表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
27/65

第三話 ミミック退治・2

「初めまして、米沢といいます。……ルドルフ・カラシニコフさんですね?」

 オレはなるべく丁寧に挨拶を告げたがーー返事はもらえなかった。


 コンクリートの打ちっぱなしでできた、十畳ほどのセーフ・ルームだ。

 オレの手にあるロウソクの火が、唯一の光源。

 この地下室には、リビングデッドの青年ラウルが幽閉されていた。

 彼は右手に手錠をかけられ、ベッドの柵に拘束されている。床に座り込み、ゼイゼイと荒く息を繰り返しては、オレのことを睨んだままだ。


 ひとまず、彼から事情を聞き出す前に、先にオレの手の内を明かすのが、礼儀というものだろう。

「ま、あなたも気づいているでしょうけど……ええ、オレもヘレンの『おともだち』です。しかも、あなたと同じ、擬態種(ミミック)です」

 少しわざとらしいかもしれないが、あえて雑談を持ちかけてみよう。

「いや……奇遇ですよね、はは……ミミックなんて、滅多なことじゃ選ばれないじゃないですか。オレも色々と旅してきましたけど、なかなか『おともだち』にも会えないのに、まさか同じミミックに会えるなんて――」

「あっそ。勝手に言ってろ」


 ラウルはそう言って、短く、切り捨てた。


「あのよ……米沢って言ったか? お前、本当にヘレンの『おともだち』か? ずいぶんナンシーの『仲間』の匂いがするじゃねえか……ヘレンもすげえビビってるし……」

 彼はオレと同じレベルの嗅覚を持っている。隠そうと思って隠せるものじゃない。ここは正直に打ち明けるしかない。

「……はい。オレは今、ナンシー型にも感染しています」

「はあ!? おいおい、マジかよ!」

「あの! 誤解しないでください! オレは今でもヘレンの『おともだち』です。そこは今も変わりません!」

「嘘つけッ! 俺はナンシーの『仲間』にされたら、もうヘレンの『おともだち』じゃなくなるって教わったぜ!? 両方に感染してるって……ったく、ナンシーも馬鹿にしたもんだな、ヘレン」

 ラウルはそう言うと、素っ気なくそっぽを向いた。

 ただ、先ほどの言動から察するに、彼は人を襲いたくないと願っているようだ。


 ――やめろッ! そいつに手え出しやがったらブッ殺すぞ!


 だとすれば、まだ希望はあるはずだ。

「ラウル……不躾(ぶしつけ)で悪いが、君の『カース・オブ・カイン』を明かしてくれないか」

「ハッ! ふざけたこと言ってんじゃねえよ。帰れ」

 ラウルはそう言ったきり、すっかり会話を閉ざしてしまった。


 それでもオレは、何度か別の切り口から、対話を試みてみた。

 だがラウルは、何ひとつ返事をくれない。


 参ったな……信頼を得るための糸口が、何も掴めない。

「……ラウル、頼むから耳を貸してくれ。まだヘレンに何も願ってないなら、君は人を襲わないミミックになれるはずだ。……オレは君の、力になりたいんだ」

「いらねーよ。何度も言わせんな、帰れ」


 それでもめげずにラウルに歩み寄り、片膝をつき、同じ目線の高さに立った。


「ただ、君も実感してるはずだ……オレたちがどれだけ嫌がっても、結局、寄生虫の命令には従ってしまう。だから『おともだち』になったら、人を襲いたい欲求には絶対に(あらが)えない。ただ……それこそが抜け道になるだろう?」


 そのとき、オレの背後にいるリオが、ぽそっと素朴に問いかけてきた。

「抜け道? ねえニイサン、人を襲いたい気持ちに勝てないのが、なーんで人を襲わないミミックになる抜け道になんの?」

 するとラウルは癖毛をかきながら、呆れた顔して口をはさんでくる。

「お前なあ……馬鹿か? ゾンビってのはなあ、命令に逆らえねえように、勝手に脳みそいじくられてんだ。だったら『人を襲うな』って命令しちまえばーー」

「あっ、そっか! 『人を襲うな』って命令に逆らえないミミックになるんだ!」

 リオは大いにうなずくと、ポンと手を打った。


 オレはそれを見てーー驚きよりも、むしろ寒気を感じた。

 まさかリオは、そんな仕組みさえも知らずに、オレのことを信頼していたのか?


