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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
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「眠られぬ夜のための話」

「この世には、

 人間の数だけ

 眠れぬ夜がある。」

 ――岩崎俊一

 ――誰もあなたのことを分かりたいなんて、望むわけないじゃないですか。

 ――誰もあなたの考えなんて、知りたいとは思いませんよ。

 ――誰もあなたとは、友達には、なれないんですから。


 米沢がぼくに突きつけた()()()()は、しばらく、胸の中で、やまびこのように鳴り響いた。心の一番弱いところを(えぐ)られた痛みが、何日経っても、長々と、尾を引いた。


 本当に、不思議な旅人さんだったな。

 可愛い銀髪の女の子。

 隻腕(せきわん)の女性研究者さん。

 それに、白黒な服を着た、二十歳くらいの東洋人。

 米沢の顔って、本当に覚えにくかったな。あれじゃまるで――。


「ーーオイ、いい加減にしろッ! エイダンばっか運転させんじゃねえよ!」


 ラウルの怒鳴り声が聞こえて、ハッと目が冴えて、ハンドルを握り直した。

 でも、ラウルに怒られたのは、ぼくじゃなかった。助手席のニーナだ。


 ニーナは慌ててヨダレを拭くと、振り向いてラウルに反論してる。

「し、心外よラウル! べ、別に、忘れてないわ。私だって、そろそろエイダンと運転を代わらなきゃなーって、ちゃんと念頭に置いてたわ。ただ、その……」

「ニーナ……お前、いつもベラベラ言うことだけは立派で偉いぜ。けどよう、いくらお前が動くの待ってても、ちっとも実行に移さねえじゃねえか。そいつはマジでどうにかした方がいいぜ?」

「な、ななな何ですって!? と、取り消しなさいラウル! 今の発言は甚大(じんだい)な侮辱よ! 私はちゃんと、有言実行を貫く行動派なんだって、皆んなに褒められてるんだから!」

「はーあ? 他人のお世辞を真に受けてんじゃねえよ。行動しねえ理由をポンポン思いつくだけの、詭弁派のニーナってのが、()()()()()ってやつじゃねえのか?」


 ラウルとニーナは、またそんな()()()()()()言い合いを、微笑ましく始めちゃった。


 ラウルがそう言ってニーナを叱ってくれるのは、まあ、ありがたい話だ。でも正直、ラウルは少しーーズレてるなって感じる。

 ぼくにとって、ニーナの薄情さは、わりとどうでもいいんだ。それよりも、ぼくの頑張りを少しは褒めてほしいけど……それももう、諦めなきゃ。


 米沢の言う通りだった。誰もぼくのこと分かりたいなんて、望んでなかった。それがぼくの、現実だ。

 ぼくは正直、一番の大親友ですら、友達未満の関係だ。ラウルがぼくのために叱ってくれることって、いつだって、寂しいくらい、ズレてる。

 なのにぼくは、ラウルにもっと、ぼくのこと()()()()()()()って、無理して欲張ったことをしてた。でも、ラウルは別に、そこまでぼくのこと、()()()()()なんて、望んでなかったんだ。


 今日は運転しやすい曇り空だ。さっきお昼を食べたばっかりだし、腹の皮がつっぱると、つい目の皮もたるんじゃうな。いつの間にか、ぼくも運転中にウトウトと眠くなってた。

 ぼくはバックミラーに映るラウルを見て、にこっと笑った。

「ラウル、いいんだ。ニーナも眠そうだし、無理に運転を代わったら、かえって危険さ。少し車を停めて、仮眠を取らせてもらおっかな。気を引き締めて、運転を続けなきゃね!」

 そう言って、旧国道のわきに車を寄せて、停車させた。


 それにしても、さすがに眠いな。そういえば、もう二日は寝てなかったっけ。

 運転席を()い出て、どさっと後部座席のシートに横たわった。その瞬間、全身に鉛のような疲れが押し寄せてきた。


 でも、目を閉じかけたとき――急に寝るのが、こわくなった。


 何だろう、嫌な予感がする。何か忘れてる気がする。なのに、何も思い出せない。

 きっとどこかに、急いでやらなきゃ駄目なことが残ってるんだ。今ぼくが寝たら、寝ているうちにパンクして、目が醒めたら、手がつけられない大惨事になって、二度と取り返しがつかないことにーー。


 ーーあははっ、お兄ちゃん! お兄ちゃん!

