ねえ、君みたいな人が、どうして彼女いないの?
普通の平日朝、都会のオフィスに香りとともに現れたのは、美人OLの真理奈。
ふと気づくと、今日のデスク配置がいつもと違う——目の前に見慣れない顔が座っていた。
二人は簡単に挨拶を交わし、それで会話は終了。
彼の名札を見ると「蓮」と書かれていた。
なぜか気になって、つい視線を向けてしまう。
モニター越しの視界の端で、蓮がスマホを見ているのがわかった。
視線に気づいたのか、彼がふと顔を上げる。
「ここのフロアって、いつもこんなに静かなんですか?」
「今はコーヒータイムだからね。午後になったら養鶏場みたいに騒がしくなるよ。」
真理奈は即答した。
この微妙な空気を緩和するために、さらに話を続ける。
「でも、あなた確か隣の部署の人じゃなかった?なんでこっちに座ってるの?」
「俺の部署、今フロア改装中でさ。だけど総務が仮の席を用意してくれなくて、リーダーが『空いてる席に適当に座れ』って。」
真理奈はすぐに察した。
ウワサでは、総務は人によって態度を変えるらしい。
しかし、彼の上司もなかなか強引なタイプのようだ。
深入りしすぎると「おしゃべりな人」と思われそうだったので、それ以上は聞かず、軽く微笑んだ。
「じゃあ、ここでは“新人”ってことね。ようこそ。」
「はは、確かに。なんか入社初日みたいな気分だ。」
こうして、毎日ちょっとした会話を交わすようになった。
休憩中にすれ違えば軽く挨拶し、午後のティータイムには他愛もない話をする。
気がつけば、二ヶ月が経っていた。
ある日、真理奈は突然、蓮にメッセージを送った。
「ねえ、彼女いる?」
「……って、とある人が知りたがってるんだけど。」
蓮はスマホを見てから、チラリと真理奈を見て、片眉をあげた。
「俺?いや、今はフリーだよ。でもさ…」
「とある人が知りたいって、それで?」
「ふふ、もしかしたら、誰かがあなたのこと気に入ってるかもね。」
蓮は微笑んで、わざと驚いたふりをした。
「なんか光栄だな。でもさ、もしその誰かが俺に興味あるなら、まずは誰なのか知りたいな。」
そして、彼は少し真剣な顔になり、付け加えた。
「それに、俺って結構慎重なタイプだから、その誰かには根気が必要かも?」
「え、なにその自信(笑)。誰かがあなたを狙ってるって、私そんなこと言った?」
「いやいや、違う違う!そんなにモテるタイプじゃないからさ。」
蓮は苦笑しながら、ふと何かを思い出したように小声で言った。
「でも…もし“誰か”が本気で俺を狙うなら、意外と簡単かも。」
真理奈は興味をそそられ、軽く乗ってみた。
「へぇ?じゃあ、どんな人がタイプなの?」
蓮は少し考え込んでから、ゆっくり答えた。
「うーん…そうだな。ユーモアがあって、嘘をつかない人。あとは、話してて楽しい人。」
そして、少し探るように言葉を続けた。
「どう?その“誰か”って、そんな感じの人?」
「うーん、内面はまだ分からないけどね。でも、外見はめちゃくちゃ美人だよ?」
「へぇ、それはポイント高いな。でも、顔だけで長く続くとは限らないよ。」
蓮の声が少し真剣になった。
「外見は惹かれるきっかけにはなるけど、本当に大事なのはお互いのフィーリングだと思うんだよね。」
突然の真面目な語りに、真理奈はちょっと戸惑った。
「えー、なんか難しいこと言ってる…。」
蓮は少し笑いながら、続けた。
「いや、そんなに難しい話じゃないよ。見た目が魅力的なのはもちろんいいことだけど、それだけじゃなくて、心が通じ合えることが大事って話。」
彼はまっすぐ真理奈を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「君なら、わかるだろ?」
