Epsodio2 ジェイス=薬師寺
一年ぶりくらいの更新……!
遅くなって申し訳ないです。
これからもっと増やしていきたいと思います。
誤字、脱字、ご指摘等よろしくお願いします。
古い2階建てのビルの中、白衣の男が簡素なつくりの寝台に腰かけていた。
「今日は暇だな……抗争も大分前だし、患者もほとんどいないし、散歩でも行こうかな」
男は今日の予定を考えていた。家に帰ったらしばらく食べられる日持ちの良い菓子でも作ろう、と考えていたところで、その思考は寸断された。
突然、ドアがバンという大きな音と共に開け放たれ、いかにもマフィア、というような格好をした黒服の男が一人入ってきたからだ。
数メートルもないというのに、その男は息を切らしながら叫んだ。
「先生!急患です!」
黒服の男の声をうるさそうに聞きながら、白衣の男は救急箱ほどの大きさの鞄を肩に掛け、駆け足で外へと向かった。
「どこです?またセルヴァティコ?」
階段を駆け下りながら、白衣の男が黒服に聞く。
「はい。こちらの患者が多数。応急処置だけでもいいですので、手当をお願いします」
「勿論。それが私の仕事ですから」
建物の目の前に止めていた車に急いで乗り込む。黒服の案内の元、警察に見つかったら確実に捕まるであろう速度で走行していく。数分ほど走り、黒服の男が声を掛けた。
「ここです!先生!」
車から降りた白衣の男が見た光景は、30人程のマフィアが呻きながら地面に倒れ込んでいる、いつも通りの現場。知らないものが見れば凄惨とも言えるが、彼にとってこれは日常風景である。
「はあ、医者に休日はないのか。今日も飯抜きだな、これは」
と誰にも聞こえないほどの音量で溜め息をつく白衣の男の名はジェイス=薬師寺。
ラディーチェ・ファミリーに所属する医者である。
医師免許は持っているが、開業許可証は持っていない。闇医者、という方が正しいだろう。
昔、諸事情で勤めていた病院を辞め、ラディーチェ・ファミリーに助けられた。
そのため、一応はラディーチェ・ファミリーに属している。
だが、金のため、という不純な動機で、どのファミリーの構成員だとしても治療する。
ラディーチェ・ファミリーはバウレット・ファミリーとは違い、厳格な掟というのはあまりないため、拾われたのがバウトレットでなくて、本当に良かったと当人は思っている。
ジェイスは目線を一番近くに居た一人の患者――死体と言った方が正しいかもしれない――に向ける。
(頭部が粉々になってるな……これはもう助からない)
ジェイスは、その患者を見限ると、次の患者を診るために立ち上がった。
(刃物で切ったような痕はない、潰されたような打撲痕、晴れ上がった足……恐らく粉砕骨折だな。またアイツか!散弾銃じゃないだけまだマシか?どちらにせよ生存数は半分かそれ以下……)
「生きてる奴を探死してください!死んでるのはとりあえず置いておいて!」
「はい!」
彼を案内した黒服が、威勢の良い声で返事をする。ジェイスは厳しい顔のまま頷くと、携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけた。
「もしもし、ブチさん?」
「『はーい、こちらブチでーす。おやおや、これはこれは。ジェイスサンじゃないですか?どうしたんです?』」
電話の声と、右斜め後ろの路地裏から声が重なって聞こえる。
ジェイスは、ため息をつくと電話を切って右斜め後ろを向いた。
「ふざけてないで出てきてくださいよ。回収していただきたいんですけど」
「はいはーい。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ-ン!どうもブチでーす!」
「呼ばれなくても出てきていたでしょう、あなたは」
苦言を呈すジェイスをのらりくらりと躱しながら、ブチと呼ばれた男は死体の側をのぞき込んだ。
「あー、こりゃ、ラドウィルだねぇー」
――ワタシがいるからやらかしたのか、それともそうとは知らずにただ殺ったのか……
ブチは、今やカポ・レジームにまで登り詰めた後輩の顔を思い浮かべた。
「そちらサンと、こっちのが混じってますねえ。じゃ、ワタシはこれで」
状態のいいものを選りすぐり、スーツケースに詰め込んでいく。
次々と入っていく死体を眺めながら、
――そのスーツケース、実は四次元とかないよな……?
ジェイスは、故郷の某アニメを思い浮かべていた。
「助けられそうなのはこっちです!」「あっ」
ジェイスは、黒服の一言で自分本来の役目を思い出した。
「じゃ、後よろしくお願いしますね、ブチさん」
返事も聞かないまま、黒服の言う方へと駆け出す。
「若いねえ」
とブチが独り言ちるが、年は四つしか離れていない。
一人ずつサッと見て、脳内でトリアージを行う。
最初からやっておいてくれればいいものを、と愚痴を言いそうになるが、ここは病院ではなく裏社会で、自分はお医者様ではなく、ただの闇医者である。贅沢は言ってられない。人の命が掛かっている。
「この人はそっちへ、この人はあっちへ」
普段、いっしょに働いている人か医療を軽く囓っている人がいればいいのだが、ただの黒服には怪我の程度の区別はほぼ付いていないに等しい。
太陽に熱され、水を落とせばすぐに蒸発してしまいそうなアスファルトから、建物の日陰まで大体四つに分けて患者達を移動させる。
軽症の者、少し軽症の者、重症の者、危篤状態の者。
移動が危険な者は、即座にその場で手当てする。
死んでいる者は、あっという間にブチさんが持って行ってくれた。相変わらず仕事の早い人だ。
「止血!それからスナバコノキ様へ連絡!」
「はいっ!」
セルヴァティコファミリーの暴れ鯨、ラドウィル=ラージ関連と言えばカポ・レジームのサリド=バリスティックというのは、自分たちには常識のようなものだ。
何度か共に仕事をしたことがあり、その腕には信頼が置ける。
ちなみに、スナバコノキというのは大変危険な植物で、毒はあるし種子も弾丸のように飛ぶ。
まさにあの人にぴったりだ、などと少し無礼なことを考えてしまう。
日の照る中、黒服達が作業に取りかかっていく。
自分も偉くなったものだ。
一介の新人医師がまさかこんなところで人命救助をするようになるなんて誰が思うだろうか。
だが、ここは充実している。
表世界から見れば、確かに物騒で汚い世界ではある。
だけど、どんな欠陥品も愚者もこの混沌は受け入れてくれるから。
いつだって、こういう世界は無くならないのだろう。
「さて、と」
とりあえずは目の前の患者へ向き直り、声を掛ける。感傷に浸っている暇は無い。
「聞こえますかー!」
当分、ちゃんとした食事は取れそうに無いな、と頭の中で苦笑しながら患部を覆う服を剥ぎ取った。