第九話 致死毒の用法・用量・1
■■にとってはゲンジツこそが、己の一番の命取り。
常にアタマから排除して、決してココロにイレてはいけない。
陽が傾き始めたころ、オレたちを乗せた車は、無事に目的地の街に到着した。
エイダンの妹、しっかり者のニーナが運転を担ってくれたおかげだ。
「皆んな、お疲れさま! ここ、私がシドロヴァで、一番オススメしたい宿なの。今日もいい部屋が取れるか、ちょっとフロントに訊いてくるわね!」
***
そう言ってニーナが手配してくれた部屋は、六人用の相部屋だった。
いかにも女の子が好きそうな、小洒落た内装だ。
白で統一されたインテリア。艶のある漆黒のフローリング。ソファベッドに置かれたターコイズ・ブルーの枕だけが、鮮烈な差し色になっている。ニーナがこの部屋を「おすすめ」と言ったのも、うなずける話だ。
ただ、申し訳ないが――部屋にくるときの荷運びは手伝えなかった。
「リオ、すまない……」
「平気、平気! 今の米沢ニイサン、すっごい軽いから、肩貸すなんてちーっともお手伝いにならないよ!」
確かに、オレの身体は、ずいぶん軽くなってしまった。肉体らしい肉体は、今や頭部しか残されていない。あとは二リットル程度の血を操って、人間らしい見た目に擬態しているだけだから、オレの胴体の中身はスカスカだ。
すると後ろから、ベッケンバウアーが挑発するようにクスクス笑った。
「そぉれにしてもぉ……まぁさか黒血種と擬態種のハイブリッド種が、本当に実現するとはぁ……」
「……」
「ククク……お可愛らしいこと。米沢くんが減らず口を叩く余裕さえなくすとはねぇ、フフフ……それでぇ、どうだい気分はぁ? 血液の色・形・質感・硬度・光の反射具合――それらすべてを、細部にいたるまで精密に操作するのはぁ、やはり集中力を酷使するものかい……?」
オレはベッケンバウアーの挑発を無視して、どうにか窓際に着いた。
そのとたん、リオの肩にしがみつく力も尽き――床に崩れ落ちた。
「……はあ……はあ……」
疲れた……身体の構造が、まだ大々的に組み替えられている。立ち上がろうにも、身体に力が入らない。
「ねえ、米沢ニイサン……まだ、しんどい?」
リオは心細げに、オレの顔をのぞき込んできた。
「リオ、それより……消息を、届ける、仕事、は……?」
「ううん、ないよ。この街に届けなきゃならないドッグタグは、一枚もないんだ」
「だが……せっかくシドロヴァに、来たんだ……君があれだけ、楽しみに……」
「別にいいよ! ラジオなんて、どこで聴いても一緒だし!」
リオは意地でもここを動かないと言いたげに、オレのとなりで膝を抱えて、座りこんでしまった。
ふと見れば、せっかくの白い髪が、オレの血で真っ黒に汚れている。
「リオ、すまない……君を、こんなに、汚して……」
せめて黒い血であれば、オレが回収できるかもしれない。
そう思って手を伸ばそうとした瞬間――ドクリと、全身が、脈動した。
「あ、グッ……!」
オレはとっさに自分の身体を押さえつけた。
だが、液体でできた身体が――刺々しく変形し、暴れだそうとしている。
また変異が起きたんだ。血液の制御が、うまく、できない。
「にっ、ニイサンッ!? どうしたの!?」
リオがギョッと目を見開いている。
オレは全力で血液の動きを抑えこみ、擬態に集中した。
それでも、汚い水音が、ねちっこく、のたうち、嫌でも耳につく。
「リオ、平気だ! 今は、少し……放っておいて、くれ……」
心配してくれるのはありがたいが、これ以上、無様な姿を見せたくない。
無理に部屋から追い出す形で、ベッケンバウアーと共に出かけさせた。
「……はあ」
ドアを閉じた瞬間――ようやくひと目がなくなった。
オレはとぼとぼと、窓際に戻ってきた。
まだ外は明るい。陽に当たっていると、ガス欠気味だった身体が、少しずつ活力を取り戻していくのを感じる。どうやらオレの身体は、太陽光を体力に変換する能力があるようだ。
ただ、人間の姿に擬態していると、回復効率が悪い。そろそろ擬態を解こう。
べちゃっ――オレの頭が窓際に落ち、額をぶつけた音が響いた。
楽な姿勢を探すうちに、頭の周りに、何枚も花弁を咲かせる形に落ち着いた。
欲張らず、控えめに、花弁を重ね、小ぶりに咲かせる――蓮に近い形が、一番楽だ。
この部屋には、首ひとつになって充電中のオレと、仮死状態のラウルだけが残された。
早く……なるべく早く、準備を整えなければ。
一刻も早く、害虫駆除を始めよう。