「……で、米沢ニイサン、そんな大事な命令、どうラウルに頼めば上手くいくの?」

「あ、まあ……そこが少し、難しくて……」


 残念ながら、リオがラウルに命令したところで意味はない。

 この方法を成功させるには、寄生虫(ヘレン)をもしのぐ、より上位の優先順位をつけた、特別な命令が必要だ。


「リオ、実はリビングデッドになると、寄生虫にひとつだけ願いを叶えてもらえるんだ。……ま、実際は『願いを誰も殺せなくなる』っていう、かなり厄介なものだけど――」


 この寄生虫に感染すると、必ず「最大願望への執着(カース・オブ・カイン)」という症状が発症する。


 人間なら誰しも、自分の願いを、途中で諦めたくなるときもあるだろう。だがこの症状は、何があろうと願いを殺せなくなる、呪いのような代物だ。

 もしも願いを諦めれば、より強い願いとなって、再び自分に感染する。諦めれば諦めるほど重症化が進み、むしろ()()()()()()()()()()考えられなくなる。


 腕がもげようと、脚が千切れようと、それでも願いを捨てきれず、この世を彷徨(さまよ)い歩くことになる。

 自分の願いに執着し、自分の願いに操られる――それが最大願望への執着(カース・オブ・カイン)の正体だ。


 だからリビングデッドは、同じ奇行を繰り返す。同じ愚行を繰り返す。

 馬鹿のひとつ覚えのように不可解な行動を繰り返すのは、そのせいだ。


 ふと振り向けば、背後には、真っ白な髪を流したあの子が見える。

「リオ……オレは君に出会ったとき、『自分にひとつだけ命令を下したい』とヘレンに願った。だからオレは、命令に従って、君たち人間を襲えないんだ」

 この命令は、今のところ、オレのストッパーとして十分機能している。だからラウルも、条件さえ整えば、人を襲わないミミックになれるはずだ。


 必要なのは二点。

 ラウルの『最大願望への執着(カース・オブ・カイン)』がまだ決まっていないこと。

 ラウルが「人間を襲いたくない」とヘレンに願うこと。

 この二つが絶対条件だ。


 ただ……残念ながら、このままでは手詰まりだ。

 彼の『最大願望への執着(カース・オブ・カイン)』を聞きだすどころか、まともに会話できない有様だ。

 オレはリオに苦笑いを見せ、少し肩をすくめた。

「リオ、すまないけど……ちょっと向こうを向いててくれないか?」

「へ?」

「少し()()()()()()……あまり君に見られたくない」

「わっ、わかった!」

 リオは地下室から一歩出ると、素直に後ろを向いてくれた。


「……おい……何する気だ……」

 ラウルは少し緊張気味に訊いてきた。

「オレはさっき言ったはずだ。君の力になりたいと……」


 ここには人間の目がなくなった。これで安心して仕事ができる。


「だからこそ……()()()()()()()手に入れるしかない」


 その瞬間、ラウルは威勢よく怒鳴り散らしてきた。

「お前ッ……やっぱヘレンの『おともだち』じゃねえだろ! 黙って聞いてりゃ、ヘレンが何も言い返せねえからって、頭に乗りやがって!」


 コツリ――靴音が反響し、ラウルに一歩、歩み寄った。


「ラウル、正直に話そう……君を助けることができないなら、君を駆除するしかなくなる。君がオレと同じように、人間と暮らせるミミックになれないなら……」


 コツリ――オレは(ふところ)から、手鏡を取り出した。


 手のひらサイズの、ありふれた折りたたみ式の手鏡だ。

 人間であれば、武器のたぐいには見えないもの。致死性ゼロだとみなされるもの。どれだけ身体検査の厳しい場所へも、何の問題もなく持ち込める、ミミックにとっての致死毒そのもの。


 だがラウルはーー露骨に目を逸らすと、馬鹿にするように笑い飛ばしてきた。

「ハ……ハハハハッ! なーに格好つけてんだか。だってお前、そうやって仰々(ぎょうぎょう)しく取り出してんの、ただの鏡じゃねえか! おいおいピストル出すならまだしも、何のギャグだよ鏡って――」

「君は鏡を直視することができるのか?」

「……」

「今すぐ自分の後ろを振り向けるのか?」

「……」

「君は鏡を見るどころか、後ろを振り向く勇気もないくせに……ピストルやナイフの方が恐ろしい? それは何のギャグのつもりで言っているんだ」


 コツリ――オレはラウルの前に立ちはだかり、手鏡を広げた。


「これは本当に、君に指摘するのも馬鹿らしい……君を見ていれば、誰でも気づく。当然、初対面のオレでも、すぐに気づいた……」


 オレはラウルの目の前に、鏡を突きつけた。

 彼は強がるのをやめた。虚勢をはるのをやめた。

 そして――鏡に映し出されたゲンジツを、直視した。


「な……なんだ、これ!? ど、どこにッ!?」

 ラウルは血相を変え、周りを見回している。

 背後。ベッドの下。天井。隅から隅まで探している。

 それでもコンクリートでできた地下室には、オレとラウル以外には、誰もいない。

「ラウル……ずっと君を見ていたけど、君の後ろには、最初から誰もいなかった。後ろどころか……君はこの部屋で、()()()()()だったんだから」

「う、嘘だ! おい、返事しろッ! だって、さっきまで――」

 オレはラウルの頭を掴み、振り向かせ、鏡の中のゲンジツを直視させた。

「君が今まで、ずっとヘレンだと思って話しかけていたのは……君の頭の中にいる、()()()()


 そう告げた瞬間、ラウルの息が――止まった。


 悲鳴もあげられず、後ずさりを始め、自分のゲンジツから逃げだした。

 だが、彼の背後にはベッドがある。オレは肩を押さえつけ、その場に縛りつけた。

「ラウル……苦しそうな匂いがするね。普段はあまり意識しないようにしていたのか? それでも君以外の、誰もが気づいているさ。当然、初対面のオレも――」

「やめろ! 言うなッ、言うなアアアアアアアアアアッ!」


 コンクリート製の地下室に、ラウルの絶叫が、反響している。それでもうまく息ができないのか、叫べば叫ぶほど、呼吸が浅くなり、息が止まりかかっている。

 逃がすと面倒だ。ラウルの肩を押さえ込み、その場に座らせ、逃げ場を塞いだ。

 鏡を直視させたまま、()()()()()を、淡々と告げた。


 ありふれた事実。当たり前の現実。いまさら指摘するのも馬鹿らしくなるほど、彼を見ている誰もが気づいている、彼自身のゲンジツだ。


 だが、ひとつひとつ自覚させるほど――苦しそうな匂いが濃くなっていく。

 耐えられない、見たくない、聞きたくないと叫ぶような、悲痛な匂いを強く感じる。


 オレはその苦しみから解放してやるため――彼の耳元で、優しく告げた。


「ラウル、オレに命令権限を渡せ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