってしまう。
「あ、そだ。料理上手な人に聞けば……!」
あたしの指は通話アプリをタップし、あの子に電話をかける。
早朝や夜中でもない午前中、失礼な時間にはならないから、大丈夫だと思いたい。
『もしもしー、久しぶりだね、どしたー?』
「あーちゃん! 久しぶりー! ちょっと聞きたいことがあるんだけど、近々時間取れそうな時に、相談に乗って欲しいのー!」
『いいよー、ラブミの仕事がない日はいつ?』
「いま、無職ぅ」
『ありゃま、んじゃ1時間後に駅ね』
「急っ! 行けるけど! じゃあ駅ナカのファミレスでごはんね!」
『オッケー』
あーちゃんは今日空いてるらしい。すぐに解決、とはいかないけど気分は晴れそうだな!
外雨降ってるけど。
――1時間後
「あっ!」
駅ナカを歩いていると、ファミレスに入ろうとしているあーちゃんを見つけた。
「お、ラブミ」
手をしゅっと上げて挨拶するあーちゃん。
あたしは駆け寄って、あーちゃんにお礼を言う。
「急な話なのにありがとうね!」
「いいよ、どーせ奢りだし」
「あたし、無職だよ?!」
あーちゃんは、自分のことをラブミと名乗るあたしを変な目で見ないし、友達として対等に接してくれる。
サッパリした性格で、時に痛いとこもズバズバ突いてくる。
「ちぇ、あたしの用事だし奢るかー」
「あたぼうよ」
ファミレスなので、まずはランチだ。
ゾウゼリアは庶民に優しいファミレス。ゾウゼ指定で助かったよ……。
そして、店の奥の方へ行く。
奥の方といっても暗い雰囲気もなければ、怪しい雰囲気もない、真っ当なランチタイムである。
「んで、どうした?」
テーブルについてお冷を飲んだあーちゃん、早速相談に乗ってくれる。
「あ、あたしね、ハンターに覚醒したんだ」
一応、小声で伝える。
「そうなんだ、食いっぱぐれなさそうなのに、無職ってどうした」
痛い所を突いてくる。そしてあーちゃんはメニューが置いてあるタブレットを突いている。
ハンターの世間イメージは、強くて食いっぱぐれない、覚醒したらヤッタネ状態。
けど、世の中にはハンターに覚醒しても、黙っている人もいる。それが、戦えない人たち。
あたしも『料理人』っていう職業だから、ハンターです! なんて言って、職業伝えると鼻で笑われる。
笑わないのは、同じハンターたちくらいなものだ。
「えっとね、『料理人』っていう職業になったんだけど、全然ご飯作れなくて……」
前にいたところでは、マズイ、人の食う物じゃない、料理の基礎を学べ、と散々言われてしまった。
見た目は美味しそうに作れたし、ちょっとカッコイイなって思う人もいたので、アピールしたつもりが逆効果だった。
なんのための『料理人』なんだろうって、職業にすごい不満を抱えている。
それらをあーちゃんに伝えると、あーちゃんはため息を吐いた。
「えっとね、ハンターさんの動画見たことある?」
「テレビでやってるやつ?」
「ううん、ハンターの組織『ギルド』で配信しているやつ」
「動画、通信制限かかるから見ない」
あーちゃんはタブレットをカバンから取り出して、あたしに動画サイトを見せてくれる。
それに出ていたのは、戦闘職に覚醒したばかりのハンターと、弓道を小さい頃からやっていた一般人、どちらが強いか! みたいなタイトルだった。
ハンターさんの職業は『弓使い』なので、わざわざ職業を与えられたから、そちらが有利に思えた物だが、結果は散々だった。
弓道をやっていた人は、バシバシ的の真ん中に矢を刺していくけど、覚醒したばかりの人は、ちっともだ。
ビュンっと飛んでいく弓道の人の矢に対して、覚醒者の矢はピヨンって音が似合いそうな跳ね方をしていたり。
「この動画ね、シリーズものになっていて、なんの訓練もしていない人がハンターになっても、いきなり超強くなるわけじゃないって、教えてくれているやつなの」
覚醒ハンターさんは、弓の使い方の基礎を学び、しっかり地道に努力していた。
すると、経験値というものが入り、レベルアップというものが起きるらしい。
ステータスという自分の強さを数値化したものが、自己申告だったけど言っていて、テロップで表示されている。
それが、訓練をして1週間……1ヶ月と時間が経つにつれて、ジワジワ上がっているステータス。
「わっ、人間業じゃないことが起きてる!」
ピヨン跳びの矢は、まっすぐにドスンという音を立てて、的にあたるようになっていた。
他にも、5本同時に撃って、5本とも違う方向にカーブして飛んだはずなのに、的の真ん中に当たる。
スキルというやつも覚えたらしい。
「ね、わかった? 職業の名前がそれっぽくても、努力しないと結果が出ないんだよ」
あーちゃんは優しく教えてくれる。
