シンプルな毒舌、極上のエンタメ
その日、倉田は真理奈を呼び出し、進捗を確認した。
彼女は思考を整理し、落ち着いた口調で答える。
「現在のところ、METのモデルは良好なパフォーマンスを示しています。データの呼び出しも予想以上にスムーズです」
しかし、倉田はその答えには興味がなさそうだった。
「蓮の様子はどうだ?」
真理奈はわずかに眉をひそめ、簡潔に答えた。
「彼は集中しています」
倉田は顔を上げ、探るような目つきで彼女を見た。
「聞いた感じだと、彼に対する見方が変わったようだな?」
真理奈の表情は変わらない。
「特に変わったことはありません。仕事として対応しているだけです」
倉田はさらに問いかける。
「では、このモデルに潜在的な問題はあるか? 代替の可能性は?」
真理奈は驚かなかった。これこそが倉田の本題だと分かっていたからだ。
「METのアーキテクチャには独自性があります。特にコア部分は自社独自の最適化アルゴリズムを用いており、ブラックボックス化されています」
しかし、彼女は迷わず続ける。倉田が求める答えを。
「ただ、十分な時間とリソースがあれば、類似のものを作ることは不可能ではありません」
倉田は満足げに頷き、話を切り上げた。
一見すると何気ない進捗確認のようだが、すでに明確な指示が下されたことを真理奈は理解していた。
その後、METでの業務では、彼女はブラックボックス部分に対して積極的な興味を示すようになった。
蓮は当然、真理奈の動向を敏感に察知していた。
ある日の会議後、彼は何気ない様子で問いかけた。
「最近、技術に興味があるみたいだけど……自分で作ろうと思ってるのか?」
真理奈は淡々と答える。
「私を疑っているのなら、答えなくてもいいですよ」
図星を突かれても、真理奈は動じなかった。否定する意味がないことは分かっていたし、蓮もきっと気付いている。
ビジネスの世界とはそういうものだ。欺き、計算し、防御し、攻めることが当たり前。
蓮は少し考え込んだ後、何かを誓うような口調ではっきりと言った。
「公開すべき部分は、必ず公開する」
彼の目の奥には、複雑な感情が混ざっているのが分かった。憐れみか、あるいは諦めか。
蓮が言っているのは、METがQVに対してアクセス権を開放するという約束のことだろう。だが、もしかするとそれだけではないのかもしれない。
しかし、真理奈にとっては関係のないことだった。彼女はただ、自分の仕事をしているだけ。
蓮もバカではない。彼女が何をしようとしているのか理解しているはずだ。今回の駆け引きは、隠すまでもない。
その後も、真理奈の関心は一貫してブラックボックス部分に向けられた。
そして、倉田から「METモデルに関する技術レポートを提出しろ」と指示が下った。
真理奈は迷うことなく、書くべきことをすべて書き上げた。
(蓮、準備はできてる?)
そう心の中で呟きながら。
やがて、交渉の場は利益分配の話へと進んだ。
MET側の代表として蓮が出席し、QV側からは倉田と真理奈が臨んだ。
倉田はやけに上機嫌で、席に着くなり本題に入った。
「回りくどい話はやめよう。METのモデルは確かに優れている。我々も満足しているよ。とはいえ、開発リソースを出したのはこっちだし、市場チャネルも持っている。だから、8対2の割合で分配しよう。METの取り分は20%だ」
真理奈は倉田に合わせ、落ち着いた口調で言葉を添える。
「こちらとしても、十分誠意を示した提案です。QVは資金やリソースの提供だけでなく、商業化も全面的に担当します。METの技術が優れているのは事実ですが、それを利益につなげるには、当社のネットワークが不可欠です」
倉田は満足げに頷き、挑発するように続けた。
「もちろん、この条件が不満なら、METは撤退しても構わないが?」
露骨な不平等な条件と、倉田の強気な態度に対しても、蓮は穏やかだった。
「交渉は、双方が納得してこそ成立するものです。20%では、METがここまで積み上げてきた成果に見合いません。もっと適正な割合を求めます」
倉田はわざとらしく真理奈の方へ視線を送る。
ついでに、軽く目を剥いて見せるというオマケ付きで。
真理奈はすぐに察し、淡々と口を開いた。
「そうですか。それでは、METのご協力には感謝いたします。双方の条件が折り合わない以上、QVとしては契約の見直し……」
しかし、その言葉を最後まで言い切る前に、倉田が突然、携帯をテーブルに置きながら高笑いを始めた。
「ハッ、ハハハハ!」
体を揺らして笑いながら、手を振る。
「もういい、真理奈。そんな脅しはやめろ。交渉ってのは、いきなり決裂させるもんじゃない」
真理奈はわずかに眉をひそめた。
何かがおかしい。
――話が違う。
倉田は最初から、METを切り捨てるつもりだったはず。20%という提案は、あくまで蓮を追い詰めるためのものだったのに。
それなのに、ここで急に態度を変えるとは?
