……こんな筈じゃなかった。
建国当初より、闇の王家と詠われしクオルナ公爵家の寄子、スロバキア男爵の令嬢として産まれた私は順風満帆だった。
恵まれた環境で、私は自分の能力を次々と伸ばし、スロバキア男爵家の裏の顔である諜報能力にも恵まれていたのか、王立アカデミーに通いながらも才花を発揮させる。
そして王立アカデミーを首席で卒業した私は、アリステシア御嬢様の専属侍女として採用された。
でも、クオルナ公爵一家を見る度、私は自分の環境よりも、才があり、能力もあるばかりか、笑顔が耐えない公爵一家を見て勝手な逆恨みが浮かび上がるようになる。
……
男爵家では手が届かない金額のドレスや装飾品を身に付けるアリステシア御嬢様を見る毎に、苛立ちや恨み、逆恨みが大きくなった。
それは我が父、スロバキア男爵も同じだった。
何代か前のスロバキア男爵は、かつてクオルナ公爵家の令嬢を妻に迎えた事により、伯爵家に格上げされた事もある名門だったらしい。
だが、当時のスロバキア伯爵は浮気性で妻に迎えたクオルナ公爵家の令嬢を冷遇し、愛人に現を抜かしていた。
妻は、実家のクオルナ公爵家に全てを話して相談した結果、スロバキア伯爵と離縁しただけではなく、スロバキア伯爵家をスロバキア男爵家に格下げしたのだ。
愛人くらい貴族の中では普通だ。それくらい我慢すれば良いのに、非常に不愉快極まりない。
たかだか、それが理由でスロバキア男爵家に泥を付けるとは……。
我がスロバキア男爵家にも、離縁したクオルナ公爵家の血筋が受け継がれている。
ならばこそ、クオルナ公爵家の血筋を絶やしてスロバキア男爵家が公爵家に成り上がれば良い。
幸いにも、スロバキア男爵家は隣国マングエル王国で長年諜報活動をしていたからか、既にマングエル王国の王族や貴族とも繋がりがあった。
上手くマングエル王国を手引きして侵攻させ、邪魔なクオルナ公爵家を廃して皆殺しにし我がスロバキア男爵家が成り上がる。
その日々を夢想して、私は目の前のアリステシア御嬢様の後ろ姿を見ながら殺したい衝動を堪えていた。
…あぁ、その細い首を一思いに切り裂きたい。
邪な思いを抱えた私は、今日は何故かダイニングに入ることを許されなかった。
……おかしい、私は御嬢様の専属侍女だ。
辺りを見回すと、廊下にはスロバキア男爵家縁の使用人達も閉め出しを喰らったのか集まっていた。
……全員スロバキアの……?
……まさか……
気付いた私が身構えるよりも早く、私達の目の前に黒い装束を着た者達が現れ私達を取り囲む。
「……ははは……そうか……知られていたのか」
私は力無く笑うと、自分の矜持を見せるため懐に忍ばせていた暗器を構える。
スロバキア家の者達も全員、それぞれ武器を構えた。
……良かった、私の弟だけを市中に逃がしていて……思ったよりクオルナ公爵家の動きの方が早かったな。
自嘲しながら私は黒い装束を着た者達……クオルナ公爵家の精鋭達に闘いを挑みながら内心安心する。
スロバキア男爵家も実力者揃いだったが、クオルナ公爵家の精鋭達の方が圧倒的に実力差があった。
次々とスロバキア男爵家の者達が討たれる中、遂に私も身体を斬り付けられ致命傷を負う。
……我が弟よ、……クオルナ公爵家に……スロバキア男爵家の無念を……晴らすのだ。
倒れた私は、死へと向かいながら弟に願いを託し意識が真っ暗になった。