「そうだったのか……。名前がつけば、そうなるわけじゃないんだね」
「ぶっちゃけ、名乗るだけなら何にだってなれるじゃない?」
あーちゃん、身も蓋もないことを……。
「んで、ラブミは料理人として、やっていきたいの? あんた、料理苦手でしょ?」
「うん、普通に就職して普通に暮らしていく分には、問題なく行けるんだけど……その、せっかくなら覚醒者っていう与えられたものを、活かしてみたいんだよね」
あーちゃんは、フツーの料理人だけど、めちゃめちゃ美味しいご飯を作る。
どのお店で働いているのかは知らないけど、学生時代何度もご飯を作ってもらって、すごくおいしかったし、元気出たし、楽しい思い出がいっぱいだ。
そんなあーちゃんみたいに、ご飯で笑顔を作れる人って素敵だなって、料理人に覚醒した時思ったけど……。
「そっか、名前だけじゃダメだったんだね。努力もしてないのに、ひとり憤慨していた。覚醒の意味とかわかんないって」
ちょっとだけ、自分が特別な人になれた気がする高揚感があった。
けど現実はそうじゃないっていうのを、色々知ることができた。
「あんただけじゃないって、これでわかったでしょ」
あーちゃんが見せてくれた動画で、疑問がスポーンと取れた。
あたしが努力をしていないから、名前に追いつけていないっていうことを教えてくれた。
「うん、あたし、覚醒職業に負けないように、頑張るっ!」
そして、次々と運ばれてきていたご飯たちが、テーブルを埋め尽くす。
「まずは、味を覚えな。美味しい、だけじゃなく、塩気とか甘さとか、苦さとか、そういった細かい味を感じ取るつもりで食べるんだよ」
「わかった」
あーちゃんがひとつひとつ食べながら、この料理に使われているものは、とぼんやり教えてくれる。
あーちゃんもこのお店の人ではないので、基本を教えてくれるだけだ。
例えば、ピザの生地は小麦粉と水と、イースト?? ってのが入っているとか、このチーズは塩気が強いタイプだとか。
「んで、この味を出すにはどうしたらいいか、もしくは自分の好みにするには何を足したらいいか、ってのを経験で覚えていくんだよ」
ご飯を作れば、自分で調味料を入れるから、慣れると好みの味にするには何が足りないかというのがわかるらしい。
「基本のご飯、みたいなレシピ本買ってやってみるか」
努力と経験、あたしに足りていなかったことを、ひとつひとつ積み重ねていこうって思えるようになった。あーちゃんは笑顔で頷いているが、突然目を見開いた。
「ね、ねえ! この動画の成長する弓使いさん、みたいな感じで、動画配信しているギルドに売り込みに行かない?」
あーちゃんの言葉がよくわからず、パスタが口の中に長い時間入りっぱなしになった。
あ、これお醤油の味がするけどちょっと甘い。こうやってじっくり食べると、なんとなくわかった。
「どーゆーこと?? ギルドならいくつかお断りされてるよ、すでに」
「えっとね、初めっから『料理が苦手な料理人』ってのをアピールするんだよ。動画のネタにもなるし、ラブミの料理修行も記録されるし、料理人ってのが、どういう職業なのかも伝える事ができると思うよ」
配信をしているギルドに絞って、就職活動するという感じだろうか。
動画自体をあまりみないから、ピンときていないんだよね……。
「どのギルドが配信してるとか、本当にわからなくて、ちょっと厳しいかな」
「んじゃ、私が動画を配信しているギルドに、メッセージ送ってみるよ。動画のネタにもなるから、食いつくところはいくつかあると思う」
「ご、ごめん。インターネット、本当に疎くて、よくわかってないんだけど、お願いしていい?」
「任せなさいっ! ちゃんと奢ってもらったご飯分くらいは働くよ!」
電話とトークアプリと、転職サイトを見るのに使っているくらいだ。
通信費を節約するために、動画も漫画も見ない。
そんな生活をしていたから、ニュースサイトに貼られている動画とかも見た事がない。
もちろん家にはテレビがないため、あたしの情報源は、インターネットサイトにある自分が見たいニュース記事だけだ。
もうちょっと、色々みたほうがいいのだろうな、と思ってしまう。
――数日後
あーちゃんが紹介してくれたギルドへ、面接に行く。あーちゃんも一緒に着いてきてくれた。
「メールでお伝えしたとおり、彼女は料理が全くできないハンターの料理人というものでして、動画のコンテンツと、彼女の修行と、ハンターさんたちに詳しい御社のサポートがあれば、色々成長できる原石かとは思っております」
あーちゃんが色々面接官に伝えてくれている。
ギルドの人たちは、就職面接とは違っておじさんたちではなく、お兄さんやお姉さんもいるし、みんな私服だ。
