ep 5
村を後にした太郎とサリーは、並んで街道を歩いていた。
「サリーは街に行ったことあるの?」
太郎が話しかけると、サリーは明るい声で答えた。
「はい!何度かお父様と一緒に行ったことがあります!街は賑やかで、色々な物があって、とっても楽しいんですよ!」
サリーは目を輝かせて街の魅力を語る。その無邪気な笑顔を見ていると、太郎の心も自然と軽くなった。
「へー、どんな物が売ってるんだろう?やっぱり魔法道具とかかな?」
「魔法道具もそうですけど、美味しい食べ物とか、綺麗な服とか、色々あります!あ、あと、冒険者ギルドっていう場所もあって、凄い人たちがたくさんいるんですよ!」
サリーは身振り手振りを交えて説明する。太郎はサリーの話に耳を傾けながら、異世界での初めての街への期待を膨らませていた。
「そうか、楽しみだな」
二人は笑い合いながら、街道を歩を進めていく。木漏れ日が心地よく、鳥のさえずりが二人の会話にBGMを添えているようだった。
しばらく歩くと、前方に人々のざわめきが聞こえてきた。目を凝らすと、一台の大きな荷馬車を中心とした、十数人ほどの集団が見えてきた。商隊だ。
「商隊だ!一緒に行きましょう、太郎さん!きっと街まで送ってくれますよ!」
サリーは嬉しそうに駆け出した。確かに、街道を二人だけで歩くよりも、商隊と一緒の方が安全だろう。太郎もサリーの後を追い、商隊に近づいていった。
「こんにちは!」
サリーが声をかけると、商隊の中から恰幅の良い男性が顔を出した。
「やあ、お嬢ちゃん。何か用かい?」
「あの、私達、街まで行きたいんですけど、もしよろしければ、ご一緒させて頂けないでしょうか?」
サリーが丁寧に尋ねると、男性はにこやかに頷いた。
「構わないよ。ちょうど護衛も増やしたいと思っていたところだ。君たちも街まで行くなら、一緒に行くといい。」
「ありがとうございます!」
サリーは深々と頭を下げた。太郎も慌てて頭を下げ、商隊に加わることになった。
商隊の人々は皆、親切だった。休憩時間には飲み水や食料を分けてくれ、道中、面白い話を聞かせてくれた。サリーもすぐに商隊に溶け込み、楽しそうに笑っていた。
しかし、その和やかな雰囲気は、突然終わりを告げた。
街道脇の茂みから、奇声が響き渡ったのだ。
「ギャアアアア!」
悲鳴のような叫び声と共に、緑色の肌をした小鬼、ゴブリンが十数体、商隊に襲いかかってきた。
「ゴブリンだ! 隊列を組め! 戦闘準備!」
先ほどの恰幅の良い男性、ゴルドと呼ばれている商隊のリーダーらしき人物が、慌てた様子で指示を出す。商隊の護衛たちは武器を構え、ゴブリンに応戦しようとするが、ゴブリンの勢いは凄まじく、商隊は徐々に押し込まれていく。
サリーは突然の出来事に、恐怖で顔を青ざめさせていた。足がすくみ、動けないようだ。
「きゃあ!」
悲鳴を上げるサリーを庇うように、太郎は前に出た。ゴブリンの唸り声、武器がぶつかり合う音、人々の叫び声が耳をつんざく。
(まずい、このままじゃ商隊が全滅してしまう!)
護衛たちは懸命に戦っているが、ゴブリンの数と勢いに押されている。サリーを守らなければ。でも、自分に何ができる?
太郎は焦りながらも、冷静に周囲を見渡した。そして、ある考えが頭をよぎった。
(そうだ! あれがある!)
太郎は心の中で叫んだ。そして、意を決してスキルを発動させる。
「そ、そうだ! スキル、100円ショップ!」
目の前に半透明のウィンドウが現れる。焦る気持ちを抑え、素早くカテゴリを物色する。武器…武器…
あった!
「スリングショット!」
太郎は迷わずスリングショットを選択し、購入を確定した。手にずっしりとした重みが伝わる。同時に、近くの地面から適当な大きさの石を拾い上げた。
「こ、これで!」
太郎はスリングショットに石をセットし、狙いを定めてゴブリンに向かって石を放った。
パシッ!
