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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
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第三話 ミミック退治・3

 結局ラウルは、オレに命令権限を明け渡してくれた。

 それでもオレは、あまり『おともだち』に命令という言葉は使いたくない。

 ラウルには、オレの命令(タノミ)を断らないようにと伝えた。


「ラウル、これはオレの命令(タノミ)だ。君の最大願望への執着(カース・オブ・カイン)は、今、どうなってるんだ?」


 ラウルは落ち着きを取り戻すと、意を決したように、長く長くため息をつき、素直に打ち明けてくれた。

「俺、どうにかして、考えまいとしたんだ……けど、俺……この地下室に、閉じ込められてるうちに……だんだん、わけわかんなくなっちまって……」

「……え?」

「気づいたら……『まだ死にたくねえ』って……」


 それは平凡な夢だ。ありふれた願いだ。別にこれといって珍しい希望でもない。

 ただまさか――本気でそんなことを願ったりしていないだろうな?


「いや、そう願いたくなるのも、ある程度は仕方ないかもしれない。ただ、君もヘレンから教わったはずだ。それは絶対、願うべきじゃないって!」

「んなこと……わかってるッ!」


 ラウルは急に、とんでもない怒号を吐いた。


「クソッ……俺だって、散々努力したんだ! んなこと願ったって仕方ねえって、わかってんだからよ……」

 苦しげにうつむくラウルは、ボアジャケットのポケットに手を伸ばしている。


 取り出したのは、細長い木片だった。

 前衛的なスプーンに見える。使いにくいペーパーナイフにも見える。

 ただ、それらに使うにはーーあまりにも細く、薄く、小さすぎる。

 それでもやけに意味深な曲線を描いた、人差し指ほどの長さの、ただの木片だ。


 ラウルはそれを握りしめると、喉から絞り出すように、重くつぶやいた。


***


「ねえ、米沢ニイサン……僕たち……本当に、何もできないの?」

「……」

「で、でもっ! まだ何か、手があるんじゃないの!?」


 リオに言われるまでもなく、オレ自身、諦めたくない気持ちはある。

 それでも今の状況を、正直に、伝えるしかない。


「……ラウルは『死にたくない』とヘレンに願ったそうだ。ただ、それは絶対、願うべきじゃなかった」

「え? な、なんで、お願いしちゃ駄目だったの?」

「前例が色々とある。叶わぬ願いを、ヘレンに願ったら……()()()()()()

「……え……?」


 リオは少し、絶望した声をあげた。


「……待ってニイサン……何も起きないって……本当に、何も起きないの!?」

「何も起きない」

「な、なんで、なんで!?」

「すまない。こればっかりは、本当に、何も……」

 そう言い聞かせてやったが、リオはまだ諦めきれないのか、何か手がないかと、あれこれ考えあぐねているようだ。

「でも! ラウルさんは今、『人を襲いたくない』ってことも思ってるんでしょ? きっとそっちが叶ったら――」

「それはできない。一度願いが決まったら、もう二度と変えることはできないんだ……」


 ただ、一応なりとも救いはある。

 ラウルの苦しみも、もうすぐ終わりがくるはずだ。


 リビングデッドは、決して、不老不死じゃない。

 むしろ使い捨て電池のような、儚い存在だ。

 何せオレたちの肉体は、夢を叶えることに集中するため、三大欲求をすべて禁じらている。

 永遠に断食を強いられ、不眠不休で酷使されている身体だ。どれだけ効率よく使っても、いつか必ず限界がくる。その限界がくるタイミングには、「半減期」と呼ばれる目安がある。


 世界の大半を占めているナンシー型なら、半減期は、推定二十年以上。

 驚異的な身体能力で知られるケリー型の場合、十五年程度。


 一方、ヘレン型の半減期は――()()()

 ラウルはすでに、稼働を始めてから、五ヶ月が経っている。


 ――俺はまだ、死にたくねえ。


 ふと振り向くと、セーフ・ルームの入り口に、青髪の青年エイダンが戻ってきていた。

「あの……すいません。ラウルと何があったんですか?」


 (いぶか)しがるのも無理はない。

 この部屋に(かくま)われているラウルは、床にへたり込んだまま、静かに涙をこぼしている。

 それを傍観(ぼうかん)する形で、オレとリオが、ただただ部屋の中央で立ち尽くしていた。


「いえ……朝早くに、お邪魔しました」

「え? もう帰るんですか? あの、確かラウルにお話があるって……」

「はい、その話も、もう終わりました……リオ、行こう。次の仕事が控えている」

 オレはそう言って、地下室をあとにしようとした。


 だが、地下室の扉が閉じかけたとき――急にラウルが叫んできた。


「お……おい、待ってくれッ!」


 彼は(わら)にもすがる勢いで、こちらに追い縋ろうとしている。

 それでも右腕に手錠をかけられ、ベッドから離れることはできない身だ。

 彼は懸命に左腕を伸ばし、(くう)を掴み、喘ぎ喘ぎ訴えてきた。


「頼む、誰か……誰か俺を殺してくれッ! マジで誰だっていいんださっさと死なせーー」


 地下室の扉が閉じた。

 その瞬間、ラウルの叫びは、届かなくなった。


 残念ながら、あのミミックを助けることはできない。

 そもそも駆除さえ、必要なかった。

 オレにはどうすることもできないんだ。黙ってここを立ち去るしかない。


 ラウルはこれからも、ゲンジツという致死毒の中で、もがき苦しむことになるんだろう。

 まだ死にたくないと願いながら、もう死にたいと叫びながら、

 それでも誰にも殺されず、願いを叶える(すべ)もなく、

 あの地下室から出られないまま、やがて命が尽きるだろう。


 それが彼のーー致死毒(ゲンジツ)だ。

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