第三話 立入禁止に入るだけの簡単な交渉・3
街の門前で、リオは粘り強く交渉を続けている。
だが、松葉杖の教官はーー気まずそうに頭をかいて、苦笑いしてきた。
「まぁー、堪忍してやー。あんた方の商売は、そのぅ……何かとやり口が乱暴じゃったげなぁー。ほうじゃけぇー、ちぃと前に規則が変わってもうてなぁー。お嬢ちゃんを信頼したいのは山々じゃが……いかんせん、消息代理人とあっちゃ……」
教官はそこまで言うとーーふと、リオの背丈を見た。
「お嬢ちゃん……今、いくつじゃ?」
「十四だよ!」
「ふむ……」
教官は、顔の古傷をぽりぽりかいている。
「何よりじゃ……」
何が何よりかは知らないが、あの教官には、何か考えがあるらしい。
だが教官は、急に品定めするような他人行儀な目に変わり、リオを冷たく問い詰めてきた。
「お嬢ちゃん、ゾーヤに隠しちょる知らせがあるじゃろう。わしに開示せい」
「う、うん……」リオは気まずそうに、女性兵士を一瞥した。「けど、お願いだから、ここだけの話にしといてね」
リオは、手帳の新しいページを開き、走り書きを始めた。
オレの立ち位置からは、そのメモの内容が見えている。
――ロジオン・マルコフ氏のドッグタグや遺品は、極力回収しました。
――ただし、近辺を捜索したものの、遺体は発見できず。
――そのためリビングデッドに変容し、エリア内を徘徊している可能性大。
――しかし遺族の前では、くれぐれも死亡扱いでよろしくお願い申し上げます。
――遺族が知れば、無謀な捜索に向かうケースが、決して少なくないためです。
――こちらの力が及ばず、大変申し訳ございません。
教官はそのメモを渡され、読み終えると――うなずきもせず、黙って手帳を閉じた。
「……わしらの街で商人登録できるんは、満十五歳以上じゃ。ほうじゃけぇ、逆に言うたら、お嬢ちゃんは遺族のもんに消息を渡しんさっても……商売にはあたらん……」
オレはその目を見て、直感した。
どうやら松葉杖の教官は、リオを信頼することに決めたようだ。
「お嬢ちゃんは偶然、旅先でドッグタグを拾っちょった。ほいで偶然、この街に届けに来んさった。子どもが偶然ドッグタグを届けに来んさったら、そりゃ遺族も『大変じゃったなぁー』っちゅうて、なんぼかお礼を弾むじゃろうが……まぁー、子どもへのお駄賃なんぞ、いちいち目くじら立てんでもええじゃろう。なーんの問題もありゃせんねぇー」
そんなことを軽やかに言っているがーーその考えは、規律の拡大解釈にもほどがある。
要するに、リオは消息を届けるため、遺族と対面していいと言っている。その見返りに報酬を受け取っても構わないと断言している。それを消息代理人の営業行為とはみなさないと宣言しているんだ。
オレはふと、教官の胸に刺繍されている、階級章の数々を注視した。
恐らく彼は――その横暴を通せる程度には、今もトップに影響力を持っているんだろう。
ところが教官は、大変遺憾ながらと言いたげな目つきで、オレとベッケンバウアーを横目に見た。
「ほうじゃけど、そこの兄さんと姉さんは、観光目的の滞在になるけぇ……営利活動は、厳禁じゃ。お嬢ちゃんが心配じゃろうが、消息を届ける現場には、一切関与せんでつかぁさい。まぁ、面倒臭いことになるけぇ……それでかまへんな?」
オレもベッケンバウアーも、異論はないと伝えた。
その瞬間――教官はふにゃりと微笑んだ。
「よーしよしよし……ほいじゃー決まりじゃー。こっちでも、そがいな形で、内々に話はつけとくけぇ、そこはわしに任せんしゃい。旅人さん方、あっこで正式な入街審査に入りんしゃい」
教官はそう言って話を打ち切ると、松葉杖をつき、詰所の中へと引っ込んでしまった。
「こーれゾーヤ。ボサーっとしとらんで、はよぅお前さんが案内せーい」
「はっ、はい教官っ! 了解であります!」
女性兵士は慌てて涙を拭うと、かかとを揃えて敬礼した。
ここから先の仕事は、部下の女性兵士が担当するらしい。
***
門前に建てられた庁舎に入ると、二階の会議室へ案内された。
ちなみに、あとどれくらいで入街審査が終わるのかと訊いてみると、女性兵士からは「安心したまえ! 可及的速やかに終わる!」と、偉そうに断言された。
***
ただ、まさか「可及的速やか」と言われて、朝までかかるとは思わなかった。
人間はどうやら、偉そうにしている人が偉いとは限らないらしい。
入街審査から解放されると、曇り空はぼんやりと明るくなっている。
建物から出た瞬間、リオは大きく伸びをして、疲れ切った声をあげた。
「着いたー! 軍事施設の街、トッカーテルンに入れたねーっ!」
街の内部に入ってみると、何とも言いがたい緊張感を感じる。
いや、緊張感と呼ぶよりは……立ち入り禁止区域に足を踏み入れたような、罪悪感に似た居心地の悪さがこみ上げてくる。
だがリオだけは、熱っぽい目をして街を見回している。
この子には、オレとは真逆に、秘密基地にでも潜入したように、スリリングなエリアに見えているんだろうか。
「わあーっ……! なーんかテンション上がっちゃうねっ! やっぱここって、昔は本物の軍事基地だったのかな? でも変なのっ! 銃火器専門店のとなりに、八百屋と肉屋が並んでて、しかもとなりに、映像活劇の上映館って!」
「リオ……走らない方がいいぞ。道が凍ってるから、滑ったらーー」
「キャーッ!」
「……」
オレは苦笑いしつつ、早足で向かってリオを助け起こした。
「うぅ、ありがとニイサン……お尻痛い……」
「ま、ここの街並みを見学するのもいいけど、まずは宿を決めるべきじゃないか? どうやら受付は、もうオープンしてるようだし……」
「よーし、二人とも僕に任せて! 今度こそ、僕の直感が当たりそうな気がするんだ!」
この子は得意げにそう言うと、また意気揚々と駆け出した。
「だからリオ、走ると……」
「キャーッ!」
オレは苦笑いをこらえながら、リオを助け起こしに向かった。
こういうとき、リオはなぜか、当たりもしない直感が当たると言いだして、無駄に宿代をケチりたがる。
そのくせ、ケチった宿代に見合う、それ相応に貧相な部屋だと知ると、「ハズレだー」と言って肩を落とす。
どうやらリオにとっては、ハズレだらけの安宿の中から、価格に見合わない充実した部屋を見つけだせば『大当たり』らしい。そういうゲームなんだろう。
「ねえニイサン、ネエサン、早くこっち来て来て! 今回はあそこに決めようよ! あのお宿、なーんか見るからに掘り出し物って匂いがするじゃん……これって久々に、大当たりなんじゃない!?」
ただし、勝負師リオの直感力は……今のところ、勝率は五割といったところだ。