「ルドルフ・カラシニコフには理不尽な話」・1
「神は完成を急がない。明日はもっといい仕事をしよう。」
――アントニ・ガウディ
俺が十歳だったとき、両親がリビングデッドに感染して、ぽっくり逝った。
俺は名字が変わったから、「ルドルフ・カラシニコフ」って刻まれたドッグタグを、新しい両親から二枚もらった。
***
俺は黙って、チェーンからドッグタグを付け替えた。
まるで家族になるための儀式だな。新しくもらったドッグタグは、無事にチェーンに付け替えたし、服の内側にしまっておくか。
「……」
テーブルの左右には、今日から俺が「父さん、母さん」って呼ばなきゃならない、おじさん夫婦がこっちを見てる。
けど「ドッグタグの儀式」が終わったあとも、俺は目の前の夕食に手を出せなかった。
旨そうな匂いに釣られて、腹の虫が鳴ってる。きっと濃い味つけの肉料理なんだろうな。
けど、俺は早く二人に、謝らなきゃ駄目なことがある。
こんなこと、最初からさっさと言わなきゃ駄目だったって、自分でも痛いくらいわかってた。けど、言いだすタイミングが、全然掴めなくてーー。
「……ルドルフ、何もそこまで緊張することはない」
おじさんが小声で気遣ってくれたとき、おばさんが微笑んで、おじさんに耳打ちしだした。
「やだ、あなたったら……忘れてますよ……この子は『ラウルくん』って呼ばれてたんですから、わたしたちも……」
「ああ、すまない、そうだった……」
夫婦そろって、スローペースな会話だな。
おじさんが照れ笑いしてるのも、ワンテンポ遅く感じる。
「いや……最近どうにも、駄目だな……私も年だろうか、ははっ……」
「いいんですよ……あなたが忘れたことは、わたしが覚えてます。わたしが忘れたことは、あなたが思い出してください」
「……いつもすまないな、おまえ」
ゆっくりペースだけど、夫婦の話は弾んでるみたいだ。
二人の目尻には、おそろいの笑いジワが浮かんでるし、髪にはたっぷり白髪が混ざってて、なんだかお似合いの夫婦って感じだ。
けど、俺のポジション……すげえ気まずいな。
二人の間に、俺が邪魔者で混じってるみたいだ。
俺が邪魔者ーーそう思った瞬間、耳の奥に、親戚の声がいっぺんに蘇ってきた。
そんなもん、もう思い出さなくていいんだ。なのに聞きたくない文句ばっかり蘇ってくる。それが聞こえるうちに、悔しくて、腹が立って、涙がにじんできた。
本当、大人って、子どものこと馬鹿にしすぎだぜ。
澄ました顔して、綺麗事並べて、美辞麗句で自分をゴテゴテに着飾って……それで隠せるって、思い込んでんだ。
けどよ、結局言いたいことって、俺だってすぐわかった。
「ラウルの親になるなんて、死んでもごめんだ」
まあ、別に両親が死ぬなんて、いまどきよくある話だ。
そのあと親戚が集まって、とんでもねえ口論が始まった。
「ラウルは絶対、うちで引き取りたくない」
「だがラウル以外の子なら、絶対うちで引き取りたい」
親戚の皆んな、その二つを言い合ってただけなのに、大人の社交辞令って、すげえバリエーションがあるんだな。
まあ、俺の姉弟って、四人中三人は大当たりだもんな。
メチャクチャ頭がいい姉ちゃん。
クソほどスポーツ万能な兄ちゃん。
ムカつくほど愛嬌のある弟。
当然、あいつらはさんざん引っ張りだこにされた挙げ句、仲がよかった親戚の家に、まとめて引き取られた。
けど、「この子を引き取りたい」って話は……俺には来るわけねえんだ。
そう思って諦めてたら、数日遅れておじさん夫婦が到着した。
二人は俺の顔を見るなり、引き取りたいって言いだした。
その話が決まったときーーこの二人、とんでもねえ勘違いしてやがるって、ゾッとした。俺だけが、二人の勘違いに気づいてた。
俺はおじさん夫婦と顔合わせるのは、あのときが初めてだった。だから二人とも、俺にも特別な取り柄があるはずだって、すげえ期待してんだって、すぐにわかった。
だって俺以外の姉弟は、全員、大当たりなんだ。そんな勘違いしちまうのも無理はねえ。