「え、なんでそんなに分かったような口ぶりなの?」
蓮は一歩も引かず、ニッコリと微笑んだ。
「まだ全部は分からないよ。でも、君って不思議な人だよね。ミステリアスだけど、すごく魅力的だと思う。」
そして、ゆっくりと問いかけた。
「じゃあ、逆に聞くけどさ——真理奈はどんな人がタイプ?」
突然の質問に、真理奈はなんとなく照れくさくなり、思わず適当なことを口にした。
「うーん、そうだなぁ……とりあえず、腹筋がバキバキの男!」
蓮は一瞬、絶句した。
「……マジで?」
「うん、最低でもシックスパック!理想はエイトパック!」
蓮はしばらく固まっていたが、ふっと苦笑した。
「まあ、見た目も大事だよな。」
しかし、すぐに真面目な顔になり、言葉を続けた。
「でも、性格も同じくらい大事。自信があって、カリスマ性があって、ちょっとミステリアスな人が理想かな。」
そして、ハッとしたように真理奈を見て、ニヤリと笑った。
「……ねえ、もしかして俺、からかわれてる?」
「え?だって、自分でユーモアのある人が好きって言ったじゃん?」
「……一本取られたな。」
蓮は肩をすくめ、また微笑んだ。
「いいよ、続けてくれ。俺、もう覚悟できたから。」
真理奈がスマホを見ると、もう19時になっていた。
「そろそろ帰るわ。」
蓮はすかさず言った。
「じゃあ、一緒に帰る?飲みにでも行く?」
「いいね。ただし、深い話は禁止ね。」
蓮は笑いながらコートを羽織った。
「オッケー。リラックスできる話だけにするよ、約束する。」
「それなら合格。じゃあ行こう。ただし、会社の近くだと同僚に見つかるから、ちょっと遠くの店ね。」
「了解。俺に任せて。」
真理奈は、蓮が自信満々に歩く後ろ姿を見ながら、小さくつぶやいた。
「……なんか、女慣れしてそうな気がする。」
「褒め言葉として受け取っとくよ。でも実は、俺そんなにモテるタイプじゃないんだ。」
「へぇ、意外。」
「じゃあ、後でね。君の“仕事モードじゃない姿”、楽しみにしてる。」
蓮はそう言って、軽く手を振った。
帰宅した真理奈は鏡の前でポーズを取りながら、ぼそりと呟いた。
「私だって、結構いい感じじゃん? “見た目を重視しない”って、どういう意味なのよ……」
カールしたまつ毛を仕上げ、満足げに頷くと、淡い黄色のワンピースに着替えた。そして急いで階段を駆け下りる。
蓮は車の横にもたれかかり、彼女を見つけた瞬間、照れくさそうに微笑んだ。
真理奈はわざとらしく小走りする。
「ごめん、待った? あれ、蓮も着替えたんだね」
「いや、今ちょうど車を出したところ。せっかくの飲みだし、ちょっと雰囲気変えようかと思って」
蓮は少し照れたように笑う。
「これで完全に、遊びに行くってバレバレだな」
彼はさりげなく車のドアを開けた。
「乗って」
向かったのは、都心から少し離れた落ち着いたバー。
同僚の目もなく、噂話に巻き込まれることもない、まるで都会の喧騒から逃げ込んだ小さなオアシスのような場所。
蓮は店内をぐるりと見渡し、満足げに微笑む。
「いいね、完全に君の理想通りの場所だ」
彼は椅子を引いて、真理奈を座らせた。
「さて、最初の一杯、何にする?」
「ショットで」
蓮の眉がぴくりと上がる。
「おっ、いきなりショットとは、やり慣れてるね」
彼はクスッと笑いながら続ける。
「いいよ、でも言っとくけど、そういう飲み方なら、俺も容赦しないからな?」
「望むところよ、乾杯」
夜のネオンが彼の瞳に映り込み、深く光る。
「……君、昼と夜でだいぶ雰囲気違うね。もっと知りたいな。何か話してくれる?」
「私、男だよ」