「確かに、面白いよね。全く手付かずのハンターって、結構珍しいんだよね。8割くらいは元々得意なことが職業になるっぽくて、アタシ趣味でサバゲーやってたんだけど、ガンナーになったし」
「俺も剣道やってて剣士だしな」
面接官の人がすごく珍しそうに見ている。あたしはどうやら特殊な部類なようだ。
面接官のおねーさんが、料理の基礎を教えてくれることになった。
しかし、その様子は動画に記録されてしまい、もしかしたらとても恥ずかしい思いをするかも知れないけれど、成長の記録をしていくコンテンツとして、色々やってみたいそうだ。
そういった嫌がるかもしれない点を、きちんと教えてくれたり、親切に説明してくれて、あーちゃんも安心そうな顔を浮かべる。
「やってみます、料理人として成長したいんで、そして役に立てるハンターになりたいんで、お願いします!」
あたしは立ち上がって深く頭を下げる。
面接官の人たちは、優しく迎え入れてくれた。
「ハンターについての、いろんなことを教えるにあたって、外部との遮断をしないといけないんだ。なので、少しの間家族や友人に連絡が取れなくなるけど、大丈夫か?」
ハンターのお兄さんが聞いてくるけど、何も問題ない。両親は海外にいるし、一人っ子だ。
あーちゃんとだって、高頻度で連絡を取り合うわけでもないから、大丈夫そうな気がしてくる。
それらを伝えて、あたしは住んでいたアパートを引き払い、このギルドの寮に入ることになった。
「それじゃ、頑張んなよ。今のあんたなら大丈夫」
「うん、ありがとね。あーちゃん」
あーちゃんは、ぺこりと一礼して部屋を出ていった。
それから、3ヶ月、ハンターさんに関する基礎知識を教えてもらった。
ステータスを記録したり、料理ができない様子も動画に撮られて全世界配信状態になるけど、わざとやっているわけではないことは視聴者に伝わり、応援のコメントも届くらしい。
バカにするコメントも多いけど、ギルドから出ない生活をしているため、外の声はインターネットを開かないと知ることはない。
今日も、料理修行の動画撮影だ。
「やった!! 目玉焼きができたーー!!!」
初めて焦さずに目玉焼きを作れた。
「みて、みて! 裏面の綺麗な茶色っ!」
フライ返しでチラッと見えた裏面が、美味しそうな茶色をしていたので、カメラに向かって、目玉焼きをひっくり返して見せる。
「あ」
半熟の黄身が潰れて、お皿に黄色が広がる。
「せっかく上手くできたのにー! あたしのバカー!!」
半泣きになりながら、広がった黄身をみて言葉を落とす。
もちろん台本ではなく、素でこういうことをやってしまう。
「撮れ高バッチリじゃん、やるね!」
「狙ってませーん!!」
元々、動画配信をしているギルドなので、固定視聴者がそこそこいる場所だったが、あたしのコンテンツを出したことで、登録者さんがかなり増えたらしい。
興味がないので、あたしはいつもそうなんですねー、というだけだ。
この目玉焼きは、ご飯をのっけて、しっかり黄身を吸わせて食べよう。
――数日後、あーちゃんの家
「へー、頑張ってるじゃん。ちゃんとしっかりやれてるようでよかった」
動画配信の仕事に出演することを提案した側としては、心が折れてラブミが病んでしまうとか、ラブミが迷惑を掛け倒してとかあったら、きまずい気がするものの、動画ではしっかりやっているように見える。
「ラブミは良くも悪くも、素直だからねぇ。ひとりだと暴走しがちになるけど、周りの人の声があるとちゃんと聞く子だから、心配するのはきっと杞憂に終わるよね」
スマホから流れる動画に、息をひとつ落として、口角が上がる。
『今日は最後の最後で、失敗したけど、黄身はご飯に吸わせて美味しくいただきました! チャンネル登録と、高評価お願いしますっ! 通知ボタンも押してくれると、新着チェック楽だよ! 次回も、ラブミ、がんばるっ!』
持ち前の明るさを、そのままキャラクター化して動画配信という、あーちゃんにとっては空に届きそうな高さのハードルも、難なく乗り切っている彼女は、色々成長するだろう。
「さて、私も負けてられないね。同じ料理人として」
あーちゃんは立ち上がり、自分の店にある厨房で料理を始める。
今は、修行中なラブミだが、どんな成長をするかが未知数だし、ギルドというバックアップで成長する環境が整っている。
店を持った安心感とかで、料理への研鑽をおろそかにしないよう、自分を奮い立たせる。
彼女には名乗りはしなかったが、ラブミと同じ『ハンターの料理人』であるあーちゃん。
近いうちか遠いのかはわからないけれど、いずれ、仲間としてライバルとして同じ厨房に立てたらいいな、とラブミの明るい未来を祈る。