乾いた音と共に、石が一直線にゴブリンへと飛んでいく。
「ギャッ!」
石は見事に命中し、ゴブリンは間抜けな声を上げてよろめいた。
「よし、効く!」
太郎は確信した。力は弱くても、牽制にはなる。何より、予想外の攻撃にゴブリンは混乱しているようだ。
太郎は次々と石をスリングショットにセットし、ゴブリンに向けて連射した。
パシッ!パシッ!パシッ!
石は正確にゴブリンの顔や体に命中し、ゴブリンたちは悲鳴を上げ、動きを鈍らせる。
その隙を見逃さなかった。
「今だ! 押し返せ!」
ゴルドの声が響き渡る。護衛たちは勢いを取り戻し、反撃を開始した。混乱したゴブリンたちは、徐々に後退し始める。そして、ついにたまらず森の中へと逃げ去っていった。
「やった……!」
太郎はへたり込むように地面に座り込んだ。全身から力が抜け、息切れが激しい。それでも、達成感と安堵感で胸がいっぱいだった。
「終わった……のか?」
サリーが恐る恐る顔を上げた。戦いが終わったことを確認すると、安堵の表情を浮かべ、太郎に駆け寄った。
「太郎さん! 大丈夫ですか!? 怪我は!?」
サリーは心配そうに太郎の体を 心配 する。
「あ、ああ、大丈夫だよ。サリーこそ、怪我はなかった?」
「私は大丈夫です! それよりも、太郎さん、凄いです! あの武器、一体どこから…?」
サリーは太郎が手に持っているスリングショットを指さした。
そこへ、ゴルドが近づいてきた。
「いやー、本当に助かりました! あなたが来てくれなかったら、我々は全滅していたかもしれません。」
ゴルドは満面の笑みで太郎に握手を求めた。
「い、いえ、そんな大したことは……」
太郎は照れながら答えた。
「そんなことはない! あなたの勇敢な行動は、私たち全員の命を救ったんだ! 感謝してもしきれないよ!」
ゴルドはさらに太郎を褒め称える。サリーも目を輝かせて太郎を見つめていた。
「本当に、太郎さん、かっこよかったです!」
サリーの言葉に、太郎はますます顔を赤くした。
「これは、ほんの気持ちです。どうか受け取ってください。」
ゴルドはそう言って、革袋から金貨を取り出し、太郎に手渡した。
「金貨……十枚……!?」
太郎は驚きで目を丸くした。金貨の価値はよくわからないが、かなりの金額であることは想像できた。
「遠慮なさらずに。あなたはこの報酬を受け取るに値する。」
ゴルドは無理やり金貨を太郎の手に握らせた。
「あ、ありがとうございます……」
太郎は戸惑いながらも、金貨を受け取った。重みを感じる金貨を眺めながら、太郎は内心で小さくガッツポーズをした。異世界に来て初めての収入だ。
しかし、喜びも束の間、太郎の心に新たな不安が芽生え始めた。
(100円ショップの品を、こんな人前で使ってしまって、大丈夫だっただろうか……? この世界の人たちは、あんな不思議な武器、見たことないだろうし……)
今日の戦いで使ったスリングショットは、確かに役に立った。しかし、同時に、自分のスキルの特異性を露呈してしまったかもしれない。
(もしかしたら、俺はとんでもないことをしてしまったのか……? この世界の人間は、異質な力を持つ人間を、どう扱うんだろう? もしかして、捕まえられて研究材料にされたり、利用されたり……最悪の場合、危険人物として殺されてしまうかもしれない……)
先ほどの高揚感は消え失せ、冷や汗が背筋を伝う。サリーやゴルドたちの笑顔が、逆に恐ろしく感じ始めた。
異世界での生活は、決して甘くない。100円ショップのスキルは強力な武器になるかもしれないが、同時に、自分を危険に晒す可能性も秘めている。
太郎の異世界での物語は、まだ始まったばかりだ。しかし、その未来は、喜びと不安が入り混じった、不確かなものだった。