ep 6
街に到着した太郎とサリーは、ゴルドと商隊と別れを告げた。ゴルドは改めて太郎の勇気を称え、深々と頭を下げた。
「本当に、あなたがいてくれて助かりました。もし何か困ったことがあれば、いつでもゴルド商会を頼ってください。街のどこにでも顔が利きますので。」
ゴルドの言葉に、太郎は恐縮しながらも感謝を伝えた。サリーもにこやかに手を振る。
「ゴルドさん、本当にありがとうございました!」
ゴルドを見送った後も、太郎の表情は晴れなかった。先程のゴブリンとの戦いを乗り越え、金貨まで手に入れたというのに、その顔には拭いきれない不安の色が残っていた。
サリーはそんな太郎の様子を心配そうに見つめた。
「どうしたんですか?太郎さん。何かまだ心配事でも?」
サリーの優しい声に、太郎は観念したように口を開いた。
「実は…、この金貨を元手に、何か商売を始めたいと思っているんだ。せっかく異世界に来たんだし、スキルも持っている。でも、肝心の売り物が…その…」
言い淀む太郎に、サリーは首を傾げた。
「売り物…ですか? もしかして、あの時使っていた武器のことですか?」
太郎は頷いた。
「ああ、スリングショットだよ。あれは100円ショップで買ったものだけど、他にも色々な物が取り出せるんだ。でも、こんな不思議な物を売って、この世界の人たちがどう思うのか…。変に思われたり、怪しまれたりしないか心配で…」
サリーは太郎の言葉をじっと聞き入ると、少し考え込むように顎に手を当てた。そして、ふと顔を上げて言った。
「それでしたら、冒険者ギルド長に相談してみたら、いかがですか? ライデンさんという方なのですが、とても信頼できる方なんです。それに、私、ライデンさんとは知り合いですし…」
「冒険者ギルド長…?」
太郎は聞き返した。冒険者ギルドという名前は、サリーからこの世界の情報を教えてもらった時に聞いたことがある。魔物討伐や護衛任務などを請け負う組織で、腕利きの冒険者たちが集まっている場所だと。
「はい。ライデンさんは、冒険者ギルドのトップで、この街でも顔が広いんです。それに、ライデンさんの娘さんのライザさんとは、幼馴染でよく一緒に遊んだりもしました。ライデンさんに相談すれば、きっと良い知恵を貸してくれると思います。それに、私も久しぶりにライザと会いたいですし…」
サリーは少しはにかみながら言った。ライザという名前を聞いて、太郎はサリーが年頃の少女なのだと思い出した。故郷の友人との再会は、サリーにとっても嬉しいことだろう。
「ギルド長さんにか…」
太郎はまだ少し不安だったが、サリーがそこまで言うなら、と意を決した。
「分かった。サリーに任せるよ。お願いできるかな?」
「はい! お任せください!」
サリーはぱっと表情を明るくし、胸を張った。
サリーの案内で、二人は冒険者ギルドへと向かった。街の中心部に堂々とそびえ立つ立派な建物が、冒険者ギルドだった。
ギルドの中に入ると、活気に満ち溢れていた。屈強な冒険者たちが談笑したり、酒を飲んだり、依頼の相談をしたりと、様々な人々がひしめき合っている。
サリーは慣れた様子で受付に向かい、受付嬢に声をかけた。
「あの、ギルド長のライデンさんにお会いしたいのですが、サリーと申します。少々お時間を頂けないでしょうか?」
受付嬢はサリーの顔を見ると、すぐに笑顔になった。
「あら、サリーちゃん! お久しぶりね。ライデン様には伝えておきますわ。少々お待ちください。」
受付嬢は奥に引っ込み、すぐに戻ってきて言った。
「ライデン様がお待ちです。こちらへどうぞ。」
サリーに案内され、太郎はギルドの奥へと進んだ。重厚な扉の前に立ち止まり、サリーが扉をノックする。
「失礼します、ライデンさん。サリーが参りました。」
中から低い、しかし威厳のある声が聞こえた。
「入れ。」
サリーが扉を開けると、部屋の中は広々としており、豪華な調度品が並んでいた。そして、部屋の奥の大きな机に座っていたのが、冒険者ギルド長のライデンだった。
ライデンは、恰幅の良い、厳つい顔つきの壮年男性だった。しかし、その瞳には温かい光が宿っており、威圧感よりも信頼感を与える人物だった。
ライデンは太郎とサリーの姿を認めると、穏やかな表情で頷いた。
「サリーか、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。そちらの方は…?」
