Episodio1 ソニア=ラスケイル
これは、デュラララチャット、創作交流企画、「Tre Mafia!」の一環で書かれた二次創作です。みなさんが思っているのと違う捏造設定があったりします。間違い等の指摘、よろしくお願いします。
「助けてくれ!誰か!俺は悪くない!あ゛あ゛あ゛あ゛!違う!俺じゃな、あ゛ああ゛あ!やめてくれ!やめて!たすけて!」
裏返り、もはや言語の体を成していないように叫ぶ若い男の声が路地裏から聞こえる。しかしそちらに目を向ける者も、警察に通報する者も、気を取られる者さえもいない。なぜなら、それは《《当たり前だから》》だ。
この街は、世間一般ではならず者の集団や暴力団と呼ばれる者が数多く暮らす街。一般住民も含め、彼らにとってこの悲鳴は、鳥の声と同じような日常である。
そんな彼らの中でも、特出した三つの集団が存在する。
志操堅固、厳格畏怖のバウレット・ファミリー。彼らは知略謀略に長け、この街で最も歴史が深い。政治方面に確固たる人脈を持ち、厳格な掟を有する。かつての最大勢力だったことで有名である。
深根薬毒、神出鬼没のラディーチェ・ファミリー。三つの中では比較的穏便だが、現在最もテリトリーが広く、構成人数が多いためか、どこにでも彼らがいると囁かれている。あらゆる薬の扱いに長け、この街の麻薬の元締めとの噂もある。
そして獰猛攻勢、新進気鋭のセルヴァティコ・ファミリー。規模は比較的小さいが、現在最も稼いでいて、勢力を拡大している。血の気の多い連中が多く、現地警察の頭を最も悩ませているファミリーである。
この街の住人は、彼ら三組織をまとめて、『トレ・マフィア』と呼ぶ。
これは、そんな彼らの一風変わった日常の話。
朝日が差し込む部屋の中、男が一人眠っていた。灰色に染めた髪に光が反射する。
男の名はソニア=ラスケイル。バウレット・ファミリーの構成員である。
突如、鳴り響く電子音。一コールもならないうちに、ソニアの手が伸びた。
「はい。ラスケイルです」
対応するソニアは一瞬前まで眠っていた人間とは思えない。
そして、相手に姿が見えているわけでもないのに、染みついた習慣で営業スマイルを顔に貼り付けている。
「はい、その件はこちらで。はい、はい。承知いたしました。はい、はい。それでは」
しばらく話すと通話が切れ、ソニアは深いため息をついた。しばらくそのまま固まっていたが、
再びベッドへ戻った。
「はあ、もう少しねよう……」
掛け布団をかけようとした瞬間、再び電話が鳴った。
ソニアは飛び起きると、再び電話をを取った。
「はい、ラス「ねえねえソニアー、ここどこかわかる~?」
人が話しているのにそれを聞かず、自分の用件だけを伝える自己中心さ。
間延びした声と飽きるほどに聞いた「ここはどこ」という質問。ソニアは一瞬で通話相手が誰かを認識した。
「メイス様……もうファミリーの指示、もしくは部下の同行なしで外出禁止にしたらどうです?」
電話の向こうにいるのは、アトラクト=メイス。ソニアよりかなり若いこの男は、
バウレット・ファミリーの幹部であり、ソニアの上司でもある。
「え~、やだよ。ソニア、東雲追えるだろう?あとよろしく」
東雲――アトラクトの所有する小型GPSで、髪紐に結わえ付けられている。一部の人しか追えないと本人は言っているが、下っ端の自分が追えるほどなのだからそれ程性能が高いものではないのだろう、とソニアは思っている。
「今の場所から動かないでくださいね!……あっ、切られた……どうしてあの人はいつも話を聞かないんだろう……」
返事をしようとするも再び途中で切られ、ソニアは思わず不満の声を漏らした。
あんたのそういうところが本当に嫌いなんだ!と叫びたい気持ちを抑え込み、ソニアは支度を始めた。
顔を洗い、歯を磨く。髪を軽くセットし、鏡の前で表情の練習をする。
商談の際、無表情になってしまわないように欠かせない日課の一つだ。
数着持っているスーツの、一番動きやすいものを選び、袖を通す。
鞄から愛用の拳銃――エマチータを取り出し、弾が入っていることと鞄に予備の弾倉が入っていることを確認する。
鞄に携帯電話を入れ、胸ポケットには万年筆型の盗聴器兼通信機――ウラルを差す。
今日は日差しが強いだろうと、帽子をかぶり家を出る。