蓮の笑顔が一瞬固まり、すぐに肩をすくめた。
「なるほど、それなら今夜は親友との飲みってことで」
それでも彼は諦めずに問いかける。
「でもさ、本当に何もないの? 普段は見せない、君だけの秘密とか」
彼のしつこさに、真理奈はちょっとため息をつく。
「なんで私に裏の顔があるって決めつけるの? 普通の社畜じゃダメ?」
「ダメだな」
蓮は即答した。
「誰にだって、見せない一面はある。それを隠してるだけだ。……まぁ、君がそう言い張るなら、君の裏の顔は“神秘的”ってことにしておこう」
その言い回しは強引で、だけど理屈としては正しい気がする。
真理奈が反論する前に、彼はさらに畳みかけた。
「でもさ、人に推測させるのが好きなの? それとも今日は気分が違うの?」
アルコールが回り始めたせいか、真理奈は気分が軽くなる。
「違うよ、単にね……。蓮の表情がコロコロ変わるのが面白くて、ついからかいたくなるの」
蓮はふっと笑い、椅子の背にもたれた。
「それ、俺のせいなの? でもいいよ、じゃあ俺も反撃するからな」
「私、簡単にやられないよ」
「そう? 俺は挑発されると燃えるタイプだけど」
そう言って、彼はグラスを掲げる。
「じゃあ、そろそろ勝負しようか?」
真理奈も負けじと笑う。
「勝負好きね。でもお酒の量で競うのはやめとこ? 酔っ払ったら負けよ」
彼女はふと考え、最初のゲームを提案した。
「じゃあ、第一ラウンド。『上司の愚痴』」
蓮は思わず笑い出した。
「おいおい、初手から攻めすぎじゃない?」
彼は苦笑しつつも、興味津々な顔でグラスを持ち直した。
「……わかった、じゃあ俺から。うちの部長、夜中の2時に“至急”のメール送ってくるんだよ。どこから湧いてくるんだろうな、その“至急”って自信は」
「うわ、それはキツい」
真理奈も笑いながら、グラスをくるくる回す。
「じゃあ、私のターン。うちの課長、めちゃくちゃ食いしん坊でさ。ある日、3人分のアフタヌーンティーを一人で平らげたんだけど、その後の会議で睡魔と戦ってて、小刻みに頷いてたのよ」
「ははははは!」
蓮は椅子にもたれ、大笑いした。
けれど、二人がさらに笑ったのは――
彼らの上司が、同じ人物だったからだ。
「え、嘘でしょ? お前も!?」
真理奈は目を丸くし、蓮は机を叩きながら笑う。
「……オッケー、君の勝ちでいいよ。次の勝負は?」
真理奈は空になったグラスを見て、ニヤリと笑った。
「じゃあ次は、お互いに“相手にぴったりの酒”を選ぶゲーム」
蓮は興味深そうに片眉を上げる。
「いいね、その提案。俺、君を驚かせる自信あるよ?」
彼はバーテンダーに何か頼み、ニヤリと笑った。
「これは特製のカクテル。めっちゃ強いから、覚悟しといて」
真理奈は警戒しつつ、負けじと強気な態度をとる。
「なら、私は……長島アイスティーで!」
「長島アイスティー? まあまあ無難だけど、悪くない」
蓮は目の前に置かれたドリンクを真理奈の方へスライドさせる。
「さあ、君のドリンクはこちら。キューカンバー・クーラー」
透き通るグリーンに、小さな泡が軽やかに弾ける。
「えっ、なんか可愛い……」
「意外だった? 君、自然で爽やかなものが好きそうだから、これがぴったりかなって」
真理奈はしばしグラスを見つめ、それから蓮を見た。
「……今回は、君の勝ちね」
蓮は満足げに笑う。
「よし、じゃあ――意外性に、乾杯」
「乾杯」
夏の風がワンピースの裾を揺らし、夜の帳が二人を包む。
「……次のゲームは、真実か挑戦か?」
「いいね。じゃあ、質問するよ。**もし、世界中どこでも住めるとしたら、どこがいい?**」
真理奈は少し考えて、にやりと笑う。