サリーはライデンに太郎を紹介した。
「はい、ライデンさん。こちらの方は、佐藤太郎さんとおっしゃいます。実は、太郎さんに少しご相談がありまして…」
サリーはライデンに、太郎が異世界から来たこと、そして『100円ショップ』という不思議なスキルを持っていることを説明した。最初は半信半疑だったライデンも、サリーの真剣な表情と、太郎の落ち着いた態度を見て、次第に真剣な表情になっていった。
そして、太郎が実際に100円ショップのスキルを実演してみせると、ライデンの表情は驚愕に変わった。目の前に現れた、見たこともないような日用品の数々。ライデンはそれらを手に取り、じっくりと観察した。
一通り説明を終えたサリーは、本題を切り出した。
「それで、ライデンさん。太郎さんはこのスキルを使って、何か商売を始めたいと考えているようなのですが、この世界の常識とか、色々と分からないことばかりで不安だと言っているんです。そこで、ライデンさんに相談に乗って頂けないかと思いまして…」
サリーの言葉を受け、ライデンは腕を組み、深く考え込んだ。そして、ゆっくりと顔を上げ、太郎に向き直った。
「なるほど…。確かに、これはただ事ではないな。」
ライデンの言葉に、太郎は緊張した面持ちで頷いた。
「佐藤太郎さん、あなたのその『100円ショップ』というスキル、想像以上に重大な力を持っているかもしれません。」
ライデンの言葉に、太郎は息を呑んだ。
「もし、本当に100円ショップの商品を自由に取り寄せられるとしたら、それはこの世界の経済、いや、社会構造そのものを変えてしまう可能性すら秘めている…。下手をすれば、混乱を招きかねない、危険な力とも言えるでしょう。」
ライデンの言葉は重く、太郎の胸に深く突き刺さった。まさか、自分のスキルがそこまで大きな影響力を持つとは、想像もしていなかった。
しかし、ライデンの表情は険しいながらも、どこか期待に満ちているようにも見えた。
「しかし…」
ライデンは言葉を続ける。
「その力を、もし上手く活用できれば、この世界に大きな恩恵をもたらすこともできるはずだ。特に、冒険者ギルドとしては、非常に興味深い…」
ライデンは少しの間、思案するように沈黙した後、意を決したように言った。
「佐藤太郎さん、私から提案があります。あなたのその『100円ショップ』の品を、ギルドを通して卸してみませんか?」
「え…?」
太郎は予想外の提案に、目を丸くした。
「つまり、あなたが100円ショップから取り出した品を、ギルドに納品してもらい、それをギルドが責任を持って販売するということです。販売ルートの確保、価格設定、顧客への説明など、面倒なことは全てギルドが引き受けます。あなたはただ、100円ショップから商品を取り出して納品するだけで良い。もちろん、売り上げに応じた報酬も支払います。」
ライデンの提案は、太郎にとってまさに願ってもないものだった。右も左も分からない異世界で、どのように商売を始めたら良いか途方に暮れていた太郎にとって、ギルドという後ろ盾を得られることは、何よりも心強い。
「そんな…、そんなに良くして頂けるんですか?」
太郎は信じられない気持ちでライデンに尋ねた。
「もちろんです。あなたのような特別な力を持つ人材は、ギルドにとっても貴重な存在です。それに、この提案は、あなたにとっても、ギルドにとっても、そして、この世界全体にとっても、Win-Win-Winの関係になるはずです。」
ライデンの言葉に、太郎の心は大きく揺さぶられた。不安だった気持ちは、いつの間にか希望へと変わり始めていた。
「分かりました! ぜひ、その提案、お受けさせてください!」
太郎は深々と頭を下げた。ライデンは満足そうに頷き、力強く言った。
「よろしい。それでは、今日からあなたは、冒険者ギルドの…特別なパートナー、とでも言いましょうか。共に、この世界をより良くしていきましょう!」
ライデンの言葉に、太郎は希望に満ちた笑顔で応えた。
「はい! よろしくお願いします!」
こうして、ひょんなことから始まった太郎の異世界生活は、新たな展開を迎えることになった。100円ショップのスキルを武器に、冒険者ギルドという後ろ盾を得て、太郎は一体どんな未来を切り開いていくのだろうか。
そして、その傍らには、いつも笑顔の少女、サリーが寄り添っている。二人の異世界での冒険は、まだ始まったばかりだ。