ソニアは、家の鍵を閉めてGPSが示す方向へと歩いて行った。
「うわぁ……ラディーチェのシマじゃないか……」
歩きながら携帯でGPSを確認していたソニアが、不満の声を漏らす。
町の喧騒を聞きながら歩いていくと、見慣れた白衣の男が日陰にしゃがみ込んでいた。
男は、ソニアが近くまで行き、声をかけるとと立ち上がった。
「お迎えに上がりました、メイス様」
「あーっ!ソニアやっと来た!遅いよ?」
華奢な体に毛先に行くにつれ、淡水色がかった白髪。風になびく髪は一房だけ伸ばされ、髪紐で結われている。どこか儚げな雰囲気を持つこの男こそが、アトラクト=メイスである。
「仕方がないでしょう。それと、ここはラディーチェのシマです。早く帰りましょう。あなたほどの方がここにいたら抗争の火種になりかねません」
「え~、別にいいじゃないか。それに、抗争になったらなったで面白いと思わないかい?」
意地悪そうに目を細めて笑うアトラクトと対照的に、ソニアの表情は険しくなる。
「思いません。抗争に巻き込まれ、家族が死ぬのはもう御免です」
「あー、そっか。そうだったね」
気まずい雰囲気を紛らわすようにアトラクトは頭を掻くと、「じゃあ行こうか」と言って歩き出した。
「必要ならば車を手配しますが」
「いや、いいよ。歩いてく」
「そうですか」
しばらくの間、二人は無言で歩き続けた。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのかアトラクトがソニアに話しかけた。
「そういえば君、友達欲しいんだっけ?なってあげようか?」
「いえ、結構です。上司と友人は別物ですので」
即答するソニア。こんな人間が友人など、堪ったものではない。あんたも友達いないだろ、という代わりに少し早歩きで進む。
「えー。あ、じゃあ、紹介してあげるよ。さっき君によく似た人にあってね。連絡先を聞いておいたからあとで電話なりなんなりするといい」
アトラクトは強制的にソニアに紙片を握らせた。
「……はい」
拒むことができず、ソニアはそれをポケットに入れた。
もうしばらく歩くと、街並みが変わってきた。五階建てほどのビルは高層マンションに。路地裏は等間隔に街灯が並んだ大通りに。バウレットは他のファミリーとは違い、表社会とのかかわりが多い。シマも、比較的町中に近くなる。
「ここからはウチのシマです。帰り道はわかりますよね?」
バウレットのシマと分かった途端、アトラクトの口調と表情が変化する。
我儘な子供のようだった口調は組織の中枢にふさわしい口調に。
コロコロと変わっていた表情は自然だがどこか貼り付けたような微笑みだけに。
アトラクトは、『バウレット・ファミリー幹部、アトラクト=メイス』の仮面をかぶった。
「ああ。ラスケイル、また後で」
ソニアもそれに対応し、『忠実な部下』の仮面をかぶる。
「はい、メイス様。了解いたしました」
帰り道、ソニアはポケットに入れた紙片を眺めていた。走り書きではあるが、それでもなお読みやすい字で電話番号と名前、性別が書かれていた。おそらくアトラクトの手書きだろう。
「……ジェイス=ヤクシジ……?聞かない苗字だな……」
ソニアはブツブツとなにか呟きながら電話番号を打ち込む。
「……もしもし。はじめまして。私、ソニア=ラスケイルと申します。ジェイス=ヤクシジ様のお電話で間違いないでしょうか」
電話越しに、誰かの悲鳴が聞こえた。何事だろうと思っていると、その悲鳴とは全く異なる声の男が聞こえてきた。
「はい、もしもし。…ええ、間違いありません。すみませんね、騒々しくて。それで、ご用件は何でしょうか」
「白髪の、白衣の男の紹介で」
会ったことがあるのならば、分かるだろうと、端的に容姿だけを説明する。
「あー、アトラクトさんの紹介ですか。では同業者の方ですね」
まず、その名前が出てきたことでアトラクトに嵌められたわけではないと安堵。しかし、次の瞬間告げられた言葉には驚きを隠せなかった。
「同業者?」
思わず復唱すると電話の向こうで苦笑が聞こえた。
「ああ、申し遅れました。私、ジェイス=ヤクシジと申します。ラディーチェ・ファミリー構成員兼、闇医者をやらせていただいています。以後、お見知りおきを」