倉田が方針を変えた以上、何か理由があるはずだ。
真理奈は即座に思考を巡らせ、次の一手を探った。
倉田はすぐに笑みを引っ込め、渋い表情を作りながら、やや不機嫌そうに蓮を見た。しかし、口調だけは相変わらず余裕を崩さない。
「蓮、聞かせてもらおうか。我々QVにとってどんな追加価値をもたらせるというのか。それに見合う理由があるなら、取り分の比率を見直してもいいが?」
真理奈は両手を組み、机の上にそっと置いたまま、蓮をじっと見つめた。彼がどう対応するのか、見極めようとしている。
一方、蓮は倉田の芝居がかった態度を静かに見つめ、まるで何事もないかのような冷静さを保っていた。彼はすでに、倉田がさっきスマートフォンを確認したことに気づいていた。小さく息を吐き、確信を得たように口を開く。
「このプロジェクトの価値は、立ち上げ時点で明確になっています。改めて説明する必要はないでしょう。QVはこの業界で長年培ってきた知見を持ち、その強みは揺るぎない。我々METとしては、そこに口を挟むつもりはありません。」
蓮の口調は冷静かつ毅然としていた。続けて、少し声の調子を変え、単刀直入に言い放つ。
「METが45%の利益分配を得る。この条件は、当初から合意していたはずです。」
倉田の眉がピクリと動く。蓮の抵抗に、彼の不機嫌は倍増し、ついには苛立ちをあらわにした。
「市場も、パートナーシップも、その時々の状況に応じて柔軟に対応していくものだ。今のフェーズで45%は、正直、あり得ない。」
そう言うと、倉田は苛立ちを隠そうともせず、面倒くさそうに続ける。
「それに、決断を渋っているうちに、類似製品が市場に出てしまうぞ。」
蓮はすぐに返答せず、ただ顎に手を当て、何かを思案するような仕草を見せた。
その様子を見ていた真理奈は、内心ハラハラしていた。倉田は口先だけでなく、本当に類似プロジェクトを動かす人間だ。もし蓮に何の策もなければ、METにとって致命的な打撃になりかねない。しかし、この数日間、蓮は何か対策を考えていたのだろうか?
彼女がそんな疑問を抱いた瞬間、蓮がわずかに笑った。気のせいかもしれないほどの微かな笑み。しかし、そこには確信が宿っていた。
「あるいは、こういう選択肢もありますね。」
そう言うと、彼は鋭い視線を倉田に向け、静かに言葉を紡いだ。
「……オープンソース化です。」
真理奈の表情がこわばった。蓮は正気なのか?
オープンソース化とは、このプロジェクトの技術を無料で開放し、業界全体にシェアすることを意味する。つまり、METもQVも、独占的な利益を得ることはできなくなる。METは業界内での評価を高めることができるかもしれないが、収益性は期待できない。QVにとっても、せっかくの投資が無駄になりかねない。
真理奈は瞬時に「これはあり得ない」と判断した。では、なぜ蓮はこんなことを言い出したのか?
彼は感情的に暴走するような人間ではない。単なる口喧嘩で冷静さを失うタイプではないし、何より彼はMETを代表する立場だ。会社の将来を賭けてまで、この交渉に全てを投げ出すつもりなのか?