「……君の心の中」
蓮は穏やかな表情で、優しく目を細めた。
「……正直、驚いたよ。」
彼はゆっくりと背もたれに身を預けながらも、どこか親しげな口調に変わる。
「でもね、もし本気なら……その領域、開放するけど?君は本当に、俺の想像をかき乱すのが上手いな。」
真理奈は彼の言葉を受け流し、攻めの姿勢を崩さない。
「次は私の番。……ねえ、蓮は私のこと嫌い?」
蓮は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。
「え? 嫌い? なんで?」
本気で考え込んだ彼は、数秒後、微笑んで首を横に振る。
「そんなわけないだろ。むしろ君は……面白くて、掴みどころがない。挑戦しがいがあるっていうか……だから、答えはノー。全然嫌いじゃないよ。」
「全然嫌いじゃないってことは……?」
真理奈はわざと意地悪に問い返した。
蓮は少し照れたように視線を逸らす。
「……つまり、想像以上に一緒にいるのが楽しいってこと。」
「へぇ?」
「君はミステリアスだから、もっと知りたくなる。」
「私のどこがミステリアス?」
蓮は真剣な顔になり、じっと彼女を見つめた。
「普通のことも面白く変えられる。……君といると、いつも何か起こりそうな気がする。」
彼の言葉を聞いて、真理奈の頭の中で何かがぐるぐると回る。アルコールのせいか、思考がまとまらない。
「うーん……蓮の話し方が回りくどいのか、私がちょっと酔ってるのか……いや、ちょっと待って。なんで蓮は全然酔ってないの?」
「俺、酒強いんだよ。」
蓮はくすっと笑い、グラスをくるくる回す。
「酔ったなら送っていくよ。安心しろ。」
しかし、酔っていても負けず嫌いの真理奈は、そのまま引き下がる気はない。
「ダメ、まだ蓮を本気で動揺させてない。いつも余裕ぶってるでしょ? 私、蓮が焦る顔見たいんだよね。」
「俺が……余裕ぶってる?」
蓮は笑いながら、腕を組んで考え込む。
「うーん、そうかもな。でも、そんなに見たいなら……どうやって俺を動揺させるつもり?」
「じゃあ……」
真理奈はスッと顔を近づけ、何の前触れもなく、彼の頬に軽くキスをした。
「――さて、どうする?」
蓮の瞳孔が、一瞬にして広がった。
「……これは……予想外。」
そう言いながらも、彼は少し前のめりになり、距離を縮める。
「完全に油断してた。でも……嫌いじゃないな。」
低く甘い声が、夏の夜の風に溶け込む。
「やりすぎだぞ、真理奈。」
「え? そんなことないし。」
彼女は小さく肩をすくめ、ふてくされたように視線を逸らす。
蓮はふっと微笑み、彼女をじっと見つめた。
「君って本当に予測不能だな。……こんなことされたら、俺も黙ってられないよ?」
「へぇ、じゃあどうするの?」
「さあ、どうしようかな。」
蓮はゆっくりと指を組みながら、考えるふりをした。
真理奈はそんな彼の態度に、ふと疑問を抱いた。
(この人……いつもこうやって、言葉で私を翻弄するくせに、肝心なところでは手を出さない。)
彼の顔をじっと見つめる。
ネオンの光が揺れ、彼の表情を照らしたり、影を落としたりする。
何かが引っかかる。
「ねえ、ちょっと気になるんだけど。」
蓮は目を細める。
「……今、目が鋭くなった。何?」
「うん、ちょっと気になっただけ。でも……好奇心って危険だよね?」
「そうだな。」
彼は微笑しながら、氷をカラカラと鳴らす。
「君の好奇心には、できるだけ答えてあげたいけど……そのせいで、ますます知りたくなるんじゃない?」
「じゃあ、答えてよ。」
真理奈は、彼の目をまっすぐに見つめた。
「蓮みたいな人が、どうして彼女いないの?」