 ーーごめんね、昨日ぼく、お誕生日プレゼント、渡しそびれちゃったよね。

 ーーぼくからお兄ちゃんに、サプライズがあるんだ!


 ぼくは寝るのが苦手だ。寝ようとすると、すごくこわくなる。だって、寝ると決まって、「どうしてあのとき、ぼくはうっかり寝ちゃったんだ?」って後悔することばかり起きるんだ。

 だからいつも、気絶するまでヘトヘトに疲れないと、とてもじゃないけど眠れない。丸三日以上は働き続けて、限界になったら気絶して、半日くらいグッスリ眠る。それくらいしないと、眠れないんだ。


 でも、今は早く、休まなきゃ。

 運転中はすごい眠気を感じたんだ。今すぐ眠らないと。


「……そうだ、ラウル。まだ君と相談しなきゃいけないことが、山積みじゃないか!」

 このままじゃ時間の無駄だ。だったら、やるべきことに手をつけなきゃ!

 ぼくは焦り気味に、後ろの荷室にいるラウルに声をかけた。


「君がイヴァノフに帰ってから使う、口裏合わせを考えなきゃね。これから何年も周りに言い訳するんだ。ちゃんと工夫して……あっ、そうだ、君が閉じこもる場所だって、地下室はもうやめようか。君は暴れる心配がなくなったんだ、二階の部屋を貸した方がいいね。でないと、誰かに居場所がバレたとき……それと――」

「おい、エイダン、止まれ止まれ」


 チャリ……ラウルの右腕につけておいた手錠が、高い音を鳴らした。

 荷室にいるラウルが、後部座席のシート越しに、ぼくの目をのぞき込んでくる。


「お前……今はさすがに、ちょっと休んだ方がいいんじゃねえか?」


 その目を見てーー鳥肌が立った。

 だって、あまりに、いつも通りなんだ。

「ら、ラウル、君を見てると、すごく……こ、こわいな! はは、何で君、まだぼくの、し、心配、なんか、して、くれるの……?」


 こわい。こわい。ものすごくこわい。

 お風呂上がりに、丸裸で吹雪に放り出されたときより、ずっとずっと恐ろしい寒気が、ぼくの肌身に染みてくる。


「は、はは! だって、ぼく、き、君の、両親……こ、殺したん、だよ? はは、それに、き、君を、あんな、く、暗い地下室に、閉じ込め、て……あ、あのとき、ぼく、き、君がリビングデッドだって、気づいてなかった、く、くせ、に……」


 ラウルがぼくを見てる。いつもと変わらない静かな目だ。

 なのに今は、あの灰色の目がどうしてこんなに静かな同情に満ちてるのかわからなくて、笑えないくらいこわくて、笑っちゃダメなのに、絶対に笑っちゃダメなのに、変に緊張してーー笑っちゃった。


 どうしよう、どうしようって考えてると、ラウルは静かに、話し始めた。

「俺の両親が、しょっちゅう言ってたんだ……『ラウル、会う人には必ず親切にしなさい。味方につくときは、見離された者のために尽くしなさい。不正を働かれたら、なぜ彼はそんなことをしなければならなかったのか、まずは立ち止まって考えなさい』ってよ」


