表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
注:オレは人のココロを操る能力を持ったゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
プロローグ すべての願いを叶えるキセキは、真逆で矛盾にできている
4/65

第一話 黒蓮は雪より出でて雪に染まらず・3

 しばらくすると、ベッケンバウアーが遅れてノコノコと追いついてきた。


「おやぁ? リオちゃんも恐ろしいことを始めたねぇ」

「頼む、ベッケンバウアー。こればっかりは、お前の知恵を貸してくれ」

「フフッ……断る」

「断るなよ、まだ話してもいないんだ……」


 すると博士は鼻で笑い、畳みかけるように冷たい言葉を浴びせてきた。


「君の話はどうでもいい。心底どうでもいい。そぉんなことよりもぉ……気になるのは、あの変異種の型だぁ。さっさと君の嗅覚で確かめたまえ。報告せよ。私は待たされるのが嫌いである……」

 博士にそう急かされ、オレは渋々マフラーを下げた。


 独特の刺激臭がする。

 だとしたら、間違いない。

「あいつ、ナンシー型だ」

「ホゥ、興味深い……」

 いや……何が興味深いだ。博士も同じナンシー型のくせに。

「あのなベッケンバウアー……だいたいお前、あいつと同じ『仲間』なら――」

「お・だ・ま・りィッ!」


 ガツンッーー博士はブーティのヒールで、オレのスニーカーを踏み(にじ)ってきた。


 あっ、靴紐がほどけた。


「いいかい、米沢くん……私は()()()『ナンシー・ベッケンバウアー博士』である。いい加減、私をリビングデッドだと言い張るのは辞めたまえ……いいねぇ?」

 博士は高慢(こうまん)極まりない態度でオレを睨みながら、威圧的に命令してきた。


 つくづく思う。これだからナンシー型の擬態種(ミミック)は面倒くさい。どいつもこいつも、自分こそが本物の「ナンシー・ベッケンバウアー博士」だと言い張るんだから。

 だが、彼女はオレの命令権限を持っている。渋々ながら、うなずくしかない。

「はいはい、その命令に従う……従うから、さっさと足をどけてくれ」

 オレは適当に博士の脚をあしらい、スニーカーの靴紐を結び直した。


 顔を上げると、リオがブラック・ロータスを背負おうと、あれこれ悩んでいる。

 何せ、ボロボロに風化したリビングデッドだ。一体、何年、何十年、ここで吹きさらしになっていた個体かわからない。


「なあ、ベッケンバウアー、お前も知恵を出してくれ。オレは絶対、あいつを連れて行こうって考えには反対だ」

「マァ、無理もない。何せあの個体は――」

「あいつを連れて行くって言われても……一体どうやって、街に入れって言うんだ」


 するとベッケンバウアーは、急に驚き顔でオレを見た。


「米沢くん、冷静に考えたまえ……果たして今は、()()()()()を心配している場合かねぇ?」

 なぜか博士は、愕然(がくぜん)として硬直している。

「……なんだ? オレ、何か変なことでも言ったか?」

「ハァ、やはり君はぁ、正気ではない……」


 博士が「やれやれ」と大げさに(かぶり)を振ると、ゆるくウェーブしている紫髪が、顔の右側を隠すようにかかった。

「米沢くん……何も疑問に思わなかったのかねぇ? リビングデッドが人間を前にして、攻撃を中断したのだぁ……私もこうしたケースは初めて見る。なぜあのような不可解な現象が起きたものか……現段階では、何も推測しようがない」


 彼女は前髪をかき上げると――うっとりと目を細めた。


「アァっ、リオちゃんったらぁ……そのような相手を、すでに完璧に信頼している。これ以上ないほど不気味な予感のする、得体の知れない平和ではないかぁ。一刻も早く、あの変異種がどのような願望を抱いているか、私も解明を急がなければ……」


 なんだ――()()()()()か。

 やっぱりこいつとは、相容れないな。

 この期におよんでゾンビ研究のことで頭が一杯だとは、恐れ入る。


「お前な……少しはリオの身を案ずるってことを覚えたらどうだ、薄情者」

「フフフ、米沢くんの目は節穴かぁい? 私はリオちゃんのことを……そう、心から! この上なく! 愛……愛っ、愛ッ! あぁぁあ〜いしているではないかぁああ〜っ!」


 しまった。変に刺激してしまった。わらに火種でも与えたようにみるみる燃え上がり、熱情が爆発しているようだ。


「アァッ! 私の愛し子っ! 私のリオちゃん! なぁ〜ぜ愛さずにいられようかぁあああああっ! はぁぁああああっ……リオちゃあああああんっ! 私はっ! 君をっ! あぁぁああぁぁあああああいしているよぉおおおおおっ!」

 片腕だけの博士は、紫髪をかき乱しながら、天を仰いで絶叫している。


 その熱烈なプロポーズに対して、リオは忙しそうに、

「ありがとネエサン! 僕も大好きだよーっ!」

 と、手短に返していた。

 リオは今、ブラック・ロータスをどう背負うべきか、悪戦苦闘している最中だ。


 オレは対岸の火事でも眺めるような冷めた気分で、ため息をついた。

「……はいはい。どうせ研究用のモルモットを可愛がるのと、同じ理屈なんだろう?」

「フククククッ……一体それの何がいけない。我が愛し子を、研究対象を、より深く、密に、知りたいと願う()()はぁ……アァ、何者にも止めようがない……そうさぁ、研究は続けなければ……ハァ、私の愛し子……研究を……実験を……真相の、究明を……」

 ベッケンバウアーは白衣のポケットに手を入れると、喉の奥で低く笑いながら、よろよろと二人に歩み寄っていく。


 ポケットから、あいつが棒付きキャンディを取り出したのが見えた。

 どうやら博士は、本腰を入れてゾンビ研究を始めるようだ。彼女はブラック・ロータスの肩を叩き、何か(ささや)いている。

「ときにぃ……君の願いは何だい? 君が今、心に抱く、最も尊い願いとはぁ?」

 そう問われたブラック・ロータスは、重く、思い詰めた声で、何かつぶやいた。

「……んだ、ほうが……」

「……」


「リビング、デッド、に、な、って……きる……くら……な、ら……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