それとも、これはただのブラフ?
どちらにせよ、このままでは交渉が泥沼化する。真理奈は場を和らげるために口を開いた。
「蓮さん……もしMETがオープンソース化を選べば、業界からの評価は得られるでしょう。しかし、その代償として、利益も、技術の主導権も失います。」
少し間を置き、声のトーンを和らげる。
「あなたの考えを尊重しますし、METの努力も十分に理解しています。でも、オープンソース化は市場での優位性を放棄することにほかなりません。本当に、それでいいのですか?」
蓮は真理奈の言葉にじっと耳を傾けていた。しかし、彼の態度は揺るがない。
「ええ、本気ですよ。」
真理奈は思わず息をのんだ。彼の表情には、冗談や迷いの一片もなかった。
そして、倉田がとうとう怒鳴った。
「ふざけるな!脅しのつもりか!?」
怒りに震える彼の顔は、真っ赤になっている。しかし、蓮はそんな倉田を淡々と見つめ、まるで試すかのように視線を逸らさなかった。
真理奈は、この交渉がもはや戦略的な駆け引きではなく、感情のぶつかり合いになっていることを悟った。
一方、蓮は冷笑すら浮かべながら、さらに畳みかける。
「以前、俺があなたをあのポジションから引きずり下ろしたのを覚えていますか?あの時と同じですよ。俺は一度も負けたことがない。」
なんという挑発的な物言い。こんなの、私が知っている蓮じゃない——理性的で、一歩引く余裕を持っていたはずの彼は、どこへ行ってしまったの?
真理奈の胸に、不安が広がる。こんな言い合いを続けていたら、いずれ殴り合いに発展しかねない。彼女は焦りを感じながら、急いで立ち上がった。
「蓮さん、落ち着いてください。こんなことを言っても、何も得られません。」
しかし、蓮の冷笑は消えなかった。彼は倉田を見据えたまま、静かに言い放つ。
「譲るつもりはありませんよ。なぜ俺たちが引かなきゃならないんです?オープンソース化、やります。」
——最悪の展開だ。
真理奈は頭痛を覚えた。このままでは本当に修復不可能な状況になる。どうにかしなければ。
しかし、その前に——
「バン!」
倉田が勢いよく机を叩き、立ち上がった。顔は青くなったり赤くなったり、明らかに動揺している。そして、次に出てきた言葉は——
「……オープンソースは認めん!取り分の話は、また次回だ!」
そう叫ぶと、彼は乱暴にドアを開け、部屋を出て行った。
真理奈は呆然とした。
ある意味、倉田は相当な「大人」だ。
彼女は蓮に軽く会釈をし、その場を後にした。
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QVのメンバーが去った後、METの会議室には蓮だけが残った。
彼は平静を取り戻し、静かに座っていた。ドアの外でずっと盗み聞きしていた仲間たちが、次々と中へ入ってくる——彼らには説明する義務があった。
順平はまだ興奮冷めやらぬ様子で、口元に笑みを浮かべながら言った。
「お前、今日めっちゃ下品だったな……いや、最高にカッコよかったよ!シンプルな毒舌、極上のエンタメ。倉田さん、相当頭にきてるんじゃない?」
アリサは顔を覆いながら、眉を八の字に寄せ、左右の高さが微妙にズレていた。
「私、倉田さんがブチ切れて、その場で関係破綻するんじゃないかってヒヤヒヤしてたよ……。もしそうなったら、METはもう終わりだったかもしれない。」
圭介は腕を組みながら、先ほどのやり取りを思い返し、疑問を投げかけた。
「でもさ、結局のところ、本当に賭けだったのか?開発のオープン化を、倉田さんが何よりも嫌がるって、確信があったのか?」
蓮は周囲を見渡し、静かに口を開いた。
「交渉は心理戦だからね。その場の状況によって、強気で出るか、弱気を見せるか——どちらでも目的を達成できる。俺は昔から、交渉の場が好きだったよ。一言で相手の感情を揺さぶり、流れを作る。その感覚がたまらなくてね。」
それは彼自身の話であり、真理奈の話でもあり、倉田の話でもあった。
同じ会社で働いていた頃、彼らのやり方には、どこか共通するものがあった。
