第三話 ミミック退治・3
結局ラウルは、オレに命令権限を明け渡してくれた。
それでもオレは、あまり『おともだち』に命令という言葉は使いたくない。
ラウルには、オレの命令を断らないようにと伝えた。
「ラウル、これはオレの命令だ。君の最大願望への執着は、今、どうなってるんだ?」
ラウルは落ち着きを取り戻すと、意を決したように、長く長くため息をつき、素直に打ち明けてくれた。
「俺、どうにかして、考えまいとしたんだ……けど、俺……この地下室に、閉じ込められてるうちに……だんだん、わけわかんなくなっちまって……」
「……え?」
「気づいたら……『まだ死にたくねえ』って……」
それは平凡な夢だ。ありふれた願いだ。別にこれといって珍しい希望でもない。
ただまさか――本気でそんなことを願ったりしていないだろうな?
「いや、そう願いたくなるのも、ある程度は仕方ないかもしれない。ただ、君もヘレンから教わったはずだ。それは絶対、願うべきじゃないって!」
「んなこと……わかってるッ!」
ラウルは急に、とんでもない怒号を吐いた。
「クソッ……俺だって、散々努力したんだ! んなこと願ったって仕方ねえって、わかってんだからよ……」
苦しげにうつむくラウルは、ボアジャケットのポケットに手を伸ばしている。
取り出したのは、細長い木片だった。
前衛的なスプーンに見える。使いにくいペーパーナイフにも見える。
ただ、それらに使うにはーーあまりにも細く、薄く、小さすぎる。
それでもやけに意味深な曲線を描いた、人差し指ほどの長さの、ただの木片だ。
ラウルはそれを握りしめると、喉から絞り出すように、重くつぶやいた。
***
「ねえ、米沢ニイサン……僕たち……本当に、何もできないの?」
「……」
「で、でもっ! まだ何か、手があるんじゃないの!?」
リオに言われるまでもなく、オレ自身、諦めたくない気持ちはある。
それでも今の状況を、正直に、伝えるしかない。
「……ラウルは『死にたくない』とヘレンに願ったそうだ。ただ、それは絶対、願うべきじゃなかった」
「え? な、なんで、お願いしちゃ駄目だったの?」
「前例が色々とある。叶わぬ願いを、ヘレンに願ったら……何も起きない」
「……え……?」
リオは少し、絶望した声をあげた。
「……待ってニイサン……何も起きないって……本当に、何も起きないの!?」
「何も起きない」
「な、なんで、なんで!?」
「すまない。こればっかりは、本当に、何も……」
そう言い聞かせてやったが、リオはまだ諦めきれないのか、何か手がないかと、あれこれ考えあぐねているようだ。
「でも! ラウルさんは今、『人を襲いたくない』ってことも思ってるんでしょ? きっとそっちが叶ったら――」
「それはできない。一度願いが決まったら、もう二度と変えることはできないんだ……」
ただ、一応なりとも救いはある。
ラウルの苦しみも、もうすぐ終わりがくるはずだ。
リビングデッドは、決して、不老不死じゃない。
むしろ使い捨て電池のような、儚い存在だ。
何せオレたちの肉体は、夢を叶えることに集中するため、三大欲求をすべて禁じらている。
永遠に断食を強いられ、不眠不休で酷使されている身体だ。どれだけ効率よく使っても、いつか必ず限界がくる。その限界がくるタイミングには、「半減期」と呼ばれる目安がある。
世界の大半を占めているナンシー型なら、半減期は、推定二十年以上。
驚異的な身体能力で知られるケリー型の場合、十五年程度。
一方、ヘレン型の半減期は――約半年。
ラウルはすでに、稼働を始めてから、五ヶ月が経っている。
――俺はまだ、死にたくねえ。
ふと振り向くと、セーフ・ルームの入り口に、青髪の青年エイダンが戻ってきていた。
「あの……すいません。ラウルと何があったんですか?」
訝しがるのも無理はない。
この部屋に匿われているラウルは、床にへたり込んだまま、静かに涙をこぼしている。
それを傍観する形で、オレとリオが、ただただ部屋の中央で立ち尽くしていた。
「いえ……朝早くに、お邪魔しました」
「え? もう帰るんですか? あの、確かラウルにお話があるって……」
「はい、その話も、もう終わりました……リオ、行こう。次の仕事が控えている」
オレはそう言って、地下室をあとにしようとした。
だが、地下室の扉が閉じかけたとき――急にラウルが叫んできた。
「お……おい、待ってくれッ!」
彼は藁にもすがる勢いで、こちらに追い縋ろうとしている。
それでも右腕に手錠をかけられ、ベッドから離れることはできない身だ。
彼は懸命に左腕を伸ばし、空を掴み、喘ぎ喘ぎ訴えてきた。
「頼む、誰か……誰か俺を殺してくれッ! マジで誰だっていいんださっさと死なせーー」
地下室の扉が閉じた。
その瞬間、ラウルの叫びは、届かなくなった。
残念ながら、あのミミックを助けることはできない。
そもそも駆除さえ、必要なかった。
オレにはどうすることもできないんだ。黙ってここを立ち去るしかない。
ラウルはこれからも、ゲンジツという致死毒の中で、もがき苦しむことになるんだろう。
まだ死にたくないと願いながら、もう死にたいと叫びながら、
それでも誰にも殺されず、願いを叶える術もなく、
あの地下室から出られないまま、やがて命が尽きるだろう。
それが彼のーー致死毒だ。