 ラウルはふと、何か思い出して笑った。

 でも、急に顔をしかめると……涙がこぼれてた。


「本当……俺にはもったいねえほど、いい両親だった……だからよ、俺の両親なら、きっと、こう言うんじゃねえかなって、思うんだ……」


 彼は少し鼻をすすった。

「『ラウル、君には彼を責める責任はない。そもそも君に、その権利はない。君が彼と同じ立場だったとき、同じことを彼にしなかったと言い切れるのか? 思い出しなさい。君は何を置いてでも、まずは真っ先に、親友にすべきことがあるじゃないか』ってよ……」


 その言葉は、ぼくにはあまりにもーー難しかった。


 すごく平凡な言葉を使われたはずだ。すごく素朴なことを言われたはずだ。そのほんの一握りの言葉の中に、「何でラウルは、まだぼくのことを親友って呼んでくれるんだ?」っていう、恐ろしい謎を解くためのヒントがすべて詰まってるはずだ。

 なのにぼくは、ラウルが何を言いたいか――分からない。


 なんで? なんで? なんでぼくには分からないんだ?

 だって、暗号も比喩も使われてない。パスワードも合鍵もまったく要らない。ありのままの意味で言われたはずなんだ。なのにその意味が、どうしてもどうしてもわからなくて、こわくてこわくて耐えきれない。


 そうやって焦ってるうちに、ラウルが急にーー腕を伸ばしてきた。

「ご、ごめんなさい!」

「へへっ、何だよ。またペコペコ謝りだすのか? けどよ、俺はお前にそんな顔されたって、別にいい気はしねえよ」

 ラウルはそう言って、八重歯を見せて笑ってる。普段通りの、ラウルらしい笑い方だ。

 けど、なんでだろう――ラウルがものすごく、遠く感じる。


 いや、違うーー()()()()


 いつの間にか、ぼくたちは、ものすごく遠く遠く離れてしまって、言葉を交わしてもなんにも意味がないくらいには()()()()()()()()なっちゃったんだ。


 それに気づいた瞬間ーー寒くてこわくて涙が止まらなくなって、頭の中がグチャグチャのまま、思ったままの言葉をぶつけちゃった。

「ら、ラウル、お願いだ、ぼくを……な、直してくれ……! ぼくは何が壊れてるんだ? ぼくは君と、何が違ってるんだ? ぼくは壊れた車の直し方しかわからないんだ。それ以外のことは皆んな()()()()()()()()()()()()って――」

「おいおい、そんな泣くなって」


 ラウルは八重歯を見せて笑いながら、ぼくの涙を、指先で拭い去ってくれた。


「おっ、そうだ。エイダン、こいつに見覚えねえか?」

 ラウルは急にそう言うと、ボアジャケットのポケットをゴソゴソ探ってる。


 差し出されたのは、小さくて、細長い木片だった。

 ぼくはその、ロマンあふれる流線型のシルエットを見て――胸が抉られるような、鈍痛を感じた。


 ただ、その胸の痛みはーー不思議と、甘く、懐かしい、埃の匂いがする。


「あの飛行機模型の……プロペラ!」

「へへっ、やっぱりお前のもんだったか。俺の方に、こいつが紛れてたんだよ」

 ラウルはニヤッて笑うと、ぼくの手に、そのプロペラを返してくれた。

「なあエイダン、もう八年も経っちまったけどよ……『飛行機模型を直そうの会』って、お前、途中で投げ出しちまっただろう?」

「う、うん……」

 ぼくは気まずくなって、少し目を逸らした。

「へへっ、驚くなよ? あのあと俺、キッチリ全部、ひとりで直し切ったんだ!」

「……えっ……? ほ、本当に!?」

「おう! 八年がかりの大事業って奴だぜ!」

 ラウルは誇らしげに笑うと、「あとでビックリさせようと思って、お前には黙ってたんだ」って、意地悪く笑った。


 でもラウルは、後部座席のシートに顎を乗せるとーー少し目を伏せて、苦笑いした。


「……あのとき両親が死んで、親の遺産にはまだ手をつけたくないって言っただろ。『俺ひとりで食っていける』って、焦ってペドロフに出稼ぎに行ったけどよ……まあ、俺はこんな性格だ。向こうで友達なんざ、ロクにできなかったんだ。……こいつは何年も、いい暇潰しになってくれたぜ」