「賭け……か。」蓮は少し懐かしそうに目を細め、ふっと笑った。
「昔、ある友人に言われたことがあるんだ。『リスクが大きいほど、リターンも大きい』って。だから、何かを決断するときには、その言葉を思い出すことがある。でも——」
彼は少しだけ遠い記憶を辿るような表情になり、それからゆっくりと首を振った。
「でも、今回は賭けじゃない。俺は確信してた。倉田さんは、絶対にオープン化には踏み切れないって。」
彼の目には揺るぎない自信が宿っていた。そして、まるで重大な秘密を打ち明けるかのように、静かに言った。
「——誠司のこと、覚えてるか?」
部屋の空気が変わった。
誰もが息をのんで、彼の次の言葉を待っていた。
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数か月前——
METとQVの共同プロジェクトであるAI診断システムの開発が始まったばかりの頃、METの主要な技術者たちに次々とヘッドハンターの声がかかった。その中には、誠司もいた。
彼は典型的なテックギークだった。メガネはかけていないのに、なぜか「普段はメガネをかけているはず」と思わせる雰囲気を持っている。
性格は淡々としているが、技術の話になると熱く語るタイプ。そして、一度決めたことはなかなか曲げない、頑固な一面もあった。
蓮は彼の面接を担当したことがあった。
そのとき、彼の中に起業家の気質を感じた。技術の限界を超えようとする情熱と、卓越を追求する姿勢——METの理念とも一致する部分が多かった。
誠司自身も、METの企業文化や蓮のビジョンに強く共感していた。
それでも——。
高額オファーを前に、誠司は長い間悩み、最終的に蓮に退職の意向を伝えた。
「……正直、ショックだったよ。」
開発の最も重要な局面だったこともあり、蓮は裏切られたような気持ちになった。だが、同時に理解もしていた。
キャリアアップのためにより良い環境を求めるのは当然のこと。彼個人の感情をぶつけるべきではない、と。
だから、蓮は誠司をカフェに誘い、本音を聞くことにした。
彼はストレートに問いかけた。
「どうして辞めたいんだ?」
誠司は一瞬だけ迷ったが、やがて正直に答えた。
「今の給料より60%増のオファーが来た。それに、ストックオプションもある。」
蓮は静かに頷いた。
「……なるほど。確かに、METではそこまで出せないな。他に理由は?」
誠司は驚いたように蓮を見た。
彼がここまで冷静に受け止めるとは思っていなかったのかもしれない。
「アリサ。」
「……え?」
「彼女、同僚とは付き合わないって言ってた。」
「……」
蓮は思わぬ情報に一瞬固まった。困惑しながら聞き返す。
「うち、社内恋愛禁止じゃないよ?」
誠司は淡々と答えた。
「彼女の個人的なポリシーらしい。過去の経験が関係してるとか。」
「過去の……?」蓮は考え込み、ある可能性に思い至った。そして、納得したように頷いた。
「……俺のせいか。」
誠司もまた、淡々と頷いた。
「やっぱり、そうか。」
「……いや、誤解だよ。俺とアリサは付き合ってたわけじゃない。もし、それが理由で……」
「いや、大きな理由は金だ。」
蓮は一瞬言葉に詰まり、誠司を見上げた。そして、深く息を吐くと、率直に言った。
「……まあ、お前なら、どこへ行っても活躍できるだろう。新しい職場で、頑張れよ。」
少しの間をおいて、彼は付け加えた。
「もし気が変わったら、METはいつでもお前を歓迎する。」
誠司は黙って頷き、その場を去った。
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新しい会社に入った誠司は、最初のうちは「高給の充実感」を満喫していた。
だが、やがて彼は気づく。
すべてには代償がある、ということに。
最初は違和感だった。
次第に、それは確信へと変わる。
ある日、彼はMETのモデル技術に関する資料を偶然目にした。
そして、その瞬間、悟ったのだ。
