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注:オレは人のココロを操る能力を持ったゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
プロローグ すべての願いを叶えるキセキは、真逆で矛盾にできている
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第一話 黒蓮は雪より出でて雪に染まらず・1

 依頼人を代理して、故郷に消息を届けることから、

 あの子のような旅人は『消息代理人』と呼ばれている。

「米沢ニイサン! 次の交差点、左折するよ!」


先頭を駆けるリオが、振り返りざまに叫んだ。


「そんで左折したら、日陰に入るの! ニイサン、索敵お願い!」


「わかっ――」


その瞬間、マフラーをずらした俺の鼻腔を、強烈な臭いが突き刺した。

息が詰まり、思わず咳き込む。


「ニイサン! 平気!?」


「ッ……問題、ないッ!」


だが、これはヤバい。


リビングデッドの腐臭が、濃すぎる。

まるでこの街で、祭りかカーニバルでも開催されていた最中に全員感染したかのような密度。

皮膚がただれ、肉が腐り、無数の亡者が群れをなしている。


――だが、慣れた嗅覚を総動員し、慎重に嗅ぎ分けると。


「リオ、そいつらは通常種だ! 変異体は紛れてない。走り抜けても平気だ!」


「ありがとニイサン! あと少しで日向ルートに入るよ!」


助かる。

太陽が出ている道なら、リビングデッドの姿はないはず。


「助かる。こうも匂いが多いと、息が詰まりそうだ。」


「ほんとごめんね、いっつもニイサンに負担かけてばっかりで。」


「いや、今日は運がいい。もうすぐ――」


曲がり角を越えた瞬間、俺の言葉は凍りついた。


――密集、地帯……!


臭いが、濃すぎる。


視界の先に広がるのは――まるで時間が止まった都会の雑踏。

人々は服を着たまま静止し、その顔は崩れ落ち、眼窩は空っぽ。

それが数えきれないほど並んでいる。


俺は思わず、夕空を見上げた。


日没まで、時間がない。


今はとにかく、息を止めてでも突っ切るしかない。

このままでは、夜が来る――。


だというのに――俺の前には、ダラダラ走る白衣の女。


「……ベッケンバウアー、ポケットに手を突っ込むな。せめて真面目に走れ。」


「真面目ぇ? 今は真面目に走らないことこそ、最善であるというのにぃ?」


カツーン、カツーン――。

紅いブーティを鳴らしながら、隻腕の博士は、まるで月面歩行のようにのんびりと進んでいく。


――こいつ、真面目に走る気がないな?


「……これが最後の警告だ。従わない場合、リオのためにも、この場で射殺する。」


「へぇ、それは実に恐ろしい話だねぇ。一体何の冗談であるかは知らないがぁ……フッ……冗談ならば早く『冗談である』と言いたまえ。私も『笑えない冗談である』と、笑ってさしあげよう……」


「それがお前の最期の言葉になるぞ。」


「おやぁ? ウククッ、まさか本気であったとはねぇ、アッハハハハハ!」


高笑いしながら、ベッケンバウアーは肩をすくめ――。


「米沢くん、私の命令権限をここで行使しよう。現時点をもって、君はリオちゃんの旅から外れたまえ……今までご苦労。ごきげんよう。」


――ああ、そういうことか。


この状況を利用して、俺を“切り捨てる”つもりだったわけだ。


リオは先陣を駆けるのに必死で、こちらを見ていない。

今こそが、俺を厄介払いするチャンス――そう判断したんだろう。


……だが、お前が何者かは、こっちも知ってるんだよ。


俺は左手で、博士の背を押しながら――右手で拳銃を抜き、その頭に突きつけた。


「……米沢くん、なぁんのつもりかねぇ?」


「そんなに風景が見たかったら、死んだあと、好きなだけ眺めていろ。」


「おやぁ、私が仕事を取ってしまっては悪いねぇ。それは君に譲るよぉ……」


カチッ。


――安全装置、解除。


その音が響いた途端、博士の声色が変わった。


「……私に銃口を向けるとは何事だぁ。それは君自身に向けたまえ。」


「確かにお前が命令すれば、オレは絶対に逆らえない。だが、勘違いするな。お前が持っている命令権限は……」


「最低ランクだ」


「……」


「上位の命令に反する場合、お前の命令は……何の意味もない独り言だ」


その瞬間、ベッケンバウアーは大げさに天を仰ぎ――。


「……ハァァァア〜アっ! ばぁああああかばかしぃいいいっ……」


露骨なため息をついた。


「米沢くん、この際だぁ、はっきり言わせてもらおう……君もそろそろ正気に戻りたまえ。リオちゃんの身を案ずるならばぁ、私をここで射殺するのは、明らかなる悪手ではないかぁ」


「オレはむしろ、最初からお前を殺すべきだったと後悔している」


「フッ……勝手にしたまえ。私は今、大変忙しい」


「何が忙しいんだ。高層ビルがそんなに珍しかったら――」


「珍しいのではない、忙しいのだぁ。君も少しは周りに目を向けてはどうだい?」


博士はポケットに手を入れたまま、物悲しげに景色を眺める。


「ご覧よぉ、この有様ぁ……」


そのとき――変異種の匂いが、風に乗って届いた。


俺はハッとして顔を上げた。


――広場の先に、一体のリビングデッド。

他には誰もいない。


だが。


その“頭”に、異形の『蓮』が咲いていた。


「リオ! 止まれ! そいつは黒血種(ブラック・ロータス)だ!」


俺が叫んだ瞬間、黒い花弁が、ヌチャッと水音を立てて揺らめいた。


「米沢ニイサン、これでいいんだ、これが最短ルートなんだ!」


――まさか、まさかとは思うが。


リオ、お前、あえてここを選んだのか!?


「リオッ! それは危険すぎる! 遠回りでも別のルートを――」


「ないよ! 僕が突破する!」


そう叫んだリオは、猛然と駆け出した。


「リオォォォォォッ!!」


黒血種(ブラック・ロータス)の首が、ゆっくりと**リオのほうを向いた――。

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