 すると、ラウルは急に笑い声を立てた。

「ところがよ! 模型が完成したのはいいけど、パーツが余っちまったんだ! 本当、悪いことしちまったな。だからこいつは、帰ったらちゃんと、お前に返そうって……」


 ラウルは照れくさそうに笑うと、ぼくの右手をトンって叩いた。

「……あ……」

 ぼくの手の中には、ずっと消息不明(ユクエシレズ)になってた、あのプロペラが帰ってきたんだ。


「おいエイダン。まさかとは思うけど、お前――」


 ラウルは、急に、聞いててゾッとするほど、こわい声に変わった。

 ぼくの目をのぞき込んで、グッと眉を寄せて、怒りを溜めた顔してる。


「な、何……?」


 恐ろしい顔して迫ってくるラウルは、低く、ドスの利いた声で――脅してきた。


「まさかお前、あの飛行機模型……捨ててねえだろうな?」


 そのムッとした顔を見て、ぼくは、久しぶりにーー本当に、久しぶりにーーただただ、笑いたくてーー笑った。


「あはっ、あははっ……あっははははははは!」

「なーに笑ってんだエイダン。真面目な話してんだぜ?」

「だってラウル! 本当、いつもいつも、そうやって騙し絵みたいな顔……ふふっ、ぼくにムスッとしてれば、絶対気づかれないって思ってるんだろう? はははっ、君って本当、変わらないね、変わらないね!」


 すると、すっかり忘れてたけど、助手席にいるニーナが、腹を立てた声を上げた。

「ちょっとラウル! おしゃべりもいいけど、エイダンの仮眠、邪魔しないでくれる?」

「ニーナ……お前って本当、口先だけは達者だけどよ、オツムの方は、マジでお粗末だよなー」

「はあっ!? 私、これでもクラスの学期で、首席に選ばれたこと、三回あるのよ!?」

「へーへー、だからどうしたって言うんだよ。お前が仮眠を取って、お前が運転するって考えが、どうして思いつかねえんだか」

「はい、論破! その言葉、そっくりそのまま、お返しいたします!」

「お前、マジで馬鹿じゃねえか! 俺、もうリビングデッドだって何度も言ってんだろ! 俺が運転席に移ってみろ。ボサッとしてるお前のこと、容赦なく噛みついてやるからな!?」


 自分の頭上で、親友と妹が、おかしいくらい不毛な口喧嘩を始めちゃった。二人とも、すっかりムキになっちゃって。子どものころから、ちっとも変わらないね。


 そんな大騒ぎの板挟みになってるとーーなんだかすごく、ホッとする。

 少しずつ神経が休まって、手足がほんのりあったかくなって、気づけばぼくは、うとうとと目を閉じて、まどろみの中に、落ちていった。


 あの消息代理人の人たちは、ラウルと一緒に、別のものも届けてくれた。

 ラウルと一緒に消息不明(ユクエシレズ)になってた、飛行機模型のプロペラだ。

 ぼくが最後の木片(ピース)を手にした瞬間、思い出したことがある。ぼくは、すごく大事な部分(ピース)が、ずっとずっと欠けていたって。


 ぼくはラウルに、「ぼくのこと、()()()()()()()()()()」って、ずっと欲張ってきた。

 でもぼくは、「ラウルのこと、()()()()()()()()」って、少しでも考えたかな?

 ……そっか。そこが欠けたら、ぼくは何したって、ラウルの友達には、なれないよね。


 ああ、よかった。これでようやく、全部、ピースが揃ったんだ。

 ぼくも、飛行機模型も、ちゃんと、直るといいな。

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