けど、俺にそんな期待されたって……困る。
どうしよう、どうしようって焦ってるうちに、トントン拍子で話が進んじまった。
それでも街の外には、ゾンビがウヨウヨ歩き回ってる。街から街への移動は、大人でも命懸けだ。だからきっと、おじさん夫婦が俺を引き取りたいって話は、
「子連れでの移動は非常に危険ですし」
って方向で、結局、無しになるに決まってる……って思ってた。
ところが二人は、わざわざ車を借りてきた。車にたくさん油を食わせてくれた。本当、意味わかんねえくらい、二人はとんでもない負担を惜しみもしなかった。
車に揺られて安全に移動してる間、俺はずっと気が気じゃなかった。まるで俺にすげえ期待してるって言ってるようなもんだ。これが先行投資って奴か。
けど俺は、期待するだけ無駄な奴だ。四人姉弟で俺だけが、何の取り柄もねえ大ハズレなんだ。
そんなこと、もっと早く言わなきゃ駄目だったのに……結局、今の今まで、何も言いだせなかった。
けど、言うなら今しかねえ。
せっかくのご馳走が、目の前でどんどん冷めていく。俺の好物だからって、わざわざ作ってもらった、濃い味つけの肉料理だ。それ見てると、申し訳なくて、すげえやるせなくなってくる。
俺は今すぐ、この二人に、謝らなきゃ駄目だ。
「すいま、せん……実は……俺……他の奴ら、と、違って……なんも取り柄……ないんですッ!」
歯を食いしばってこらえても、情けないくらい、涙があふれてきやがる。
「ほん、と、本当、に、すいま、せん……! 今まで、黙って、て……あ、あんなに、二人に、期待、させ、とい、て……俺、が、ここに、来て……!」
するとおじさんは、ゆっくり噛み締めるみたいに、話しかけてきた。
「……ラウル……顔を上げなさい」
慌てて涙を拭うと、なんでだよって思うくらい、二人はおだやかに笑ってた。
二人とも、そんなのは最初から知ってたって感じの、変わらない笑顔だ。
「……君もよく、覚えておきなさい。『人生は理不尽だ』という言葉は、まことに正しかった。君とこの日を迎えたこと、君と家族になれたこと、それは私にとって、理不尽なくらい、大きな喜びだ……」
「そうよ。わたしたち夫婦にとって、あなたが来てくれたことは……身に余る幸せよ」
そいつは、十歳の俺には、むちゃくちゃ難しい話だった。
どうして感謝されてるんだかわからなくて、ただただ、すげえ息苦しい。
「なっ……なんで……なんで俺が!?」
***
「ラウル……焦る必要はない」「あなたもいつか、わかる日がくるわ」
それが俺の両親、カラシニコフ夫婦の口癖だ。
***
けどよ、何年経っても、わかんねえものは、わかんねえままだ。
「……何で父さんと母さん、こんな俺を引き取ろうって考えたんだろ……」
朝、洗面所で顔を洗うたびに、そんなモヤモヤが胸の中で膨らんでいく。
だから俺は、新しい両親の愛情深さが、たまに本気で嫌になる。こんなつまらねえ俺のことを、そこまで可愛がるんじゃねえよ。そんなことを、恩知らずにも思っちまう。
まあ、十六歳になった今でも、そんなこと言ってんだ。誰にどう打ち明けたところで、「思春期だね〜」って、適当に流されちまう。
けどよ、その反応が一番キツいよな。
そうやって中途半端にあしらうんだったら、「なんでも相談に乗るよ」なんて気安く言ってんじゃねえよ、偽善者め。
学校の先生、クラスメイト、狩猟のコーチ……同じこと言ってる奴ばっかりだ。
けど、もう誰にも言わねえよ。悩みを打ち明けるのも面倒くせえし、黙って溜め込む癖がついた。
ただ、俺が悩みを溜め込んでるって――親友のエイダンだけは、なぜか気づいてくれた。
***
「ラウル、無茶だよ! ぼくも一緒に――」
「エイダン、落ち着け! ここは俺ひとりで十分だ。たかがゾンビ一匹、大した相手じゃねえよ!」
蒸し暑い森の中、俺は狩猟銃に弾を込めて、慌てて構え直した。
――ダァンッ!
クソッ、なんでこんな日に限って……。
よりによって、夏休み初日に、黒血種に出くわすことねえだろ!