——自分の仕事は、METの技術をコピーすることに過ぎなかったのだと。
しかし、彼はすぐにこの現実を受け入れた。技術業界では、世界そのものが巨大な競争の場であり、模倣と競争は当たり前のことだからだ。
彼は自分に言い聞かせた――ただ、違う場所で同じことをしているだけだと。
だが、時間が経つにつれ、彼はある決定的な違いに気付き始めた。この会社のプロダクトに対する姿勢は、METとはまるで異なっていたのだ。
METでは、すべての細部にこだわり、徹底的に磨き上げる。ユーザー体験は何度もテストと最適化を重ね、細かい改善が当たり前だった。
しかし、ここでは違う。すべてが「とにかくリリースを早く」「できるだけ早く利益を回収できるか」だけで判断される。
彼は何度も改善提案を出したが、返ってくるのは決まって「そんなの後でいいから、まず早く作れ」の一言だった。
やがて、誠司は確信した。
この会社は、真剣にプロダクトを作っているのではない。投資家から金を引き出すための「それっぽいもの」を作っているに過ぎないのだ、と。
彼の情熱は、少しずつ、しかし確実に擦り減っていった。
社内の雰囲気も異様だった。
極めつけは、ある日、社長が彼にこう指示したときだった。
「投資家が視察に来るから、みんなで夜遅くまでオフィスに残って、忙しそうに働いているフリをしてくれ」
その瞬間、誠司の中で何かが決定的に壊れた。
――そして、ある深夜の残業中。
彼はふと手を止め、エルゴノミクスチェアにもたれかかり、無言で天井を見つめた。
蓮が以前、会議で言っていた言葉が、突然脳裏に浮かぶ。
「METでは、単なる技術開発をしているわけじゃない。俺たちはプロダクトを作っている。
ユーザー体験や社会的価値を追求することこそが、本当のプロダクト開発なんだ。」
そのときは、起業家がセミナーで覚えたような、お決まりの綺麗事にしか聞こえなかった。
だが今、その言葉が誠司の胸を強く揺さぶった。
――もう、限界だ。
彼はスマホを取り出し、蓮にメッセージを送る。
「METに戻りたい。」
蓮はそのメッセージを見て、思わず口元をほころばせた。
METは今、開発の重要な局面にあり、誠司のような優秀なエンジニアは喉から手が出るほど必要だった。
彼はすぐに誠司をカフェに呼び出す。
カフェの席につくと、誠司は遠回しな話をするつもりはなかった。
ここでの状況を、すべて正直に話した。
蓮は黙って聞き終えると、厳しい表情で考え込んだ。
重い沈黙が続く。誠司は少し諦めたように、苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、METはこんな裏切り者を歓迎しないよな。」
「違うよ、誤解しないでくれ。」
蓮の目は、まっすぐで誠実だった。
「いつでも戻ってきていい。俺の気持ちは変わらない。ただ――」
誠司は息をのんだ。
「もう少し、今の会社に残ってくれないか?」
蓮の意図を察するのに、誠司はさほど時間を要さなかった。
――つまり、内通者になれ、ということだ。
誠司は慎重に問いかける。
「……それをやった後、本当にMETに戻れるのか?」
蓮は誠司の不安を理解し、はっきりと答えた。
「無理にやらなくていい。お前が嫌なら、今すぐ戻ってきても構わない。
ただ、METには今、この役割を担ってくれる人間が必要なんだ。倉田が俺たちの知らないところで、何か大きな仕掛けをしている。
だから……俺も手を打つ必要がある。」
蓮は誠司をまっすぐ見つめ、静かに言った。
「誠司、お前が戻ってきたいと思ったのは、単に金のためじゃないだろ?
お前も、本当に価値のあるプロダクトを作りたいと思っているはずだ。
俺は確信してる。お前がいれば、METは最後に勝てる。」
その言葉が、誠司の心の奥深くに火を灯した。
「……そうだな。」
ふと、誠司は思い出したように尋ねる。
「そういえば、アリサは……?」
蓮は即答する。
「まだ独り身だ。」
誠司は、静かに決意を固めた。
自分の未来を、METに賭けることを。




