表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
56/65

第九話 致死毒の用法・用量・1

 ■■にとってはゲンジツこそが、己の一番の命取り。

 常にアタマから排除して、決してココロにイレてはいけない。

 陽が傾き始めたころ、オレたちを乗せた車は、無事に目的地の街に到着した。

 エイダンの妹、しっかり者のニーナが運転を担ってくれたおかげだ。


「皆んな、お疲れさま! ここ、私がシドロヴァで、一番オススメしたい宿なの。今日もいい部屋が取れるか、ちょっとフロントに訊いてくるわね!」


***


 そう言ってニーナが手配してくれた部屋は、六人用の相部屋(ドミトリー)だった。


 いかにも女の子が好きそうな、小洒落(こじゃれ)た内装だ。

 白で統一されたインテリア。(つや)のある漆黒(しっこく)のフローリング。ソファベッドに置かれたターコイズ・ブルーの枕だけが、鮮烈(せんれつ)な差し色になっている。ニーナがこの部屋を「おすすめ」と言ったのも、うなずける話だ。


 ただ、申し訳ないが――部屋にくるときの荷運びは手伝えなかった。

「リオ、すまない……」

「平気、平気! 今の米沢ニイサン、すっごい軽いから、肩貸すなんてちーっともお手伝いにならないよ!」

 確かに、オレの身体は、ずいぶん軽くなってしまった。肉体らしい肉体は、今や頭部しか残されていない。あとは二リットル程度の血を操って、人間らしい見た目に擬態しているだけだから、オレの胴体の中身はスカスカだ。


 すると後ろから、ベッケンバウアーが挑発するようにクスクス笑った。

「そぉれにしてもぉ……まぁさか黒血種(ブラック・ロータス)擬態種(ミミック)のハイブリッド種が、本当に実現するとはぁ……」

「……」

「ククク……お可愛らしいこと。米沢くんが減らず口を叩く余裕さえなくすとはねぇ、フフフ……それでぇ、どうだい気分はぁ? 血液の色・形・質感・硬度・光の反射具合――それらすべてを、細部にいたるまで精密に操作するのはぁ、やはり集中力を酷使するものかい……?」


 オレはベッケンバウアーの挑発を無視して、どうにか窓際に着いた。

 そのとたん、リオの肩にしがみつく力も尽き――床に崩れ落ちた。


「……はあ……はあ……」


 疲れた……身体の構造が、まだ大々的に組み替えられている。立ち上がろうにも、身体に力が入らない。


「ねえ、米沢ニイサン……まだ、しんどい?」

 リオは心細げに、オレの顔をのぞき込んできた。

「リオ、それより……消息を、届ける、仕事、は……?」

「ううん、ないよ。この街に届けなきゃならないドッグタグは、一枚もないんだ」

「だが……せっかくシドロヴァに、来たんだ……君があれだけ、楽しみに……」

「別にいいよ! ラジオなんて、どこで聴いても一緒だし!」

 リオは意地でもここを動かないと言いたげに、オレのとなりで(ひざ)を抱えて、座りこんでしまった。


 ふと見れば、せっかくの白い髪が、オレの血で真っ黒に汚れている。

「リオ、すまない……君を、こんなに、汚して……」

 せめて黒い血であれば、オレが回収できるかもしれない。


 そう思って手を伸ばそうとした瞬間――ドクリと、全身が、脈動した。


「あ、グッ……!」

 オレはとっさに自分の身体を押さえつけた。

 だが、液体でできた身体が――刺々しく変形し、暴れだそうとしている。

 また変異が起きたんだ。血液の制御が、うまく、できない。


「にっ、ニイサンッ!? どうしたの!?」

 リオがギョッと目を見開いている。

 オレは全力で血液の動きを抑えこみ、擬態に集中した。

 それでも、汚い水音が、ねちっこく、のたうち、嫌でも耳につく。


「リオ、平気だ! 今は、少し……放っておいて、くれ……」

 心配してくれるのはありがたいが、これ以上、無様な姿を見せたくない。

 無理に部屋から追い出す形で、ベッケンバウアーと共に出かけさせた。


「……はあ」

 ドアを閉じた瞬間――ようやくひと目がなくなった。

 オレはとぼとぼと、窓際に戻ってきた。


 まだ外は明るい。陽に当たっていると、ガス欠気味だった身体が、少しずつ活力を取り戻していくのを感じる。どうやらオレの身体は、太陽光を体力に変換する能力があるようだ。

 ただ、人間の姿に擬態していると、回復効率が悪い。そろそろ擬態を解こう。


 べちゃっ――オレの頭が窓際に落ち、(ひたい)をぶつけた音が響いた。


 楽な姿勢を探すうちに、頭の周りに、何枚も花弁を咲かせる形に落ち着いた。

 欲張らず、控えめに、花弁を重ね、小ぶりに咲かせる――蓮に近い形が、一番楽だ。


 この部屋には、首ひとつになって充電中のオレと、仮死状態のラウルだけが残された。


 早く……なるべく早く、準備を整えなければ。

 一刻も早く、害虫駆除を始めよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