第九話 致死毒の用法・用量・5
一方、エイダンがパニックを起こすなり――ラウルは眉をひそめ、首をかしげた。
「はあ? まあ、そりゃそうだけどよ……お前、いまさらそれ言いだすか?」
ラウルはポカンとした顔で「参ったな……」とぼやいては、癖毛をポリポリかいている。
オレはその反応に――心底、驚いた。
この一連の事件の犯人が、初めて罪を自覚し、ようやく謝罪を口にした。だがラウルは、「何で今、それを謝っているんだ?」と、困惑しているだけだった。それは最初から知っていた。いまさら謝る必要があるのかと言いたげだ。
だが……彼は、両親を殺されたんだぞ。しかも、半年近くも監禁された。「親友」という立場を利用され、彼は再三、裏切られてきた。にも関わらず、そもそも謝罪のひとつさえ、求めていなかったのか?
彼は一体、どういう神経をしているんだ?
「……」
オレは席を外した方がいいかもしれない。ベッドを抜け出し、少し出かけることにした。
「おい、米沢!」
玄関のドアノブに手をかけたとき、急にラウルが叫びだした。
振り向くと、ラウルは怒り心頭の面持ちでーーオレに敵意の目を向けている。
……嫌な予感がする。
猛烈に、嫌な予感だ。
「米沢、お前……エイダンに何しやがった……」
オレは、とっさに何を返せばいいやら、言葉に詰まった。
ひとまず、苦笑いしておこう。
「や……君が見ていた以上のことは、何もしていない。エイダンは彼自身の――」
「しらばっくれんじゃねえ! お前、さっきから、適当なことしか言ってねえじゃねえか。それでこいつが、こんなひでえパニック起こすはずがねえだろ!」
「……」
なるほど。どうやらラウルは、オレが摩訶不思議な手口でエイダンをパニックに陥れたんだと言いたいらしい。「エイダンを助けてくれ」と頼んできたのは向こうなのに、そうくるとは思わなかった。
「あのな、ラウル……普通は君と違って、当たり前なことを言われるのが、一番傷つくんだ。今のエイダンは、その極端な……」
人が説明している最中なのに、ラウルは途中から、エイダンの方に戻ってしまった。
「おい、エイダン、しっかり息しろ。何でそんな泣くんだよ。もう少し落ち着いてしゃべってくれねえと、俺も聞き取ろうったって……」
ラウルは気が気じゃない様子で、懸命にエイダンをなだめている。
ただ、その甲斐もなく、エイダンは半狂乱になって、床に転がった拳銃に手を伸ばしている。とうとう自責の念に耐えきれなくなったのか、自死に走ろうという気かもしれない。
安全装備のない拳銃だ。なのにラウルは、困り顔で話しかけているだけだ。
オレはドアノブから手を離した。床に転がった拳銃は、回収しておこう。
二人を見ていると、つくづく思う。やっぱりラウルは、エイダンの親友ではあっても、残念ながら、友達未満だな。言ってしまえば、相手をあまり深く理解していない。
あの二人が今後どうなるやら、少し心配だ。
そういえばオレには、ラウルから得た命令権限が残っている。
何かの助けになるかもしれない。ここで使い切っておこう。
「ラウル……これはオレからの、最後の命令だ」
そう話しかけると、ラウルは嫌々ながら振り向き、白い目を向けてきた。
「君はまだ、想像できないだろうけど……誰もが君のように、平凡に生きられるわけじゃない。自分の過去、現在、未来、そのすべてのゲンジツを受け入れて、自力で乗り越えるのは……君が思っているほど、当たり前にできることじゃない……」
オレは、十八歳の青年、ルドルフ・カラシニコフに、最後の頼みを伝えた。
「君もそろそろ自覚すべきだ。君ほど強い人間は、他に類を見ない。だからこそ君は、他人の弱さを……思いやり深く、学んでくれ」
彼は舌打ちしながら背を向けると、ぶっきらぼうに返してきた。
「……しゃーねえ。その命令、聞いてやるよ」
***
――パタン。
廊下に出てドアを閉めると、急に静かになり、オレの足音しか聞こえなくなった。
本当に彼は、非凡なくらい、平凡な青年だった。
一体、どんな人生を歩んだら、彼のような強い人間になれるんだ?
一体、どんな人が教え育てたら、彼のような素朴な人間ができるんだ?
オレはふと振り向き、彼がいるはずの、部屋のドアを眺めた。
あれでまだ、十八歳か。
あの非凡なまでの平凡さは――少し、うらやましく思った。




